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01.エリオンの夜明け

 惑星エリオンの朝は、鈍色の空がゆっくりと茜色に染まり始めることから始まる。銀河の辺境に位置するこの星に、まばゆい朝日はほとんど届かない。かろうじて空に滲む光が、地平線を曖昧なグラデーションに染め上げる頃、集落の小屋々からは、ちらほらと明かりが漏れ始めた。


 エリオンは、かつては豊富な鉱物資源で名を馳せた時代もあったという。だが、それも遠い昔の話だ。宇宙の大企業が次々と押し寄せ、惑星の奥深くからありとあらゆる鉱石を根こそぎ奪い去った後、残されたのは荒れ果てた大地と、細々と生きる人々だけだった。


 巨大な宇宙企業にとって、この星はただの「採掘場」に過ぎず、資源が尽きれば、あとは見向きもせず去っていった。


 銀河鉄道も、その巨大企業の一つだった。


 そうして残された採掘の「傷跡」は、いまもエリオンの地表に深く刻まれている。まるで、貪欲な巨人が大地を抉り取ったかのように、広大なクレーターや剥き出しになった岩肌が、明け方の薄明かりの中で不気味なシルエットを描いていた。


 集落の住民たちは、そんな荒廃した土地で細々と農耕を営んでいる。彼らの畑は痩せており、地表に露出した鉱物の影響で、育つ作物は限られている。それでも、彼らは毎日、鍬を手に大地を耕し、僅かな収穫に感謝しながら生きていた。彼らの生活は、決して豊かではないが、どこか満ち足りた静けさに包まれている。都会の喧騒とは無縁の、素朴で穏やかな暮らしがそこにはあった。


「おっかさん、今日の水汲みは俺がやるよ」


 少年が眠そうな目を擦りながら、小屋の扉を開けた。木製の扉は、長年の風雨に晒されて色褪せ、ギィ、と古びた音を立てる。少年の母親は、かまどで朝食の準備をしながら、にこやかに息子を見送った。


 彼らの朝は、いつも水汲みから始まる。集落の唯一の水源は、数十メートル離れた場所にある古い井戸だ。井戸の周りには、使い古されたバケツがいくつか置いてあり、彼らがどれだけこの水に依存しているかを物語っていた。


 少年は、使い慣れたバケツを手に、小石が転がる道を井戸へと向かう。彼の足元には、細かな砂塵が舞い上がる。この星の土壌は、昔の採掘によって細かく砕かれ、常に風に舞っているのだ。遠くの地平線には、かつて採掘場として使われていた巨大な構造物の残骸が、朽ちた巨人のように横たわっていた。その鋼鉄の骨格は、風に晒されて赤茶けた錆に覆われ、過去の繁栄と、それがもたらした荒廃を雄弁に物語っている。


 井戸に着くと、すでに何人かの住民が集まっていた。彼らは互いに簡単な挨拶を交わし、黙々と水汲みを始める。水の音だけが、静寂な朝に響き渡る。少年もバケツを井戸に下ろし、冷たい水が跳ねる音を聞きながら、ふと、空を見上げた。


 エリオンの空には、ときおり、銀色の光の筋が遠くを横切っていくことがある。それは、この星に立ち寄ることのない、銀河鉄道の列車だ。彼らにとって、銀河鉄道は、自分たちの手の届かない遠い世界を象徴するものだった。


 巨大な宇宙船が、宇宙のあらゆる場所から資源を吸い上げ、あるいは物資を運び、銀河中に富をばらまいている。しかし、その富の恩恵が、この辺境の星の住民に届くことはほとんどない。彼らはただ、自分たちの土地で静かに暮らし、過去の採掘が残した傷跡と共に生きていくしかないのだ。


 少年がバケツいっぱいの水を汲み上げ、立ち上がったその時だった。


 かすかな、しかし確かに地中から響くような「ゴォォォ……」という低い振動が、足元から伝わってきた。


 それは、彼らが日常的に経験する地殻変動とは、どこか異なる、不自然な響きを持っていた。井戸の水面が、さざ波のように揺れる。少年は、首を傾げ、周囲の人々を見回したが、彼らはその振動に気づかないかのように、水汲みを続けていた。


「気のせいかな……」


 少年は小さく呟くと、重いバケツを抱え、集落へと引き返した。彼の小さな体には、朝の冷気と、そしてわずかな不安感がまとわりついていた。


 彼はまだ知らない。


 この惑星の地下で、過去の無謀な採掘が残した「負の遺産」が、静かに、そして確実に、エリオンの「核」を蝕み始めていることを。そして、その不自然な「鼓動」が、やがて惑星全体を飲み込む大災害の序章に過ぎないことを。


 太陽は、依然として薄い雲の向こうで朧げに光っている。エリオンの朝は、いつも通り、平和に、そして静かに過ぎていく。

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