09 【騎士視点】ファイゲン隊:2人の子供
捜索を進め、村の裏側まで来た。
ここまで、人の気配はなかった。
辺りにあるのは、幹にぶら下がる折れた枝と、踏み荒らされた草のみ。
――生き残りは、あの子だけかもしれない。
頭をかすめた考えに、胸の奥がじわりと沈む。
それに引きずられるように、身体の重みが増した。
一度、戻ろうか。
体力の消耗も激しい。
自分が見逃しているだけかもしれない。
副隊長なら、見つけられる。
そんな考えが浮かんだ、まさにそのときだった。
目線を上げた、少し先。
正面に見える背の高い木の中腹で、なにか、光が見えた。
じっと目を凝らせば、キラリキラリと光が揺れる。
あれは……反射、か?
気づけば、その方向に馬を走らせていた。
村から離れるように、その光の元へ向かう。
断定はできない。
だが、自然に光が反射することなんてまずない。
――あそこに、人がいる。
あの子供も、木の上にいた。
木の上に逃げて、生きていた。
手綱を引き、木の間を縫いながら、そこを目指した。
そうして辿り着いた先には、太い枝に膝を抱えてうずくまる、妖精がいた。
木漏れ日に照らされた髪が、ムーンストーンのように輝いている。
彼女の周りだけ、空気が違う。
そう感じるほど、神秘的な光景だった。
ゆっくりと馬を進めていく。
無意識に、息を潜めていた。
馬が、パキリと枝を踏む。
その音にゆっくりと顔を上げた彼女と、目が合った。
交わった赤い瞳に、ただ、息が漏れた。
――妖精は、存在したのか。
ほおけた頭に、そんな言葉が浮かぶ。
しかしそれも、彼女が身に纏うボロボロの布に、我に返った。
よく見れば、肌と髪は美しいのに、どこか力を失っている。
頬はこけ、目の下には深い隈が居座っていた。
違う。
妖精なんかじゃない。
彼女は、この少女は――生存者だ。
「君は……」
口から零れた声は、少し掠れていた。
先ほどまでの、ただ見とれていた自分を恥じた。
少女はその間も、じっとこちらの様子を観察している。
その張りつめた静けさに、心がそっと揺れた。
「君は、この村の子?」
その問いには、ゆっくりとしたうなずきが返された。
宝石のような瞳を見つめたまま、再び口を開く。
「よく、頑張ったね。自分はファイゲン隊の、公爵様の騎士で。……君を、助けに来たんだ」
言葉が詰まる。
なかなか言葉が出てこない。
副隊長を思い出し、懸命に言葉を紡ぐ。
「残りの魔物は隊長たちが……自分の仲間たちが倒してる。じきに、倒し終わる。だから、一緒に来てくれないか?」
上手い言葉の1つも言えない自分に、腹が立つ。
それでも。
目の前の少女の震えを、止めたかった。
じっと視線が注がれる。
目は決して、逸らさなかった。
すると、囁くような声が聞こえた。
「一緒に、いきます。……助けに来て、くれて。……ありがとうございます」
その言葉に、胸の奥が一気にほどけ、詰めていた息を吐き出した。
木から下りるように言うと、少女は素直に従ってくれた。
しかし、体力が限界なのか、その動作はとても危なっかしい。
自分も木に足を掛け、補助をする。
この子があの子供みたいに落下したら、それこそ心臓が止まりそうだ。
無事に地面に降り立った少女を抱き上げ、馬に乗せる。
その身体の軽さと、浮き出た肋に、一瞬眉を寄せた。
その表情を隠すように、後ろに飛び乗る。
少女が落ちないように支えながら、保護場所へと馬を走らせた。
蹄の音に振り向いた副隊長が、固まった。
それに内心大きくうなずきながら、少女を馬から下ろす。
おずおずと、小さく返されるお礼に胸が温まる。
だが、その見た目も相まって、どこか落ち着かない。
触れてはいけないものに触れているような、そんな感覚。
少女を結界内に入れ、もう一人の子供に目を向ける。
初めに助けた、金茶髪の子。
その子は自分と副隊長の間で、視線を行ったり来たりさせていた。
あの少女が、目に入ったはずなのに。
同じ村の子供が生きていたと、分かったのに。
少女も、金茶の子とは少し距離を空けている。
その様子に、少しの違和感を覚えていると、副隊長から声が掛かった。
「……よくやったな。カール」
「ああ、はい。ありがとうございます」
誤魔化すように掛けられた労りを、白けた目で流す。
副隊長は今、金茶の子から話を聞き出していたらしい。
詳しい話は濁されたが、白髪の子からも聞く必要があると。
そういうことなら、と少女を副隊長に任せ、再び馬に跨る。
馬腹を蹴ろうとして、ふと、思い出す。
単独行動を申し出たとき。
金茶の子は、離れようとした副隊長の裾を、縋るように掴んでいた。
“助けてくれた人”というのは、特別なんだろう。
それなら、あの子も……?
少女に目線を向ける。
こちらを見ていた少女の目には、縋るような色が浮かんでいる……気がした。
ぎこちないながらも、手を振ってみる。
少女は控えめに振り返してくれた。
それを視界に留め、ようやく馬腹を蹴る。
少女の健気さと、少しの違和感が、胸に残っていた。
隊長たちは討伐を終え、入り口へ引き返しているところだった。
どうやら、自分の捜索が間に合わなかった、村の西側も見てきてくれたらしい。
隊長に、少女についての報告を済ませる。
「生存者は2人か」
隊長はそう呟くと、空を見上げた。
釣られて顔を上げると、もう日が暮れ始めている。
「テントと食事を準備しろ」
その言葉に従い、隊長たちより一足先に、副隊長の元へ戻った。
***
準備を整え、食事ができた頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
幼い声が聞こえる野営は、新鮮だ。
疲労を訴える身体は重いが、自然と表情が明るくなった。
副隊長と話す金茶の子に、食事を配る。
その子は食事を受け取り、泣きはらした目をこちらに向けて、小さく礼を言った。
その様子に覇気はない。
視線を移し、そことは離れた場所に座る、白髪の少女にも食事を持って行く。
ポツンと膝を抱えるその子が、哀れに見えた。
なんとなく、その隣にそっと腰を下ろす。
言葉はかけなかった。
少女から向けられる視線を気にせず、食事に口をつける。
しばらくして、副隊長がテントに入っていくのが見えた。
金茶の子が寝てしまったらしい。
視線を隣に向ければ、白髪の子も目元を擦って眠そうにしている。
食べ終わった器を回収し、少女をテントへ連れて行く。
片付けを申し出る少女を気にせず、金茶の子と同じテントに押し込んだ。
これでよし。
息をつき、振り返る。
副隊長と目が合うと、親指を立てて応えてくれた。
子供たちが眠りにつけば、報告会が始まる。
はじめに口を開いたのは、隊長だった。
「まずは、よくやった。明日はツッカー村に向かう。夜の内にしっかり休んでおけ」
子供たちを起こさないよう、控えめに唱和する。
次に口を開いたのは、副隊長だ。
「俺からの報告は、保護した子供たちのことだ。1人は村の東側で保護したティラミア。金茶髪の方だな。年は12歳。親に逃がされたらしいが……まあ、それはいい」
副隊長はそこで言葉を止め、グルリと隊員を見回した。
「ティラミアは、“両手を組んで助けを求めたら光が守ってくれた”そう言ったんだ」
「えっ、それって……」
思わず言葉が漏れる。
「お前らも、知ってるだろ? “聖女様の話”を」
副隊長はひとつうなずいてから、そう言った。
ティラミアの言葉は、聖女の話に出てくるものそのままだ。
「子供の話だろ?」
一人の先輩が、投げやりに問いかける。
それに、大げさな仕草で肩をすくめた副隊長は、カラリと言った。
「まあな。でも、2人とも検査した方がいいと思うね、俺は」
「待て、2人だと?」
隊長が即座に反応する。
その問いに、副隊長は肯定を返した。
「名前はセラ。12歳。カールが村の南側で保護した子だ。“骨の鳥に襲われたときに光った”らしい。まあ、ティラミアに釣られて話した、て感じだったけどな」
あの子が、聖女。
浮かんだ想像が、やけに違和感なくハマった。
「2人も聖女がいるわけないだろ。どっちかは確実に嘘だ」
確かに。
先輩の言葉に、首を縦に振る。
「今回の黒溜まりを思い出せ。道中、見ただろ?」
副隊長が、言葉と共に自分を見る。
それが、あのときの“答え”なんだと分かった。
「ほぼ確実に、どちらかは聖女だ」
だから、黒溜まりが小規模で、疎らだった。
聖女が力を使ったから。
副隊長は、あの時点で予想していたのか。
「なら、セラって子の方だろ」
「まあ、なぁ?」
先輩たちが、言葉を濁しながら話す。
それが見た目のことを言っているのは、すぐに分かった。
そんな空気を正すように、隊長が口を開く。
「聖女に見た目は関係ない。……検査の件は、帰還したら公爵様に連絡を取る。他に報告は?」
その言葉で、話が切れる。
緩んだ空気が引き締まるなか、口を開いたのはまたしても、副隊長だった。
「セラに関して、あとひとつ。……あの子は多分、迫害を受けていた」
隊長が眉を顰めた。
隊員たちにも影が落ちる。
だが、自分はどこか、納得していた。
あの子は綺麗だ。
顔立ちはもちろん、色彩も、すべてが目を引く。
でもそう感じるのは、広い世界を知っている自分たちだからだ。
色素の薄い人間も、赤い目を持つ人間もいることを、知っているからだ。
僻地の閉鎖的な村では、異様に映っても不思議じゃない。
実際、そういう村を見たこともある。
「となると、できるだけティラミアとは離した方がいいか」
「いや、それがなぁ」
隊長の言葉に、副隊長が返す。
「ティラミアは、セラを徹底的に無視するんだ。大抵は暴力にいくものだが……。だからまあ、離すより一緒にいさせるのも、ありだとは思う」
その言葉に、セラを結界に入れたときの違和感が蘇る。
やはり、あのときの感覚は間違っていなかった。
ティラミアの様子を見る限り、セラは普段からああいう扱いを受けて来たのだろう。
浮かんだ想像に、自然と視界が下がる。
「……どちらにせよ、俺たちに出来ることは少ない。村全体がそうだったんだ。子供のティラミアを責めても仕方がない。なにより、2人は保護対象だ。割り切れ。……ヨハン、他に報告はあるか」
「いや、俺からは以上だ」
ドクリと、心臓が跳ねる。
周囲から漂っていた、ティラミアへの負の感情も消えた。
隊長の言う通り、ティラミアも、セラも、ただの子供だ。
本来責めるべき大人たちは、もういない。
「明日は2班に分かれる。斥候役2人と今日の戦闘で負傷した3名はここに残れ。生存者の護衛をしろ。残りの者はツッカー村を目指す」
それに唱和し、解散する。
自分の寝床に向かいながら、ふと、子供たちのテントに目を向けた。
明かりもなく、静かだ。
月明かりが差し込む森の中、風でこすれる木の葉の音が、妙に鮮明だった。




