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2059年3月12日
マーレセルロ市ポートサイド区
23時30分
シリウスが第四課第1戦術小隊第2機動班に配属されて数日。
彼は訓練と銃器使用立て籠もり事件1件で、同僚となったシリオたちに実力を見せた。
射撃は極めて正確で、魔法技能も高く、その他の警察官としての能力も申し分ない。
一方で、シリオ達班員や他の第1戦術小隊の隊員の中には、彼の能力の高さはある意味異常であると感じていた。ニウスリック自治州警察はこれほどの逸材が育つほど、過酷な訓練や実任務が多いのだろうか。
そんな疑問は少なからずあった。
そんなこんなで新隊員を迎えた第1戦術小隊は、新たな任務のため埋立地に築かれたポートサイド区の海辺、工場と倉庫が立ち並ぶエリアに展開していた。
先日の武器取引と同じ武器密売組織による取引が、この地区の廃工場で行われるとの情報があった。
10トントラック、いすゞ・ギガを改造した指揮通信車両では、偵察ドローンが撮影した映像を小隊長のキヨノ・オニグマ警部が注視していた。
キヨノは大柄なアンメイクの女性警察官であり、シズカほどではないが若手の出世株である。
「どうですか?彼らは」
キヨノは412班との通信を担当する、アリューシャ・セントコア・メロージに声をかけた。騎士魔法学院生の予備警察官で、名門貴族メロージ公爵家の本家であるセントコア家の令嬢だ。
「予定地点で待機中。敵に発見された兆候はありません。そうよね、ラヌアス」
「はい。工場内の人の動きから見て、敵に見つかった可能性は低いかと」
ドローンの画像をモニターしていたラヌアス・インセットは、話を振られると淡々と報告する。アリューシャ同様騎士魔法学院生の予備警察官で、家は代々メロージ公爵家に仕える家柄で、アリューシャの執事兼ボディーガードを務めている。
「シリウスが入ってまだ4日ですが、412班は問題なさそうですね」
「そうですね、小隊長。シリウスのことですから、シリオたちに動きを合わせるくらい造作ないかと」
「アリューシャも、彼とは付き合いは長いんでしたね」
「私もドーウェン侯爵経由ですけど」
〈ウルフパック412からウルフパック41リーダー〉
不意に無線から声が聞こえる。シリウスの声だ。
「ウルフパック412、どうぞ」
〈工場に接近する車両1、赤のプリウスです〉
「ドローン画像でこちらでも確認。監視継続」
〈了解〉
「ラヌアス、ドローンのカメラをプリウスに向けてください」
「はい…ブレーキランプ点灯、減速しています。工場内に入っていきます」
「ターゲットですね」
〈ウルフパック412からウルフパック41リーダー。プリウス、工場建物内に入ります〉
「了解。ウルフパック41リーダーからウルフパック41各班、突入スタンバイ」
キヨノは突入準備を指示した。
「工場内の映像を」
「了解」
ラヌアスがドローンの映像を切り替える。
工場内では、先ほどのプリウスから3人ほど降りて、先に工場内にいた数人と話し合っている。彼らの周囲には武装した男たちがいる。
「こいつらも下請けでしょうか?」
「恐らくそうでしょうね…ウルフパック41リーダーからウルフパック41各班、突入!」
号令が飛ぶと小型遊撃車一型、つまりトヨタ・ランドクルーザーをベースにした防弾車両に分乗した412班は、待機地点から飛び出す。
工場の敷地内に入ると、そのままアクセルを緩めず正面のシャッターに突っ込んだ。これを合図に、建物裏手から411班と413班が突入し、小型遊撃車に向けて発砲する護衛役を次々無力化していく。
412班も下車し、逃げようとした被疑者を取り押さえていく。
突入作戦は、1分ほどで完了した。
作戦完了後すぐに、待機していた護送車が到着し、シリウスたちは拘束した被疑者を護送車に乗せた。
ちょっとした問題が起こったのは、護送車に被疑者を乗せ終えた時だった。
地元住民と遊撃士たちが、詰め寄ってきた。遊撃士の中には、ルドリナと彼女の秘書的なポジションである騎士魔法学院生徒会役員のリゼル・フォスカーもいた。
現場封鎖に当たる機動隊員では手に余ると判断し、シリオは機動隊員と遊撃士たちの間に割って入った。
「こんな夜分に、生徒会長様が何の用だ?」
「シリオ、君たちもいたのか…これは何の騒ぎだ?」
「捜査活動だ。遊撃士には関係ない」
「地元住民は銃撃戦の音を聞いている。捜査活動で発砲するのか?」
「正当防衛射撃だ。何も問題ない」
「近隣の人は銃声に不安がっている。地域を不安に巻き込むのが、公安局のやりかたか?」
「そうだ」
淡々と答えるシリオに対して、ルドリナは話の方向を変えることにした。彼女の視線は、並べられた死体袋に向いている。
「また抵抗したから、射殺したのか?」
「さっきも言った、正当防衛射撃だと」
「警察は被疑者を射殺して裁判を受ける権利を奪うのか?」
「お前も、重武装の相手に対するガサやってみればいい。丸腰だと一瞬で蜂の巣だぞ」
「君たちなら、傷つけずに制圧することはできたはずだ。殺害する必要はなかったはずだ」
「そういう理想主義者は聞き飽きた。やらなきゃやられる、それだけだ。それに被疑者の殺害は遊撃士もやってるだろ。法的権限もないのに」
「法に縛られないのが遊撃士だ」
「法で禁止されてないから許されるってのは、無法者の考えだろ」
「なんだと…!」
後ろでやり取りを見ていたシリウスは、埒が明かないので間に割って入ることにした。
「俺たちは法的権限に基づいて活動している。それに文句があるなら、裁判所に差し止め請求でもしろ」
シリウスがそう言うと、リゼルも口をはさむ。
「ならその前に、ガサ入れする前に令状を見せてもらえるか」
「バリウェスト州警察官職務規定法第22条、『州警察官は、業務中に知りえた情報を許可なく部外に開示してはならない』」
「でしょうな。だが、王国連邦憲法では知る権利が定められている。ここで警察が何をしていたのか、見せてもらえるか?」
「なら、裁判所に情報開示請求をしろ。法的に情報の開示を命じられない以上、俺達には機密保持の法的義務がある」
「そうか。つまり、裁判所が開示しろと言えば開示できるが、今開示するのは無理だと?」
「物分かりが良くて助かるよ」
「不毛な言い合いは嫌いなんで。ルナ、ここで詰め寄っても無駄だ」
「しかし…」
「遊撃士協会で開示請求するか判断してもらった方がいいだろ」
「…わかった」
リゼルに説得され、ルドリナは渋々引き下がった。
2人は地元住民に声をかけ、彼らとともに去っていった。
「シリウス、シリオ、何がありました?」
入れ替わるようにキヨノがやって来る。シリウスは事の次第を簡潔に報告した。
「なるほど。この地域は、遊撃士協会支持層が多いんです」
「低所得者が多いからな、税金で動く警察が気に入らないんだろ」
「シリオ…そういう事を言わないでください」
言い切るシリオを、キヨノが咎める。
「…後は公安部に任せて、私たちは撤収しましょう」
「了解」
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2059年3月13日
マーレセルロ市リバーサイド区
10時30分
スタグナ川の河川敷沿いに、州警察本部第103支所がある。
公安特殊捜査部第四課の本拠地であるほか、公安部や組織犯罪対策部などテロや組織犯罪に対応する部署が入居している。
男子仮眠室から出てきたシリウスは、まだ残る眠気を欠伸で誤魔化した。
「仮眠室のベッド、硬くて寝づらいだろ?」
女子仮眠室から出てきたシリオがそう言う。
「キャンプ用の簡易ベッドでも持ってくるか」
「大丈夫、慣れたらよく眠れる」
そんな会話をしながら、第1戦術小隊のオフィスに入ると、小隊員でない人物が数人いた。
「よぉ、フェスティアとカイル。捜査は順調か?」
「びみょー」
フェスティア・セントマウントは、気だるげにそう返す。
「フェス、気抜けすぎ」
カイル・アードライがたしなめる。
フェスティアとカイルは、銃器薬物対策課に所属する騎士魔法学院生の予備警察官だ。
「みんなそろいましたね。フェスティア、カイル」
シリウスとシリオが着席すると、キヨノがフェスティアたちに促し、フェスティアが情報共有を始める。
「昨晩逮捕された武器商人は前回と同じ、シェンメンのギャングだった。供述によると、金で武器類の輸送を頼まれたらしい。依頼人とのやり取りは、“ブラインドネット”が使われて、今サイバー部で解析をしてもらっている」
「ブラインドネットというと、最近裏で出回っているSNSだな」
「そうだ、フェヴァル。秘匿性が高く、サービス提供者不明の裏SNS。サイバー部の協力である程度動向は探れているが、大元の特定には至ってない。武器類は前回同様、X遮蔽処理をした海上コンテナに武器類を積載する手口だった。それで、前回のコンテナの売却履歴を辿ったところ、一昨年の11月にアメリカで売却されてからの履歴が途絶えていた。アメリカ国外に持ち出された形跡もないことから、一昨年の11月から今年の2月までの間に不正改造されたと思われる」
「今、国際犯罪組織対策課を通じてFBIに捜査協力要請を出していますが、詳細が判明するのには、しばらくかかると思われます」
カイルが補足した。
クラリオン王国は、中部の都市メディウム州フィロソフィア市の“通路”を介してアメリカはロサンゼルス市と繋がっている。そのせいか、アメリカからの密輸入は後を絶たず、世界的な軍事物資の拡散、不正流通もあって、アメリカからの軍事物資の密輸が横行している。
「アメリカの組織が密売しているのか?買い手に関しては、何かわかったのか?」
「それは公安四課の担当だからジェニスに聞いてくれ」
シリオに尋ねられたフェスティアは、ホームグロウンテロを主に担当する公安四課にいる騎士魔法学院生の予備警察官の名前を出した。
その予備警察官、ジェニス・オリエントがオフィスを訪ねて来たのはその直後だった。
小柄で眼鏡をかけた女性警察官はフェヴァルの姉だが、シリウスはその事を知って以来、似てない姉妹だと思っていた。女性としてはしっかりした体格で金髪のフェスティアに対して、小柄で茶髪のジェニスでは、印象に大きな違いがあるのが原因かもしれない。
それはそれとして、フェヴァルのジェニスに対する二人称が「姉上」なのは、王と取り巻きに称されているフェヴァルらしいとも思っていたシリウスだった。
「武器を購入しに来たプリウスの3人ですが、金で雇われて輸送を引き受けたと証言しています。身分証が依頼者によって取り上げられており、身元確認に時間を要しています。連絡に使われたスマホですが、プリペイド式の使い捨てシムが使用されており、スマホ本体もプリウスも盗品でした」
ジェニスは、現在わかっていることを端的に伝える。
「かなり用心深いな」
シリウスが言う。
「取引を抑えられても、自分たちの尻尾を掴まれないように、何重にも策を講じている」
「そうです。密売組織も買い手もかなり賢い。問題は、取引が何度も行われていることです。買い手に、相応の武器が渡っていると考えるべきでしょう」
「警部のおっしゃる通りです。ブラインドネットの捜査で、少なくとも1回は取引を完了させた形跡があります」
カイルは現状の懸念点を話す。
連邦銃火器刀剣類等規制法では、アサルトライフル、サブマシンガンのようなフルオート射撃が出来る火器の民間所持を禁止し、連邦爆発物規制法では軍用爆薬の民間所持全面禁止と産業用爆薬の無許可所持の禁止を定めている。
今回の事案では少なくとも1回は、取引を完了させたと思われる。これによって、テロリストに違法な火器が渡った可能性が高い。
「引き続き、密売組織を銃器課で捜査してもらいます。第1戦術小隊と公安四課で、買い手の捜査に当たります。買い手が何らかのテロを行う可能性もあります。人の多い場所や重要防護施設の警戒を」
キヨノは捜査方針を通達した。
シリオたち学生組は、貴重な春休みが潰れることを覚悟した。
「引っ越し先探し、いつになったらでっきかな」
「ドムのアパートにでも住んだら?転居届出す時間捻出できればどうにかなるだろ?」
「寮にそれなりの荷物あんだよ。乙女の荷物なめんな」
乙女の荷物を軽視するシリウスに、シリオはそう反論した。
「どうせ服とかだろ?ハイエースでも借りてくれば、収まるだろ」
「うぐっ…」
図星をつかれて、シリオは言葉に詰まる。
シズカが入室してきたのは、シリオが何とか反論の言葉を捻り出そうとしていた時だった。
「みんないるか?」
「課長、どうされました?」
敬礼しようとするキヨノを制して、シズカは困ったような表情を見せる。
「面倒なことになった…ネットに昨晩の摘発について投稿があった。『警察がバイトで雇われただけの何も知らない無抵抗の少年を撃ち殺した』ってな。少年の個人情報付きでな」
その言葉に、部屋に緊張が走る。
「もうすでに投稿が拡散されて、メディアも嗅ぎ付いている。SNSじゃ、警察批判キャンペーンでお祭り騒ぎだ。それに遊撃士協会も騒いでいる。ルドリナたちが現場に押しかけたのがまずかったな。遊撃士は、現場で死体袋を目撃したって」
「また面倒なことに…」
オルフェがうんざりした様子で吐き捨てる。
「そうなんだが、文句を言ってる場合でもない。ジェニス、公安四課で拘束した被疑者の身元確認を急いでくれ。被疑者の中に、レイモンド・トロア少年がいないか確認を急いでほしい」
「わかりました」
「少年が生きてましたって発表して、素直に拳を下ろしてくれますかね」
オルフェの疑問は、ほかの人間も同様のことを思っていた。
「わからん。だが、打てる手は打つしかないだろ」
「課長、第1戦術小隊はどういたしましょうか?」
「そうだなキヨノ。ネットでは抗議活動が呼びかけられている。抗議活動の過激化に備え…」
シズカが言いかけたところで、彼女のスマホが着信音を鳴らす。
「はい…なに?ああ、わかった…すぐに対応させる。警備部にも連絡しておいてくれ…さっそく仕事だ。ポートサイド区のウェストポート中央公園で、抗議集会が行われている。無許可の集会で、近隣住民から騒音に関する通報も入っている。キヨノ、第1戦術小隊は第一機動隊が警備に出動するから同行し、監視を行え。遊撃士も来ているはずだから、連中の動きも監視しろ」
「了解。第1戦術小隊は直ちに出動する」
キヨノの号令で、第1戦術小隊の隊員たちは一斉に立ち上がり、出動の準備にとりかかった。




