08 【騎士視点】ファイゲン隊:生存者
駐屯地を出発して、もうすぐ2日。
そろそろ村に着くはずだ。
道中、見かける魔物を狩りながら、休みなく走り続けた。
索敵をする副隊長を守りながらの慣れない戦いに、体力も限界に近い。
自分の荒い呼吸を聞きながら、隣を見やる。
ヘトヘトの自分と比べ、副隊長は涼しい顔で索敵を続けている。
魔法を使い続けているはずなのに。
思考が落ち着かない。
疲労のせいだ。
分かってはいても、その余裕に苛立ちが湧く。
そのとき、副隊長が声を荒げた。
「魔物の群れを察知! 前方、距離200! 敵数、数十!」
隊の中に緊張が走る。
「魔潮の発生源に近い証拠だ! 斥候役2人は後続に回れ。すべて討伐する!」
「はい!」
副隊長と視線を交わし、隊を回り込んで最後尾につく。
背に帯びた弓を取り、馬を走らせた。
「目標視認! 数は……20! ホブゴブリンとオークです!」
自分たちと交代して前列に躍り出た、遠目の効く先輩が報告する。
それを聞いた隊長は、即座に隊員を振り分けた。
自分は隊長率いるオーク班。
距離を取り、急所に矢を放ち援護する。
数体のオークを仕留め終わり、もう一方の班に目をやると、そちらも討伐を終えていた。
隊列を組み直す先輩たちに続きながら、足元に視線を落とす。
そこには、倒した魔物の死骸が残されていた。
***
その後、数度の戦闘を繰り返し、ようやくマルツ村が見えた。
思わずほっと息を吐き出す。
だがすぐに、異様なほどの静けさに、背筋が冷えた。
発生源のすぐそばのはずなのに、魔物の鳴き声1つ聞こえない。
気配はある、と副隊長が言った。
息を潜めているような空気が、不気味さを煽る。
それをなるべく気にしないようにして、簡易結界を張る先輩を手伝う。
4つある魔道具の半分を受け取り、四角形を作るように土に埋め込む。
埋め終わると同時に低い音が鳴り、結界が発動した。
生存者の保護場所ができれば、ようやく村の入り口へと向かう。
――そうして見えた村の様子に、言葉を失った。
反射で込み上げる胃酸を、口に手を当て押し込める。
視界に映るすべてが、地獄のようだった。
地面に染み込む血痕。
転がる腕や足。
赤黒い、グチャリとした何か。
破壊された家々。
バラバラの農具。
破壊と抵抗の痕が、至る所に散らばっている。
それなのに、遺体が1つも見当たらない。
その事実がまた、吐き気を呼ぶ。
「惨いものだな……」
副隊長がポツリと漏らしたその言葉に、手綱を握る力が強まる。
……誰のせいだ。
誰のせいで、こうなった。
対応を遅らせた、公爵が。
それを呑んだ、隊長が。
生存者なんて期待していなかった、副隊長が。
自分が、悪いのか。
「ああ。……だが、感傷は後だ。今はやるべきことがある。」
隊長の言葉が、ひどく重かった。
「……斥候役は周辺を探れ! 生存者を見つけろ。他の者は残った魔物を討て!」
それを聞き、副隊長と共に村周辺の森へ向かう。
村の様子から逃げるように馬を走らせた。
自分の抱いた希望の甘さを、思い知った。
シンと静まり返る森を駆ける。
あの映像が、何度も頭に繰り返されていた。
「――よく耐えたな」
隣を走る副隊長の言葉が、ざわめく頭にスッと落ちる。
「あれは、何年やっている騎士でも堪える。カール、お前はよく耐えた」
副隊長は、前を見たまま、そう言った。
「は、い……。……はい……」
視界が歪む。
震えた声が、情けない。
1つ、2つと、目から零れるそれを、乱暴に拭った。
「自分は、ファイゲン隊の、騎士です。……助けに、救助に、来たんです」
すすった鼻が、汚い音を立てる。
言い聞かせるように、口にした。
それでも思考は勝手に、公爵に、隊長に、責任を問う。
対応を問う。
「任務は、まだ終わっていません。自分は大丈夫です。問題、ありません!」
そんな思考を追いやり、涙を払って前を向く。
すると、背中を強く叩かれた。
咄嗟に顔を向けた先。
顔を逸らす副隊長の表情は、見えなかった。
ただ、手綱を持つ手から、乾いた革の擦れる音が、僅かに聞こえた。
――そのとき。
静かな森に木霊する、小さな音が鼓膜を揺らした。
馬を止め、耳を澄ます。
絶えず聞こえる震えた音。
いや、これは……声?
ハッと振り向き、顔を見合わせる。
副隊長はすぐさま魔法で気配を探った。
自分は目を閉じ、両耳に手を当てる。
音を集めるように。
数秒後。
肩を叩かれ、目を開ける。
副隊長は、右方向を指さした。
村に近づく方だ。
森に入ってから、魔物とは一度も遭遇していない。
それでも念のため、腰の剣を引き抜き、先導する。
お互い、言葉はない。
ゆっくりと馬を歩かせていくと、段々と聞こえる声が大きくなる。
やがてそれが、子供の泣き声だったことに気がついた。
視線を交わし、警戒はそのままに進む足を速める。
そうして辿り着いた、音のもと。
そこには、一人の女の子がいた。
思わず、息を呑む。
木の上で啜り泣くその子は、10歳くらいだろうか。
金茶の髪をした、ありふれた子供だった。
……生きている人間が、いるなんて。
生存者がいることを、願っていた。
でも決して、信じきることはできなかった。
動けない自分の横を、馬から下りた副隊長が通り過ぎる。
ゆっくりと子供へ近づいていくその様子を、ただ眺めることしかできなかった。
「お嬢さん」
甘く優しげな声に、視線が自然と引き返す。
その衝撃で、固まっていた身体は元に戻っていた。
引きつる頬をそのままに、子供の様子を窺う。
彼女は、突然聞こえた声に戸惑っているようだ。
恐る恐ると言う風に、キョロキョロと辺りを見渡す。
やがて視線を下に向け、自分たちを視界に留めて驚きを見せた。
「よく耐えたね。もう大丈夫。助けに来たよ」
「……お兄さん。だれ?」
震えた声で問い返す子供に、副隊長の肩から少し力が抜けた。
「俺は騎士だよ。……怖がらなくていい。君を保護したいだけだ。降りてきてくれるか」
「騎士さま……」
そう呟いた子供の身体から、力が抜ける。
その拍子に、ズルリと身体が傾いた。
子供の喉から悲鳴が鳴る。
枝に手を伸ばすが、届かない。
自分の身体が、前に出る。
届くはずもないのに、手を伸ばした。
その瞬間、副隊長が危なげなく子供を受け止める。
跳ねる心臓を抱えたまま、2人のもとへ駆け寄った。
「ふぅ。危なかった」
「あ、ありがとうございます。騎士さま」
「無事でよかったよ。……あんな場所で、よく耐えたね。もう大丈夫だ」
誰だ、アレは。
反射的に足を止める。
無意識に副隊長へと白けた目を向けていた。
円滑に保護するためなんだろう。
言っていることも、やっていることも真っ当だ。
だが……必要以上に声が甘いせいで、口説いているようにしか見えない。
いや、違うことは分かっている。
ただやっぱり、ハンサムは鼻につく。
無事に保護した子供を副隊長の馬に乗せ、自分が先導する。
村の入り口まで戻ると、そこでは中からの戦闘音が響いていた。
一旦、副隊長と分かれ、隊長の元へ報告に向かう。
足踏みしそうな心を叱咤し、馬から下りて村の中へと足を踏み入れる。
そこには相変わらずの惨状が広がっていた。
しかし地面は、先ほどまで姿の見えなかった、魔物たちの死骸で埋め尽くされている。
それを横目に、戦闘の合間を縫って隊長のもとへ走る。
時折襲いかかる魔物を倒しながら進み、ようやく視界に隊長を捉えた。
戦闘の切れ間に声をかけようとして、胸元の赤く濁ったブローチが目に入る。
「隊長!? まさか、引き寄せの石をつけてるんですか!?」
叫びながら、頭の隅で結びつく。
森の中で、不自然なほど魔物との遭遇がなかった理由。
「カールか。何か報告か」
隊長は大剣を振り回しながら答える。
いくら魔潮発生から時間が経っているとはいえ、無茶がすぎる。
もっと多くの魔物が潜んでいたら、死んでいたかもしれないのに。
「そうですよッ! 村東側の森で生存者を保護しました! 10歳前後の女の子です!」
半ばやけくそになりながら叫ぶ。
その瞬間、周りから歓声が湧いた。
「よくやった! 引き続き捜索しろ!」
隊長は、厳つい顔に凶悪な笑みを浮かべて叫ぶ。
喜んでいるのだろうが、顔が怖い。
指示に従い、再び魔物を切りつけながら離脱する。
村の入り口に戻ってからも、しばらく隊員たちの歓声が響いていた。
魔物がついてきていないことを確認しながら、馬に跨り保護場所へ向かう。
少し走れば、結界内に座らせた子供と話す副隊長の姿が見えた。
子供から離れた位置に副隊長を呼び寄せ、状況と命令を伝える。
一通り聞き終えた副隊長は、子供に優しく言い聞かせた。
「少し、ここで待っていてくれ。……大丈夫。すぐに戻るよ」
しかし、子供は副隊長の服を掴んで離そうとしない。
……まあ、当然だ。
副隊長も、無理やり手を解くなんてことはできない。
「副隊長。自分、1人で行ってきますよ」
この子には今、副隊長が必要だろう。
「ダメだ。二人一組が基本だろ」
「分かっています。ですが、他にも生存者がいるかもしれない。……村にいる先輩に、手が空いたらこちらへ向かうように頼んでから行きます。応援が来たら、合流してください」
言い終わると同時に馬に跨り、村へ駆ける。
「カール! 待て!」
背後から聞こえる制止の声は聞き流した。
森へ入る前に、入り口から一番近い場所で戦闘していた先輩を引き留め、伝言を残す。
そうして周囲を警戒しながら、子供を見つけた辺りに戻った。
ここから時計回りに捜索すれば、見落としなく済むはずだ。
自分に風魔法は使えない。
代わりに最大限耳を澄まし、感覚を研ぎ澄ませる。
隊長のおかげで、見える範囲に魔物はいない。
それでも警戒は解かず、歩みを進めた。




