祭りの後で
荒っぽい機械音が響く。
空洞の中に響き渡るそれは、馬力さえあればいいという旧式のモーターが立てる音。
轟音は竪穴の中でに反響し、それは安作りのかごの中まで響き渡る。
「さっさと新調しねぇかなぁ……このおんぼろ」
ディム・オースティンは、そんな大型の資材搬入用エレベータの真ん中に突っ立ったまま、ぼそりと呟いた。
そろそろワイヤーが切れて落っこちるんじゃないか、と無用な心配を抱くほど年季の入ったこのエレベーター。
きっちりと整備は行き届いているはずだが、
「うわっ……とと……」
それでも、停止の際に、中の人間がよろめくほどの衝撃が起こるのは流石にどうか、とディムは心のうちだけで愚痴をこぼす。
それから、扉が開くのを見て、ディムは同時にエレベーターの外へと歩き出した。
*
ディムは手にトランクを提げ、気だるげに歩いていた。
広い空間。上を見上げれば、等間隔に吊り下げられた巨大な照明が真っ直ぐに並んでいる。
左右を見れば、通路から少し離れたところに、ビルのように整然と収蔵棚が立ち並んでいる。
資材搬入用の大型のエレベーターを除いて出入り口のないこの空間は、巨大な地下空間だ。
ディムはただ真っ直ぐなその通路を歩き、やがて目的地にたどり着いた。
そこは、ちょうどその地下空間の中央部分。円柱らしきものがそびえ立っている場所だった。
円柱の直径は十メートルに届こうかという、巨大なもの。よく見れば、さまざまな機材と、更なる地下へと向かう為のエレベーターが内蔵されていた。
ディムは、その周囲を行き来する白衣の男女の中から同僚の姿を見つけると、手に持ったトランクを持ち上げ声を掛ける。
「テレンス。『賢者の石』、持って来たぞ」
「はいよ」
テレンスと呼ばれた男は、ディムに気付くと返事を一つ。
歩み寄ると、トランクを受け取った。
……そのトランクは、異様なものだった。
特殊合金製に外部には、通常二つでいいはずの留め金が上に三つ、両側面に二つづつ、合計七つ。更に他にも、通常の言語体系から外れた特殊な文字群の強化繊維製のバンドで縛られていた。
そして、無造作に貼り付けられたラベルには『賢者の石』と印刷されていた。
テレンスは、受け取ったトランクを手近な作業台に置くと、二、三言、自らの使用する言語とは異なる言葉を呟き、バンドの文字列に指をなぞらせた。
するとバンドは描かれた文字列から緑色の光を放ちながら静かに緩んでいく。
テレンスはバンドを取ると、次は手際よく七つのロックを解除。
トランクを開けると、中には厳重に梱包された『箱』が入っていた。
その『箱』の覗き窓から、そこに蒼く光る豆粒大の宝石が収められている事を確認する。
「――引渡し確認、っと」
それからそう呟くと、テレンスはその手に手に持った『AAA』と赤い判子の押されたチェックリストに確認の印を入れた。
「トリプルAクラスの展示品はこれであと一つ……『カーニバル』だけだな」
リストを見ながらテレンスは呟く。そしてディムの方へ振り返り、
「んじゃ、こっちはこれからこいつの封印作業に入るから、終わったらまた連絡するわ」
「あいよ」
その言葉にディムは手を挙げて答え、きびすを返し、来た道を戻っていった。
*
ヴェンディア共和国、国立魔法博物館。
ここは、戦後、魔法が世界的に放棄されて以来、世界中のマジックアイテムの類を一手に管理している場所だ。
そして、この世界が過去に魔法を中心に動いていた歴史を、現代まで伝える唯一の施設でもある。
その外見は、元王族の離宮をベースに改築を施され、まさに歴史博物館らしい威容を見せ付けている。
その一階、中央ホールに鎮座する巨大なガラスケースの前に、手持ち無沙汰にぶらつく数人の男女の姿があった。
彼らは例外なく白衣を着込んでおり、胸には魔法博物館のスタッフである事を示す身分証を付けていた。
「……ヒマだ」
展示用ガラスケースの前で、安物の革靴を履いた足で床を叩き続けているディムも、その中の一人である。
定期的に続く硬質の音は、彼の退屈を如実に表している。
「……ヒマだ」
「……ヒマですね」
退屈に耐えかねたのか、スタッフの一人がディムのぼやきに同意した
彼らの言うとおり、今は本当にすることがないのだ。
今日は特別展示の最終日。
この特別展示は、共和国建国百周年にあわせて、『魔法と人間の歴史』というありきたりな名の下に行われたものだ。
しかし、そのなんの捻りもない名前とは裏腹に、普段の客寄せの特別展示とは、その中身が大幅に異なっていた。
きっと建国百周年のお祭り気分に当てられて浮かれポンチになったんだろうよ、と後に語られるその内容は壮絶なものだった。
数々の伝説を持つ魔剣である『楽宴』を始め、術者が望めばありとあらゆる物を生み、作り出すことができると言われる『賢者の石』、自ら意思を持ち、世界中の魔術を記したと言われる究極の魔術書『 書き記すもの』ete...
それらの、普段は地下四百メートルの特殊収蔵結界に、最高レベルの封印が何重にも施されたような状態で保管されているようないわゆる『トリプルA』を初めとする門外不出の究極アイテムの数々が、「出せるだけ全部出す」と言う共和国大統領の鶴の一声で決められてしまったのだ。
博物館側は危険だとして抗議を行ったが、大統領は聞く耳持たず、博物館側の上役もその決定が覆らないと見るや、すぐさま自分達の保身に走ったのである。
結果、「『トリプルA』の側には、常に何らかの形で異常に対処できるよう、最低一人は魔術師が控えること」……など、責任回避の為の現場無視、形式重視の厳重なマニュアルが策定され、無茶苦茶だ、と多くの魔術師が愚痴をこぼす羽目になった。
そして、招集されたディム達魔術師は、展示期間中、労働法無視寸前の激務と、一歩間違えば世界が滅ぶ、という恐怖と戦いながら、ようやく今、最後の『トリプルA』の搬出を待つばかりとなった。
「つーか、あと少しでトリプルAのお守りから開放かと思うと……残された時間がやたらと長く感じるんだが」
「確かにそうですよね……心なしか時計の針が進むのが遅い気がします」
作業が始まったのは夕暮れごろ。今は、夜の帳が下り、少し耳を澄ませば、時折狼の遠吠えが聞こえている。
トリプルAの封印と並行して行われていたA及びBクラスのアイテム群の封印は既に完了し、地下への移送が終わっていないのは『カーニバル』のみとなった。
しかし、さっさと運び出そうにも、お偉方が作った規則のうちに、トリプルAクラスは二つ以上同時に移動することは禁ずる、と言うものがある。よって現在、
「……ヒマだ」
「……ヒマですねー」
『カーニバル』を搬送用パレットに移す作業すらできず、かといって片付なければならない他の展示品は既に無いため、ディムをはじめとする移送スタッフ達は見事に暇をもてあましていた。
『賢者の石』の封印処理が終わっていない以上、地下収蔵封印設備に『カーニバル』を持っていっても現状では宙ぶらりんになるばかりなので、封印終了の連絡が来るまでディム達移送スタッフは、ここでずっと待つことになるわけである。
「やっぱり、動かしちゃダメなんですかね?」
スタッフの一人がケースの中の剣を指差してディムに問う。しかし、ディムはただ一言。
「……それで世界が滅びても俺は知らんぞ?」
「……マジですか」
搬送パレットに積んだ状態は、動きや揺らぎを固定した展示状態よりも幾分か不安定になる。
もしものことがあれば、いくら魔術取り扱い資格を持っていようと、ディムにも抑えきれる自信はない。
「僕らからすればそんな話は冗談にしか聞こえないんですがね」
「まぁ、今の人間の大半はそうだろうな」
魔法博物館のスタッフと言えど、その半数は魔術資格を持たない公務員だ。
実際、今この場にいるうちのほとんどは一般職員で、魔術に対する理解はさほど深くない。
「んじゃ、暇つぶしがてら……ここらで魔法講座とでもしゃれ込むか?」
「お、いいですね。現役の研究員からの話なんてそうそう聞けるもんじゃないですし」
ディムは適当に言ってみただけだったのだが、意外に受けがよかったらしく、
「折角だし、そこらへんで暇そうにしてる皆も連れてきましょうか」
「それじゃ私、皆を呼んできますね~」
その話を横で聞いていた女性スタッフがそう言って小走りに去っていくと、数分もしないうちに暇を持て余していたスタッフ達がワラワラと集まってきた。
「じゃ、よろしくお願いしますよ。オースティン先生」
「やれやれ――」
ディムは、ちょっとした講習会のような感じになってしまったことにため息を吐きながらも、いい暇つぶしができたと頬を緩ませ、
「じゃあ、始めるか」
静かに、ゆっくりと、話を始めた。
*
――この世界は、かつて魔法で動いていた。
人はいつしか魔法に依って生きるようになり、魔法なしでは生きていけないほど。
技術発展は置き去りにされ、多くの人間が魔法の研鑽と進歩に全力を尽くしていた。
しかし、どこかの国の神話になぞらえ、『終焉戦争』と呼ばれた最終戦争を期に、魔法は、その殆どが使用されなくなる。
――原因は世界バランスの崩壊による魔力の枯渇。
各国が競い合い、それこそ夢や冗談のような魔法武器を持ち出した結果だ。
曰く、それはあらゆる物を、制限なしに生む事ができると言う魔の宝石。
曰く、それはあらゆる物を切り裂き、必ず敵を打ち倒すと言う無双の剣。
曰く、それはあらゆる死者をも蘇らせる祝福の水。
曰く……
研究され、進歩し続けた魔法に不可能は無かった。
――だがしかし、世界には顕然とした限界があった。
大気と大地を、その形を変えながら世界を巡っていた力は、人の果て無き欲望のままにその流れを乱され、ついにはこの世界を崩壊寸前にまで持っていった。
――魔力のバランスの崩壊。
魔法に頼りきった発展は、凄まじい勢いで魔力を使用し、世界を支えていた力の流れをズタズタにしてしまった。
――その事実に、各国の魔術師たちは戦慄した。
このまま魔力が失われれば、世界はその形を保てなくなり、いずれは全てが虚無へ還ってしまう、と。
そして、彼らは一計を案じ――そして作られたのが、『世界の天秤』。
魔力の流れを整える為の半永久システムである。
それは、同時にほとんどの魔術の使用を不可能にし、魔術に依拠していた人間社会そのものに大打撃を与えた。
それから『暗黒時代』と呼ばれる二百年から三百年の間、原始時代に逆戻りという地獄を味わいながらも、魔法を使って構築していた自らの文明を、科学によって徐々に取り戻し……
*
「……そして今に至ると言うわけだ」
ディムが話し終わると所々から感嘆の声が上がり、
「そういえば学校の歴史の授業で習ったような気がします」
「あ、歴史の授業で少しだけ習いましたよ。懐かしいですねぇ」
などと口々に話し合う声が上がる。
「ま、ここら辺は常識的な範囲の話だからな。細かい話はまだはっきりしていない部分も多くて確かな事は話せん」
「そうなんですか?」
「ああ。『終焉戦争』や『暗黒時代』のおかげで、史料の散逸が酷くてな」
「でも、『世界の天秤』のくだりはいやに具体的じゃありませんでした?」
「そうそう、その手の話ってなかなか表に出ませんよね」
「ん? ああ、そりゃこの真下にあるしな、『世界の天秤』は」
そう言ってディムは足元を指差す。
「へ……?」
「そうじゃなきゃ、トリプルAの封印なんぞ安心してできんだろう」
「そうだったんですか……」
「でも、じゃあ僕らが死ぬ思いで警備してたのって無駄だったんじゃ……」
「いや、無駄でもないさ。『世界の天秤』も最近は経年劣化で出力が下がってきて、専門の研究チームが修復に取り掛かっている。それに――」
そこで言葉を切り、考えるように数瞬の間を置き、
「――ニィル荒野は知っているな?」
「はい、えと……アリディミアス都市国家群の西の方に広がる大荒野、でしたっけ。そこが何か?」
「そこには過去、国があったそうだ。伝承では、かなりの専制国家だったらしい」
「……あんなところに国が?」
「ああ。なんでも王家が受け継ぐ、推測値シングルからダブルAクラスのマジックアイテムを使って、半ば恐怖政治を敷いていたとかで、ひどい国だったそうだ。そんな国だったから、『世界の天秤』発動後間を置かずにそこで革命が起こったらしい」
「そりゃあ、そうですよね。マジックアイテムが怖くて従ってたんでしょうから、それが無くなれば一斉に反乱を起こすでしょう」
「だな。そして、その結果があの荒野だ」
「……? 話が繋がらない気がするんですが……」
「調査によれば、ニィル荒野の大地に大規模な魔力欠落が見られた。草木一本生えないのはそのためだが、おそらく大出力のマジックアイテムの稼動によってこうなった、と見るべきだろう」
「だからそれと国が滅びたのとどんな関係が……」
「その魔力欠落が、王の持っていたマジックアイテムの暴発によって引き起こされたものだったら?」
「……暴発……ですか? でも、『世界の天秤』が発動していたんじゃ……」
「文献も何もあったものではないが、推測は成り立つだろう。今まで自分達を苦しめていた王家を倒した、なら次に矛先が向くのは、おおかた一緒に甘い汁を吸っていた貴族どもか……」
「……抑圧の象徴だったマジックアイテムですね?」
「ああ。その国との交戦経験がある他国の戦記に拠れば、その王の持っていたマジックアイテムは『火を司る宝石』だったらしい。武装系と違って宝石系は物理的ダメージにそれほど強くないからな。ハンマーで殴っていれば、割れて暴発、なんて事も十分ありうる」
「そして、破壊を試みた結果、暴発した、と」
「ああ。それが一番筋が通る推測だろう。学会でもそう結論付けられている」
「でも、『世界の天秤』の影響下なのにそんなことが……」
「『世界の天秤』の影響下だったからこそ国一つで済んだ、と見るべきだな。少なく見積もってシングルAだとしても、『世界の天秤』なしの単純計算では近隣の二、三国ほど巻き添えで蒸発していたはずだ」
「じゃあ……もしこいつが暴発したりしたら……」
そう言ってスタッフの一人が怯えたようにガラスケースの中の剣を指差す。それに対しディムはあっけらかんと、
「おそらく、冗談抜きで世界が滅ぶんじゃないか?」
そう言ってのけた。
「こいつには『切断』の魔力が、丹念に三千年以上の時間をかけて刃の部分に錬り込まれている。もし暴走したなら……おそらく、ありとあらゆる物質が分子か原子レベルまで結合を遮断されるんじゃないか?」
ひぃ、という声が上がる。
「ちなみにご丁寧に蘇生魔法対策として、一度切断されたものは『切断』の魔力を帯びて再結合できないようにする機能まで付いているな。それに関して文献が残っていたが、当事の保有国が、戦闘用の不死兵を相手に戦う為に必須の魔法だったとかで、改修が提案され無事成功したらしい」
「ホントに何でもアリだったんですね……」
「ああ。何でもアリと言えば、武勇伝に関してもこの剣は結構残ってるぞ。一番多いのが……戦場一つを丸ごとぶった切った、ってのだ」
「戦場丸ごと……とは?」
「横一線に振ったら、敵はみな真っ二つになったとか」
「……うわぁ」
「他にもいろいろあるぞ? 例えば……そうだな。魔剣同士の一騎打ちの際、こいつは刃を交えただけで敵をその剣ごとズタズタに切り刻んだ、とか……何も知らずに刃に触れた一般人が切断の魔力で瞬時に粉々になった、とか……革命が起こったとき、これを所持していた狂王が、自らに逆らった民衆をこの剣で片端から切り刻んで行った、とか……この剣を手にして覇道を進んだ国は、確認できる記述だけで十七カ国。エピソードには事欠かないな」
「流石は『伝説の剣』ですね……」
「ああ。それにこの剣にはおかしな機能が備わっているらしく、平和になると忽然と姿を消し、次の戦地へ現れる、という言い伝えがある」
「そんなことって、あるんですか?」
「こいつ以外には、そんな機能は今まで聞いたことがないな。そもそもマジックアイテム大半が国益の為に作られる。所有者を一定させない剣などそれこそ何の為に造られたのやら」
そう言ってディムは肩をすくめる。
「……ともかく、それについては僅かだが、この剣を所有していた王国の文献や、旅の歴史学者の著書それらしい記述が残っている。カーニバルという名前も一致するし、短期間の間に十七カ国もの手に渡ったことはそれで証明できる」
「すごいですね……」
「ああ。だが、この能力には更に上があるらしいことを示す突飛な伝承が一つだけ残っている。戦前にあった帝国の歴史研究所の論文の中に書かれていたんだが、『この剣は異世界からもたらされた』という記述があった。どうだ、信じられるか?」
「それは流石に……」
「だが現実問題、年代調査は測定不能」
「は?」
「幾代にもわたって改修されてきた後がある……その最古のものは、三千年を超えるものだった」
「三千年って、さっきも言ってましたが……これほどの剣が、三千年も前に、ですか?」
「ああ。後世に改修されたらしい部分は材質が判別可能だが、その基礎構造に使用された材質が今もって不明。それに、論文に拠れば魔法が当たり前のように使われていた当時でさえ、この剣の正体はわからなかったらしい。現在確認できるのはその論文の中に、この剣が異世界からもたらされたと言う言い伝えがあったらしい、と言う記述が確認できるだけだ」
「そんな……」
「ちなみに、根拠らしいものはもう一つある」
「この文字だ。見えるか?」
ディムが指差した先、そこには剣の柄付近に刻み込まれた文字らしきものがあった。
「これは……象形文字ですか?」
「恐らくはその一種だな。確証は無いが」
「意味は分かります?」
「ああ。文字に込められた『意思』を読む限りでは――楽宴――『楽しい宴』そして、『苦しみの無い場所』。その二重の意味があるらしい」
「だから、『カーニバル』と?」
「だろうな。どこの誰がつけたかは知らんが、三千年前ごろから既に同一名称の、類似したスペックの剣は所々の文献に顔を出している。問題は――」
「問題は?」
「古今東西、世界中のどこを探してもこの形の言語および魔術言語が見当たらないことだ」
「え……」
「帝国の研究論文や過去の文献においても同様の記述が見られる。『この文字は一体なんなのだろう』とな」
「三千年も前からあったのだから、きっと過去の象形文字とか……」
「そうなのかもな。過去のオーパーツである可能性も含めて、そちらの方面の調査も進んではいる。だが、なんと言っても三千年以上も前のことだからな。容易には進んでいないようだ」
「…………」
「まぁ結局、今のところは何もわからない、というのが正解だな」
「そして、それほどのマジックアイテムである、と」
「ああ。だからこそ、皆の的確な連携とマニュアル通りの正確な手続きが必要となる」
「…………」
その言葉に、その場にいた全身が静かにうなずく。
「移送の際にはくれぐれも気をつけて――」
《こちら封印班。移送班聞こえるか、どうぞ》
言い終わる前に、ディムのインカムの耳元から聞きなれた同僚の言葉が聞こえた。
「こちら移送班。聞こえてる。どうぞ」
すぐさま規定どおりの返答を返す。
《こちら封印班。『賢者の石』の封印が完了した。地下中央ブロックまで『カーニバル』の移送を頼む。どうぞ》
「移送班了解。これより直ちに移送を開始する。通信終了」
通信を終え、ふぅ、と一息それからこちらを見ていたスタッフ全員を見回し、
「……さて、御伽噺はこれまでだ。最後の仕事に掛かるぞ!」
「「「「「はい!」」」」」
全員の返事が綺麗に揃い、それと共に一斉にスタッフが動いた。
ディムは小さく深呼吸し、
「頼むぜ――大人しくしててくれよ?」
そう呟くと、静かに『カーニバル』の収められたガラスケースに向かって歩き出した。
――そうして、無敗を誇った伝説の剣は再び地の底に閉じ込められ、
ヴェンディア共和国、国立魔術博物館・共和国建国百周年特別展示『魔法と人間の歴史』は、無事にその幕を下ろした――
2009年夏ごろ作。某イベントにおいて『伝説の剣』を統一テーマに執筆した作品です。
伝説の剣といえばやっぱ勇者に持たせて冒険とかドラマティックな活躍とかチート性能で敵を無双だろ!……と思ったので敢えてその『余生』を書いてみました。
お祭りの後の片付けの、あの気怠い空気をファンタジーを織りまぜながら書いてみた感じが伝わればと。