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或る天狼星の公安事情 The Cold Logic of Sirius: The Secret Record of Binary Star  作者: 霜月淡碁
第0章

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2059年3月13日

マーレセルロ市オートオルム区

9時30分


 〈襲撃があったのは、ジャパンフィナンシャル銀行サンライズ西通り支店で、強盗犯は警備員や客を銃撃し、行員を脅して5000万ラダーをボストンバック5個に詰め込ませて、自動車で逃走しました。逃走車はノルドサイド区リリース地区で炎上しているのが発見されましたが、犯人、現金ともに見つかっていません。銃撃で警備員3人が死亡、警備員1人と客8人が負傷し、2名が意識不明の重体となっています〉

 シリウスは自宅のテレビで、昨日の銀行襲撃事件のニュースを見ていた。

 5000万ラダーは、平均的なクラリオン国民の生涯収入の2倍以上の大金であり、国内で発生した銀行強盗では上位に入る被害額である。

 クラリオン王国でもキャッシュレス決済がある程度普及しているが、依然として現金決済が主流であり、銀行の支店に相当額の現金が置いてあるのが、被害金額が跳ね上がった要因かもしれない。

 そんなことを考えながらニュースを見ていたシリウスは、外からV8エンジンの音が聞こえてくるのに気づいた。だんだん近づき、家のすぐ近くでエンジン音は消えた。

 そして数秒ほど時間をおいて、インターホンが鳴った。

 「はい」

 〈私だ、シリオだ〉

 シリウスは電子ロックを解除し、シリオにインターホン越しに伝えた。

 彼女を迎え入れると、リビングに案内する。

 「急に来て悪かったな」

 「別に。特に用事もないし」

 そう言って、シリウスは彼女をソファに座るように促した。

 「今日はどうしたんだ?」

 「特に用って訳じゃない…まぁ、親睦を深めましょうってことにしてくれ」

 「引っ越し先探さなくていいのか?」

 「ドムに頼んで、ここでもいいかなって…」

 「隣人が増えるな。コーヒー飲むか?」

 「いや、いい。お気遣いなく」

 そんなやり取りをしながら、2人向かい合うようにソファに座った。

 「割といいソファ、使ってんだな」

 「家具の大半はドムからの貰い物だよ。自分で買ったのはあまりないよ」

 「そうか…そういや、昨日は助かった」

 「昨日?」

 「お前が転換術式使って、敵の第2射をカバーしてくれただろ?」

 「ああ、あれ?別に礼を言われるほどことは…」

 「私が気にする」

 「…わざわざ、礼を言うために、休みの日に朝から来たのか?」

 「迷惑だったか?」

 「別にそんなことはないが…」

 「ならいい。単なる私の自己満足だ」

 そう言ってシリオは、苦笑いをした。

 「せっかくいい天気だし…走らねぇか?」

 不意にシリオは、ハンドルを操作するジェスチャーをしながら言う。

 「…そうだな」

 拒む理由もなかったので、シリウスは同意した。


-----


パッセージ郡エストパッセージ区

南パッセージ州立公園

12時20分


 パッセージ島は、マーレセルロ湾に浮かぶ比較的大きな島だ。

 シリウスとシリオは、それぞれの愛車で南パッセージ州立公園まで来ると、駐車場に車を停めた。

 南パッセージ州立公園は広大な敷地を持つ自然公園だが、近年自然とは別の要因で人気を集めていた。

 「見ろよ」

 駐車場の端、海を見下ろす場所で、シリオは南に向けて指をさした。

 「軌道エレベーターか」

 国際軌道エレベーター1号塔、通称バリウェストタワーは、公園から20キロ先にありながら、その巨体を見せつけるようにそびえ立っていた。

 「10年前まで海だった場所に、今や宇宙まで届く塔があるなんて信じられるか?」

 「現実は往々にして、現実感に乏しいからな」

 「その現実感に乏しい建物が、この星の5か所もあるんだ」

 シリオに言うように軌道エレベーターは1か所だけではない。第二世界の地球、テラの赤道上に5か所、全長5万キロに及ぶ塔が立ち、その塔を繋ぐ2重のオービタルリングがテラを囲んでいる。

 そのオービタルリングには、無数の太陽光発電システムが備えられており、商業用原子炉1億基分の電力を半永久的に地上へ送り、システムが完全稼働した暁には、第二世界の高緯度地域を除く大部分の地域と一部第一世界諸国にも電力を供給することになる。

 バリウェストタワーは塔本体部分の工事をほぼ完了し、すでに部分稼働した太陽光発電設備によりクラリオン王国で消費される電力の大部分を賄っている。

 「古代の人間は、天に届く塔を建てようとして神の怒りに触れたと言うがな」

 「だが、軌道エレベーター建設で各地で混乱も生じている。その混乱こそ、神の怒りって奴じゃないのか?」

 シリウスの言葉に、シリオはそう返した。

 国際軌道エレベーター計画は、出資国と建設国に相応の混乱をもたらしており、クラリオン王国も例外ではない。

 国王を筆頭とする建設推進派である改革派と、遊撃士協会の支持基盤でもある保守派の対立が激化する要因になっており、また建設反対を掲げるテロや外国人労働者に関わる諸問題、軌道エレベーター防衛のために駐留する国連軍に関わる問題など、宇宙へ伸びる巨塔はいくつもの問題をもたらしている。

 「君とルドリナの仲も、軌道エレベーターがもたらした問題の1つか?」

 「かもしれないな。直接の原因は、軌道エレベーターよりは遊撃士の方だがな」

 「…そういや、シリオは何で警察官になったんだ?」

 「ああ、それか?長くなるから、先に飯見つけよ」

 シリオはそう言って歩き出し、シリウスはそれに続いた。


 2人は公園内にあるカフェに入り、それぞれサンドイッチとコーヒーを頼んでテラス席に座る。

 「ここからでも、軌道エレベーターが見えるんだな」

 「そうだな…で、私が警察官になった理由か?」

 「シンビィード家は代々遊撃士の家柄だったのに、君が遊撃士にならなかったのが気になっただけだ。話したくないなら、それでもいい」

 「…いや、別に構わない」

 シリオはコーヒーを啜り、マグカップを机に置くと話を始めた。

 「私も、父に対して同じことを思っていた時期があったさ」

 「同じこと?」

 「ルドリナが私に対して思っていること…なんで遊撃士にならなかったのか」

 「それか。シリオの父親って、そう言えば挨拶したことはあるが、何してる人か知らないな」

 「内務省の官僚だ」

 「なるほど、警察の親玉って訳か」

 他国の内務省は多くの場合、国内の地方行政や治安を司るが、クラリオン王国連邦内務省は警察などの法執行機関を統括することに特化しており、内務官僚とはクラリオン王国では警察官僚と同義語だ。

 もっとも、長らく治安維持を遊撃士に依存していたクラリオン王国において、内務省の歴史は20年程度しかない。

 「私が物心ついたときには、父は内務省にいたらしい」

 「それで、シンビィード家が遊撃士の家柄なのを知ってから、なんで遊撃士にならなかったのか疑問になったんだな」

 「そうだ。子供のころ、シンビィード家の人間は皆遊撃士になるものだと思っていたし、遊撃士は正義のヒーローだと思っていたさ。だから、父はシンビィード家において異端な存在だと思っていた。バリウェスト校に入った時も、遊撃士になるつもりだったよ」

 シリオは話を進め、その合間にサンドイッチを口に運ぶ。

 「7年前のクエロ事件、知っているか?」

 「ああ…あの事件か」

 クエロ事件。7年前、国家公務員の人事を統括する人事院で、個人情報不正利用疑惑が持ち上がり、紆余曲折の末に疑惑を告発した人事院幹部のクエロ氏にスパイ容疑がかかった。虚偽の告発と個人情報を海外機関に売り飛ばした疑惑をかけられたクエロ氏は、一貫して疑惑を否定したが、遊撃士協会はクエロ氏に日本やアメリカの政府関係者との接触があったことなどを理由にクエロ氏の犯行と断じ、当時の世論もクエロ氏がスパイ行為に及んだと考えた。

 絶大な影響力を持つ遊撃士協会に国賊として非難されたクエロ氏は、風評に耐え切れず一家心中を図った。

 だが数日後、遊撃士協会とは別ルートで捜査を続けていた警察は、当初個人情報不正利用で告発された人事院幹部職員と、クエロ氏のスパイ容疑を断じた遊撃士が癒着していることを突き止めた。

 当初、警察発表には間違いがあるとした遊撃士協会の発表を世論は当然のものとして受け入れたが、良心の呵責に耐えかねた遊撃士協会の職員が、クエロ氏のスパイ容疑は捏造であると公表した。

 海外に連邦政府の人事情報を売り渡していた人事院幹部職員が、自らの行動が露見しそうになったため、癒着関係にあった遊撃士と共謀し、クエロ氏のスパイ容疑をでっち上げた。

 この公表直後、幹部職員は国外逃亡を図り寸前で逮捕され、事の詳細が明らかになった後も、遊撃士協会は公表した職員を罷免し、『遊撃士への公権力の不干渉』を盾に捜査を拒み、自らの過ちを認めようとしなかった。

 「あの事件で罷免された遊撃士協会の職員、あのあとどうなったか知ってるか?」

 「いや…」

 「死んだよ、自分で脳幹を撃ち抜いて…姉の様に慕っていた人じゃなければ、私も他人事でいられたかもしれないな」

 そう言ってシリオは、サンドイッチの最後の一欠けを口に入れた。

 「自分たちに都合の悪いことは知らぬ存ぜぬで、職員一人に責任を押し付け、挙句何人も自殺に追いやって、それで正義を掲げるのが遊撃士だ。私が生まれる前、同じようなものを見た父が遊撃士の職を辞して、内務省に入省したのを知ったのは、ちょうど同じくらいの時期だ。笑えるだろ、正義の味方にならなかったと蔑んだ相手が、正義なんてものがない現実を見ていたなんて」

 「それで遊撃士にならずに、警察官になったのか」

 「別に、警察である必要はなかったけどよ、現実を知ってなお遊撃士を正義の味方だと信じている奴に、現実に向き合わせてやりたかったからな」

 「ルドリナか」

 「現実を見ても、未だに遊撃士が正義の味方だと思ってる。本人は、いずれは遊撃士の悪い部分も変えて見せるって豪語しているが、問題になっているのは今だ。今変わらないと意味がない」

 「そうか…だが、警察にいても今を変えられる訳じゃないだろ」

 「そうだな。所詮、私は末端の予備警察官に過ぎないからな。結局は当てつけに過ぎないさ」

 「ルドリナに対しても?」

 「一緒に、正義の味方に憧れていた頃は遠いな」

 シリオは、少し悲しそうな顔で言った。

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