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04 模倣

 ティラミアは教会から戻ると、そのまま自宅裏手の森へ向かった。

 

 ポケットに手を入れ、何かを握りしめながら小走りに森を進む彼女の後を追う。

 彼女はしばらくして立ち止まり、突然、辺りをぐるりと見回した。

 

 咄嗟に木の上に逃れ、観察を続ける。

 

 彼女は近くの木の根元を一本ずつ見て回り、何かを確認して次の木へと移っていく。

 やがて1本の木の前で立ち止まり、その根元にしゃがみ込んだ。

 

 ゴソゴソと何かし始めたと思えば、ほどなくして立ち上がり、両手に持った木の葉を脇に捨て、自宅の方へと走っていく。


 ……一体、何がしたいんだ?

 

 後を追う前に、彼女がしゃがみ込んでいた場所を確認する。


 そこには、こじんまりとした穴があった。

 

 大きさは、両手を並べたほど。

 落ち葉や土が一切なく、不自然に整っている。

 

 わざわざ木の穴を探してきれいにする理由。

 ……そんなものは、1つしかない。


 だとすると、ほぼ間違いなく先ほど拾ったものが関係しているだろう。


 早まる鼓動を抑えながら、彼女の後を追った。


 すぐに背中を捉え、再び距離を保ったまま観察を続けると、彼女は隣家へ入り、両腕いっぱいの干し草をもらって、先ほどの場所まで戻った。


 穴に干し草を丁寧に詰めると、彼女はポケットから何かを取り出す。

 

 両手で包み込むようにしてしばらく眺め、それを穴の中に隠した。

 

 それが終わる頃には日が暮れていて、彼女は足早に帰っていく。

 


 

 その背中が完全に見えなくなるまで見送り、穴の前に移動する。

 隠した物の上にも干し草を乗せたようで、見ただけでは何を隠したのか分からない。


 しゃがみ込み、干し草を退けようと手を伸ばす。


 一瞬、手を止めながらも、干し草をかき分けた、その先――。


 淡く白い光に包まれた、赤い布があった。

 

 リボン……いや、切れ端だろうか。

 

 片側は綺麗に縫い留められているが、反対側は切りっぱなしのままだ。

 先へ行くほど細くなっていて、歪な形をしている。

 

 いや、形なんてどうでも良い。

 

 そんなことより、この布は確かに――光っている。

 

 思考が追いついたその一瞬、呼吸を忘れた。

 

 未来の“聖女”が、“教会”で見つけた“光る布”。


 視線を奪うそれに、記憶が動く。

 あのとき感じた違和感の正体が、ようやく分かった。


 主人公はこれで、襲撃を逃れたに違いない。

 

 ジワリと滲む視界をそのままに、目の前の布を見つめる。


 1年かかって、やっと。


 

 「やっとッ……!」



 緊張がようやくほどけかけた、そのとき。


 脳裏をかすめた考えに、息が詰まる。

 

 おそらく……いやほぼ確実に、これは聖女の力が宿った布だ。


 でも……私はこれを、どう再現する?

 

 ちぎる、なんてことは御法度だろう。


 乱れた思考が渦を巻く中。

 ふと、悪魔が囁いた。

 


 ――この布を、奪ってしまえばいい。


 

 これは本来、ティラミアのものだ。

 彼女は、これがなければ、生き残れないかもしれない。


 でも、それが私になんの関係がある?

 

 これがなければ死ぬのは、私も同じ。

 

 無意識に、布へと手が伸びる。


 

 ――しかし、触れる寸前、手を引いた。


 

 同時に、消えていた周りの音が耳に戻る。


 彼女がどうなろうと興味はない。

 でも、そんな罪悪感を背負って生きるのはごめんだ。

 

 心の中の悪魔を振り切り、そこまで堕ちた人間にはなるまいと、思考を切り替えた。

 


 ***

 


 改めて、目の前の光る布を観察する。


 薄い赤地の布に施された金の細かな模様。

 真っ先に浮かぶのは教会のタペストリーだが、編み目が違う。


 顎下に手を当て、頭を回す。

 

 記憶をさらに辿ると、ひとつだけ、思い当たるものがあった。

 

 教会の祭壇に掛けられている、赤い布。

 あれも、タペストリーと似たような模様があった。

 編み目もよく似ている気がする。

 

 だがどちらも、光ってはいなかった。


 ティラミアは聖女の力を持っていない。

 となれば、手に取った人間によって光るわけではないはず。


 他に考えられるのは……布の生地や編み方、か?

 

 しかし、浮かんだ考えに首を振る。

 それだと祭壇の布が光っていないのはおかしい。

 そもそも、裏庭に落ちる発光物に、なぜ誰も気づかなかった?

 

 顔を上げ、フッと息をつく。


 ……分からないことを考えても、仕方がない。

 少なくとも、今考える必要はない。

 

 とりあえず、明日以降の予定は決まった。


 同じ編み目の、布の切れ端でも見つかれば万々歳。

 糸だけでも見つけられれば御の字。

 


 ――もうこれに、賭けるしかない。



 私は干し草を元通りに戻し、足跡を消して、その場を離れた。



 ***

 


 教会内に入ってすぐに、正面にある祭壇が目に入る。

 

 そこに掛けられた布は、予想通り。

 あの光る布と同じ編み方で、端の一部がほつれて失われていた。

 

 祭壇周辺から裏庭まで、目を皿のようにして落ちている糸を探す。


 だが、そう簡単には見つからない。


 刻一刻と時間は過ぎていく。

 

 襲撃のなかった日が積み重なるほど、明日かもしれないという不安が強くなる。

 

 早く、対抗策が欲しい。

 ターモ水のような保険ではなく、確実性のあるものが。

 

 


 そんな思いも虚しく、1ヶ月で手に入ったのは、赤い糸が3本だけ。

 

 ……これでは、光る布と同じ編み方はできない。

 

 そもそも、それと同じ糸かどうかも怪しいところだ。

 

 仕方なく、記憶にあるミサンガの編み方で紐を作る。

 

 やらないよりはマシだ。

 編めば力が宿ることに期待しながら編み進める。


 やがて、15センチほどの紐ができあがった。


 その最後を編み終えた、その瞬間。

 


 ――紐が、淡く光った。



 彼女の持つ布と比べれば、弱い光。

 

 それでも確かに、光っている。


 原理は全く分からない。

 同じ効果があるかどうかも、定かではない。


 でも、今だけは、どうでも良い。


 空を仰ぐ。

 頬を伝う涙をそのままに、長く息を吐き出した。




 あとは魔物が襲ってくるその日まで、準備を続けるだけだ。

 

 出来ることはやった。

 万全とは言えないが、対策も講じた。

 

 バチッと両頬を叩き、呼吸を整える。



 「……よし」



 ここが、最初の正念場だ。


 木から飛び立つ群鳥が、喧しく鳴いていた。

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