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ONLINE  作者: niziya
LOG.03 " NEW STAGE "(未改訂版)
32/57

#03-13

 親父が運転する車で学校に向かう中、ようやく俺は事の子細を聞くことができた。

 なんでも自宅に籠もっていたはずの大山が、家を飛び出し、我が家を強襲しようとしたそうだ。しかし、大山の家からうちのマンションまでは随分離れている。その間、パジャマ姿で金属バッドを片手に持った巨漢の坊主頭が、もの凄い勢いで自転車をカッ飛ばしていた――職質されるのは当然だ。

 だが大山は、職質してきた警官を殴打して逃亡した。

 斜め上すぎる展開だ。

 結果、警察はパトカーも繰り出しての大捜索に踏み切った。

 こうして午後11時過ぎ――我が家に非通知の悪戯電話がかかってきた。

 無言電話だ。

 帰宅していた親父は、これが大山だと勘付き、まず自分のケータイでワカさんに連絡した。さらに親父は、学校の理事のひとりに電話した。学年主任が暴言を吐きまくった翌日、連絡をとり、録音を聞かせ、協力を要請していたらしい。その理事はふたつ返事で協力を約束。今回もまた、理事にあることをお願いし、これまたふたつ返事で了承してもらった。

 学校には、その理事とワカさん、校長、教頭が呼び出された。

 さらに警察からの応援も駆けつけた。

 病院からも応援が来た。

 その上で母さんが無言電話を受けている間、俺がログイン中であることを確認したうえで、玄関先まで向かい、大きな声でこう告げたそうだ。

「慎一ぃ! 早くしろぉ! 学校に行くぞぉ! 犯人を退学にするんだろぉ!」

 同じ言葉を2度繰り返した。

 2度目の途中で電話が切れた。

 その10分後――俺がログアウトして間もなく、学校にやってきた大山を、警察が確保したそうだ。電話によると、最初は暴れていたが、手錠をかけられてからは急に大人しくなったらしい。

 罪状は警官に対する傷害と公務執行妨害。あと、凶器で頭部を狙ったことを考えれば殺人未遂にも問えるらしい。つまり、いくら未成年でも、手錠をかけられて当然のことをしでかしているというわけだ。

 学校に着くと、妙に立派な外車が駐車場に止まっていた。

 警官が出迎えに来た。

「久賀さん、言われた通りに周りも見てきました。今なら大丈夫です」

「悪いな、無理言って」

 そんな会話のあと、俺たちは車から降りた。

 ええっと……?

「親父。もしかして――」

「んっ? まぁ……」

「慎一くんと会うのは初めてだったね」

 先を歩く若い警官は、振り返りながら笑いかけてきた。

「コレだよ。コレ」

 警官は釣り竿をクイクイッとさせる仕草をしてみせた。

「よく会うんだ。特の週末の朝釣りなんかで」

 恐るべし、釣り人ネットワーク。

 話によると、少し離れた交番に詰める若手の警官らしい。今回は、釣り仲間(!)である暑の人の声掛けで、緊急の招集を受けたという形をとっているらしい。さらに、職員用玄関から校舎へ入ると、校長室の前に親父の釣り仲間である脇坂の爺さんが、住職の格好のまま俺たちのことを待っていた。

「あぁ、ご隠居。すみません、こんな夜遅くに」

「なんのなんの。夜釣りは思わぬ大物があがりますからなぁ。あっはははは」

 なに、この釣りつながり。

 それにしても脇坂の爺さん、坊主なのに釣りなんかしてもいいんだろうか? あれって殺生にあたるんじゃないのか? 釣った魚は、全部食べているって話だし。

「おぉ、慎一くん。随分と大きくなったねぇ」

「先月も会った記憶があるんですが」

「男子3日会わざれば活目して見よ、じゃよ。あっはははは」

 寺を息子に譲り、楽隠居の身の上になっているんだが――ボケているのか、天然なのか、その判断が実に難しい爺様だ。なんだか車の中で高めていたやる気が削がれていく。

「しっかしまぁ、いい顔になったもんじゃのぉ」

「おかげさまで」

「いやいや、世辞じゃないぞ? 先月会った時も思ったことじゃが、なかなかどうして、いい男の顔になってきたと思ったもんじゃ。あれじゃな。キムタクには遠いが、織田裕二とはいい勝負じゃ」

 爺さん……キムタクと織田裕二も、渋い爺様なんですが。

 そうですか。

 俺、ロマンスグレーの爺様ですか。老けてますか。はいはい。

「それで、中の様子は?」

 親父が本題に戻そうと爺さんに話をふった。

「あれも地獄といえるかもしれんの」

 爺さんは目を細目ながら校長室を見つめた。

「久賀くんの予想通りじゃよ。母親が弁護士と一緒に現れおった。今は杉本さんと校長と担任とで相手をしてもらっているところじゃよ。あぁ、あの子は保健室で寝ておる。収監するのも忍びないのでな、悪いが一端、休ませることにしたんじゃ。なに、署長にはあとでわしが詫びを入れておく。これでも民生委員じゃからの」

 わからん単語が飛びかっているが、今は黙っておくことにした。

「ご隠居、私たちが入っても……」

「かまわんだろ。あぁ……慎一くん。どうするね。行けば地獄。おまえさんは、間違いなく罵倒され、侮辱され、最悪の場合、暴力をふるわれ、傷つくことになる。それでも行くかね?」

「選択できるんですか?」

「できる」

 爺さんは、ゆっくりと頷いた。

「なぜなら、おまえさんが、まだ未成年だからじゃよ。しかし、わしはおまえさんを子供扱いして良いとは思わん。どうするかは、おまえさんが決めるべきなんじゃ。もっとも、同席したところで、おまえさんの出る幕は何もない。おまえさんに出来ることは、黙って座っているだけじゃ。それでもよければ、一緒に行けばいい」

 俺は一瞬だけうつむいた。

 考えるまでもない。

「親父」

「んっ?」

「俺のことは全部横に置いて――親父の狙ってる結果を導き出すには、俺がいたほうが有利か? それとも不利か?」

 主役は親父。つまり親父がプレイヤーだ。

 俺はリソース。投入することで有利になるなら、投入すればいい。不利になるなら、引っ込めればいい。決断するのは、親父(プレイヤー)だ。

 親父はジッと俺を見つめた。

 母さんは何も言わない。

 爺さんも、警官も、黙って俺と親父を見ている。

 不意に親父の口元が緩んだ。

「歳をとるわけだ……」

 親父は俺の頭に手を置き、クシャクシャっと髪をかき乱した。

「痛てっ」

「あっ――悪い」

「お父さん」

 母さんがたしなめる。親父はガリガリと自分の頭をかいた――まるで俺のように。

 俺は小さく吹き出した。

「親を笑うな」と親父。

「ごめん」と俺。

 しかしまぁ……俺ってやっぱ、親父の息子なんだな。趣味人なところとか、ちょっとした仕草とかが同じだし。

「……じゃあ、さっさと片付けるか」

 まるで新しい階層に挑もうとする俺のように、親父は背広の内ポケットに手を差し込みながら、校長室の扉に向き直った。

 一瞬、緊張が走る。

 親父が扉をノックした。

「失礼します」

 返答も待たず、親父は扉を開けた。

 中は静かだった。

 向かって奥のソファーに、校長とワカさんと初めて見る初老の爺さんが座っていた。手前には見知らぬおばさんと壮年男性が座っている。いずれも押し黙っていたが、親父が部屋に入ると、バッとこっちのほうに視線を向けた。

「あぁ、お待ちしていおりました」

 立ち上がった校長が親父に声をかける。同様にワカさんも立ち上がった。初老の爺さんは、杖に手をかけつつ立ち上がりかけたが、親父が手で制した。一方。おばさんとおっさんも立ち上がり、振り返ったおっさんは素早く親父に歩み寄ってきた。

「初めまして。弁護士の金田正男と申します」

 慣れた動作で内ポケットから名刺入れを取り出し、スルッと一枚の名刺を両手で持ちつつ親父に差し出してきた。

「これはどうも。函館市役所“あかるいまちづくり課”の久賀優一です」

 親父はゆっくりした動作で、弁護士と同じように名刺を差し出した。

「あぁ、あの“あかるいまちづくり課”の……ご活躍はかねがね」

「とんでもありません。市民の皆様のご協力あってこその“あかるいまちづくり課”ですので」

「どの面を下げてそんなことおっしゃるのかしら!」

 独白というにはあまりにも大きな声だった。

 言ったのはおばさんだ。

 あれが大山の母親なんだろう。それにしても、化粧がこすぎる。ヒョウ柄の服がピッチピチで破けそうだ。俺の母さんも太めだが、このおばさんに比べれば充分すぎるほど痩せているように……いや、母さんって実は普通なのか? 姉貴といい、リンといい、俺のよく知る女性がスリムすぎるからそう思えるだけなのか?

 なんにせよ、香水のニオイがすごい。

 鼻が曲がりそうだ。

 勘弁して欲しい。

「夜分遅くにお疲れ様です」

 ワカさんも俺たちのそばにやってきた。

「久賀くんのお父さん、お母さん、どうぞあちらに――」

 促されたのは向かってテーブルの左手に並ぶ1人用ソファーふたつだ。

「久賀くん」

 と、ワカさんが声をかけてくる。

「怪我のほうは? どうせなら他の場所で待っていたほうが――」

「とんでもありませんわ!」

 俺が答えるより先に、大山母が声を張り上げた。

「うちの憲義ばかりかうちの人まで犯罪者に仕立ててあげた張本人を外してなにを話しあうとおっしゃるつもりですの!? 校長先生! 早くこの悪魔を処分してください! PTAも承諾済みですわ! 早くご決断下さい! さぁ、早く!」

「大山さん」

 なだめたのは、早足で近づいた弁護士だった。

「どうか落ち着いてください。すべてを私に任せるという約束でしたよね?」

 途端、おばさんは弁護士の手首をつかみながら、弱々しげにソファーに寄りかった。

「先生……先生だけが頼りなんです! このままだと私は…………」

「わかっています。わかっていますから、どうか落ち着いて」

 なんというか……あの弁護士、実は被害者なんじゃないか?

 と、背中をこづかれた。

 母さんだ。

 椅子に向かえ、と言っているらしい。

 俺は親父のあとに続き、ソファーの後ろに立とうとした。

「おい」

 親父が声と共に一瞥してきた。

 何事かと思ったが、親父の目の動きで意味を理解できた。

 ソファーに座れ、ということだ。 俺は先生方に近いほうのソファーに座った。親父は弁護士に近いほうのソファーに座る。母さんはワカさんが用意したパイプ椅子に腰を下ろした。

「脇坂さんや」

 それまで黙っていた白髪の老人が爺さんに声をかけた。

「悪いんだが、見届け人として同席してくれんか?」

「わかりました。民生委員として、見届けましょう」

 爺さんは自分でパイプ椅子を用意し、白髪の爺さんの隣に腰を降ろした。

 戦場が完成した。

 開戦の狼煙は、校長があげた。

「はて、どこからどう話せばよいのか……」

 おばさんが立ち上がりかけたが、弁護士がそれを制した。

「こちらと致しましては、再三に申し上げている通り、学校側の管理不行き届きについての釈明と正当なる対応を求めているだけです」

「ですからそのような事実は――」と校長。

 だが弁護士はとまらない。

「憲義くんは精神的かつ物理的にもイジメを受けていたと証言しています。実際、彼はクラスでも孤立していたと、他の誰でもない、担任の先生が証言しています。そうですね、若狭先生。先ほど、そう言われましたよね?」

「孤立というか……私が見る限り、ひとりでいることが多かったというだけでして……」

 ワカさんは理論整然とした弁護士の問いつめにしどろもどろになっていた。

「ではなぜ、指導なされなかったのですか? 孤立していることを知りつつ、放置していたというのは、教育者として、いえ、クラスを預かる担任として、不充分なところがあったという証明ではありませんか?」

「失礼ながら」

 親父が割って入った。

「物理的にもイジメられていたと仰いましたが、具体的には?」

「この――!」

 また大山母が激昂しかけた。しかし、弁護士がおばさんの手を握り、すかさず親父の顔を見返した。

「あなたの息子さんに日常的な暴力をふるわれていたそうです」

「どのように?」

「聞けば、あなたの息子さんも孤立していたようです。クラスに親しい友人がいなかったとか」

 弁護士は俺を一瞥した。

 少しムッとした。

「なるほど。それで?」

 親父は話の先を促した。

「えぇ。あなたの息子さんもイジメられていたわけです。それに関する学校への責任追及という点では、私どもと共闘できるものと信じております。ただ、腹いせとして、憲義くんに暴力をふるうのはいただけません。無論、謝罪さえしていただければ、不問に処すというのがこちらの言い分です」

「なるほど、腹いせに……」

 親父は俺を横目で見た。

「どうなんだ?」

「……なにが?」

 親父は無言だ。

 俺は小さく溜め息をついた。

「じゃあ、言わせてもらいます」

 俺はジッと見つめてくる弁護士の目をにらみ返した。少しだけ気力が必要だったが、右に親父、左に母さん、脳裏になぜかリンがいるおかげで、勇気を振り絞ることができた。

「俺にとってのストレス解消法はゲームです。イジメなんて後味の悪いことをするぐらいなら、ゲームに熱中することで憂さを晴らします」

 大山母が何か言いかけたが、弁護士が俺を見据えたまま、添え置いた手を握ることで制した。だが……なんだよ、その値踏みするような目。ムカつく。わかったよ。言いたいこと、言わせてもらうからな。

「それに俺は、人間関係ってやつが面倒臭くて嫌いなんです。愛想笑いもそう。話を合わせるのもそう。イジメなんかに関わったら、イジメ続けなきゃならないわけでしょ? 冗談じゃない。イジメる余力があるなら、ゲームやりますよ、ゲーム。だいたい、俺がいつから大山をイジメたって言うんですか? 中学も別ですよ? 高校に入ってからの俺は、格ゲーの練習と対戦で時間が足りなかったぐらいんないんですけどね。5月からは、仮想現実のゲームのテストにも参加していて――」

「それです」

 間髪入れず、弁護士が話に割り込んできた。

「お尋ねしますが、慎一くんはどのようにして『 PHANTASIA ONLINE 』のクローズドβテスターになったのですか?」


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