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ONLINE  作者: niziya
LOG.03 " NEW STAGE "(未改訂版)
33/57

#03-14

 イヤな予感がした。

 俺は親父に視線を向けてみた。親父は弁護士を見つめたまま、微動だにしていない。

 助け船は無しか。

「答えられないのですか?」

 弁護士の低い声が脳に響く。

 落ち着け。とりあえず落ち着け。

 ええっと……そう、あれだ。リンに教わった交渉のイロハ。教わったっていうより、雑談の中で出てきた話だが、あれを今回も利用させてもらおう。

「答える必要があるんですか?」

 俺は質問に質問で答えた。弁護士はピクッと眉を動かした。

「とても大事なことです。答えていただけませんか?」

「どうして大事なんですか?」

「やはり答えられないんですか?」

「どうして、そんなにPVの……」

 あっ――と思い、一瞬だけ言いよどんだが、

「PVのことに固執するんですか?」

 俺は慌てて、最後まで言い切った。

 落ち着け、俺。

 いや、それより今は……考えろ。

 なんでだ?

 弁護士は正式名称を使った。『 PHANTASIA ONLINE 』のクローズドβテスターと。俺はわかりやすさを優先して、仮想現実のゲームのテストと言ったのに……

 なぜだ?

 なぜ、そんなことで、あっ、とか思ったんだ?

 太股の上に置いた両手の拳が、汗でじっとりと濡れてきた。

「たいへん、重要な、こと、だからです」

 弁護士はゆっくりとした口調で、俺に語りかけてきた。

 一瞬たりとも視線を離そうとしなかった。

 とんでもないプレッシャーだ。目を合わせているだけで、つい目を逸らしたくなるほどだ。襟元で輝く弁護士バッチも、威圧感をさらに強める特殊アイテムに思えて仕方がない。高1の小僧にすぎない俺にとって、このプレッシャーは、今まで経験したことのない種類のものだった。

 正直、今すぐ逃げ出したい――情けないが、かなり本気でそう思った。

 負けそうな気がする。

 なにか、とんでもない失敗をしでかしてしまいそうな……

「どうなんですか? やはり答えられないんですか?」

 弁護士が言葉を重ねた。

 親父は動かない。

 母さんも黙っている。

 先生方も、爺さんも、事の成り行きを見守っている。

 リン――俺、どうすばいい?

 いや、そうじゃない。考えろ。考えるんだ。

 なぜだ?

 うん、そうだ……なぜ、こうもPVのことに固執してくるんだ?

 確かに大山が俺に絡んできた最初の動機は、俺がテスターで、あいつが応募に落ちたことだったかもしれない。だとしたら、俺が選考枠であることを話しさえすれば、そこで話は終了のはずだ。

 それでいいのか?

 いや、待て。

 俺がそう答えると、弁護士は予測しているのでは?

 だったらなぜ、弁護士は俺に、答えを言わせたいんだ?

 俺から引き出せる言質?

 大山にとって有利になる言質?

 いや、そうじゃない。俺から引き出しやすい言葉だ。それを引き出すだけで、弁護士は次の一手がうてる。それも、決定打になるような言葉のはずだ。そうでもなければ、ここまで執拗に尋ねてこないはずだ。

 考えろ。

 普通ならどう答える?

 叔父のことを話す。間違いない。叔父の推薦で……

 んっ? 叔父?

 身内にVRNの社員がいる――そのことか?

 だが、どうしてそんなものが決定打になるんだ?

 いや、待て。決定打とは限らない。

 向こうの意図を考えろ。

 相手は弁護士。依頼人に随行してきた弁護士。依頼人は誰だ? 大山父? いや、まだ収監されている。なにより母さんの件は現行犯だ。目撃者もいる。防犯カメラの映像もある。言い逃れは無理だ。だから、母さん絡みの大山父の件は除外しよう。

 だとしたら……大山?

 こっちも言い逃れは無理だ。職質してきた警官の頭に、金属バッドで殴りかかったのだ。幸い、受け止めた右腕の骨にヒビが入った程度で済んだそうだが、明確な公務執行妨害だ。この件でどうこうするのは、もはや不可能だ。

 だったら、なんだ?

 俺に関係する問題?

 俺に対する傷害? いや、何か違う気がする。だいたい、俺にイジメられていたと言っていたが、やってもいないのだから……あぁ、時間が足りない。考える時間が……

「…………」

 俺は気が付いた。

 時間だ。

 弁護士が必要としているのは、時間なのだ。

 叔父はVRNの社員。俺は選考枠。大山は応募枠で落選。例えば、例えばだが、そこから“俺が叔父に頼んで大山を落選させた”と難癖をつけることもできる。もちろん、あり得ない話だが、確かめるには時間が必要になる。少なくともVRNに問い合わせ、答えを貰うだけでも1日や2日はかかるはずだ。仮に返答が速くても、今すぐなんてことは無理のはずだ。

 俺は弁護士の目を見た。

 静かに威圧してくる目だ。ただ、どことなく嘲るような輝きもあった。

(こいつ……俺のこと、侮ってる!?)

 稲妻が脳裏を駆けめぐった。

 わかった。

 この弁護士の意図がわかった。

 俺だ。

 時間を手にいれることで、俺を丸め込もうとしているのだ。

 俺を丸め込むことで“大山に情状酌量の余地がある”ことにしようとしているのだ!

「どうなんですか? どうやってテスターになったんですか?」

「叔父がVRNの社員で、選考枠で入れてもらいました」

 俺は背筋を正しながら答えた。

 親父が一瞬だけ視線を向けてくる。

 目が細められていた。

 背筋に悪寒が走る。

 この判断が正しいのか、間違っているのか――そこまではわからない。

 もしかすると、俺は暴走しようとしているのかもしれない。

 だが、向こうは俺を侮っている。それは間違いない。

 だったら、思い知らせてやればいい。俺が決して侮っていい相手ではないことを。

「なるほど」

 弁護士がうなずいた。

「憲義くんはテスターに応募していました。しかし、イジメの加害者の身内に、ヴァーチャル・リアリティ・ネットワークス社の社員がいたとなれば、落選させることも不可能ではありませんね」

 やっぱりそうきたか。

 弁護士は意味ありげに微笑んでいる。間違いない。俺から今の発言を引き出し、そこから俺を切り崩していこうというのが、こいつの作戦だ。この予想しえない弁護士の言葉は、実際に親父を驚かせている。少し目を見開いた程度だったが、なぜそういう話に、と言いたげな顔をしている。

 俺も突然言われたら、同様の反応を見せただろう。

 しかし――俺には()り(・)()が、ある。

「聞いてみますか?」

 俺はズボンのポケットからケータイを取り出そうとした。

「いえ、当事者である君の叔父さんに尋ねても――」

 弁護士の顔には勝ち誇ったかのような笑みが張りついていたが、

「叔父では不適切です」

 俺は短縮に記録しておいた番号のひとつに、その場で電話をかけた。

 弁護士が顔をしかめている。

 親父も俺を一瞥した。

 まかせろ、親父。本番はこれからだ。

〈どうだった?〉

 電話口から聞こえてきたのは、リンの声だった。

「悪い。今すぐ()()に(・)メ(・)ー(・)ル(・)し(・)て(・)く(・)れ(・)」

 俺はワカさんに目を向けた。

「先生。この部屋の電話、ハンズフリーになりますか?」

 ワカさんは驚きながら校長に顔を向け、校長はキョトンとしながら頷いて見せた。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 校長室の電話番号を伝えて待つこと3分――電話が鳴り、まず俺がでた。

「もしもし?」

〈シンくん、どうしたんだい?〉

 聞こえてきたのは蒼都市長セイリュウの声だった。

「悪い。今からハンズフリーにする。声もスピーカーで周りに流す」

 俺はハンズフリーボタンを押し、受話器をテーブルに置きながら、話を続けた。

「今、例のトラブルの件でもめてる最中なんだ」

〈……なるほど、そうでしたか〉

 一瞬だけ黙り込んだのは、予想外の展開だったからだろ。

〈想定した中で最悪の展開ですね。ということは、近くに相手側の弁護士も同席しているということですか?〉

「いる」

 俺は弁護士を見た。

 弁護士は表情を変えず、顔をしかめながら卓上の子機を見つめていた。

〈でしたら、この会話も記録しているものと考えてかまわないわけですね?〉

「どうかな」

〈君に尋ねたわけじゃありませんよ、久賀慎一くん〉

 市長は穏やかに告げてきた。

〈そちらにいらっしゃる法曹関係の方、よろしければお名前と登録番号をお教えいただけますか?〉

「金田正男といいます。登録番号は――」

 弁護士はIDのようなものを暗唱した。

〈ありがとうございます。時間も時間ですので、弁護士会への確認の問い合わせは後ほどにさせていただきます。なお、これは弊社の内部規定に沿った確認手続きですので、ご気分を害されないよう、お願いします〉

 市長はそこで、咳払いをした。

〈ご挨拶が遅れました。私は株式会社ヴァーチャル・リアリティ・ネットワークス、コンテンツ事業部、ファンタジア・オンライン・マネージメントチームでチーフを勤めさせて頂いている森下健司(もりした・けんじ)と申します。そこにいる久賀慎一くんが参加している弊社の完全仮想現実技術を用いた娯楽コンテンツ、『 PHANTASIA ONLINE 』のクローズドβテストでは、現場の総指揮を執らせていただいている者です〉

 弁護士は目を見開いた。

 親父も目を見開きながら俺を見ている。

 俺は――同じように目を見開いていた。

 おいおい、市長。そんなに偉かったのか? 嘘だろ?

〈今回は弊社の不手際で久賀慎一くんの仮想現実における肖像権を犯すという多大な迷惑をかけてしまいました。口頭ではありますが、そのことで何かあれば、協力することを確約しております。それもあって、このような形での対面になってしまいました。ご査収いただけますと、助かります〉

「不手際をお認めになられるんですね?」

 弁護士が口早に尋ねた。

〈はい。6月22日午後8時19分に弊社の公式サイトに掲載いたしましたJPEG画像は、久賀慎一くんともう一人の当事者の許可を取らずに掲載した、本人のアバターボディの頭部の平面画像でした。プレイヤーとアバターボディの見た目が近い場合を想定しなかった私どもの不手際というしかありません。久賀慎一くんともう一人の当事者のご指摘を受け、画像はすぐに撤去し、謝罪を致しましたが、これが発端となり、お客様にご迷惑をかけてしまいましたことは、たいへん申し訳なく思っております〉

 市長はスラスラと言い放った。

〈ところで金田さん……とお呼びしますが、金田さんが問題になされている不手際というのは、いかなるものでしょうか?〉

「……いえ、それは後ほど書面で、正式にお尋ねいたします」

 弁護士は顔をしかめながら、苦々しげに答えた。

〈いえ、そうはいきません〉

 市長が切り返した。

〈不祥事といわれては、引き下がるわけにいかないのです。私どもに手抜かりがあったという主張は、場合によっては法的な問題に発展します。そのような事案を何も聞かずに終わることなど、現場を預かる者としては到底許されません。黙秘されるのであれば、こちらといたしましても、相応の法的な対応を行うしかありませんが、いかがでしょうか〉

 弁護士は口を閉ざした。

 顔はうっすらと汗ばんでいる。

「市長……じゃなかった、森下さん」

 俺が割って入った。

 弁護士から睨まれたが、気にせず、話し続けた。

「俺はさっき、この人……じゃなくて、弁護士の金田さんから、こう言われました。ある人物がテスターに応募していた。しかし、俺の身内に、ヴァーチャル・リアリティ・ネットワークス社の社員がいたとなれば、落選させることも不可能ではない。そうですよね、金田さん」

 睨み返すと、弁護士は一瞬だけ視線を逸らし、すぐ俺をにらみ返した。

 反論は無い。

 だが、今はそれで充分だ。

〈なるほど。しかし、そのようなことはありえないと断言できます〉

 市長はスラスラと言い返してきた。

〈金田さん。応募の選考は弊社ではなく、弊社の親会社にあたるNEUROジャパン社が行っております。しかし、そちらにいる久賀慎一くんの叔父にあたる久賀優二さんは、弊社にこそ所属していますが、所属は弊社静岡工場総務部です。その点だけを見ても、久賀慎一くんの身内の人に、誰かを意図的に落選させることなど、できないと断言できます。それともうひとつ。久賀慎一くん。お客様であるあなたにお尋ねしたいのですが、今現在、あなたが関係しているトラブルの中の、弊社の名前がでてきている事案において、いったい誰が、弊社で不正が行われたという虚偽の主張を行っているのでしょうか。これは弊社の名誉を守るための質問ですから、テスター規約第二十九条において、あなたには答える義務が生じています。お答え下さい〉

「大山憲義」

 俺は弁護士の目を見つめながら答えた。弁護士は俺を一瞥したが、すぐに目が泳ぎだした。表情が変わっていないところを見ると、大急ぎで対策を考えているのかもしれない。

〈ありがとうございます〉

 市長が応えた。

〈調べたところ、確かに北海道函館市にお住いの大山憲義という人物から、20X0年3月7日付けで『 PHANTASIA ONLINE 』クローズドβテスターの一般選考に対する応募登録が行われています。しかしながら、同年4月1日に行われた第1次抽選会で外れています。その結果は、登録されている“hiro@oyama.pll.2x.com”というメールアドレス宛に、財団法人電子文章認証機構の認証付き電子メールという形で送付しています。なお、久賀慎一くんの特別選考枠への申請が行われたのは4月29日、さらに言えば、叔父の久賀優二さんが弊社の静岡工場に採用されたのは4月9日です。この日付を見ても久賀慎一くんの選考合格と、大山憲義くんの応募落選の間に相互関係は無いと断言できます。それとも金田弁護士は――〉

「もう、結構です」

 弁護士は両目を閉じながら、吐き出すように告げた。

「貴社が無関係であることは疑う余地が無いと判断します」

〈それはなによりです〉

 市長の言葉に、俺は心の中でガッツポーズを作っていた。


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