02 模索
案の定、夕食はもらえなかった。
おなかを鳴らしたまま眠りにつき、迎えた翌日。
孤児院の倉庫で目覚めた私の頭に、ある“可能性”が浮かんだ。
すぐさま確認すべく、人目を避け、コソコソと村の縁をなぞるように森の中を移動する。
しばらく歩いて到着したのは、村の入り口。
木に登って様子を窺うと、入り口横に見覚えのある馬車が着けられている。
その前で、一人の身綺麗な男性商人が、集まった村人たちに向かって声を張り上げていた。
「皆様お久しぶりでございます! 一月に一度参ります、クライン商会でございます! 本日も各都市で作られた名品をお持ちいたしました! ささっ! どうぞご覧ください!」
村人たちは一様に巾着を握りしめ、前のめりで彼の言葉に耳を傾けている。
彼の姿は、遠目から何度か見たことがあった。
彼の売り込み方は知っている。
私の欲しい情報も、手に入るだろう。
「本日の商品はこちら! ……もうすぐ英雄祭がございますからなぁ。近しい人への贈り物は必須でございます。そこで! カラメリア都市で作られた逸品、ローズクォーツの耳飾りでございます! こちらは特に……思い人に想いを告げるのにぴったりですよ、旦那」
“カラメリア都市”。
お菓子を連想させるその名前に、ドクリと心臓が跳ねる。
「……ややっ! そちらに目を付けるとはお嬢さん、お目が高い。そちらは我が国、シュトルムハイン王国の形を模したストラップでございます! このドーナツ型を作るのは、王都有数の職人をもってしても苦労したそうです。そんな一品ですからなぁ。本当はそれなりにするのですが……お嬢さんの美しさに免じて特別に! 半額で! お売りいたしましょう!」
お菓子のような都市名。
そして――“ドーナツ型の国”。
……一致している。
売り込みを続ける商人を横目に、静かにその場を後にする。
落ち着いて考える時間が欲しい。
ヒヤリとした予感を抱きながら、足は自然と、昨日の川へと向かっていた。
川近くの木に登り、太い枝をまたぐ。
幹に背を預け、膝を抱えて息をついた。
自然と取ったその体勢が、妙に落ち着く。
確認したかった“可能性”というのは、『この世界がある物語の中である』というもの。
確か、その物語の舞台は、お菓子のような名前の都市が多くある国だった。
国の形も、お菓子を模していた気がする。
……例えばそう、ドーナツとか。
馬鹿げた発想だとは、自分でも思う。
考えすぎだとも。
曖昧な記憶のせいで、邪推しているだけ。
そう思っていても、この村にいる“ある少女”についての記憶が、どうしても頭から離れない。
この村唯一の薬師の娘で、金茶色の髪と瞳を持ち、村中から可愛がられている少女。
そんな、物語の主人公のような少女の名前は――ティラミア。
お菓子のような名前の国に住む、お菓子のような名前の主人公。
ティラミアが、そうである気がしてならない。
なにより、気のせいで片づけるには重い問題が、ひとつだけ。
物語の序盤、主人公が住む村は――魔物に襲われ、全滅する。
……彼女が、その主人公だという証拠はない。
根拠もない。
でも、否定もできない。
下の方からせり上がる気配に、抱えた膝を引き寄せた。
私の、この推測があっていれば。
ティラミア以外は全員、死ぬことになる。
もちろん、私も。
――どうにかしないと。
村人たちは、この際仕方がない。
まずは自分の身の安全を優先するべきだ。
ギュッと閉じていた目を開け、空を見上げる。
葉の隙間から差す光を浴びながら、思考を切り替え、再び目を閉じた。
***
問題は、どう対処するか。
今から村を出たとしても、おそらく生きられない。
空腹で死ぬのが落ちだろう。
そもそも、いつ襲ってくるのかさえ分からないのだ。
……情報が少なすぎる。
正直なところ、対策のしようがない。
だが、ひとつ疑問がある。
――主人公は、魔物からどう逃れた。
村が1つ滅ぶほどの襲撃だ。
運が良かった、で済まされるものじゃない。
襲撃時はたまたま村にいなかった、というのも考えにくい。
物語の序盤なら、主人公はまだ子供のはず。
一人だけ被害を受けないほど遠くにいるのは不自然だ。
……となると、主人公が“何か”を持っていた、と考えるのが自然だろう。
ここはファンタジーな物語の世界なのだから。
例えばなにか、特別な力、とか。
ハッと息が漏れる。
頭によぎるのは、セラが憧れていた“聖女の話”。
主人公が、聖女の力を持っていたのなら。
主人公だけ生き延びたことへの説明がつく。
物語としてもありがちだ。
――でも、なんだ……?
思考につられて首をかしげる。
主人公が聖女、ということに、どうも違和感を覚える。
理由は分からない。
ただなにか、こう。
そうだけどそうじゃない、みたいな。
そんな、変な違和感。
曖昧とは言え、覚えがある以上、私は一度、なんらかの形で作品を見たはずだ。
それなら、この感覚には従った方がいい、気がする。
……しばらく、ティラミアを観察してみよう。
彼女が主人公なら、何かしら得られる情報があるだろう。
あとは確か、村の教会には資料が置いてあったはず。
調べ物と言えば、まずは本だろう。
望みは薄いが、とりあえずその資料を調べてみよう。
どこか晴れきらない心をそのままに、木から下りる。
教会は村の奥にある。
すぐに向かおうと足を踏み出して、ふと、浮かんだそれに動きが止まる。
そういえば私って、字、読めたっけ……?
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