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11 賭け

 何が、便利な肩書きだ。

 何が、目指す人物像とマッチする、だ。

 

 そんなことを思っていたあのときの自分を蹴り飛ばしてやりたい。

 

 太陽に照らされて輝く、目が痛くなるほどの白い壁。

 王都中心部、その貴族街と庶民街の境に(そび)え立つ、リヒルヴァハト教会本部。

 わざわざ境に立つあたり、中立を謳っている様子が透けて見える。


 そんな教会の目の前に、私は立っていた。

 

 あのとき。

 ティラミアに釣られて『光った』とさえ言わなければ。

 

 重く飲み込んだ唾が、音を立てる。

 

 自業自得。

 それは分かっている。

 

 それでも、その考えのせいで、私はまたもや賭けに出るしかなくなった。


 目の前の景色から焦点をぼかし、ここに至るまでの経緯を振り返った。

 


 ***


 

 聖女検査を受けに行く。

 

 クロイツさんからそう告げられたのは、今朝のことだった。



 村で無事に保護されてから約1週間。

 私はとある豪邸に連れてこられ、ティラミアと共にお世話になっていた。


 家主はおらず、使用人たちが主に世話を焼いてくれた。

 お風呂入れてもらったり、いらない服を貰ったり。

 そのお礼として雑事を手伝い、“健気な良い子”に見えるよう、振る舞った。


 そうして、数日過ごした頃。

 村で騎士たちの報告会を盗み聞きしていた私は、気がついた。

 

 この待遇が、“聖女かもしれない”からだということに。


 保護した子供への待遇にしては丁寧すぎる。

 どこぞの孤児院にでも入れるのが普通だろう。


 やはり良い選択をした。

 僅かに口角を上げたところで、ふと、ある言葉が頭を過ぎる。



 ――紐の力は、いつ消える?



 先ほどまでの余裕が、湧き上がった不安に一瞬で塗り替えられた。

 

 例えば、聖女になったとして、私はいつまで聖女でいられるのか。

 いつ、紐に宿る力がなくなるかも分からないのに。

 ある日突然、ただの赤い紐に成り果てるかもしれないのに。


 口元に当てた手が冷たい。

 

 ……いや、違う。

 不安になんてなっている場合じゃない。

 

 考えるべきは、これからどうするかだ。

 

 私に選べる選択肢は2つ。

 嘘だったと騎士たちに話すか、力を信じて貫き通すか。

 

 前者は、嘘つきの汚名を被ることになる。

 ここからも追い出されるだろう。

 だがなにより、紐の存在を明かすことになる。

 それはあまりに勿体ない。


 ……聖女としての地位を確立するまで持てばいいのだ。


 私が選んだのは、後者だった。


 

 フード付きのケープを纏い、支度を終えて正面玄関に向かう。

 そこには既にクロイツさん、ホルツさん、ティラミアが揃っていた。


 歩き出したクロイツさんに続くと、彼は外ではなく2階へと足を向けた。

 

 聖女検査に行くと言っていたのに。

 首を傾げつつ、黙って後に続く。

 

 辿り着いたのは、2階の最奥の部屋。

 

 クロイツさんは躊躇なく部屋に入り、ズラリと並ぶ本棚の1つに手を伸ばす。

 しばらくしてカチリと音が鳴り、本棚が横に動いた。

 すると、地下へと続く階段が現れる。


 

 ――隠し通路だ。


 

 隣のティラミアがハッと息を呑む。

 私も同じように目を見開き、しかしすぐに眉をしかめた。

 

 検査へ行くのに、地下へ降りるのか?

 それも、秘密の通路を使って。


 疑念をそのままに、最後尾について歩く。

 階段を降りた先には、木製の扉がひとつ置かれていた。

 

 それを開けて見えたのは、怪しく光る扉型の門。

 いや、ゲートといった方が正しいかもしれない。


 枠にはいくつもの鉱石が嵌め込まれ、頂上には一際大きな金色の鉱石が置かれている。

 ゲートの中心部分が薄灰色に淡く光り、その揺らめきで向こう側の壁が歪んで見えた。

 

 その揺らめきに、目を奪われる。

 

 そんな私をよそに、クロイツさんは懐から巻物を取り出し、ゲートにかざす。


 巻物が音もなく吸い込まれ、短い唸りと共に、ゲートが強く輝いた。

 薄灰色は金色を帯び、向こう側が完全に見えなくなる。


 背を押され、ハッと呼吸を取り戻す。


 振り向けば、クロイツさんが促すように私を見ていた。

 顔を戻すと、ティラミアが既に足を踏み入れている。

 金の揺らめきに消える背を追い、私も一歩、踏み出した。


 一瞬の浮遊感。

 

 瞬きの間に、景色が変わる。


 振り返ればゲートがあり、クロイツさんたちが続いて現れた。

 それと同時に輝きは消え、あとには灰色の揺らぎだけが残っていた。


 フードを被り、階段を上ると、外へ出た。

 

 見渡す限りの平原が広がり、その中に人々の列が伸びている。

 列の先にあるのは、大きな門の入り口。


 門壁に沿って視線を滑らせると、等間隔に扉が埋め込まれている。

 どうやら、その内の1つから私たちは出てきたらしい。

 

 私が眺めているのに気づいたのか、ホルツさんが口を開く。



 「さっき通ったのがグランツゲートだ。ここは南から来た人が使うゲートでな。他の方角にも同じようにゲートがあるんだ」



 庶民が使うことはほとんどないと、私の頭を撫でながら付け加えた。

 

 聖女検査があるから、私たちは使えたのだろう。

 途端に胃がきゅっと縮む。

 

 誤魔化すようにお腹を擦っていると、クロイツさんの呼び声が聞こえた。

 顔を向けると、門の入り口で手招きする姿が見える。


 

 「手続きが終わったんだな。さあ、行こうか」



 ホルツさんに促され、クロイツさんのもとへ歩き出した。



 

 そうして踏み入れた街並みは、目新しく、美しいものばかりだった。

 

 ホルツさんが時折解説してくれたので、浮かぶ疑問はすぐに解けた。

 

 町を見渡すと、街並みが勝手に脳に刻まれ、地図ができていく。

 覚えておいて損はない。

 

 そんな一方で、賑わいを見せる街並みと人の多さに気圧される。

 生まれてから12年。

 こんなに人の多い場所に居たことも、見たこともない。

 

 迷子になってはたまらないと、近くにいたクロイツさんの服の裾をつまんだ。


 ……気にしないようにしていても、歩くごとに身体が強張っていく。

 覚悟は決まっている。

 だが、今後のすべてが決まる場所に近づいていると思うと、止めようもなかった。

 


 そんな中、屋台が建ち並ぶ通りに入る。

 すると突然、ホルツさんによる貢ぎ攻撃が始まった。


 次から次へと屋台のものが渡される。

 

 胃が小さい私の限界は早い。

 数本の串焼きを食べて断ると、それを心配して貢ぎが増す。

 「もう食べないのか? 君の喜ぶ顔が見たいのに……」なんて甘い声で囁くセリフもおまけ付きだ。

 

 質が悪い。

 貰ったのを無邪気に頬張るティラミアよりも質が悪い。

 

 カールさんの「鼻につく」という言葉が、脳を横切る。


 止めに入ったクロイツさんには、感謝してもしきれない。

 

 クロイツさんに叱られるホルツさんを横目に、息をつく。

 気づけば、肩の力は抜けていた。

 


 ***

 

 

 そうして辿り着いた、教会本部。


 その正面で、クロイツさんが立ち止まる。

 先ほどまで力の抜けていた肩は、もう元に戻っていた。

 

 二の腕を摩る。

 そこには赤い紐が括り付けてあった。

 

 この紐の存在がバレれば、私は終わる。

 そう思った方がいい。

 

 目標は、最低でも聖女として認められること。

 ティラミアより少し力の弱い聖女、となれば最良だ。


 常にティラミアより半歩後ろの位置。

 それが一番、安全なはず。

 

 検査内容すら分からない今、その場その場で最適を選ぶしかない。


 目立ちすぎず、かといって、切り捨てるには惜しい。

 そう思わせられれば、私の勝ちだ。


 吹き抜けた風に、フードの端を握り込む。

 

 目元に差した影に紛れ、目の前の教会を鋭く見据えた。

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