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ONLINE  作者: niziya
LOG.03 " NEW STAGE "(未改訂版)
34/57

#03-15

 帰宅すると午前2時を回っていた。

〈それで、どうなったの?〉

 インカム越しにリンが尋ねてきた。

「どうもこうも……」

 あのあと、弁護士は大山母と共に、一時的に廊下に出た。

 戻ってきたのは弁護士だけだった。

――お母様は、息子さんが心配ということで、そちらに向かいました。

 そう説明していたが、大山母の怒鳴り声が校長室の中にまで聞こえていたのだ。なんとか説得して、ここから追い払ったのは間違いない。

――では本題に入りましょう。

 親父がそう切り出したすと、もう俺に出番は無かった。

「その場でいろんなことの念書を作って……まぁ、それが終わったから、こうして帰ってきた」

 ネクタイを外しただけの格好で学習机に向かう俺は、メインディスプレイに映るリンに向かって苦笑を投げかけた。

〈そっか……でも、ひと段落付いたんじゃないの?〉

「知るかよ」

 なんとなくだが、大山一家に常識は通用しない気がする。また遠からず、何かしでかしてくれるような気して、正直、憂鬱(ゆううつ)だ。

〈じゃあさ。気分転換に、面白い話、聞いてみる?〉

「気分転換?」

〈正確にはいい話と悪い話、かな?〉

 ようやく俺にもピンときた。

 ゲームの話だ。

「騎士団、動いたのか?」

〈動いたもなにも、ホテルを買うって宣言してるみたいよ〉

「ホテルを? そりゃまた派手なこと……」

 蒼都にあるスフィア付き物件は、全部で48戸ある。そのすべてが中央広場と中央通りに面しており、営業していない商店っぽい建造物は、すべてスフィア付き物件であることが、すでにわかっている。

 だが、1戸だけ例外がある。

 それが蒼都の中で最も高額な物件、蒼都西区の外れにある通称“ホテル”だ。

 俺たちも散策した時に一度だけ見たが、古城を思わせる立派な建物だった。周囲が高い壁に囲まれているため、内部の様子まではハッキリと見えなかったものの、正門から正面玄関までの間に大きな噴水まで付いていたのだから、かなりのものだと思う。

 ただ、値段が尋常じゃない。

 なんと1000億クリスタルだ。

 買えるのかよ!――という感じだが、蒼海騎士団なら買えない金額じゃないだろう。

〈今のところ、吹かしって意見もあるから、そんなに注目されてないけどね〉

「どこで宣伝してんだ?」

〈主に蒼都の中で関係者が行ってるみたい。ネット上では、本人たち、出てこないつもりみたいよ〉

「それがいい話か?」

〈まさか!〉

 リンはニヤッと笑いながら、画面に顔を近づけてきた。

〈今のはどうでもいい話。いい話と悪い話、どっちから聞きたい?〉

「悪い話」

〈全部の中枢都市がバージョンアップされるんだって〉

「……はぁ?」

 それのどこが、悪い話なんだ?

〈えっとね。まず、万単位のNPC市民を配置。なんでもケンブリッジ大学と京大が協力してるとかで、NPC市民はそれぞれが独自の生活アルゴリズムってものを持ってて、都市の経済活動にも参加する……みたい〉

「へぇ……」

〈でね。これにあわせて職人系のアビリティも大量に追加するんだって。しかも、ドロップアイテムも搾るみたい〉

「えっ!?」

 これは確かにバットニュースだ。

〈あと、都市部限定のお使いイベントと人探しイベントを大量実装。つまり、都市だけでも充分すぎるほど遊べるようにするって感じね〉

「待て待て待て。それじゃ、何か? 俺たちの収入源、かなり限定されるってことか?」

〈そんなあんたに、いい話がひとつ〉

 リンは悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべた。

〈また新しいフィールドが実装されるわよ〉

「なに!?」

 ここまで言われれば、リンの情報源にも察しがつく。

 俺はノートパソコンのモニターにブラウザを立ち上げ、公式サイトを表示した。

――大型アップデート第1弾! コードネーム『 NEW STAGE 』!!

 公式サイトに、そんなバナーが新たに置かれていた。

 クリックすると特設ページへと跳んだ。

「おぉ……」

 俺はおもわず感嘆の声をあげる。

 7月22日(日曜日)(テスト60日目)午前9時に予定されている今回の大型アップデートは、大きくわけると3つあった。

 ひとつは都市の充実――これはリンが話した通りだ。

 もうひとつは新フィールドの追加。無数の島々が存在する“百諸島(ハンドレッド・アイランズ)”、廃墟と化した近代都市“倒壊都(ブロークン・ポリス)”、古代遺跡が点在する広大なる“大森林(グレート・ウッズ)”――ここには、様々な新要素が盛り込まれてあるものの、凶悪なモンスターが数多く設置されており、上級者向けの場所だと明言されている。

 さらに陣営抗争用フィールド“水晶山(クリスタル・マウンテン)”と陣営抗争そのものが、とうとう実装されるらしい。舞台となるフィールドは、莫大なクリスタル鉱床が存在する山岳地帯だそうだ。普段は“ブロック”と呼ばれる空間単位ごとに、外装を覆うバリアーと同じ不可視の障壁が張り巡らされるが、毎日21時(午後9時)から23時(午後11時)までの2時間だけこれが解除、その間に地上に露出している3つの小鉱床と3つの中鉱床、地下坑道の先にある3つの中鉱床と1つの大鉱床の所有権を巡り、陣営抗争を繰り広げることができるという仕様になっているようだ。

〈どうする?〉

 リンが尋ねてきた。

「そっちは?」

 俺は尋ね返した。だが、リンは楽しげに微笑むだけで、何も言わない。

 まぁ、答えは最初から決まっている。

〈どう? 気分転換になった?〉

「知るかよ」

 そう答えつつも、俺の顔は自然とニヤけていった。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 翌朝というか翌日というか――いずれにせよ、夏休み前最後の月曜日にあたる7月16日、俺は久しぶりに登校した。

「なんだよ。おまえ、テスターだったんだって?」

「しっかし災難だよなぁ」

「俺でも隠すぞ。バレたせいでこれなんだからなぁ」

 案の定、馬鹿話をするクラスの男子からは、その話題が出てきた。ただ、適当に答えているうちに、どうやら俺(久賀慎一)が俺(SHIN)であることまではバレていないことに気が付いた。

 不幸中の幸いだ。

 最悪だったのは、その日の放課後から特別追試があったことだ。

「ちゃんと勉強してたんだろ? だったら、今からやっても問題無いはずだ。違うか?」

 ワカさんの意地の悪い言葉に、俺を含んだ“大山の暴走で怪我をした連中”全員がうなり声を上げたのは言うまでもない。まぁ、どうせ俺の成績なんてたかがしれているので、どうでもいいか、と思ったのは秘密だが。

 さて。

「おまえは当事者なんだから聞いておけ」

 帰宅した俺を待っていたのは、一連の騒動に関する結末めいたことについてだ。

 まず大山。

 今は警察病院に収監されているが、初犯であることと、精神面に問題を抱えていることから、起訴は猶予され、今後、本州(内地)の専門施設で治療にあたることになったそうだ。学校のほうは今学期末をもって自主退学。念書によると、俺の周囲100メートル以内に近づくこと、電話をかけること、ネットで個人情報を特定しえる書き込みをしないこと、これらに反した場合は危害を加える意志があるとみなし、違反金を支払うこと……なども決まったらしい。まぁ、二度と俺の前に姿を現さなければ、あとのことはどうでもいいや、というのが正直なところなのだが。

 次に大山父。

 とりあえず当人は保釈され、現在は家にいるそうだ。諸々の警官に対する抵抗は厳重注意に止まり、母さんへの暴行も示談に応じる方向で話を進めているらしい。ただ、念書をとったため、“次”があったら民事で莫大な慰謝料を請求できるそうだ。いっそ、そうなったほうが金持ちになれるかも、とは母さんの軽口だが、そんな母さんはあれ以来、朝のゴミ捨てに行けなくなっている。玄関先まで行くと、足がすくんでしまうのだ。空元気を振りまいているが、今回の事件で一番ショックを受けたのは、他の誰でもない、俺の母さんだったのだ……

 最後に大山母。

 事情はよくわからないが、大山父と離婚するらしい。あと、息子が収監される施設の近所に引っ越すそうだ。とにかくまぁ、俺たち家族の近くから遠ざかってくれるというなら、別にどうしようとかまわない。

「じゃあ、本当のひと段落ついたんじゃない?」

 翌朝の定時(午前4時)にログインした俺は、リンと地下(アンダーグラウンド)を歩きながら雑談に興じていた。

「まぁ……な」

 俺は《ハルバード》を肩に担ぎながら、ガリガリと頭をかいた。

「しっかし……あれだよな」

「なに?」

「あまりにもリアルだから忘れかけてるんだが……これって、ネットなんだよな?」

「そう……かな?」

「そうだろ。生身の俺は函館にいて、生身のおまえは東京にいるわけだし」

「うん、まぁ……そういえばそうかも。それがどうかした?」

「いや、普通さ、ネットでリアルの話ってしないもんだろ」

「そう?」

「ゲームだとそうだろ。そりゃあ、オフ会とかする奴らは別だろうけど」

「別にどっちでもいいじゃない」

 俺と同じく《ハルバード》を両手で担いでいるリンが苦笑した。

「だいたい、わたしたちって普通じゃないし」

「なんだそれ」

 そう言い返したが、まぁ、リンの言いたいこともわからないではない。

 PVとはいえ『 PHANTASIA ONLINE 』はMMORPGの一種だ。それなのに俺たちは、半ば勝手に2Pプレイだけで遊んでいる。それこそ、ネットゲーム黎明期に遊ばれていた『 Diablo 』に近いかもしれない。俺も復刻無料版を少しだけ遊んでみたが、もしあそこに、リンみたいな付き合いやすいプレイヤーがいたら、きっと今のように遊び倒していたかもしれない……

「それよりさ――」

「待った。片付けてからだ」

 遠くにモンスターを見付けたので、会話は一時中断。

 しばらくしてモンスターを撃破した俺たちは、再び歩きながら雑談を再開した。

「で、なに話してた?」

「あぁ、そうそう。家の話よ、家の話」

「……家ですか」

 俺は思わず、遠くを眺めそうになった。

「なに韜晦(とうかい)してんのよ」

「トウカイ?」

「今のあんたみたいな感じのこと」

「……まぁ、とにかく。家ってことは……めぼしい物件の情報でも仕入れたのか?」

「不確定情報なんだけど、ちょっと面白い噂が流れてんの。翠都スレ、読んでる?」

「いや。最近は本スレだけ」

 昨日の今日だ。特別追試は終業式まで続く。多少は一夜漬けでもしておかないと、貴重な夏休みが補習で潰れかねない。

「で、どんな噂だ?」

「それがさ、今度の新しいフィールドにも物件があるらしいって噂があるのよ」

「……レッドゾーンなのに?」

 なんて無茶なことを――と思った直後、俺はハッとなった。

「まさか、俺たちを隔離するために……?」

「えっ? なに?」

「だから、新しいフィールドって、陣営抗争のやつ以外は上級者向けって書いてあったろ。つまり、棲み分けだ。俺たちが都市のイベントを荒らさないように――」

「それは穿(うが)ちすぎですよ」

 不意の声は真後ろから響いた。

 もっとも、さすがに何度も喰らっている不意打ちなだけに、声を聞くだけで、俺たちはげっそりとしながら顔を見合わせ、溜め息をついた。

「いいかげんにしてよぉ……」

「ホントはノゾキが趣味なんじゃないのか?」

 2人同時に振り返ると、案の定、そこにはトーガ姿の市長が立っていた。

「おはようございます、シンくん、リンさん」

「市長」

 俺は市長に向き直ると、これも礼儀だ、と思いながら軽く頭を下げた。

「そのせつは世話になった。感謝する」

「いえいえ、元を正せば私どもの不手際が発端ですからね。お気になさらないでください。それより、あの件は片づきましたか?」

 市長はチラッとリンを一瞥しながら尋ねてきた。

「あぁ、だいたい片は付いた。あと、リンには全部話してある」

「そうでしたか。それはなによりです」

 市長は安堵の吐息をつきながら、口元に笑みを浮かべた。

「後ほど正式に、弊社の者が伺わせていただきます。日時についてはお父上にご連絡しますので」

 するとリンが、不思議そうに小首を傾げた。

「会社の人間が直接行くの?」

「はい。少し物騒な事件でしたので、今後のために詳しい経緯を」

「それより市長。穿ちすぎってのは、どういうことだ?」

 俺は話を本題に戻した。

「隔離するつもりなんだろ、俺たちのこと」

「ですから、それは穿ちすぎです。そもそもホームを……あっ、宿や不動産物件のことですけど、それをフィールドに置くことは、最初から決まっていたことなんです」

「最初から?」とリン。

「えぇ。確かにシンくんの言う通り、住み分けしてもらうことが目的といえば目的なんですが、分かれる根拠は比喩世界(メタバース)として楽しむユーザーと、アクションゲームとして遊ぶユーザー、という感じなんです。そうですね……ほら、ネットでは市民派と冒険派とか言って、今でも大きく分けられていますよね?」

 確かに。

 ただ、ひとくちに××派と言っても、活動場所がそうだというだけで、実際にはさらに細かく系統が分かれている。たとえば同じ市民派でも、トレードに熱心な市場系(アキンド)、広場などで歌や踊りを披露することに時間を費やす舞台系(アイドル)、とにかくゆったりとした時間を過ごしたがる観光系(マターリ)などがおり、冒険派もPvPに執着している喧嘩系(ヤンキー)、俺たちのような攻略系(モグラ)、自分の思い描いたキャラクターになりきることを重視する演技系(ナリキリ)などがある。

 ちなみに。

 蒼都では市場系市民派(アキンド)が著しく多い。

 紅都では喧嘩系冒険派(ヤンキー)演技系冒険派(ナリキリ)が多勢を占めている。

 翠都では半分が観光系市民派(マターリ)、残り半分が舞台系市民派(アイドル)演技系冒険派(ナリキリ)のどちらかだと、相場が決まっているらしい。むしろ、それ以外のユーザーは空気の読めない困ったちゃん扱いを受けているとか。それこそ、俺たちがいたら、まっさきに疎まれていたはずの状況らしい。

「ただ……」

 市長は苦笑交じりに告げてきた。

「個人的な見解を言わせていただければ、あなた方にはしばらくここに潜り続けていてほしいですね。まぁ、無理な相談だと思いますが」

「わかってるじゃない」

 リンがニパッと笑い、俺もニヤッと笑った。

 市長は苦笑したまま、それでは、と一礼して姿を消す。

「というわけで、家の話なんだけど」

 なにがどう“というわけ”なのか問いつめたいところだが――無駄だろう。

 どうせ親父の言う通りだ。

 家の話は持ち出されたが最後。男に決定権など無い。俺に許されるのは、リンの話を黙って聞くことだけなのだ……






LOG.03 " NEW STAGE "


End






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