06.星の悲鳴
特急列車「サッタ」を降り、ローカル列車に揺られること半日。ようやく辿り着いた惑星エリオンの駅は、想像以上に寂れていた。銀河鉄道の小駅は古びており、周囲には数軒の建物が点在するのみ。かつての賑わいなど微塵も感じられない、ひっそりとした場所だった。
「ずいぶん寂れた駅だな……」
イヴァンが周囲を見回しながら、素直な感想を漏らした。セントラル・オービタルの華やかさとは対照的な、荒涼とした景色がどこまでも広がっている。風が吹くと、細かな砂塵が舞い上がり、乾いた空気を肌で感じる。
カケルは、眉間に皺を寄せ、時折襲ってくる鈍い頭痛に耐えていた。エリオンに近づくにつれて、その頻度と強さは増している。頭の奥で、何かが常に囁いているような不快感があった。それは、昨夜見た未来の断片が、幻覚ではなかったことを示唆しているかのようだった。
隣に立つミリアムもまた、いつもより表情を曇らせていた。
「ねえ、カケル……私、なんだか変な感じがするの」
ミリアムは不安げにカケルを見上げた。
「リュミエールでの事件の時みたいな……でも、もっと弱い『音』。ううん、音じゃない。もっと、モヤモヤした空間の振動みたいなのが、ずっとあるんだ」
彼女の言葉に、カケルの背筋に冷たいものが走った。ミリアムの空間認識能力が悪用され、彼の予測能力が覚醒するきっかけとなったリュミエールでの悪夢が頭をよぎる。
ミリアムが「音」を感じるということは、この星に何らかの異常があることを示唆している。そして、その異常が、自分の頭痛や幻視と関係しているとしたら……。
駅舎を出ると、目の前に古びた商店が軒を連ねていた。埃を被ったショーケースには、色褪せた日用品が並んでいる。その商店の入り口に、小柄な老婆が杖にもたれかかりながら立っていた。彼女はチームYの姿を見ると、目を細めてこちらに呼びかけた。
「おや、珍しいねぇ。こんな辺境の駅で降りるなんて。旅の人かい?」
老婆の声は、風に晒された木の葉のように乾いていたが、どこか人懐っこい響きがあった。
「ええ、GRSIの者です。この星の調査に参りました」
カケルは身分を明かし、丁寧に答えた。GRSIという名前に、老婆の目がわずかに驚きに見開かれた。
「ほう、GRSIかい。そりゃまた、ご苦労なこった。こんな埃っぽい星に、何の用だいね」
老婆は興味深そうにチームを見回した。
「最近、この星で何か変わったことはありませんか? 例えば、地殻変動の頻度が増したとか……」
カケルは、アラン局長が気にした「不自然な共鳴音」の報告を思い出し、老婆に尋ねた。
老婆は、わずかに首を傾げると、杖で地面をトン、と叩いた。
「地殻変動ねぇ……ああ、そりゃ最近、多い気がするねぇ。昔からこの星は揺れるけど、なんだか最近は、変な『唸り』がするんだよ。地面の奥底から聞こえるような、不気味な『唸り』がね。夜中に響くもんだから、寝付きが悪くなっちまったよ」
老婆の証言は、アラン局長が気にした報告と完全に一致していた。地殻変動の報告そのものよりも、その裏に隠された「不自然な共鳴音」の方に、やはり問題があるのだ。
「もっと詳しい話を聞きたいのですが、このあたりで人が集まる場所はありますか?」
カケルが尋ねると、老婆は杖で駅の向こう側を指し示した。
「ああ、それなら町の広場に行くといい。あそこには、この星の古老たちが集まって、毎日のように昔話をしてるからね。耳寄りな話が聞けるかもしれねぇよ」
老婆の助言を受け、チームYは礼を述べ、広場へと向かうことにした。
集落の中心にある広場は、駅前よりもわずかに活気があった。数人の老人たちが、古びたベンチに座って談笑している。彼らの顔には、この辺境の星で長く生きてきた者だけが持つ、深い皺と諦めのような、しかし穏やかな表情が刻まれていた。
カケルは、再びGRSIの身分を明かし、地殻変動や、老婆が言っていた「唸り」について尋ね始めた。最初は訝しげな視線を向けていた古老たちも、カケルの真剣な眼差しと、彼が放つどこか信頼できる雰囲気に、次第に口を開き始めた。
「ああ、最近は特にひどい。昔からこの星は揺れたが、この数ヶ月は、まるで地面の奥底で何かが生きているかのように、変な『脈動』がするんだ」
「そうだ。夜中にあの『唸り』が響くと、身体の芯まで響くようで、とても眠れたもんじゃない」
彼らの証言は、老婆の話と共通していた。「唸り」や「脈動」といった表現は、ロイド支社への報告にはなかった、住民たちが肌で感じている「生きた音」だった。カケルは、その一つ一つの言葉を注意深く頭の中に刻み込んでいく。
その間も、カケルの頭痛は時折ぶり返し、視界の端が歪むような感覚が彼を襲った。しかし、この広場で人々から話を聞いている間、彼の脳裏に浮かぶ未来の断片は、これまでよりも少しだけ、明確な「動き」を伴っているように感じられた。それは、荒れ果てた大地が、まるで生き物のように蠢き、そして大きく口を開けていくような、明確なイメージだった。
「ねえ、カケル……」
隣で静かに話を聞いていたミリアムが、小声でカケルに話しかけた。彼女の表情は、どこか一点に集中しているかのようだった。
「この広場の地下から、微かなんだけど、不自然な『ハーモニー』みたいな空間の振動がするんだ。駅で感じたモヤモヤとは違う。もっと、規則的で、でも不安定な『音』。この町の下に、何か大きな機械が隠れてるみたい……」
ミリアムの言葉は、カケルの胸に衝撃を与えた。不自然な「ハーモニー」。規則的で、でも不安定な「音」。それは、アラン局長が気にした「不自然な共鳴音」であり、カケルが頭痛と共に感じる「唸り」の正体なのかもしれない。そして何よりも、ミリアムの空間認識能力が、その「音」を具体的に感知している。彼の曖昧な感覚と、ミリアムの鮮明な認識が、初めて一つに繋がり、予測のピースがはまるような感覚が、カケルの脳裏を駆け抜けた。
カケルは、人々の証言とミリアムの言葉、そして自身の幻視を脳内で高速で照合させた。
「ノア、エミリー、イヴァン」
カケルは、チームのメンバーに声をかけた。彼の声には、いつもの冷静さに加え、確信に近い響きが混じっていた。
「住民の証言と、ミリアムの感知した情報、そして俺の感覚が一致する。このエリオンで起きている地殻変動は、ただの自然現象ではない。そして、その発生源は、この集落の地下、事前に貰った情報にあった放棄された旧採掘施設跡にあると思われる。彼らが言う『唸り』は尋常じゃない」
ノアは、カケルの言葉に真剣な表情を向けた。
「カケルがそこまで言うのなら、可能性は高い。この集落の真下に、大規模な採掘施設があったことは、過去の記録にもある。ただ、正式には全て閉鎖され、危険な設備は完全に撤去されたと報告されているはずだが……」
「それが問題よ、ノア。この『唸り』が、単なる地殻変動なら、ここまで住民たちが不安を感じるはずがないわ。例えばだけど、もしそれが地下の装置の暴走だとすれば、過去の採掘業者が、何かを隠蔽した可能性がある」
エミリーが冷静に付け加えた。彼女の目は、既に事態の核心を捉えている。
「なるほどな!じゃあ、その地下の施設ってやつに突っ込むしかねぇな!俺の拳が唸るぜ!」
イヴァンが腕まくりをして、意気込んだ。
カケルは、再び激しい頭痛に襲われたが、彼の心は不思議とクリアだった。ミリアムが感知した「音」と、自身の不確かな予測が共鳴し合うことで、まるで靄が晴れるように、未来の危険な連鎖反応の片鱗が、これまでよりも鮮明に見え始めている。
「そうだ。我々は、このエリオンの真実を暴く。そして、この星を蝕む『レガシー』を止めなければならない」
カケルは決意を固めた。彼の目の前には、遠ざかる日常と、迫りくる未曾有の危機が、はっきりと見え始めていた。




