聖歴 0101 2月15日
魔王討伐から一月半が経過していた。
さて、俺たちがこの間何をしていたかと言うとパレードである。人類を脅かしていた脅威の撃退は成し遂げられた。英雄譚の後のハッピーエンド……かどうかはわからないけど。少なくとも人類絶滅の危機は拭い去られた。
魔王を倒した勇者は新たなる脅威ーーではあるけれど。
勇者レーヘンはどこまで行っても人間のルールを守り続けた。
だからこそ、彼女を恐れるものなどいるわけもなく。
暗殺計画とかそういう後ろ暗いものは存在さえしていない。
勇者レーヘンは旧支配階級や、現在の人類連合上層部の者達にとっても絶対的なヒーローであった。
だから、純粋に正義の味方の勇者さまが魔王討伐を果たしたことに歓喜する人類連合は,かつては暫定だった首都で祝賀を行なっていて。
俺たち勇者一行もそれに顔を出したり、演説したりしつつ。
時計の針を逆巻くようにかつての戦いの跡地や解放した都市をめぐり。
大大陸の大都市をぐるりと巡った後は、かつて橋頭堡として用いられた場所に建築された英雄達の慰霊碑に黙祷し。
そうして勇者一行は始まりの王国に足を運んでいた。
連合王国から最初に旅立った港に帰還して、祖国に一歩足を踏み出した俺はどこまでも感慨深かった。
まさか生きて帰って来れるとはなぁー。
帰ってきた港は、あの頃の面影を少し感じるくらいに変貌を遂げていた。
大大陸と異なり、小大陸は魔王軍との戦闘を考慮から必要が少なく、戦争による特需の影響で大発展を遂げていたのだ。
無数の軍事物資を送る心臓部として開発の進んだ港の中を、レーレンは駆けずり回ることもなく歩いていた。
「神官長、ここも随分変わりましたね」
「そうだね、ライフズくん。姫さまとかもこの場にいたらびっくりしたかもしれないね」
勇者パーティーは全員無事だが。
他国からの亡命組は今はこの場にはいない。幼馴染くんを除いた全員が自国の復興に尽力している。
彼らの闘いはこれからが本番だ。
魔族の手で壊滅した都市や国家を再建するという、ただ敵や倒せば済む困難ではない、正解のない問題に取り組んでいく必要があるのだから。
でも。
勇者レーヘンには少し関係のない話だろうが。
「懐かしいな、ほらこの覚えてるレーヘン!」
「……う、うん、ライフズくん……」
レーヘンはどこか心あらずといった形で目線を彷徨わせていた。今まで見てことがないくらいに緊張している。
魔王討伐直後や、人類連合首都あたりでの祝賀ではここまで緊張せず『うわ、人がいっぱいだー』とかのほほーんと口にしてたんだけどね。
今更ながら人類救済を成し遂げた重みを感じているのだろうか、初めて知り合ってから四年が経過して、ほんの少し大人になった横顔はみたこともない表情を浮かべている。ーーいや、中身はまだまだちびっ子なわけだが。
「あのさ、陛下に報告を終えたら少しいいかな? 僕はレーヘンに言いたいことがあって」
「う、うん、いいよ」
幼馴染くんは真剣な表情をしていた。
告白だな、俺は察した。
聖剣を受け継ぐ一族に産まれながら、才能がないたに幼馴染に全ての重荷を背負わせてしまった。そう考えている男の子にとって、告白なんてことは全ての問題を解決しない限りできないことだった。
微笑ましいというか、真面目というか。
でも,レーヘンは相変わらず心ここに在らず。
そんな幼馴染くんにも生返事なのだ。
一世一代の告白だなんて、まるでこれっぽっちも予想していないのである。まともな感性してれば「あれ、この子ってボクのこと好きなのかな⁇」とか勘づくものなのにだ。
色恋沙汰への疎さは、レーヘンの初心さを示唆している。ま、勇者に選ばれて色恋とは無縁の世界に生きてきたわけだから、これからゆっくり青春を謳歌すればいいわけだけどね。
俺もーー夢を叶える日が来たのかもしれない。五十年分の生命力は確保してある、あと六十年分頑張って『オタクに優しくしてくれる巨乳で清楚だけど実はエッチなお姉さん』型ホムンクルスの製造を成し遂げる日が。
浮ついてる自覚はあった。
以前の俺なら、こういう時にしっかり幼馴染くんのフォローとかをするわけだけど……叶わぬと思っていた夢が手に届く場所に降りてきたことで、少し盲目になってしまったのかもしれない。
ま、勇者一行としての仕事は終わるが、神官長としての仕事はまだまだ続いていく。
魔物との戦い以外でも怪我人、病人は産まれる。
それを癒していくと言う大切な仕事は、俺が引退するまで続くのだろう。だから今すぐホムンクルスの製造はできないんだけどね?
これからしっかり働いていく目標が再設定し。
俺はこれからの日常に想い馳せるのだった。
ーー聖歴 0101 2月16日ーーーー
旧ソルト王国ーー現連合王国王城の前は随分と整備が進んでいた。
俺たちを含めた帰還兵一団は、それはもうとんでもないことに巻き込まれていた。
港から王城を繋ぐ街道には無数の人々が押し寄せており、半ばパレードのような状態だったのだ。国賓用の最高級の竜車にのり、市民の人々に手を振るという臨時のお仕事を一日中やらされるのはーーまあ慣れてるけどね。
俺は神官長だし、青い血を継いでいる。高貴な人としての職務だと割り切れてるわけなのだが。
「……あ、あはははは……」
レーヘンはまるで借りてきた猫のようだ。
豪華な竜車の中で俺の隣に腰を下ろして、居座りを正す少女、その前身には異様な緊張感に満ちている。
落ち着きなく身を揺らしたり、視線を彷徨わせたり。
好意的ではあるとはいえ無数の視線の圧を感じとっているのだろうか?
何度目かの会戦での魔国兵の方が多いと思うんだが……可愛いとこもあるんだなぁ。
俺はどこか微笑ましい気持ちでレーヘンを見ていた。
「お、ここは魔族の襲撃をギリギリで食い止めた街道だな……懐かしいなぁ」
「え、あ、確かに。ほんと変わってますね、神官長。言われないと気がつきませんでした」
「………………」
隣の大陸で激戦が続く最中も、連合王国は戦禍から逃れ復興が進んでいたし。
この辺りは結局、一度も魔の侵攻を許さなかった。道幅は遥かに大きくなり、他国の要地に繋がる幹線道路と化していた。
そんな街道には無数の市民が押し寄せてきた。
俺たちの帰還は大パレードと化していたのだ。
まあ、魔王は死に、魔国は完全に崩壊した。
もはや人類に争う術などない。
平和は護り抜かれたのだ。
なのだが、それを成し遂げた人類最高の英雄レーヘンはガチガチに緊張していて、窓の外のすっかり様変わりした故郷の風景が見えているのか、見えていないのか。
「おいおいレーヘン、普段の態度はどうした?」
「ボクは神官長と違うんだよ、真っ当な情緒の女の子なんだからさ……」
そんな会話を観覧席付きの馬車に乗りつつ小声で行う姿もバッチリ記録されてるのだろうか。
すっかり大発展を遂げたかつての世界の端の小国ほ首都。今では世界で一番発展してるのでは? そう見紛うほどに開発された首都近郊で行われたパレードは、遂に目的地である王城に辿り着いていた。
ここで最後に魔王討伐の報告が行われ。
勇者レーヘンの英雄譚は幕を下ろす事になる。
「よくやったな、勇者レーヘンよ」
旧ソルト王国、現連合王国国王は肩の力が抜けたようにそう口にしている。玉座に腰掛け死んだような顔で戦況報告を聞いていたあの陛下からは考えられない生気に満ちた表情だった。
辺境の小国の王として気安く国家案内していたはずなのに、今では小大陸統一王朝の国家元首として君臨されられていたわけだが。
まあ、人間国家唯一の王だったからね。
この国滅んだら人類滅亡という重責を背負い続けた時と比べたら心労と何も無いに等しい。
王宮にはかつて他国の重鎮であった人々も勤めているようで、見知らぬ顔の大臣に、あの時助けられたーー国のーーです、みたいなことを何度も聞かされていた。
俺も一応、人類救済を果たした勇者パーティーの一員だからね? めちゃくちゃ好意的に扱われていたし、どこか親近感のようなものも感じられた。
政治担当役な俺の演説とかは連合王国の方にもしっかり届いていたようで、まるでずっと身近にいたかのように扱われているのだ。
故郷の王国のみんなにも、裏でしっかり支えられていたんだな。そう思うと少しくすぐった気持ちになってしまう。
「へ、陛下、お願いがあるのですが」
「うむ? 勇者殿のお願いならば、可能な限り聞き届けるつもりだが⁇」
勇者レーヘンは開口一番にそんなことを口にした。一応カンペでは『良き治世を送ってくだされ』みたいな話は渡したんだけどね。
レーヘンの性格上、魔王討伐後は田舎で穏やかな生活を送りたいだろう。
名誉や名声のためでなく、周囲の人々の穏やかな生活のために聖剣を抜いた勇者さま。彼女の望みはまた穏やかな日常に戻ること。
と、レーヘンがチラリと俺の顔を見た。
ふと悪寒が俺の背筋をよぎった。
レーヘンはどことなく潤んだ瞳で俺を見上げていたのだ。その頰は赤らみ、落ち着きなく身を揺らす姿はなんかこう、なんとなーくイヤな予感がしていた。
「陛下、実は僕は神官長のことをお慕いしてまして、その……後押しをして欲しいなって、思ってます」
「噂は真実だったということか。なるほど、レーヘン殿。いいだろう、余にできる限り支援はさせていただくと約束するとも」
俺の嫌な予感は的中していた。
勇者レーヘンは……俺に惚れていたのだ。
思わず勇者レーヘンを二度見、三度見する俺の姿はしっかり記録にとられ、世界全土にばら撒かれてしまうのであった。
ーーーーー
俺は男だ、性欲もあれば結婚願望もある。
神官としては生臭だ。理想の女の子を産み出そうとしてるあたり少し拗れてる自覚もあるが……健全な男としての欲求はあるし、発散したくもある。
正直にいうと、レーヘンは可愛い女の子だ。
しかし貧相な身体つきをしており、俺にとっては性愛対象外の存在だった。彼女の裸を見ても欲情したり、意識しなかったあたり察されてるかもしれないけどね。
あと俺は年上のお姉さんが好みであって、歳下の小生意気な娘なんて情愛の対象にはならない。つまり明確に恋愛対象外の存在であった。
それはレーヘン自身自覚していた。
だからこそ、連合王国国王に恋を応援するという言葉を引き出せさせたのだ。
「女神さまとあってね、神官長の攻略法を聞いてきたんだよねー」
魔王討伐を成し遂げた勇者は、神と対面する。そんな話は俺も聞いたことがあった。
先代勇者の英雄譚は、この世界では子どもの枕物語として一般的で。『女神さまに金銀財宝を貰った勇者は幸せに暮らしました、めでたしめでたし』と幕が閉じるのは、青い血を引く俺でも知ってるくらいだった。
「女神さまが、ありがとうとごめんなさいって言って、好きな願いを叶えてくれるって」
ニコニコした笑顔で、そう告げたレーヘンは、そのまま馴れ馴れしく間合いを詰めてきている。交際なんてしてないというのに、まるで自分達が恋仲であると勘違いしてるように。
「もっとマシなことに使えよ」
「時間が経った後の死者の復活とかはNGで、となると選べること限られてくるじゃん?」
俺は少し距離を取ろうとするのだが、ぐいと嫋やかな指先が俺の服をしっかり掴んでいるため、離そうにも離せない。
「で、みんなはボクの代償を癒してくれーーみたいなこと言われたらしいよ? 適当に話合わせた上で他の願いも追加で叶えることにしたらしくて」
本来ならば、レーヘンは魔王討伐の御礼ということであらゆる代償を無かったことにして貰えたのだろう。
俺は女神さまの意向を察した。
人類救済の英雄という権威は凄まじい。
先代の勇者は、死した後に元号になったわけだが、生前も英雄視され栄光と栄誉に満ちていたほどだ。
レーヘンもそうだった。
「姫さまはお父さんとお母さんと妹さんと従者さんとかと、魔法使いさんは奥さんと娘さんと会えたらしくて」
「……そっか、それは良かったな……」
「二人ともしばらく泣いてたからね、変に何か言えなくて大変だったよ、ボクの周囲で死人はいないからさ」
あ、神官長は別ね? どうせ蘇るし。
レーヘンは目線を逸らしてそう告げた。
どうりでレーヘンが俺を殺した直後の言い訳も話半分で受け取られていたわけだよな。俺は察した。神殿の秘術で聖剣の攻撃を回避した的な話をしたんだけどね? 妙にレーヘンへの敵意も薄かったからさ。
多分、魔王を討伐すれば女神さまに願いを叶えてもらえるーーという話を知っていたから、自分の願いを俺の死者蘇生に用いる全体で魔王諸共消し飛ばしたのだと。
そして神官長である俺が、レーヘンに降りかかった代償を軽く扱っていたのも、魔王を倒せば治してもらえると知っていたのだと。
勇者パーティーのメンバーはそう思っていたのだ。
「はへー、そんなことがねぇ、知らなかった」
「だろうね、知ってたら神官長言っただろうし……神官長って職のくせにそういう知識がないんだよねー、キミってさ」
それこそ聖剣の秘密、なのだろう。
寿命をすり減らし人を救い、それの対価としてあらゆる代償が補填される。
ちなみに俺はそんなこと知らなかった。
神官長ていっても田舎の小国の、だからね?
そんなたいそうな秘密もなければ、伝統的な秘術もなかった。
どうりで女神が遣わせたしては、聖剣に代償なんてエグい効果があるわけだよなぁ……。
というか。
「俺は女神さまに会わなかったんだけどなー」
「勝手に蘇生したからね、神官長はさ」
レーヘンは意地の悪い笑みを浮かべている。
ニヤニヤと歪んだ口元は、彼女が俺を弄る時の表情に非常によく似ていた。
「女神さま怒ってたよ? ボクの運命を歪めたんだからしっかり責任を取らせなさいって」
ま、その分聖剣をばんばん振るうことで助けられた人の数は多いとは思うし『無駄なこと』とは決して思わないわけだけどね。
だから女神は本気で怒ってはいない。
だから天罰が降ることもない。
何かしらの罰が与えられることもない。
ただそれは高潔な人の考えなのだ。
『理想な性格と顔のホムンクルス作って、それと恋愛するなんて不健全だし、普通の女の子と恋した方が健全で本人のためになるよね』と。
俺は、ルーテシアと恋したかったのに‼︎
それはもはや不可能と言っていい。
え、断ることはできるんじゃないかなと思われるかもしれないが、それは不可能だ。
勇者はこの世界で絶対的な権威だ。
世界を救済し、滅びかけた人類を救し英雄。
この世界の人々のーーそれは権力者とかそういう存在も含めて、絶対的なヒーローなのだ。彼女に好意的でない人間は存在しないレベル。
それはいかに勇者パーティーの一員であり、政治担当の俺であっても遠く及ばないほどの絶対的な存在なのだ。
それは勇者の発言もそうだ。
人類救済のご褒美に求めたものは、あらゆる手段を使ってでも達成させるべきことで。
他メンバーの意向など二の次にされる。
浮気なんてできない。
レーヘンを不幸にしたら、俺は社会的に死ぬし、親兄弟親戚一同、ついでに市民の皆様方を含めた連合王国国民にも迷惑をかける。
冗談抜きに国賊というか、ね?
仮にルーテシアが産まれ落ちたとしても、即座に排除されるし。
そうでなくとも、絶対に不幸になると知って最愛の女性を産み出すなんてできるわけがない。
「というか裸見たんだしさ、責任とってよ」
「緊急避難、緊急避難だぞ」
先にあっておくが、俺は決してレーヘンのことが嫌いではない。四年一緒にいて沢山の思い出を築いてきたし、好感度も高い。
俺を聖剣で魔王共々焼き切ったことに不満とかもないしね。そう言うのを許容できるくらいには絆が深くある。
ただね。
「れ、レーヘン……嘘でしょ?」
「あ、ライフズくん……聞かれちゃったかな?」
それと全く同じくらい、レーヘンの幼馴染への情があるのよ。そして今の告白で彼の恋路がめちゃくちゃになったことを理解していた。
勇者レーヘンの英雄譚はこれで幕を下ろし……そうして始まるのは、単なる小娘レーヘンと、その幼馴染ライフズ、そして間男である俺の複雑怪奇な恋物語である。
俺に残された勝機はただ一つ。
幼馴染くんがレーヘンを惚れさせること。
他に目はない。
だから俺にできることは、ひたすらに時間稼ぎつつ。
二人の中をアシストすること。
だいじょうぶ、俺ならできる、勇者レーヘンの英雄譚を影に日向にサポートし続けた俺ならば! 凡ゆる鬱フラグを端折り、こうして彼女の物語を完全無欠のハッピーエンドに導いた俺ならば。
だから待っていてくれルーテシア。俺は彼女にそう語りかけた。
男の夢を諦めることはできない。
レーヘンの物語第二部に巻き込まれることになるのが確定した俺は、確かな誓いを胸に秘め、意識を切り替えるのだった。