13 検査
神官長に続いて回廊を歩き、部屋を2つほど過ぎたところで立ち止まる。
先ほど扉をノックした男性神官が、目の前の扉を開けた。
窓のない白い部屋の中はがらんとしており、正面奥にポツンと飾り台が置かれている。
その上に置かれているのは、布で隠された何か。
彼女に促され、部屋に入る。
扉を押さえていた男性神官が最後に入り、内側から鍵をかけた。
「検査はこの魔道具で行います」
彼女はそう言いながら飾り台のもとへ歩み寄ると、掛かっていた布を取り去った。
そこにあったのは、フレームに囲われた淡く輝く丸い水晶。
直径にして30センチほどだろうか。
魔法の杖の先端部分だけ切り取ったかのようなそれは、よく見ればフレーム下に台座がついている。
「こちらはセイクリッドクリスタル。聖の力を持つものが触れることで共鳴し、白い輝きを放ちます。その輝きの強さによって、聖女かどうかの判断をするのです」
輝きの強さ?
随分と曖昧だ。
光を測定する機能でもついているのだろうか。
だが、それならどうにかなりそうだ。
「まずは、そうですね……ティラミアさん。おいでなさい」
「は、はい!」
呼ばれたティラミアが、ホルツさんの服の裾を名残惜しげに放し、彼女の方へ向かう。
ティラミアは、彼女に促されるまま、おずおずと水晶部分に触れた。
――その瞬間、視界が一瞬で白に染まる。
目を開けられないほどの眩しさ。
その光に、部屋中の影が消える。
その眩しさに顔をしかめ、目を閉じると同時に、クロイツさんが目元を覆ってくれた。
それでもまだ、瞼の裏が白一色に染まっている。
数十秒続いたそれは徐々に収まりを見せ、1分ほどで消え去った。
何も分からない私でも、力の強さが分かる。
クロイツさんとホルツさんからも、感嘆の息が聞こえた。
クロイツさんにお礼を伝えていると、興奮した声が耳に入る。
「これは……! 今の、輝きは! 聖女様で間違いありません! ああ、まさか聖女様が誕生する瞬間を見られるなんて! 何と言うことでしょう!」
神官長だ。
彼女は、今にも飛び跳ねそうなほどの歓喜を滲ませていた。
そこに、隠しきれない期待と僅かな戸惑いを含んだ声が掛かる。
「あの! 私って……」
「ええ、ええ! ティラミアさんは聖女様に違いありません! これからは私どもがしっかりと導いて差し上げますので、一緒に頑張りましょう!」
神官長がティラミアの両手をとってそう言った。
ティラミアはその圧に押されながらも、嬉しそうに見える。
神官長がこんなに興奮するとは……意外だ。
だが、ティラミアが聖女になるのは予想通り。
ティラミアで今の光なら、私の紐だとどれくらいだろうか。
上回ることはないだろう。
あとは、聖女として認められるほどの力があるかどうか。
加えて、上手くいったときの神官長の反応も重要だ。
彼女には、私という異例の存在を受け入れて貰わなければ。
一抹の不安を抱きながら彼女に視線を送る。
すると、目が合った彼女は、気を取り直すように、喉をひとつ鳴らした。
「すみません。つい、興奮してしまって……。さて、次はセラさんね。おいでなさい」
返事をし、彼女の元へ進む。
魔道具の前に立つと、彼女に目線で促された。
息を整え、水晶に触れる。
すると再び、部屋を覆い尽くすほどの白が溢れる。
思わず片手で目元を覆った。
しかし、ティラミアとは違い、1分もかからないうちに光は収まりを見せる。
輝きも、ティラミアと比べれば、弱い。
先ほどのお祭り騒ぎとは打って変わって、室内は水を打ったように静まり返っていた。
「これは、どういうことでしょう」
困惑を滲ませながら、険しい表情で神官長が口を開く。
「ティラミアさんは、確かに聖女でした。あれほどの輝きを放つのは聖女以外にあり得ません。しかし、セラさんもティラミアさんより弱いとはいえ、聖女に匹敵するほどの輝きを放ちました。……こんなことは、前代未聞です。どうするべきか……」
考えを整理するように話す彼女に、不安げな表情を作る。
その下で、私はそっと胸をなで下ろした。
彼女の発言からして、良いラインを突けたらしい。
あとは彼女が“いい人”として下す決断を待つのみ。
そこに、なんの不安もない。
彼女でなければ、最悪の状況も考えられた。
力の弱い方の私を、秘密裏に処理するとか。
表の聖女をティラミアとして、裏で私を使い潰すとか。
だが、彼女は“いい人”だ。
ここまでの振る舞いを見れば分かる。
神官長という地位に就けたことが不思議なくらいだ。
まあ、組織の中で彼女がどれほどの発言権を持つのかは分からない。
だが少なくとも、彼女が自ら私を利用することはないだろう。
今はとりあえず、それでいい。
「……ひとまず、このことは大司教にも報告させていただきます。陛下にも話が伝わるでしょう。前例がない以上、厳しい判断もあり得ます。ですが……」
思考から戻った彼女は、その瞳に強い光を灯して、口を開く。
「悪い方向には行かぬよう、全力を尽くします」
望んだ通りの、言葉を添えて。
その後、王からの返答が届くまでは滞在して欲しいと言われ、教会に滞在する運びとなった。
そうなれば、クロイツさんとホルツさんとは、ここでお別れだ。
自分たちもどうにか滞在しようとする彼らは、彼女からの説得に渋々といった様子で納得を示した。
しかし大人はそれで納得できても、子供はそうも行かない。
ホルツさんに懐いていたティラミアは、涙を浮かべながら引き留めた。
だが、神官長からの「またすぐに会える」という言葉に、沈んだ面持ちのまま彼らを見送るしかなかった。
私も一応、寂しさを滲ませ、不安げな表情で、2人にお礼を告げる。
私たちの様子を見た彼らは、最後まで帰ることを渋っていたが、結局は足取り重く帰って行った。
彼らを見送ったあと、教会の神官見習いが使う部屋が空いているとのことで、そこへ案内された。
その道中、簡単に規則や注意事項などを聞く。
部屋の前に着くと神官長と別れ、ティラミアと各々あてがわれた部屋に入った。
薄い木の色を基調とした部屋はこじんまりとしている。
ベッドとタンスが置かれるばかりで寂しげな印象を与えるが、1人には十分な大きさだ。
ベッドに腰掛け、思考を巡らせる。
ひとまずは計画通り。
先ほどの神官長の言葉からして、最終的な決定権は王にあると見ていい。
となればあとは、王の返答次第だ。
今の時点で、悪い方向に転ぶ可能性はいくつもある。
明日すぐに殺される、なんてこともありえるが……それでは対策のしようもない。
願うなら、理にかなった王であって欲しい。
だが、理と情、どちらも兼ね備えた王は滅多にいない。
街の様子から悪い王ではないと思うが、それだけで判断するのは難しい。
感情で動いたり、信心深かったりすると厄介だ。
政略結婚。
実験。
幽閉。
最悪、消される。
嫌な考えばかりが、次々と浮かぶ。
そうならないように、神官長も動いてはくれるだろう。
しかし、組織……特に国において上の言うことは絶対だ。
そうなってしまっては、助けを望むだけ無駄。
後ろに体重をかけ、ベッドに倒れ込む。
腹を膨らませ、大きく息を吐き出した。
返答が来ない限りは、考えても仕方ない。
悪い考えが浮かぶのに、恐怖がないのが不思議だった。
そのまま眠りの体勢に入る。
眠れないかもしれない。
一瞬よぎったそれに反して、緩やかに微睡みのなかに引きずられていった。




