07.共鳴する記憶の断片
エリオンの駅前から旧採掘施設跡までは、オフロード車で約1時間の距離があった。埃っぽい未舗装の道を揺られながら、チームYはひたすら西へと向かう。
運転席にはエミリーが座り、荒れた路面にも動じない確かなハンドルさばきを見せていた。普段、運転はカケルの役割だが、頭痛がひどいカケルに代わり、エミリーが務めていた。
助手席のノアは、タブレット端末に視線を落とし、周囲のデータを収集している。窓の外は、採掘によって切り崩された荒れた大地がどこまでも広がり、風に舞う砂塵が視界を遮ることもあった。
車内は、先ほどの広場での古老たちの証言と、ミリアムが感知した「不自然なハーモニー」について、ノアが分析した結果を報告する声で満たされていた。
「旧採掘施設の設計図と、現在の地殻変動データを照合してみたんだが、どうもおかしい」
ノアはタブレット端末を操作しながら、理論的な口調で続けた。
「公式記録では、最も危険な『地質構造操作装置』は、採掘終了後に完全に解体され、惑星核への影響がないよう特殊なコンクリートで封鎖されたことになっている。だが、ミリアムが感知した振動パターンは、その装置が今も稼働していることを示唆している。しかも、不規則な、まるで悲鳴のような不協和音を伴っている」
「悲鳴だって?」
イヴァンが眉をひそめた。彼の屈強な肉体は、目に見えない脅威に対しては、どこか居心地が悪そうだった。
「ああ。理論上、完全に停止していれば、こんな振動は発生しないはずだ。つまり、何者かが再び稼働させたか、あるいは、完全に停止されていなかったかのどちらかだ」
ノアは、データが示す論理的な結論を述べた。
カケルは、静かにノアの報告を聞いていた。オフロード車の激しい揺れが、彼の頭痛をさらに鈍く脈打たせていた。
ミリアムが「不自然なハーモニー」や「悲鳴のような不協和音」と表現する、空間の振動。それは、カケルがエリオンに到着してから感じ続けている、あの不快な「唸り」と重なる。そして、その唸りが強まるにつれて、彼の脳裏に浮かぶ未来の断片は、より鮮明さを増していた。
「カケル、顔色が悪いぞ。本当に大丈夫なの?」
ルームミラー越しに、エミリーがカケルの様子を窺った。彼女の声には、いつもの冷静さの中に、わずかな心配が滲んでいた。
「ああ……大丈夫だ」
カケルはそう答えたものの、自身の内側で起きている異変を完全に制御できていないことに、内心焦りを感じていた。未来の断片は、明確になっていく一方で、彼の幼い頃の記憶、特に顔を思い出せない保母の姿が、まるでノイズのように混じり込むことがあった。崩壊する惑星のイメージの中に、ぼんやりとした女性の横顔が重なる。それは、彼に深い感謝と、そして拭い去れない喪失感を与える記憶だった。
その時、隣に座っていたミリアムが、カケルの腕にそっと触れた。
「カケル、無理してるでしょ」
ミリアムは、カケルの表情を覗き込むように見つめた。彼女の瞳は、普段の快活さの中に、深い優しさと、そしてどこか、カケルを理解しようとするような真剣な光を宿していた。
「私、感じるんだ。カケルの体から、すごく複雑な『音』が出てる。たくさんの情報の『音』と、あと、寂しい『音』も」
ミリアムは、カケルの顔を思い出せない保母への感情を、自身の空間認識能力で無意識のうちに「音」として感知していた。彼女の言葉は、カケルの核心を突いた。カケルは、驚きと同時に、言いようのない感覚に襲われた。自分の内面、しかも最も個人的で曖昧な部分を、ミリアムは「音」として捉えている。
「寂しい音……?」
カケルが呟くと、ミリアムはこくりと頷いた。
「うん。すごく遠くから聞こえるみたいな『音』。でも、すごく大切で、カケルが探してる『音』だって、私にはわかる」
ミリアムの言葉は、まるで彼の心の中の奥底に触れるかのようだった。その言葉は、彼を決心させるのに充分だった。
「みんな…、少し話を聞いてくれるか」
カケルは、前方を見るチームメイトに声をかけた。彼の声には、まだ微かな戸惑いが混じっていたが、先ほどまでの葛藤とは異なる、新たな決意のような響きがあった。
「ミリアムが感知している『音』は、この地殻変動の核心を示しているかもしれない。そして、俺が感じている『唸り』と、俺の過去の記憶とも、何らかの形で繋がっている可能性がある」
カケルは、リュミエールの事件以降、リーダーとしての自分の判断について悩んでいたことを告白した。
その上で、朧げながら未来を予測するようになっていた。調べると、これは「連鎖反応予測」と呼ばれるもので、ミリアムの「空間認識能力」とともに、先天的なのか後天的なのかは不明だが、身につくものだとわかった。
そして、その自身の能力の不安定さと、個人的な記憶の混濁を、初めてチームに打ち明けた。普段の彼からは想像できない、内面の吐露だった
「君の感覚とミリアムの感知が結びつくなら、それは、僕たちのデータ解析だけでは見つけられない、新しい突破口になるかもしれない。データだけでは捉えきれない、生きた『情報』だ」
ノアは、振り返ってカケルの言葉に耳を傾けた。
「カケルがそう言うなら、私たちも信じるわ。あなたの指示に従う」
エミリーも、静かに頷いた。
イヴァンは、無言でカケルの肩に手を置いた。その大きな手から伝わる体温が、カケルの心を落ち着かせた。
カケルは、仲間たちの信頼の眼差しを受け、深呼吸をした。まだ不確かな自分の能力。しかし、ミリアムがそばにいることで、彼の予測は、まるで光を帯びていくかのように、少しずつ輪郭を帯び始めている。顔を思い出せない保母の記憶も、今や彼の能力を阻害する「ノイズ」ではなく、未来を予測するための「鍵」になるかもしれない。
オフロード車は、夕日に照らされた荒野をひたすら進む。遠くに見える、採掘施設の巨大なシルエットが、この星の抱える「負の遺産」を象徴しているかのようだった。その地下に眠る真実が、カケルの記憶の扉を開き、未来の連鎖反応を完全に予測する力へと導く、その第一歩となるだろう。




