14.交錯する運命
惑星エリオンの重々しい脈動は、もはや単なる音ではなかった。それは、惑星の核から響く、死の鼓動。カケルは、覚醒した予測能力をもって、その鼓動が惑星の崩壊へと繋がるカウントダウンであると、はっきりと理解していた。彼の視界に映る未来は、GMCの利益追求が招いた破滅への一本道。
しかし、その絶望の中、ミリアムとの共鳴が、かすかな光をもたらしていた。
インカムから、エミリーの冷静だが緊迫した声が響いた。
「カケル、ノア、イヴァン!敵性反応を感知!旧採掘施設の西側通路から、複数の傭兵が接近中!数は……少なくとも10体以上!」
カケルの予測が示す通り、GMCに雇われた傭兵たちが現れたのだ。彼らは、利益を守るためならエリオンの崩壊も、チームYの抹殺も厭わない、冷酷な刺客たち。武装は重く、その装備はGRSIの正規部隊に匹敵するものだった。
「くそっ、やっぱり来たか!」
イヴァンが舌打ちする。彼は、ノアが制御システムへ向かうための道を確保する役割を担っていた。老朽化した通路には、巨大な岩盤や金属製の瓦礫が道を塞いでおり、通常の移動では困難を極める。
「イヴァン、頼む!ノアが制御システムに到達するまでの道を拓いてくれ!」
カケルが指示を出すと、イヴァンは返事もそこそこに、自身の屈強な肉体を活かして瓦礫へと突進した。
「ハァッ!」
豪快な掛け声と共に、イヴァンが鋼鉄の拳を瓦礫に叩き込む。ひび割れた岩盤が砕け散り、重い金属片が宙を舞う。常人なら到底動かせない巨岩も、彼の怪力の前では紙切れ同然だった。見る見るうちに、ノアが安全に移動できるだけの通路が確保されていく。
「よし、行けるぞ、ノア!」
イヴァンが叫ぶと、ノアは素早く瓦礫を乗り越え、制御システムへと駆け寄った。
「ノア、頼む。この装置のコアに、なんとしても緊急エネルギーパルスを流し込むんだ!」
カケルの声が、張り詰めた空気の中、地下空間に響き渡る。彼の脳裏には、傭兵部隊の到着までの残り時間、ノアのハッキングに必要な工程、そして装置の停止に必要な精密なタイミングが、寸分違わず描かれている。
ノアは、メインリアクターの近くにある、旧式の制御システムへと続くメインコンソールに肉薄し、ホログラムキーボードを凄まじい速度で叩き始めた。彼の指が舞うたび、複雑なコードが瞬時に画面に生成され、まるで生き物のように蠢く。ノアの天才的なハッキング能力を持ってしても、GMCが施した何重ものセキュリティは容易には突破できない。
「くそっ、GMCめ!まさか、こんな古いシステムにまで、これほど強固なプロトコルを仕込んでいるとは……!」
ノアが歯ぎしりしながら呟いた。彼の額には、冷や汗が滲んでいる。通常、放棄された施設のセキュリティは甘い。だが、GMCは不正の隠蔽のため、想像以上の執念を燃やしていたのだ。
ノアが作業を開始したのを見届けた後、イヴァンは傭兵たちの足音が聞こえる通路へと向き直る。
「エミリー!俺も加勢するぜ!」
エミリーは、返事と共に、自身の愛用する狙撃ライフルを構えた。
彼女は、装置へ続く主要な通路の曲がり角に身を隠し、傭兵たちの接近を待つ。地下施設の薄暗い照明が、彼女の冷静な横顔を浮かび上がらせる。
彼女の瞳は、暗闇の中で獲物を狙う猛禽のように鋭く光っていた。わずかな物音、空気の振動、彼女の研ぎ澄まされた感覚が、敵の存在を正確に捉える。
最初の傭兵が角を曲がり、エミリーの視界に完璧な形で捉えられた瞬間、静寂を破って銃声が響き渡った。
「ズドン!」
完璧に眉間を撃ち抜かれた傭兵は、何の呻きも上げることなく、その場に崩れ落ちた。
続いて現れる傭兵たちも、エミリーの百発百中の狙撃によって、次々と無力化されていく。
彼女は決して無駄な弾は撃たない。例えば、敵の通信装置を狙い撃ち、情報連携を寸断する。あるいは、重装甲の弱点であるジョイント部分をピンポイントで狙い、敵の動きを封じる。一発一発が、確実に敵を仕留めるための、精密な、そして知的な一撃だった。彼女の放つ弾丸は、まるで意志を持つかのように空間を切り裂き、傭兵たちの進路を寸断する。
その背後から、イヴァンが雄叫びと共に飛び出した。彼は銃器を構えることなく、その屈強な肉体と鍛え上げられた格闘術で、次々と傭兵を叩きのめしていく。一撃が放たれるたび、重装甲の傭兵が紙細工のように吹き飛び、壁に激突する。彼は、エミリーの援護を受けながら、ノアやカケル、ミリアムが集中できるよう、傭兵たちの注意を自分たちに向けさせていた。
その間、カケルはミリアムの隣で、装置の「脈動」に全神経を集中していた。ミリアムの空間認識能力が、装置から発せられる微細な空間の歪みと「音」を、これまで以上に鮮明に捉えている。彼女の瞳は、装置のコアへと吸い込まれるかのように見開かれていた。まるで、惑星の悲鳴を、彼女自身の身体で感じ取っているかのようだ。
「カケル!この『脈動』が、どんどん不安定になってる!まるで、この空間そのものが、ねじ曲がっていくみたい……!」
ミリアムの声が、恐怖に震える。装置の暴走は、カケルの予測よりもわずかに早まっている。かつてリュミエールで空間認識能力が悪用された経験があるミリアムにとって、この空間の異常な歪みは、トラウマを呼び起こすものだった。
「ノア、急いでくれ!装置の稼働が予想より加速している!タイムリミットが縮まっている!」
カケルはノアに叫んだ。彼の予測能力は、傭兵の介入という不確定要素と、装置の予期せぬ加速によって、わずかなズレが生じ始めていた。だが、ミリアムの共鳴が、そのズレを瞬時に修正し、新たな最適解を彼の脳裏に描き出してくれる。二人の能力は、もはや単独では到達できない領域へと踏み込んでいた。
「くそっ!想定よりもコンソールのセキュリティが強固だ!GMCの連中め、余計な細工を……!このままでは、緊急エネルギーパルスのプログラムを組み込むのに、間に合わないかもしれない!」
ノアが歯ぎしりする。彼のハッキング能力をもってしても、突破には時間がかかっていた。傭兵たちが、彼の背後まで迫ることを予感した。
カケルは、最悪の未来が再び迫っていることを感じた。このままでは、ノアが間に合わない。装置は暴走し、惑星は崩壊する。そして、失われた保母の顔が、彼の脳裏で鮮明に、しかし悲しげに微笑んでいた。それは、彼が幼い頃、崩壊する故郷の惑星で、自分をかばって命を落とした、あの優しい女性の顔だった。エリオンの破滅は、彼のトラウマを再び呼び起こす。
「ミリアム……!」
カケルは、ミリアムを振り返った。彼の声には、決意と、そして最後の希望が込められていた。彼の予測能力は、保母の死の瞬間を何度も見せつけ、絶望の縁へと彼を引きずり込もうとしている。しかし、ミリアムの存在が、それを許さない。
ミリアムは、カケルの瞳に映る絶望の影を読み取ったかのように、その手を強く握り返した。彼女の顔には、恐怖と、そして彼への信頼が入り混じった、複雑な表情が浮かんでいる。
「うん!私、わかってるよ、カケル!」
彼女は、カケルの意図を言葉なく理解し、自身の能力を最大限に集中させた。ミリアムの瞳が、青白い光を帯びる。彼女の空間認識能力が、装置から発せられる破滅的な「脈動」を、そして地下空間全体に満ちる無数の「情報」、例えば、岩盤の微細な振動、空気中の分子の動き、遠くで傭兵たちが発する微かな音、それら全てを、まるで複雑な音楽のように紡ぎ始めた。
カケルは、ミリアムの能力に呼応するように、自身の予測能力を極限まで高める。彼の脳内で、過去の記憶の断片、未来の可能性、そしてミリアムが感知する空間の「音」が、螺旋状に絡み合い、一つに収束していく。まるで、宇宙の法則が彼らの脳内で再構築されるかのように。
そして、カケルは見た。
装置を停止させるための「誤差ゼロ」のタイミング。それは、ミリアムが感知する「不協和音」が、一瞬だけ、完璧な「ハーモニー」へと変化する刹那。そして、そのハーモニーを、さらに別の周波数で打ち消すことで、惑星核への影響を完全にゼロにする、奇跡的なプロセス。それは、システムに致命的な損傷を与えかねない、荒業。だが、これしか方法はない。
「ノア!メインリアクターの再起動は間に合わなくてもいい!この装置の中央制御コアへ直接ハッキングしろ!そして、俺が指示する周波数とタイミングで、緊急エネルギーパルスを流し込むんだ!」
カケルの声が、地下空間に響き渡った。彼の予測は、もう何一つ疑いようがなかった。彼とミリアムの完璧な共鳴が導き出した、まさに唯一の突破口だった。
ノアの顔に、驚きと同時に、確かな理解の色が浮かんだ。彼の天才的な頭脳が、カケルの指示の意味を瞬時に把握したのだ。
「その方法が……あったのか!だが、危険すぎるぞ、カケル!直接ハッキングは、システムに致命的な損傷を与える可能性がある!最悪、この装置そのものが爆発するぞ!」
「構うな!惑星が崩壊するよりマシだ!俺の予測は完璧だ!エミリー、イヴァン!ノアを援護しろ!俺とミリアムは、最後の照準を行う!」
カケルは、ミリアムの手を握りしめ、装置のコアへと視線を固定した。惑星エリオンの運命は、今、彼らの共鳴する能力と、チームYの連携、そしてそれぞれの信じる正義に託された。傭兵たちの足音が間近に迫る中、彼らの最後の戦いが、いよいよ幕を開ける。




