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ONLINE  作者: niziya
LOG.03 " NEW STAGE "(未改訂版)
26/57

#03-07

 まだ教室に残っていた面々は、大山と俺のやりとりに注目しだした。それでも、わざわざ近づいて仲裁しようとする者はいない。大山と関わり合いたくないからだろう。俺だって向こう側にいたら、そうしたはずだ。というか、俺は誰とも積極的に関わり合いたくない。久賀慎一という男は、本質的に、“寝てばかりいる面倒くさがり屋”なのだ。

「まぁ、俺に似てる気もするが……」

「だろ!?」

 俺が同意したせいだろう、大山はグッと両拳を握りながら断言した。

 しかし俺は、間髪入れず、大山に尋ねた。

「でも、これどうしたんだ? ネットに出てたやつか?」

「出てただろ! サイトに!」

「どこの?」

「だから、『 PHANTASIA ONLINE 』のサイトに!」

「……公式サイトか?」

 急に大山が黙り込んだ。

 俺は気づかないふりをして、「うーん」と言いつつカラープリントを見つめ続けた。

「しっかしまぁ、よくできてんなぁ……」

 これはけっこう、正直な感想だ。ログインするたびに見ているとは言え、こうして印刷されたものを見ると、いつもと違う感じがするのだ。

「さすがPVというか……無意味に高性能だな」

「嘘だ!」

 大山が叫んだ。俺を含む大山以外の全員がギョッとなった。

「嘘だ嘘だ嘘だ!」

 大山は顔を真っ赤にしながら、右足でダンダンダンと床を踏んだ。

「おまえだろ! シンだろ! だから、おまえがシンだ! 絶対にシンだ!」

「いや、だから――」

「うるさい黙れ! 権利譲れよ! 俺のだ! 俺のほうが! おまえなんかより! だから! 早く寄越せよ! 横取りしやがって! 泥棒! 泥棒泥棒泥棒泥棒ぉ!」

 はい?

 ええっと……泥棒? 誰が? 俺が? なんで? どうして?

「あぁああああああああああ!」

 大山が叫んだ。

 直後、大きく振りかぶる大山の右拳が、見えた。

 体が勝手に動きだした。

 だが、遅い。まるで全身が鉛になったかのように、思うとおりに動いてくれない。

 湿り気のある空気が、重い粘液となって体にまとわりついてくる。

 全てがスローモーションになっていた。

 唾をまき散らしながら殴りかかってくる大山も、椅子から立ち上がりかけた俺も、何もかも、呆れるほどゆっくりと動いていた。

 大山の拳が迫る。

 踏み出しかけていた俺の左足が、床に触れた。

 そのまま左膝の力を抜いた。

 だが、避けるには、もう遅すぎる。

 俺は右手で後ろの机を掴み、おもっきり後ろへと押しだそうとした。

 一緒に上体も捻る。

 拳は俺の右目のそばをかするようにして通過した。

 目の前に大山の脇腹が見えた。

 ガラ空きだった。

 俺の姿勢はどうしようもないレベルまで崩れている。それなのに、俺はヤツの脇腹をしっかり見据えながら、ねじり込むように、左の拳を――

 瞬間、時間が元に戻った。

 いろんなことが一斉に起こり、何がなんだかわからなくなった。

「きゃぁあああ!」

 女子陣の悲鳴が聞こえた。

「久賀くん!」「久賀!?」「馬鹿野郎!」「押さえろ!」「誰か先生を!」

 いろいろな声も聞こえた。

 どうやら俺は、周辺の椅子や机を巻き込みつつ、大山の下敷きになって痛みをこらえているところらしい。意外と冷静なのは、痛みになれているからだろう。

 だが、痛いものは痛い。

 あおむけなのかうつぶせなのか、怪我があるのか無いのか、なにを言っているのか、言えずにいるのか、そういうことすら把握できない。とにかく痛いのだ。痛いということだけで頭がいっぱいになり、それ以外のことが考えつかないのだ。

 なるほど、これが本物の激痛か。

 これは緻密に再現したら、苦情ものだな。

 などと思ってるうちに、俺の意識は、ストーンと暗闇の中に落ちてしまった。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 病院で目を覚ました。呆れ顔の母さんの話によると、俺は頭から血を流しつつ失神していたようだ。

 ついでに伊達眼鏡も割れてしまった。目を怪我せずにすんだのは不幸中の幸いというべきだろうが……いやはや。

 いずれにしろ、学校は大騒ぎになった。

 俺は救急車で近くの病院に運び込まれた。

 傷の手当てと簡単な脳の検査が行われたあと、目覚めた俺に、

――私の息子だもの。絶対大丈夫だってわかってたわよ。

 なんて母さんが言ってきた。青ざめた顔で。

 まったく……謝ればいいのか、強がればいいのか。どうすりゃいいんだか。

 まぁ、検査の結果は異常無しだったから、強がることにしておく。

 怪我も頭部の裂傷と、左手首の軽い捻挫(ねんざ)のみ。ちなみに手首の捻挫は、不用意に殴った結果だと思う。我ながら情けない。もう少し頑丈だと思っていたが……こりゃあ、もう少し本気になって体を鍛えるべきかもしれない。

 などとボンヤリ考えていると、白衣の医師が病室にやってきた。

「ようやくお目覚めかね。お母さんにも話してあるけど、何も心配することは――」

「すみません、先生」

 俺は医者の話に割りこんだ。

「俺、PVのテスターやってるんですけど、このままやって大丈夫ですか?」

「PVの?」

 医者は少し驚いていた。

「あぁ、うーん……どうだろう。ちょっと待ってなさい。専門の人に聞いてみるから」

 医者はどこかに内線電話をかけた。

 会話は数分で終わった。

「大丈夫だそうだ。仮に異変があれば、ログインそのものができなくなるそうだよ。ただ、念のために毎日検査をさせてもらいたいそうだ。なにかあった場合、君の体だけじゃなく、PVにも大きな社会的ダメージを与えてしまうからね」

「はい。わかってます」

「うん、そうか。しかし、PVとは……そういえば、一般テストも始まってるんだねぇ」

 医者は何やら感慨深げに頷いていた。

 その後、駆けつけた担任と教頭が、母さんとのお辞儀合戦を開始。俺はPVの専門医とかいう人と顔合わせをしたうえで、とにもかくにも、家に帰らせてもらった。

 ところで大山だが。

 まず俺を下敷きにした時、脇腹を押さえながら、俺の上をゴロゴロと転がり、ワンワンと泣きだしたらしい。そんな大山をクラスの男子が引き起こすと、今度は引き起こしたヤツに殴りかかったそうだ。

 さらなる悲鳴があがったのは直後のこと。俺が頭から血を流し、気絶していたことに気づいた女子がいたのだ。そこから女子が連続失神。大山暴走。窓ガラスが椅子で割られ、他の男子も軽い怪我を負った。

 この時点でようやく教師陣が到着。体育教師が中心となって大山を押さえ込み、廊下に連れ出し、落ち着くまで――再び泣きだして暴れなくなるまで――押さえ込んだそうだ。

 一方、教室では怪我人の手当が行われ、到着した救急隊員によって俺は搬送された。

 他の怪我人は傷が浅いこともあり、保健室で手当をしたうえで家に帰したそうだ。

 大山はその後、駆けつけた母親につれられて一時帰宅した。

 事情聴取は明日以降。

 俺と大山は、しばらく特別休講扱いで自宅待機を言いつけられた。

 もう、何がなんだか……疲れ果ててしまった俺は、夕食を食べたあと、早々と部屋に戻らせてもらった。

 ふと鞄に押し込まれたケータイを見る。

 リンから、何度もメールや電話がかかってきていた。

「…………」

 俺は机に向かい、アドレスコールでリンを読んでみた。

 ワンコールでリンが画面に出た。

 リンは怒気で燃え上がりそうなほど怒っていた――が、俺を見るなり、目を丸くした。

〈ちょっと、頭のそれ、どうしたのよ!?〉

 頭に被っているネットのことを言っているらしい。

「悪い。詳しい話、定時でいいか?」

〈う、うん……でも、大丈夫? PVやれんの?〉

「医者が言うには平気らしい」

 俺は頭のネットに触れながら苦笑した。

「念のため、あとで再検査するとか言ってたけど」

〈無理することないわよ。話はあとでもいいから、今日のログインは――〉

「いや」

 俺は溜め息をついた。

「今は無性に、仮想現実(むこう)で暴れたい」

〈……うん〉

 リンは珍しく素直に応じた。

〈わかった。付き合う。じゃ、定時に〉

「あぁ。定時に」

 俺はヴォイスチャットを切り、タイマーを定時にセットしてからベッドに倒れ込んだ。

 誘眠機能を使うまでもなく、俺は速攻で眠りの世界に落ち込んでいった。



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