0-1
21世紀初頭、二つの世界を隔てる次元の山を貫き直通させるトンネル、『通路』が出現した。
『第一世界』と『第二世界』が混乱を極める時代になったのは、通路というパンドラの箱が開いたからだった。
第三次世界大戦を経て尚、いやさらに拍車がかかり秩序は失われていた。
第二世界、グレーンデール大陸西部の島国、クラリオン王国連邦も混乱に見舞われている最中の国だった。
女性のみが馬の耳と尻尾を持つ、馬系統の獣人と人間の混血人種を中心とする国で、国民が飢える心配のない程度の食料自給率と、豊富な石炭資源を持つ。
日本主導の国際軌道エレベーター計画による軌道エレベーター建設地として、国際的な存在感を増すこの国は、市民のちょっとした困りごとから治安維持活動に至るまで幅広い分野で活動する組織、遊撃士協会の総本部があり、長年警察力は遊撃士が担っていた。
だが、本来権力乱用から市民を守る組織である遊撃士協会だが、遊撃士依存の社会は遊撃士の公権力化を招き様々な問題の原因となっていた。
同時に、遊撃士の資金力、組織力では高度化する犯罪に対抗できないこと、活動の法的根拠がないことに、国内外から問題視する声もあった。
このことから2030年代末期から、クラリオン王国は警察改革に乗り出したが、遊撃士協会やその支援母体である保守派と、警察改革をはじめとする行政改革や軌道エレベーター誘致で主導的な改革派との対立は年々悪化し、それに乗じるようにテロ組織やマフィアなどの犯罪組織の活動も活発化。国際的な治安悪化もあって、治安回復が急務となっていた。
-----
軌道エレベーターの建設地、バリウェスト州は、建設特需とそれに合わせた投資により、クラリオン王国の中でも近代化が進む地域であり、州都であるマーレセルロ市は近代的都市として風格が漂っていた。
その郊外にあるのが、国立バリウェスト騎士魔法学院で、元は遊撃士と王国の騎士団、魔法師団の人材育成機関だったが、現代では多種多様な分野を扱う総合一貫校であり、遊撃士や騎士団、魔法師団の流れをくむ連邦軍だけでなく、警察や民間企業など、幅広い分野に人材を供給している一方で、新年度からは、大学や大学院に相当する上級課程が新設され、高度人材の育成に期待がかかっている。
第二世界では高等教育は働きながら受けるというのが長らくの慣例だったため、騎士魔法学院でも働きながら教育を受けるのが普通で、職種によっては中等部から学校に通いつつ、勤務先に出向、実習という形で働く。
実習としての就業先は生徒がブラック企業に当たることを防ぐため、学院が審査し許可した所のみだが、そのリストにバリウェスト州警察が加わったのは、数年前のこと。
遊撃士協会は、違法で危険な業務に学生が就くことになると批判した。
そして学生は、実際に違法で危険な業務に就いていた。
2059年3月2日
バリウェスト州シェンメン市ポートコーラル区
1時35分
春休みが始まったばかりのある日、良い子なら眠りにつく時間。
埋立地の港湾地域、ポートコーラル地区は、華やかな観光地としての側面と、コンテナターミナルや倉庫が並ぶ貿易港としての側面を持つ。そして、往々にして水面下で問題が起こるのは貿易港の方だ。
倉庫街の一角、古い倉庫に1台の大型トレーラーが入ると、数人の人物がそそくさと扉を閉める。
倉庫に車両が出入りするのはごく普通だが、問題は積み荷。40フィート国際海上コンテナの外装と内張の間には、X線検査を欺瞞するための放射線遮蔽材、さらに目視検査に備えて合法品に偽装した多数の収納容器、その中にはアサルトライフルや軍用規格の強力な爆薬、対戦車無反動砲やRPG、さらには警察無線や軍事無線を傍受するための高機能無線機。
この倉庫は武器取引の現場であり、倉庫内にいるのは武器商人たちと買い手である数人。
用心深く警察無線を傍受し、小銃で武装した商人の護衛たちが周囲を警戒している。
だが用心むなしく、すでに見張りに狙撃銃の銃口が向けられ、警戒の目を避けて突入部隊が準備を整えていることを、彼らは知らずにいた。
バリウェスト州警察公安局公安特殊捜査部第四課第1戦術小隊、通称公特41は、突入準備を完了し、小隊長の命令を待っていた。
公安特殊捜査部は、表向きにはSWATの様な組織とされているが、実態は内務省公安警備局の実働部隊であり違法な活動も行う。そもそも、州警察公安局自体が内務省公安警備局の指揮統制下にあり、合法非合法問わず様々な活動を行っている。
第1戦術小隊第2機動班は、名門貴族シンビィード侯爵家の一家、カニクラ家の令嬢であるシリオ・カニクラ・シンビィード以下、狙撃組を除く6名は見張りに気付かれぬように、建物裏口近くに息を潜めていた。
第2機動班、通称412班はシリオの他に、物静かな少年のギムレット・チェンバースと若干中二病気味のミリー・ケラヴノス、取り巻きに「王」などと呼ばれているフェヴァル・オリエント、知らぬ間に彼女の側近ポジションに収まっていたオルフェ・シモノ、王のお気に入りの常識人であるヴァリシア・シヴァル、これに狙撃手が2名。
いずれも騎士魔法学院の高等部、強いて言えばシリオのみ来月から高等部のさらに上、上級課程に通う学生であり、非常勤の警察官である予備警察官としてバリウェスト州警察に籍を置いている。
2名欠員が出ている412班は、正式に班長が決まっているわけではないが、最年長のシリオが班長代理を務めていた。
シリオは時計を確認すると、手信号で班員に指示を出す。412班は音を立てないように動き始める。それと同時に狙撃組が発砲し、裏口の見張りが糸が切れるかのように倒れた。
412班は裏口を陣取ると、シリオは手信号でギムレットとミリーに指示を出し、ギムレットはポーチから閃光手榴弾を取り出し、ミリーはドアの蝶番に爆薬を貼り付ける。
〈ウルフパック41リーダーからウルフパック41各班、突入用意…突入!〉
小隊長からの指示が飛ぶと、シリオはミリーの肩をたたき、彼女は起爆装置のスイッチを押し込む。直後、蝶番が吹き飛びドアが外れて倒れる。
出来上がった開口部に、ギムレットは閃光手榴弾を投げ込んだ。投げ込まれたそれは、強烈な閃光と大音響を放つ。
建物側面の窓と正面の出入口からも閃光手榴弾が投げ込まれ、閃光と大音響が中にいる武器商人たちを襲い、3つの機動班が突入を始める。
「警察だ!無駄な抵抗はやめろ!」
小銃を構えシリオは、お決まりの文句を大声で叫ぶ。
だが護衛役はサブマシンガンを発砲し始める。
シリオたちは乱射される銃に対して、冷静に対応し、防御魔法で身を隠し護衛役を次々とヘッドショットしていく。
ほどなく護衛役は全滅し、武器商人と買い手らしい人物は両手を上げて投降の意思を示した。
-----
マーレセルロ市ザイルフォーア区
国立バリウェスト騎士魔法学院ザイルフォーア地区
12時5分
〈次のニュースです。州警察公安局によると、今日未明武器の違法取引が行われているとの通報を受け特殊捜査部戦術小隊を出動させ、武器商人の男ほか数名を逮捕しました。この際、銃器によって抵抗したため数名を射殺したと発表しています〉
シリオは騎士魔法学院の食堂で、テレビから流れる自分が関わった作戦のニュースを見ていた。報道発表と事実との相違に苦笑しそうになるのを、コーヒーを飲み込み誤魔化す。
違法取引の発覚は通報ではなく、以前からの武器商人に対して行われていた盗聴、囮捜査、通信傍受といった非合法、あるいはグレーな捜査手段の結果であるし、数名は本人たちが気づく前に射殺している。
クラリオン王国でも、ガサ入れには裁判所発布の捜索差押許可状が必要であるが、今回の作戦では令状発布も現行犯という名目で行われていない。
違法な活動を、合法であるかのように脚色して公表するのは、公安局のいつものやり方だ。捜査内容は連邦機密情報保全法によって連邦国家情報公開法の対象外とされ、開示請求されたとしても却下されるか、“のり弁”で開示される。
シリオは再度コーヒーを口に運んだ。
「相席いいかな?」
「あ?」
マグカップに向いていた視線を上げると、向かいの席にルドリナ・ルドルフ・シンビィードがいた。シリオの従姉妹でシンビィード家本家の息女、騎士魔法学院の生徒会長にして、A級の遊撃士である。
「どうぞ」
「どうやら昨晩は仕事だったようだね」
「なんのことだか」
「州警察に出向してもうすぐ3年になるか。うまくやってるようだな」
「世辞はよせ。遊撃士にならなかったこと、今でも根に持ってるだろうが」
「別に私は世辞で言ってるわけではないぞ」
ルドリナは困ったように笑う。シリオとの会話はこの数年、こんな感じだ。
シンビィード家は代々遊撃士の家系であり、遊撃士協会の重役に名を連ねる家柄である。
ルドリナもシリオも、幼少期から遊撃士となることを目指していたはずだった。だがルドリナが遊撃士になった5年前、シリオは遊撃士にはならず、2年ほど警備会社などへ出向したのち、遊撃士とは対立関係にある警察に出向したのが3年前のことだった。
4年前からシリオとルドリナの間には微妙な空気が流れるようになり、シリオが警察に出向するとその空気感は悪化。さらにシリオが公安特殊捜査部に配置されると、シリオとルドリナの不和は顕著になっていた。
ルドリナは、これ以上この話を続けるのは得策ではないと考え、話題を変えることにした。
「そう言えば、ドーウェン侯爵の推薦で“彼”が来月からこの学院に編入することになった。編入試験も合格している」
シリオは“彼”という言葉に耳を傾けた。
ドーウェン侯爵は、現代のクラリオン王国では多くの土地が州制度に移行した中、議会の設置を条件に領地の所有を認められた領主貴族で、シンビィード家とも親交が深い。
そのドーウェン侯爵家で世話になっている青年、“彼”とはシリオもルドリナも以前から知り合いだった。
「ああ、あいつか。上級課程にか?」
「そうだ。君と同じ学科だ。彼と仲が良かったな、君は」
「そう見えるのか?別に普通だ」
「まぁいい。君の取り巻きみたいに、変な遊びを吹き込まないでくれよ」
「余計なお世話だ」
シリオは言い返すと、食器の載ったトレーを持って立ち上がった。
「そういえば、寮を出て外で生活したいって言ってた件だが、退寮するなら手続きは早めにな」
「わかった」
シリオは返事をしてその場を後にした。




