03 調査
ティラミアを観察すること、約1年。
季節は一巡りしたというのに、いまだ進展はない。
彼女の日々の行動と言えば、両親の手伝いをするか、村の子供たちと遊ぶか。
たまに一人で森に入ることがあっても、花を摘んだらすぐに村へ戻る。
聖女の力の欠片もない、普通の村娘の生活だった。
その一方で、魔物対策と、ついでに自分磨きに関しては進展があった。
どちらも教会にあった、野草について書かれた資料の中で、良い情報を見つけたのだ。
資料は日本語で書かれていたため、読むのに不自由はなかった。
……司祭たちに嫌悪の目を向けられながら資料を読みあさった甲斐があったというものだ。
***
魔物対策として目をつけたのは、『ターモフォア』という草。
別名『逃走草』とも呼ばれるそれは、そこら中に生えており、この村の周辺にも自生しているため、私も見たことがある。
一見何の変哲もないただの草で、実際、土から上の部分にはなんの効果もない。
というか、根にすら何もない。
特徴的なのは、この草の根っこのさらに下。
そこに、少量の水が溜まるのだ。
その水は、動物や魔物などの本能の強い生き物にとって、相当嫌なものらしい。
一説では、一般人では太刀打ちできないほど強い魔物でも一目散に逃げ出すという。
……まさに私が求めているものだ。
しかし、この水――通称『ターモ水』を、村人たちが使っているところは見たことがない。
魔物が出る場所や、畑の周りに撒いておけば被害も減るだろうに。
なぜ、使っていないのか。
それはひとえに、ターモ水の扱いづらさにある。
採集するには根の下を20センチは掘る必要があり、その労力の結果、取れるのはコップ一杯にも満たない量。
なにより、どんなに密閉して保管しても、その効果は1日しか持たない。
これでは使われないのも当然だ。
だが幸い、と言って良いのか。
村の子供たちは、孤児院の子供も例外なく大人の手伝いをしているが、私はむしろ遠ざけられている。
試す時間はいくらでもあった。
私はとりあえず、資料の情報が合っているかどうかを確かめることにした。
孤児院の物置からこっそり拝借したスコップで、そこら辺に生えているターモフォアを引っこ抜き、根の下を20センチほど掘って確認する。
するとそこには資料の通り、なぜか土に染み込むこともなく、綺麗な水が溜まっていた。
誤算だったのは、資料で見たよりも多くの水が溜まっていたこと。
コップ一杯には及ばないが、うまく集めれば3分の1程度はありそうだった。
とても嬉しい誤算だ。
あとは密閉できる容器があればいい。
毎日3本のターモフォアを掘れば、コップ一杯分のターモ水が取れる。
資料を見る限りでは、ターモ水の効果を発揮する量の明確な記述はなかった。
まあ、必要なのは、私1人が魔物から逃れられるスペースを確保する分だけだ。
少量で事足りるだろう。
そう結論を出した私は、再び孤児院の物置に忍び込んだ。
そこで用途不明の、コップと同じくらいの小さな樽と、その蓋。ボロボロの布と紐を拝借した。
さっそく3本分のターモ水を集め、樽に入れて蓋をする。
その上からボロボロの布を出来るだけ隙間のないように巻き付けたら、紐で結んで固定して完成だ。
……まったく密閉できていないが、やらないよりはマシだろう。
半日ちょっとくらいは効果を保てる……はずだ。
完成したそれを、もはや行きつけと化した川近くの木に登り、元々空いていた穴に隠す。
これがなかなか立派な木で、てっぺん近くまで登れば、遠目に村の入り口が見える。
……魔物に村が襲われた後、生き残った主人公が一人で生きていく、というのは無理があるだろう。
生き残った主人公を保護する人間が来るはずだ。
それに肖るのに、村の出入り口が見えるこの木はピッタリだった。
一連の作業に慣れてからは、保管する用以外にも、毎日木を囲うようにターモ水を撒いておく習慣をつけた。
第一に、魔物が襲って来たらすぐにこの木の上に避難して、魔物の群れが引くのを待つ。
第二に、木の周りに撒いたターモ水の効果が切れた場合や、効き目が弱かった場合に、追加で木の上に保管してあるものを撒いて安全性を高める。
という想定をしているが……この方法に、確実性はない。
そもそも、採取しているタイミングで魔物が来たら詰みだ。
一応、対策として採取を朝と夜に分けてはみたが、根本的な不確実性は変わらない。
そう分かってはいても、他に手はなかった。
***
そんな魔物対策に対して、自分磨きの方は真逆で──最高に心躍るものだった。
教会で資料を漁っていたとき、ある実の説明が載っていた。
それが『タウク』という掌サイズの可愛らしい木の実。
別名『美の苦み』。
とても水分の多い実で、手で軽く握るだけで果汁がたっぷり取れるほど、皮が薄く柔らかい。
そんなタウクの果汁を顔や髪に塗ると、忽ち綺麗になると言われているのだが……その果汁がとてつもなく“まずい”。
そして“臭い”。
それが美の苦みと呼ばれる所以らしい。
一昔前には、美のためにこの実を求める人も多かったらしい。
だが、塗ったときの匂いと、誤って口に触れたときのあまりのまずさが災いし、次第に手を出す者は居なくなったという。
採取する者がいなくなったことでどんどん繁殖し、今ではどこでも見かけるものになったとか。
女性の腰ほどの低い木のため、ほとんどの人が不味くて臭い実のなる雑草だと認識しているようだ。
これも、私は見たことがあった。
確かに、潰れた木の実は臭かった覚えがある。
しかし今の私に、こんなに適したものはない。
栄養不足と寝不足、保湿不足な肌に、いじめっ子たちから乱暴に扱われて切れ毛の多いバサバサの髪。
この世界には美容品なんてものはないのだ。
あったとしても、今の私には到底手に入れることなんてできない。
どんなに臭かろうと、まずかろうと、これらの改善が出来るならいくらでも我慢できる。
なにより、この実は無料。
むしろ、害と判断している村人からしたら得だろう。
お金取ろうかな。
そんなこんなで、見つけたタウクの果汁を髪や顔、身体に塗りつけて約1年。
嗅覚が鈍くなったのと引き換えに、顔と身体の乾燥とはおさらば出来たし、髪質もある程度改善できた。
頬のコケはまだ改善できていないが、肌と髪が綺麗になって大変満足である。
……鈍くなった嗅覚を戻すために、最近は1週間に一度の頻度でつけるようにしている。
***
そうして1年間の成果を振り返りつつも、いつも通りティラミアの観察を続ける。
今日は両親が作った薬を教会へ届けに行くらしい。
彼女の家から村の最奥に位置する教会までは、小さな村とはいえ少し距離がある。
それでも、薬瓶の入った籠を手にした彼女は、明るい表情で教会への道を進んでいく。
彼女が歩けば、すれ違う村人たちが口々に手伝いを褒め、容姿を褒め、かわいいかわいいとおやつを与える。
毎度のことながら、凄まじい寵児ぶりだ。
同じ子供であるセラに対しては無視を決め込む癖に……もはや嫌悪や怒りより、呆れが勝る。
村人たちに見つからないよう、村を囲う木々に隠れながら後を尾ける。
セラの並外れた視力と聴力のなせる技だった。
教会へと入ったティラミアを見て、少し距離を縮める。
会話がギリギリ聞き取れるところまで近づき、耳を澄ませた。
「サムさーん! お薬を届けに来ましたー!」
「おお、ティラミア。よく来たね。重かっただろう? いつもご両親のお手伝いをして、偉いねぇ」
出迎えたのはどうやら、村唯一の神官のようだ。
名前は知らなかったが、かすれた優しげな声色には聞き覚えがある。
……私が資料を読んでいたときは、当然声なんてかけてこなかったけど。
この村の最高齢である彼の元には、村から数人が手伝いとして通っている。
彼が出てきたのを見るに、今は居ないようだ。
「えへへ! お手伝いするといろんな人に褒めてもらえて、嬉しい気持ちになるから好きなんです!」
「そうか、そうか。良い子だねぇ。……そうだ、先日隣町の方から魚のお菓子をもらってね。みんなに内緒で1つあげよう」
「え! 良いんですか!? 私、お魚大好きなんです! キラキラの鱗が可愛くて~!」
「そうか、そうか。良いんだよ。良い子にはご褒美がないとねぇ。すぐに持ってくるから、少し待っておいで」
その声と共に、神官の足音が遠ざかる。
待っているようにと言われたティラミアの方からは、僅かに布のこすれる音が聞こえる。
まあ、10歳そこらの子供が大人しく待っていられるはずもない。
10秒もしないうちにその音は大きくなり、20秒も経つ頃には、教会側面の出口から外へ出て行く足音が響いた。
彼女を追いかけて、教会の外をぐるりと回る。
裏庭の方に来ると、何やらしゃがみ込んでいるのが見えた。
ちょうどこちらに背を向けていて、何をしているのかはわからない。
ふと、教会内から彼女を呼ぶ声がした。
その声に反応した彼女は、立ち上がると同時に、手に持っていた何かをワンピースのポケットにしまう。
一度ポケットを上から撫でると、そのまま走って教会の中に入っていった。
再び表側に回り込む。
呼吸が浅くなる。
さっきティラミアがポケットに入れたもの。
発光、しているように見えた。
気のせいだろうか。
何かを握りしめた手の隙間から、光が漏れていたような……。
……もしかしたら、あれが、魔物から一人逃れる事ができた“何か”の正体かも知れない。
やっと見つけた、手がかり。
気を引き締め、足を速めた。
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