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ONLINE  作者: niziya
LOG.03 " NEW STAGE "(未改訂版)
23/57

#03-04

 最初、俺もリンも、ノックを聞き流していた。だがコンコンッという音と共に、

――すみませーん。ちょっとお話しがあるんですがー。

 という声がドアの外から聞こえてくると、俺たちはすぐ、顔を見合わせた。

「アンチ?」とリン。

「わからん」と俺。

 リンはすぐにカードをまとめだした。セットカードも後回しだ。

「とにかく変装」

 席を立った俺は、そう告げつつリンに背中を向け、その場で変装用の装備を身につけていった。変更の瞬間、下着姿が見られたかもしれないが、俺は男なのでそれほど気にならない。

 背後ではヴォイスコマンドでカードを収納したリンが、キャンプ機能も終了させていた。

 リンも席を立ち、「コール」とつぶやきながら変装を開始する。

 数秒待つ。

「いいか?」

「もうすぐ。応対して」

「了解」

 全身甲冑姿になった俺は、なおもノックが続いているドアに歩み寄った。

 ちなみに居留守は使えない。カウンターにいけば、空室の有無はもちろんのこと、入室しているかどうかも確認できるのだ。

「すみませーん」

 近づくと声がハッキリと聞こえた。俺と同世代っぽい男の声に聞こえた。

「はい」

 俺はドアを閉じたまま、声をあげた。

 すると謎の訪問者は、安堵の声を返してきた。

「よかった……あっ、すみません。今日からこの宿を借りることになった者です」

「すみません」

 と俺は苦笑まじりに言い返した。

「ちょっとたて込んでいるんで、挨拶はまたの機会にしてもらえませんか?」

「お忙しいところ申し訳ありません。少しご相談したいこともありますんで、お時間ができましたら、お声をかけていただけませんか?」

 おい。俺の話、来てるのか?

「いつでもかまいません。仲間が外にいますから、誰かに声をかけてください」

 相談? 仲間?

「……わかりました。では後ほど」

「どうもすみません」

 訪問者はそう言い残してドアから離れた。

「どいて」

 メイド服に着替えたリンが、俺を押しのけ、ドアに耳を貼り付けた。

 一歩下がった俺は、しばらく待った。

「大勢いるわ」

「人数は?」

「わかるわけないでしょ。階段の音と……あっ、建物の前で誰か笑ってる。けっこういるみたい」

 ドアから耳を離したリンは、俺を見上げてきた。

 と、リンは顔をしかめた。

「その兜、なんとかなんない?」

「んっ? 選んだの、おまえだろ?」

 俺の変装衣装はすべてリンが選んだものだ。だが、選んだ本人はご不満らしい。

「あんたがどこ見てるのかわかんないのよ。なに考えるのかもわかんないし」

「……変装用だぞ?」

「いいから、今は兜ぐらい脱いでよ」

 わけがわからなかったが、俺は言われた通り、兜を収納した。

「これでいいか?」

「うん。で、どうする?」

 リンは真顔で尋ねてきた。

「どうするもこうするも……」

 俺はガチャガチャと腕を――組むことができず、左手を腰にあてた。

「面倒だ。別の宿、探したほうが早いだろ?」

「そりゃあ……でもさ」

 リンは窓に目を向けた。

「ここから見る夕焼け、最高なんだけどなぁ」

 本格始動以降、各中枢都市では昼夜も再現されるようになった。

 ゲーム内の1日は8時間でひと巡り。メンテを終えた午前9時が日の出、4時間後の13時(午後1時)が日没、17時(午後5時)が2回目の日の出で、21時(午後9時)に2度目の日没を迎え、翌日の午前1時に3度目の日の出、午前5時に日没を迎え、ゲーム内で夜のうちにメンテ時間に入る――そんな感じだ。

「そっかぁ……あれも見納めかぁ」

 俺も西側を窓を眺めてみた。

 あの窓から見える光景が最高になる時間は、もうまもなくやってくる。

 夕暮れ時だ。

 偶然見つけた宿だったが、リンが適当に選んだ2階の角部屋は、夕陽を見るには格別の場所だったのだ。もう、その光景はキレイなんてものじゃない。

 茜色の世界。

 キラキラと輝く海。

 彼方には岩礁が数個、波間から顔を覗かせている。

 空には本格始動後に実装された、決して地上に降りてこないカモメが優雅に飛んでいる。

 海に半分突き出ている広場には、蟻のようなユーザーたちの姿も見えた。

 それは夢のような景色だ。

 街に戻るなら、必ずこの時間にしようと話し合ったくらい、この部屋からの景色は格別だったのだ。

「……やるか」

 と、俺はつぶやいた。

「なにを?」

「だから……面倒なこと」

 俺は兜を呼び出し、装備しなおした。

 リンは目を見開いて、兜を被った俺をマジマジと見上げた。

「芝居、本気でやるつもり?」

「もったいないだろ、この部屋」

「それはそうだけど……でも、そういうの苦手なんでしょ?」

「交渉は任せた」

「あんたねぇ……」

 リンは両手を腰にあてながら、呆れたとばかりに顔をしかめてきた。

 それでも口元が微妙にほころんでいる。

 これなら、まぁ、なんとかしてくれるだろう。多分。



━━━━━━━━◆━━━━━━━━



 部屋を出ると、宿の前に集まっていたユーザーたちが一斉にこっちを見上げてきた。

 トカゲ人間もいれば子供外装もいる。

 普通の男性外装もいれば、女性外装もいる。

 雑多な集団だ。

 少なくとも俺が知る有名どころの《青》系グループではないらしい。といっても、俺の知っている集団といえば、トカゲ人間が多い『蜥蜴同盟』とか、貝殻ブラジャー必須という珍妙な掟を掲げている『私立人魚姫学園』だとかのキワモノ系(?)ばかりなのだが。

「いくわよ」とリン。

「OK、相棒」と俺。

 設定は随分前に作り上げている。雑談がてら、冗談半分に話していたものだが、とうとうそれを実際に使う時が来たのだ。

「はじめまして」

 階段を降りた俺たちの前に、グループの代表者らしい女性外装ユーザーがやってきた。

 もう、引き返すことはできない。

「さきほどはすみませんでした」

 メイド姿のリンが会釈した。

「こちらこそ。リューネです」

 代表者はそう応えた。

 ヴェトナムのアオザイを着た、スタイル抜群の女性だ。

 背の中程まで伸びる癖のない藍色の髪。肌は褐色。パッチリとした両目はサファイアのような蒼。珊瑚にも見える外装オプションの《竜角(ドラゴンホーン)》が、額から2本、小さく突き出ている。それ以上に目を引くのは、全リセット前のリンよりも大きい、しっかりとした胸のふくらみだ。

 今回ばかりは、兜を被っていて良かったと本気で思った。さもなきゃ、胸に注目する俺に、リンがどういう反応を示していたものかわかったもんじゃない。

「今日からこちらの宿でご一緒させていただくことになります。そちらは……」

「わたし、ランです。こっちはカミュっていいます」

 俺は軽く頭を下げた。

 言うまでもなく、偽名だ。

 それでも、リューネと名乗った人は、当然のように、ある疑問を口にしてきた。

「おふたりだけ……ですか?」

 当然だろう。パーティは6人というのが常識なのだし。

 だがラン(リン)は即座に、

「はい」

 と答えた。

「わたしたち、幼馴染みなんです。ただ、カミュがちょっと人見知りするんで……」

 ラン(リン)とリューネが俺に視線を向けてきた。

 俺は顔を背けた。

「もう……」

 ラン(リン)の肘鉄が、鎧の腹部を震わせた。

 兜の下で視線だけをリューネに向けると、彼女は困惑気味に微笑んでいた。

 どうやら今の話を信じてくれたらしい。

 悪い人では無いのかもしれない。

「ところで……なんていうグループですか?」

 ラン(リン)はチラッと、周囲に視線を向けた。全部で十数名いるリューネの仲間らしきユーザーたちは、俺たちの会話に注目しているところだった。

「いえ、名前はまだ……グループというより、たまたま知り合った人たちが集まってるだけなんです」

「何人いるんですか?」

「今日は30と……ねぇ、何人?」

「36。ロイドさんたちとハチコウさんたちが潜ったまんまだし」

「8パーティですか?」とラン(リン)。

「ううん。パーティは9つ。5人と4人のパーティもいるの」

 ラン(リン)を年下と判断したらしい。リューネは口調を変えながら、落ち着いた物腰で、さらにこう言ってきた。

「それもあって、相談したいと思っていたの」

「部屋のことですか?」

 ラン(リン)はすぐ察したらしい。

 “老人の隠れ家”亭は1階が4部屋、2階が5部屋の計9部屋構成だ。しかも部屋のレンタルはパーティ単位。キャンプ機能のことも考えると、いちいち再編成するよりは、というところなのだろう。

「後から来たのに、こういうお願いをするのもどうかと思うんだけど……」

「すみません。あの部屋、わたしたちも気に入っているので……」

「もちろん、ただとは言わないわよ? 迷惑料込みで、100万(1M)まで出せるわ。どう?」

 ラン(リン)は目を丸くした。俺もだ。

 俺たちも随分稼いでいるつもりだが、それでもリンが言うには今回の分も計算にいれて、ようやく1日平均が5万を突破した程度にすぎない。それなのに彼女たちは、たかが宿屋の一室を手にいれるために100万も出すと言ってきた。

 俺はリンの背中をこずいた。

 振り返るラン(リン)の顔に、兜を近づける。

「……なに?」

 リンが小声で尋ねてきた。

「……いくらなんでも変だ」

「……わかってるわよ」

「……いざとなったら俺が暴れる」

「……そんなにやばい?」

「……わからん」

「……OK、その時は任せるから」

「……任せろ」

 俺たちは内緒話を終え、再びリューネに向き直った。

 リューネは両腕を組みつつ、苦笑を漏らし、小首を傾げていた。

「質問があります」とラン(リン)。

「そうよね」とリューネ。

「100万クリスタルなんて大金、本当に持ってるんですか?」

「これでどう?」

 すでに準備していたのだろう、リューネはアオザイの袖からカードを引き出した。

 それを見えるように差し出す。

 クリスタルカードだ。

 それも、ワードスペースに“1,000,000c”と記されたクリスタルカードだった。

「まだ信用できない?」

「できません」

 ラン(リン)は即答した。後ろにいる俺には表情が読みとれない。だが、なんとなく笑顔で言い返した気がした。こいつはそういうヤツなのだ。

「わたし、ゲームのことは詳しくないんですが、アンダーグラウンドの地下10階より深いところに潜ってるプレイヤーでも、1日に稼げる量は1万クリスタルから2万クリスタル、いっても4万クリスタルぐらいと聞いています。違いますか?」

「9パーティもいるんだもの。1日で36万ぐらい、稼げるでしょ?」

「もしくは9万ですね」

「そうね」

 リューネは組んでいた右手を頬にあてつつ斜め下を見下ろした。

「あなた方が納得できる答え、簡単に教えるわけにはいかないのよ」

「それでしたら交渉決裂ですね」

 ラン(リン)の一言に、リューネの背後にいる面々が戸惑いの表情を浮かべた。それもそうだろう。いくら胡散臭くても100万が手に入るのだ。仮に彼女たちが後ろ暗い連中だとしたら、関わりにならないのが得策といえる。だったら、素直に受け取り、宿を引き払うのが最善のはずだ。

 実際、俺もそう考え出している。リンもそうだろう。

 しかし、まだリューネの目はしっかりとラン(リン)を捕らえている。交渉が決裂するはずがない。

「交渉上手ね」

 リューネのその一言が、すべてを物語っていた。

「やっぱり最初から100万にしたのがいけなかったのかしら?」

「さぁ?」

 ラン(リン)とリューネは微笑みあっている。和やかに見えるのは、あくまで表面だけだが。

「どうすれば譲ってもらえるかしら?」

「どうすればわたしたちが譲ると思います?」

 リンは一歩の引かない。それどころか、攻めに転じている。

 いや、向こうが条件を出した時点で、すでにこっちが攻め手になっているようだ。

 向こうはこちらの要求が何であるかを把握していない。

 仮に焦れた相手が暴力を臭わせてきたら、その時点で向こうの負けだ。

 不幸中の幸いというべきか、俺たちは蒼海市長から“何かあったら連絡して良い”という免罪符を貰っている。いざという時は、これに頼ればいいだけなのだ。できればやりたくないが、大金をちらつかせる胡散臭さを思うと、公権力(スタッフサイド)も手持ちのカードとして数えておくべきだと思わずにいられない。

「困ったわね……」

 リューネは溜め息をついた。

「団長。聞いてるんでしょ? 降りてきてくださらない?」

「あぁ」

 声は上から聞こえた。見上げると、2階東端の角部屋の前に人影があった。

 紺色の着流しを着込んだ、長身の青年だ。巻き毛がかった短い金髪、白い肌、赤い瞳――よく見ると額から細長い5センチほどの一本角が伸びている。こちらも外装オプションは《竜角(ドラゴンホーン)》らしい。なんとなく、和服に挑戦した西洋人といった感じのする人だ。

「まったく……ここではゼノンって呼べって言ったろ?」

「団長は団長です」

 リューネはニヤッと笑っていた。

 ゼノンと呼ばれた着流しの人は、

「いやぁ、すまんすまん」

 と俺たちに笑いかけながら階段を降りてきた。

「君らが本物なら、きっとこうなるだろうと思ってね。いや、試すみたいで申し訳ない。お互い様ってところで、どうかな?」

 俺はリンの背中をこずいてから、少しだけ階段から離れた。

 こいつらの仲間はリューネの向こう側にいる。俺の背後には誰もいない。

「おっと、やりあうつもりはないよ。勝てない喧嘩はしない主義なんだ」

 ゼノンは階段を降りると、腕を組みつつ、俺のほうに苦笑を投げかけてきた。

「どういう意味ですか?」

 俺と共に退いていたリンは、警戒しながらゼノンに言い返した。

 ゼノンは苦笑まじりに、片手で顎を撫でだした。

「どういう意味もなにも……なぁ」

「私に振らないでくださいね」

 ゼノンの問いかけを、リューネはクスクスと笑いながら軽く受け流した。

「……ったく」

 俺は悪態をついた。

「ねぇ……」

 リンは前を向いたまま、俺に向かけて囁きかけてきた。

「ちょっと……ヤバくない?」

「ちょっとどころじゃないだろ。ただ……逃げても、無意味かもな」

「やっぱり?」

「あぁ。だいたい、どう考えても……」

 俺は溜め息をついた。

「バレてる」

「だね」

 ゼノンは「君らが本物なら」と言った。さらにリューネはゼノンのことを「団長」と呼び、ゼノンはゼノンで「お互い様」なんて言っている。

 なにがお互い様なのか?――正体を偽っていることだ。

 では連中の正体は?――考えるまでもない。

 見せ金にしても100万は大金だ。それほどの資金力を持つグループといえば、今日になって《シャークウェア》の買い占めを行った連中以外に考えられない。

 つまりこいつらは――

「『蒼海騎士団』?」

「だな」

 思いつく名前は、それしかない。

「いやぁ、偶然というのは恐ろしいものだよ」

 ゼノンは小さく笑いながら、語り続けた。

「市場で鍾乳洞のドロップアイテム、いろいろと売却してる2人組がいることに気づいてね。しかも、尾行してみたら、こっちが拠点候補にしてるところに、2人だけで入っていくんだから……そこまで聞いて、ピンと来たよ。この2人こそが、あの……ってね」

「それで?」とリンが冷ややかに尋ね返した。

「まぁまぁ」

 ゼノンはそう告げると、リューネに顔を向けた。

「悪いけど、軽食3人分、誰かに買ってこさせてくれないかな?」

「タケル、キオ、全員プラス2人分のAセット、お願いできる?」

「おい、全員って――」

「団長のおごりだから、急ぐのよ」

 すぐに「はい」という返事が2つ響いた。トカゲ人間と男性外装が目抜き通りに向かって走り始めた。

「立ち話もなんですから、あちらで」

 リューネが1階西端の部屋を指し示した。

「お断りします」

 リンが即答した。俺もうなずいた。

 これは予想外だったらしく、ゼノンとリューネは、顔を見合わせた。

「いや……それだと、まとまる話もまとまらんだろ?」

「だったらここで言ってください。それと、なにか勘違いされているようですが、わたしたちはSLじゃありません。前にも勘違いした人に因縁つけられて、スタッフのお世話になったことがあります。必要と判断すれば、今回もそうします」

 リンはスラスラと言い放つと、最後に半歩踏み出しながら鋭く言い放った。

「お話しは以上です。そこをどいてください」

 ゼノンとリューネは、再び顔を見合わせていた。


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