05.遠ざかる日常、迫る異変
セントラル・オービタルを出発した特急列車「サッタ」は、漆黒の宇宙を猛スピードで突き進んでいた。銀河鉄道の特急列車は、宇宙最速の移動手段であり、シャトルよりもはるかに快適な空間を提供する。
チームYは、ロイド支社が管轄するサッタ星系の中心駅、ロイド駅を目指し、そこからさらにローカル列車に乗り換えて惑星エリオンへ向かう手筈だった。エリオンはセントラル・オービタルからサッタまでで3日、さらにローカル列車で半日という、まさに銀河の僻地と言える場所だ。
特急「サッタ」のコンパートメントは、豪華ではないものの、移動に必要な機能が全て揃っていた。窓からは、漆黒の宇宙に散りばめられた星々が、まるで流れるように遠ざかっていく。シートは柔らかく、長時間の移動でも疲労を感じさせないよう設計されている。各シートには個人用のディスプレイが備え付けられ、最新のニュースやエンターテイメント、そして銀河鉄道の運行情報が提供される。チームYのメンバーは、各自が思い思いの時間を過ごしていた。
イヴァンは、列車に備え付けの小さなトレーニングルームで軽めのストレッチを終え、汗を拭いながらコンパートメントに戻ってきた。銀河鉄道の長距離列車には一般的な設備だった。
「ったく、この列車も悪くねぇが、やっぱりジムで思いっきり体を動かすのが一番だな」
彼は豪快な笑顔を見せ、自席にどっかりと座った。
エミリーは、ノアから提供されたエリオンの地質データをホログラムディスプレイに表示させ、熱心に分析していた。
「エリオンの地殻変動データ、ノア。確かに数値は小さいけれど、この周期性……やはり自然現象ではない可能性が高いわ」
彼女の知的な瞳が、高速でスクロールするデータを見つめる。
「同感だ、エミリー。複数の微細な共鳴音が同時に記録されている。これは、大規模な地下構造物の稼働か、あるいは経年劣化による不規則な共振を示唆している。だが、決定的な証拠には至らない」
ノアは、自身のディスプレイに映る複雑な波形を操作しながら、論理的な口調で答えた。彼は、常に完璧な解を求めるがゆえに、確証のない情報には慎重だった。
ミリアムは、窓の外を流れる星空を眺めながら、どこか遠い目をしてうっとりしている。
「うわー、星がいっぱい!きれいだね、カケル!」
彼女は、隣に座るカケルの腕を掴み、無邪気な笑顔を向けた。
カケルは、手元の報告書から顔を上げ、ミリアムの言葉に小さく頷いた。彼は、エリオンの報告書を何度も読み返していた。アラン局長がこの軽微な報告に何らかの引っかかりを感じ、チームYを派遣した理由。そして、地殻変動と共に記された「地下深部からの不自然な共鳴音」という観測者の所見。その言葉が、なぜか彼の胸の奥に漠然とした不安を抱かせた。
列車がサッタ星系へと深く侵入し、エリオンに近づくにつれて、カケルは徐々に異変を感じ始める。
最初は、ほんの些細なものだった。コンパートメントの微かなエンジンの振動が、まるで彼の脳内で増幅されているかのように感じられ、頭の奥で低い不協和音が響くような錯覚に陥った。彼が窓の外に目をやると、煌めく星々の間に、一瞬だけ、歪んだような光の筋が見えたような気がした。それは、まるで空間そのものがわずかに揺らいでいるような、掴みどころのない感覚だった。
「カケル、どうしたの?顔色が悪いよ?」
ミリアムが、カケルの異変に真っ先に気づいた。彼女の空間認識能力は、通常の人間では感知できない微細な空間の歪みや、音の振動を捉えることができる。カケルの体内で起こっている変化を、無意識のうちに察知していたのかもしれない。
「いや……なんでもない。少し、寝不足なだけだ」
カケルはごまかすように答えたが、彼の額には、じわりと冷や汗が滲んでいた。
列車がエリオンの軌道に接近するにつれ、その異変はさらに顕著になる。コンパートメント全体を包む、低く唸るような振動が、カケルの頭の中で増幅され、まるで内側から頭蓋を押し広げられているかのような、鈍い痛みに変わっていく。彼の視界の端で、時折、空間が歪むような感覚が走った。
そして、その痛みがピークに達した時、カケルの脳裏に、閃光のような「未来の断片」が飛び込んできた。
それは、荒れ果てた大地が、まるで巨大な獣に食い破られるかのように、無数の亀裂を走らせていく映像だった。炎が噴き上がり、黒煙が天を覆い、見慣れた集落の小屋々が、まるで砂の城のように崩れ落ちていく。逃げ惑う人々。
その中に、幼い少年の姿があった。カケルはエリオンには行ったことがない。それなのに、確かにエリオンでその少年を見たような気がしたのだ。彼の絶望的な叫びが、カケルの脳内で響き渡る。
「……!」
カケルは、思わず息を呑んだ。幻視は一瞬で消え去り、頭痛が彼の意識を現実へと引き戻す。目の前には、何事もなかったかのように宇宙を航行する列車の窓。そして、心配そうに自分を見つめるミリアムの顔。
「カケル!本当に大丈夫!?」
ミリアムの声が、彼の耳に強く響く。彼女の心配する声は、彼の脳内に響く不協和音を、わずかに打ち消してくれるようだった。
「……ああ。少し、気分が悪いだけだ」
カケルは、なんとか平静を装った。しかし、彼の心臓は激しく高鳴っていた。今見たものは、一体何だったのか? ただの悪夢か、それとも――。
彼は、自分の変装能力とは全く異なる、未知の異変に戸惑いを隠せない。他のメンバーの持つ強力な能力と比較し、劣等感を抱いていた自分に、なぜ今、このような不可解な現象が起きているのか。そして、この不確かな幻視を、チームに打ち明けるべきか、それとも自分の気のせいだと押し殺すべきか。リーダーとして、彼は、この不確かな情報をどう扱うべきか、激しく葛藤していた。
エリオンに近づくにつれて、彼の内なる世界は、静かに、しかし確実に揺らぎ始めていた。




