08.負の遺産への潜入
オフロード車は、赤茶けた砂塵を巻き上げながら、エリオンの荒野を突っ切っていった。地平線には、滲む夕日に照らされた旧採掘施設跡の巨大なシルエットが、まるで鋼鉄の怪物が横たわっているかのように不気味にそびえ立つ。
銀河鉄道のインフラ整備に貢献している輝かしい実績を持つ、巨大採掘企業「ギャラクシー・マイニング・コーポレーション(GMC)」。彼らの利益追求主義が、この星に深い傷跡を残したことは、その威容な廃墟からも明らかだった。
車両が施設跡の入り口ゲートに近づくと、ノアがディスプレイを操作しながら言った。
「GMCは、この施設が完全に閉鎖され、危険な設備は全て撤去済みだと報告している。だが、解析した過去の地質データとミリアムの感知した振動パターンを照合すると、どうもそうは思えない」
エミリーが車を停め、ゲートの施錠を確認する。
「確かに、公式記録では『最終的な安全処置は完了』とあるわ。けれど、ノアの解析結果と住民の証言はそれを否定している。つまり、GMCは意図的に虚偽の報告をしていた可能性が高い」
カケルは、オフロード車の窓から、錆びついたゲートの向こうに広がる施設跡を見つめた。剥き出しになった巨大な掘削機のアーム、今にも崩れ落ちそうな鉄骨の構造物。そこかしこに残された採掘の痕跡は、惑星を蝕む巨大な癌細胞のようだった。
「利益のためなら、星一つ犠牲にしても構わねぇってことか……」
イヴァンが低い声で呟いた。彼の拳が、静かに握り締められる。
エミリーがゲートのロックを解除し、オフロード車は廃墟と化したGMCの旧採掘施設跡へと進入した。広大な敷地内は、かつての活気が嘘のように静まり返っている。風が吹くたびに、錆びついた金属が軋む音が、まるで亡霊の囁きのように響き渡った。
一行は、まず地下へのアクセスポイントを探す。ノアが持ち込んだ詳細な設計図データを元に、最も安定した入り口を探し出した。それは、巨大な貨物エレベーターの残骸がある場所だった。エレベーターシャフトは崩落の危険があったが、ノアが即座に周囲の構造強度を計算し、安全なルートを特定した。
「ここから地下へ降りる。イヴァン、先導を頼む」
カケルが指示を出すと、イヴァンは頼もしく頷き、暗闇へと続くシャフトへと足を踏み入れた。彼の持つ強力なライトが、足元に広がる無数の瓦礫と、剥き出しになったパイプラインを照らし出す。
地下に降り立つと、そこは想像以上に広大な空間だった。まるで巨大な蟻の巣のように、無数のトンネルが四方八方に伸びている。空気は重く、錆と土埃の匂いが鼻を衝いた。所々に水が溜まり、天井からはしずくが落ちる音が響く。
「この地下空間のどこかに、問題の『地質構造操作装置』があるはずだ」
ノアがホログラムで施設の全体図を表示させる。彼の専門知識がなければ、この広大な地下迷宮を進むのは至難の業だった。ノアは、データ解析とミリアムの感知する空間振動を頼りに、最も装置に近いと思われるルートを特定していく。
チームが地下深くへと進むにつれて、カケルの頭痛は徐々に頻度を増し、その強さも増していった。彼の脳裏には、またしても未来の断片がフラッシュバックする。それは、惑星内部で何かが爆発し、大地が大きく裂けていく、より鮮明な映像だった。その中には、相変わらず顔が曖昧な保母の姿が、崩壊する施設の瓦礫の中に立ち尽くすように現れては消える。カケルは、その幻視が、今回の任務と強く結びついていることを直感した。
「カケル、大丈夫?」
隣を歩くミリアムが、彼の顔色を心配そうに窺った。彼女の表情にも、異変の兆候が見て取れる。先ほどから、彼女の体から発せられる微かな「音」が、不規則な揺らぎを帯びている。
「ああ……ミリアムも何か感じている?」
カケルが尋ねると、ミリアムは小さく頷いた。
「うん。この地下深くに来てから、ずっとね。あの『唸り』が、もっと近くで響いてるみたい。それに、ノアが言ってた『悲鳴のような不協和音』も、すごく大きくなってる。この辺りの空間全体が、まるで不穏なリズムを刻んでいるみたいに揺れてるの」
ミリアムの空間認識能力が、その「音」を具体的に捉えている。彼女が感知する「不穏なリズム」は、カケルが頭痛と共に感じる「唸り」の正体であり、未来の崩壊を示唆する幻視と深く繋がっているのだ。
「ノア、この『地質構造操作装置』は、どんな構造をしているんだ?」
カケルは、ノアに問いかけた。彼の頭痛はピークに達しようとしていたが、ミリアムの「音」と自身の幻視が重なることで、未来の連鎖反応の断片が、これまでよりも鮮明な輪郭を帯びていく感覚があった。崩壊する惑星のイメージの中に、巨大な歯車のような構造物が、狂ったように回転している姿が見えたような気がした。
ノアは、タブレット端末に装置の設計図を表示させた。
「GMCの最終報告によれば、この装置は惑星内部の地質プレートに直接作用し、資源採掘を効率化するために開発されたものだ。しかし、その技術は極めて危険で、理論的には惑星核にまで影響を及ぼしうる代物だった。そして何より、その設置と撤去には、莫大な費用がかかる。それこそ、通常の採掘コストを上回るほどにね」
ノアの言葉に、カケルの脳裏に、より恐ろしい未来の映像が飛び込んできた。それは、地下の装置が、狂った歯車のように回転し、地殻を破壊し、惑星の核を穿つような、明確なイメージだった。その中には、荒れ果てた大地に亀裂が走り、人々が悲鳴を上げながら逃げ惑う姿があった。
「これは……本当に、ただの地殻変動じゃない」
カケルは、歯を食いしばった。彼の頭痛は、彼の能力が目覚めようとしている証であり、ミリアムの能力との共鳴が、その目覚めを加速させている。彼らは、エリオンに隠された「負の遺産」が、この星を蝕む真の元凶であることを、疑いようもなく確信した。




