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ONLINE  作者: niziya
LOG.02 " BBS "(未改訂版)
11/57

#02-00

「気分がすぐれないもので……申し訳ありません」

 わたしはハンカチで口元を抑えながら、静かに立ち上がった。

「本当に申し訳ありません」

 ()が横からわたしのことを支えてくれた。

 少し寄りかかりながら、しずしずと廊下に出て行く。

 控えていた仲居の人が、一間あけてすぐに座敷にわたしと母を案内してくれた。向かってみると、別の仲居の人が高級そうな布団をすでに広げていた。わたしは母と仲居さんに支えられながら、布団に横たわり、ふぅ、と苦しげな吐息を漏らした。

「よろしけば馴染みのお医者様を――」

 仲居の人が恐る恐る申し出てくる。

「いえ」と母。「月のものですので、席の方々にも内々に……」

「でしたらお薬のほうは……」

「かかりつけの医者に処方されたものがございますので。申し訳ありませんが、ぬるめのお湯、いただけませんでしょうか」

「承知いたしました。取り急ぎ、お持ちいたします」

 仲居の人は一礼してから座敷を出て行った。

 障子がスゥと閉ざされ――完全に閉じた瞬間、母が小さく溜め息をついた。

「やられたわね」

「やられたわよ」

 ムカついていたわたしは、ムクッと起きあがり、マ(・)マ(・)を睨みつけた。

「念のために聞いとくけど……ママ、知ってた?」

「知ってるわけないでしょ。それより早く横になるのよ。ここの仲居、仕事が――」

「失礼します」

 わたしは慌てて横になった。途端、ママがわたしを逆向きに寝かせ、なにを思ったのか帯を解き始めた。

「ママ――」

「しっ」

 小さく口止めされる。

「お飲み物をお持ちしました」

「ありがとうございます。そこに置いていただけますか? あと、娘の帯を緩めますので、申し訳ないのですが、人払いのほうを……」

「人払いのほうはすでに……後ほど鮎川様が参られるそうです」

「ありがとうございます。なにかありましたら、手近の方にお声をかけますので……」

「承知致しました。失礼いたします」

 しばらくして、襖の閉じる音が聞こえた。

「まずいわね」

 ママの口調は元に戻っていた。

 わたしは首だけで振り返りつつ、ママに尋ねてみる。

「逃げる?」

「どうやって?」

「ええっと……病院に行くっていうのは?」

「医者が呼ばわるだけよ」

「だったら、島崎のおじいちゃんのところは?」

「遠すぎるじゃない。車で何時間揺られてきたと思うの?」

「3時間半」

 苦々しげに即答するわたし。ママは、再び溜め息をつくと軽く額をおさえた。

「うかつだったわ……生理が重いって設定、意外と使えないわね」

「設定って……」

「仕方ないわ。ここはママが生け贄になるから――」

 襖がガラッと開いた。

 わたしは咳き込んでみた。ママはわたしの背中をさすりだした。

「わざとらしい」

 絶対零度の鋭い刃がグサッとわたしとママに突き刺さった。

「まったく、恥ずかしいったらありゃしない。せっかく将来有望な良家のご子息をご紹介いただいたというのに、仮病で退席するだなんて……鮎川の女のくせに、よくもまぁ、人様の顔に泥を塗るようなことを平気でやれるもんね」

 確かめるまでもない。そこにいるのは、おばあちゃんだ。

 鮎川家は名家だ。それも、いわゆる女系家族だ。なんでも元禄時代のご先祖様が、夢に出てきた観音様にそうするよう言われたとか……そんな逸話が残っているくらい、鮎川の家は歴史が古く、家柄もかなりのものがあったりする。

 そんな鮎川家の現当主が、こちらにいらっしゃる鮎川鈴子、御歳71歳だ。

「鈴美。まさか鈴音も自分と同じようにできると思ってるんじゃないでしょうね」

 おばあちゃんの一人娘であるわたしのママ――鮎川鈴美、今年で35歳――は、鮎川の家を半ば飛び出した強者だったりする。

 それでも、実の母親であるおばあちゃんを見捨てることもできず、パパと出会い、結婚を決意した時は、婿入りしてくれるようお願いしたそうだ。脳天気だったパパは二つ返事で承諾。ふたりは晴れて夫婦となった。

 そんな2人の一人娘がわたし――鮎川鈴音、今年で16歳。私立聖アンヌ女学院高等部の1年生。それも幼年部からのエスカレーター組。どこに出しても恥ずかしくないお嬢様の中のお嬢様なので、男なんて家族以外に見たことありませんわ、おほほほ……な世界の住人だったりする。

 できることなら、他の世界に移住したい。切に願う。神様仏様、どうにかしてください。

「お母様」

 ママが鋭く言い返した。

「この際ですから、ハッキリと言わせていただきます。伝統を大切になされるのもけっこうです。しかし、鈴音は家のために生まれたお人形ではありません。たとえ、いずれ伝統を受け継ぐにしても、16で見合いなど、あまりにも早すぎます」

「私の母親は16で結婚しましたよ」

 おばあちゃんはピシャリと言い返した。

「それに私も、御爺様(あのひと)とお見合いしたのは15の夏です」

 結婚は18歳の春だ。その話は、吐き気がするほど何度も聞かされている。

「時代が違います」とママ。

「いいえ、違いません」とおばあちゃん。

 竜虎激突。蚊帳の外のわたしは、横になったまま溜め息をついた。

 はぁ……シンのやつ、今頃なにしてんのかなぁ…………






LOG.02 " BBS "





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