07 【騎士視点】ファイゲン隊:任務
その日、王都を治めるオーベルオプスト公爵の元に、ある信号が届いた。
初めに1つ。
数分空けて、また1つ。
それは魔物の暴走――“魔潮”発生時にのみ使われる、緊急信号だった。
2つの発信源が離れていれば、それだけ被害が大きく、動きが速いということ。
公爵はすぐさま信号の元を確認した。
信号を放ったのは、ツッカー村と、その隣のマルツ村。
その2村なら、規模はそう大きくないだろう。
公爵は救援命令書を書き始め、ふと、手を止めた。
その2村は王都最南端に位置する、いわゆる僻地。
王都中心部から救助を派遣するには、距離がありすぎる。
冒険者の派遣も難しい。
では、自身の所有する別荘の騎士たちはどうか。
2村に一番近いのは、そこにいる騎士たちだ。
再びペンを進めようとして、首を振った。
駐屯している騎士は精々十数人。
小規模とはいえ、何百もの魔物と対抗するには少なすぎる。
無理に少数の騎士たちを送れば、二次被害を生みかねない。
今度こそ、ペンを置いた。
緊急信号の到着から、1日後。
公爵は別荘駐屯の騎士たちに、残党の討伐と生存者の救助を命じた。
「――というのが、今回の任務の経緯だ」
食堂に隊長――ライン・クロイツの声が響く。
集まった騎士たちは、一様に神妙な面持ちで耳を傾けていた。
「救助、ね……。現実的じゃないな」
隊長の隣に腰掛け、そう零したのは、副隊長のヨハン・ホルツ。
均整の取れた身体に、ハンサムな顔。
隊員たちからも妬みを向けられる彼は今、その目に鋭い光を宿している。
食堂内には、暗い影が落ちていた。
そんななか、入隊2年目の新人――カールは1人、眉を寄せていた。
どうしても、胸に溜まるモヤモヤとしたものが晴れない。
彼らの言葉が理解できないわけじゃない。
今から救助に向かうなら最低でも2日はかかる。
魔潮にこの人数で対抗できるはずもない。
分かっている。
それでも、初めから生存者を諦めているような。
仕方がないと思っているような。
なにより、尊敬する彼らからそんな空気を感じることが、どうにも不満だった。
そんな自分をよそに、1つ呼吸を置いた隊長が、口を開く。
「公爵様は、俺たちを使う最善のタイミングを計ったに過ぎない。……ミイラ取りがミイラになる、なんてことにならねぇようにな」
隊長は自嘲気味にそう吐き捨てた。
普段はあまり聞かない口の悪さに、思わず勢いよく隊長を見やる。
悔しさ。
怒り。
やるせなさ。
そのすべてが、隊長の瞳に色濃く宿っていた。
抱いていた不満が、一気に吹き飛ぶ。
「30分後に出発する。準備しろ」
短く告げた隊長の言葉に、隊員たちが出発準備に動き出す。
歩きながら周りを見ても、彼らの目に宿るのは隊長のそれと同じで。
……自分の至らなさが、身に染みた。
「カール!」
突然、背後から声がかかる。
咄嗟に跳ねた肩を誤魔化すように、大きく声を上げた。
「は、はい!」
隊員たちの間を縫って戻る。
通り抜けた先で、隊長の横に並び立つ副隊長が、軽く手招いた。
小走りで向かいながら、無意識に背筋が伸びる。
呼ばれた理由に、心当たりはない。
……何をやらかした。
最近は特に何もやっていないはずだ。
それとも、先ほどの不満がバレていたのか。
「自分に何かご用でしょうか!」
カチリと敬礼しながら声をかける。
「そんなに構えるなよ。説教ならあとでゆっくり、な」
「え」
説教は、あるのか。
内心、顔をしかめる。
ふと気がづけば、肩の力が抜けていた。
尊敬を込めて副隊長へ視線を送ると、その隣に立つ隊長が目に入り、緊張が戻る。
「お前確か、剣もいけたよな?」
「は、はい! 以前は弓ではなく、剣をメインに使ってましたので! はい!」
「……まあいい。今日は俺と組め、カール」
「はい! ……はい?」
どうして自分と。
肩をすくめながら放たれた言葉に、首をかしげる。
すると、隊長が口を挟んだ。
「ヨハンの役割は知っているだろう」
「は、はい。もちろんです」
副隊長は、弓使いで斥候役だ。
その身軽さと、得意の風魔法を生かし、最前列で索敵を担当している。
「お前も知っているだろうが、ハンスは今休暇中だ。ここにはいない」
「あっ。そういえば、そうでしたね」
副隊長と組んでいた剣使いのハンスさん。
お調子者でたまに面倒くさいけど、腕は確かだ。
確か、今年で10年目のベテランだったはず。
そんな人の代わりに、自分が……?
「つまり俺は今、片割れがいないわけだ。お前は身軽だし、ちょうど良い」
「で、ですが、自分に務まるでしょうか……」
不安を漏らすと、隊長が徐に口を開いた。
「自信を持て。お前はよくやっている。弓も剣も、なかなかの腕だ。冷静さもある」
「え、あ、ありがとうございます」
これが噂に名高い、隊長の褒め殺し攻撃。
初めて受けたそれに、内側に湧いた熱が一気に身体中へと広がる。
その感覚に浸っていると、肩をポンと叩かれ、現実に戻される。
気づけば、隊長は背を向けて歩き出していた。
「じゃ、そういうことだ。よろしくな」
副隊長は、横目で自分にウィンクを投げ、隊長に続く。
後ろ手に片手を振る姿が、嫌味なほどサマになっていた。
やっぱりあの人、鼻につく。
頭に浮かんだ言葉に納得しながら、自分も準備に取りかかった。
***
「これより、任務を開始する!」
馬に跨り、装備を整えた騎士たちの前で、隊長が高らかに声を上げる。
「先にマルツ村、その後、ツッカー村へ向かう! これ以上被害を出させるな! 行くぞ!」
隊長の激励を受け、辺りに野太い唱和が響いた。
駐屯地を出発して、半日ほど。
隊の先頭を走る副隊長に並ぶ。
魔物はたまに見かけるものの、その量は普段と変わりない。
緊急信号が送られるほどの魔潮が起きたはずなのに。
拍子抜けしたような気持ちと共に、希望が湧く。
手綱を握る手を強めたとき、副隊長がポツリと言葉を漏らした。
「……妙だな」
視線を向けると、副隊長は前を見据えたまま、眉間に皺を寄せている。
問いかけようと口を開こうとして、視界の端に映ったものに、気を取られた。
「黒溜まり……? なんで、こんな所に」
思わず言葉が零れる。
宙に止まる黒い靄。
あれが発生するのなんて、それこそ魔物を大量に討伐した時くらいなものだ。
浄化もせずに……よほど横着な冒険者でもいたのだろうか。
こんな辺境に?
「お前はまだ知らなかったか」
その言葉に振り向くと、副隊長が僅かに眉を上げていた。
「魔潮の魔物は消滅する。時間は必要だけどな」
「消滅!?」
魔物が、自然に消える?
……魔物の量が普段と変わらないのはそのせい、なのか?
「便利なもんだろ? ……まあ、タダじゃないが」
「……あっ。それがあの“黒溜まり”ってことですか?」
副隊長は僅かに片口を上げ、前に向き直る。
それに、なんとなく褒められた気になって、口元をムズムズと動かした。
辺りを見渡せば、確かに、木々の隙間から黒溜まりが見える。
疎らに点々とあるそれらは、確かに魔潮の魔物がいた跡なのだろう。
その跡があるということは、魔物が到達していた位置まで、発生源に近づいたということだ。
もう少し進めば、まだ消滅していない魔物がいるかもしれない。
警戒を強めようとして、ふと、副隊長の呟きが蘇る。
――何が、“妙”なんだ。
いやでも、確かに何か違和感がある。
なんだ。
何がおかしい。
今考えていたのは黒溜まりのこと。
あれくらいの規模なら、そう強い澱魔も発生しないだろうし、脅威を感じたわけではないはず。
なら、なにが……あ。
「疎らに、点々と……?」
そうだ。
それがおかしい。
魔潮は、魔物の大群が波のように襲ってくる。
もっと広範囲に、大きな黒溜まりができるはずなんだ。
いくら発生場所から離れているとはいえ、“疎ら”になるなんて、不自然だ。
「気づいたか?」
その声に、顔を向ける。
副隊長には珍しく、顔を顰めてあたりを見まわしていた。
「そろそろ澱魔が出てきてもいい頃なんだが……まったく見当たらない」
「それって、ダメなんですか?」
「いや……」
黒溜まりから発生する魔物――澱魔は、大抵、普通の魔物より一段強い。
いないに超したことはない。
黒溜まりもそう。
少ないに越したことはない、はずだ。
しかし、口を濁す副隊長に、小さな不安が湧き上がる。
そんな自分に、副隊長はチラリと視線を寄こす。
「今は任務に集中しろ。……後で教えてやる」
短く告げると、そのまま口を閉ざした。
そう言われては、これ以上聞くわけにもいかない。
とりあえず、悪いことではないんだろう。
そう大雑把に、願望も込めて折り合いをつけ、手綱を握り直す。
頬を撫でた生ぬるい風に、一瞬、鳥肌が立った。




