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聖歴0098 10月21日




 魔王軍の動きは明らかに鈍っていた。

 ゲリラ的戦闘に及んでいたはずの四天王の一人が討たれた事実はあまりに重かったのだ。

 最後の一人の影も見えぬまま、人類は着実に優勢を確保し、すでに大大陸の半分を奪還するに至っていた。


 勇者一行は暫定首都で、待機状態にあった。

 勇者でしか、四天王級は相手取れない。


 一般的な魔族は、数で上回れば倒せる以上、そういう雑魚は兵士に任せ、勇者一行は拠点で牽制に従事する。とは言われているがその裏には勇者の代償という問題が存在していた。


 勇者はあと何回戦えるのか?

 それは人類連合首脳陣が頭を悩ませる問題だ。

 魔王と四天王最後の一人。

 その二人を確実に倒すためにもここは勇者を温存するべきである、と。

 戦場に向かうことを望むレーヘンだったが。

 孫ほどに歳な離れた小娘に頭を下げ、懇願し『勇者ばかりに任せるようでは我らの立場がなくなる』的なことを言いつつ、安全地帯に残ることを懇願するお偉いさんの圧に彼女は屈していた。


 事件は、そんな勇者一行の穏やかな日々の中で起きた。



「連続殺人犯のレーヘンがこの近くに逃げ込んできてるそうですよ、神官長」


「お、おう? そうなんだ姫さま」


「彼女は魔族に人類を売った裏切り者です、見かけ次第即座に仕留めるようにという御触れが出ています」



 まさにそんなある日のことだった。

 旧支配者層、そして現在の『人類解放戦線』の事実上のトップであり、人類の希望である勇者レーヘンが広域指名手配されたのだ。



「あの子と同い年くらいなのに……魔族に組みするとは残念だな……悪いがオレは手を出せんかもしれん」


「そっか、無理はしないでね」



 明らかにおかしい、彼女の名声は最早国家の最高権威さえ凌ぐほどに高まっている。

 そりゃ、人類滅亡の瀬戸際を単身でひっくり返した大英雄だからね? このまま行けば確実に人類を救った英雄として人類史に刻まれるのは確実の。

 多少のーーいや、ほとんど全ての犯罪が揉み消されるくらいの絶対的な権威を有している。


 そんな少女を指名手配⁈

 明らかにおかしい、バカでもわかる。



「指名手配犯レーヘン、捕まえないとね、神官長」


「……勇者のこと忘れたの、お前まで?」


「ん、勇者は僕だろ? 何言ってんの」



 姫騎士と魔法使いはわかる。

 あの二人の好意って半分代償行為だし。

 死した臣下や家族などを重ねて見てるので、真の絆とは言い難いものがある。


 でも、顔を合わせた錬成士くんまでそんな世迷言を口にするのだ。幼馴染であり、明らかに好意を持っている相手であるのに。その声音に情の色はない。見知らぬ犯罪者を呼ぶように吐き捨てられた『レーヘン』の名前。


 なるほどこういうパターンね。

 俺は天を仰いだ。

 おそらく魔族の策略の一つだろう、勇者を孤立させる下卑た策謀。確かに勇者レーヘンは聖剣に選ばれた小娘だ。鍛えた剣技やその戦闘力は凄まじいが……それでも人間。眠ることなく戦うことはできないし、水を抜いたら三日で死ぬ人間である。


 どうするべきか。

 俺は頭を抱えつつ、情報を纏める云々言って、暫定首都に建設されてる俺の屋敷に向かうのだった。



 ーーーーーー



 勇者パーティーの屋敷は、暫定首都の一等地に建設されていた。ま、その中でも産まれが高貴な俺と姫さま、そして勇者レーヘンは豪華な屋敷が与えられていた。


 ま、その屋敷にレーヘンはほとんど使ってないそうだ。また田舎娘にとっては屋敷の庭に増築した犬小屋()で慎ましやかな生活を過ごしているとか。


 そんな豪華な俺の屋敷の、俺の私室の扉をガチャリと開け……俺は思わず黙り込んでしまったのだ。



「げっ、神官長っ」


「何で俺の部屋に隠れてるのかなぁ、レーヘン」



 現在指名手配中の勇者レさまは、なんと俺の屋敷の中にこっそり潜り込んでいたのだ。隠し場所を変えたはずの俺の研究資料を机の上に放り出して、パラパラと頁をめくっていたレーヘン。



「そこは街中に逃げてるとこでしょ、というかお前もしかしなくても屋敷の鍵を複製しただろ、お前まじでいつ盗った? 昨日今日の話じゃないだろ」


「いや、その、だって、毎度鍵穴開錠するの面倒くさいし」



 じっとこちらを見つめてくるレーヘンなのだが、彼女は実は剣の達人だ。聖剣がなくとも普通に強く、隙付かれて逃げられたら面倒な事になる。



「あとレーヘンよ、以前何度も言ったはずだがそれは『男の夢』が隠された貴重な品だ、丁重に扱うように」


「いい加減その夢捨てたら?」



 一応、俺は敵じゃないよ、と言うことを伝えるためにあえて過去の出来事に関連した言葉を口にしつつ、思考を深めていく。

 というか逆に聞きたいんだけどなぜ俺はレーヘンのことを忘れていないのか? 一瞬、俺が勇者さまの代償の治療役であることが露見したからかと思うものの、それなら俺も連座で指名手配したはず。


 つまり、完全な偶然か?

 おそらく生命力を譲渡したことで何かしらの霊的な繋がりが産まれたのだろう。

 記憶の消去が起きないくらいの強固な繋がりが。



「夢だけは捨てちゃいけねぇだろう。『オタクに優しいギャル』はいるってね」


「神官長ってほんと好みがコロコロ変わるよね、この前の処女で一途で純真だけど、云々はなんなのさ」



 男の趣味はよく変わる。ある時は清楚なお姉さん、ある時はギャル。それは仕方ないことだと思う、というか数年が経過してるわけだからね? 好みのタイプもそりゃ変わるわ!


 まあ緊急事態だから許すけど。


 さてそんな会話で俺の記憶が健在であることはしっかり伝わったようで、剣を抜かずいつもの調子で話しかけてくるレーヘン。

 彼女の顔は相変わらず、どこか間の抜けた表情が浮かんでいる。ある日突然、自分の周囲が敵に回ったとは考えられないほどに。



「それでなんかみんな僕のことを忘れてるっぽいんだけど……なんとかならない、神官長」


「うーん、無理!」



 流石に今回の件は手口のからくりがわからない。

 脳の破損とかによる記憶の消去から治せるが記憶の上書きだとね? 精神性は俺の専門外なのでどうしようとないというか。



「無理じゃなくて、何とかして」



 勇者は躊躇い一つなくそう告げた。

 困るよなんとかしてじゃないんだよ、俺も困ってるんだよ、なんとかしてよ!



 ーー聖歴0099 4月21日ーーーー


 まあ、なんとかしたが……。

 クソ大変だったけど、半年かけて犯人を見つけた。なんと『旧支配者層』の一員にして『人類解放戦線』にも多大な影響力を持つとある男だったのだ。


 彼は人間社会に潜伏し、暗躍していた魔王四天王の一角でもあった。

 どうやら魔王軍の大陸平定の際にも暗躍し、人類連合の歩調を乱していたようだ。前科も相当多いタイプで、パーティーメンバーの騎士姫の祖国が滅びた原因だったりするらしく、それはもう深い因縁がある……ようだが、後々のことは現地の当局者に任せようと思う。


 ともかく、魔王軍の幹部は俺がぶっ殺した。謀略担当を不意打ちで仕留めたので、レーヘンは特に何かしらの代償を払ったわけではない、まさしく華麗な暗殺劇であったわけだ。



「いやぁ、殺せば終わるなんて今回の仕掛けは随分と簡単だったね!」


「正直ヒヤヒヤだったわレーヘン。お前の勘を信じたけど……失敗したら俺も終わるなとは思ってたからな」



 敵の洗脳は死んだら解けるタイプだった。

 逆に言うと殺さないと解くのが面倒なタイプの洗脳だったわけだが……犯人見つけたら後の対応は手段を選ばねば即座に解決できるってわけ。



「もー、すぐに殺せば早く済んだのにさぁ、神官長がやたらと止めるからさぁ?」


「あのな、こう言う敵は絶対、自分が殺されることも織り込み済みで、後に問題が起こるように仕組んでるんだよ。だから予め手を打っておく必要があるんだよ」



 勇者を排斥する流れが生まれるように策を練るわけだが、そこも対応済み。


 根回しをした上で、敵が魔王軍の四天王であることを広く公表することで、権力闘争云々の流れも起きていない。「悪いのは全部潜伏していた四天王のせいだったんだ」ということになり。

 過去の利敵行為、外患誘致、情報伝達の阻害。

 そして亡命組とパルチザン組の対立の原因であるとも周知した結果、人類連合は硬い結束で結ばれ直した。


 自慢だが俺って社会的な権威を相当有している。

 勇者パーティーのヒーラーである、だけでなく実は怪我をした兵士の治療も行っているし。

 政治的影響力もかなりデカく、人類連合の重鎮であると認識されてる節もある。

 だからそう言う工作も可能なわけ。

 前もってあちこちに伝作ってたからね。



「まー、その点に関しては神官長がいて助かったよ」


「感謝しろよ、心の底からな」


「あざーっす」



 同時に勇者レーヘンの偉大な英雄っぷりは世界に広く知れ渡り、その名声はもはや過去の偉人さえ追いつけないものとなりつつあった。


 この件が後を引くことはない。

 勇者一行の完全勝利である。


 ただ本当に大変だった。

 思考に思考を重ね、レーヘンの存在を誤魔化しながら犯人を探すのは本当に大変だった。まあ最終的に勇者の勘を頼ったわけなんだけどね……。でもそれは最後の念押しだったから。しっかり物的証拠を確保した上で、裁判したら外患誘致で即刻死罪ってレベルまで捜査したのだ。

 

 絶対に敵は勇者パーティーは監視するからね?


 敵の政治的動きを探りつつ、何事もなかったように魔王軍と戦い、さらに前線で怪我人の治療を行い、旧戦場跡地で亡霊たちに問いかけ続ける日々は過酷でーー睡眠時間は一時間も減っていた。


 ロングスリーパーで毎日きちんと睡眠を取らなければならないこの俺が、全睡眠時間の八分の一を捧げたのだ。人間の健康的な生活には睡眠は不可欠、七時間睡眠なんて健康に著しい害が発生するリスクがある。


 そうでなくとも脳細胞には負担がかかり、肉体は疲弊し切っている。これは健康寿命を消費したと考えても間違えではない。


 その献身を『あざーすっ』で済ませるの?


 俺は勇者レーヘンを一瞥した。



「あのさぁ、俺が払った対価をお前は理解していない。真実を知ったら曇っちゃうから説明してやるけどさぁ」


「睡眠時間一時間減る程度いいじゃん、僕だって毎日家事手伝ってたし、ケチケチすんなよそれくらい」



 なのに、そうなのにだ。

 レーヘンはまるでこれっぽっちも考えを改めるそぶりがない。遠慮なくベットに深く腰掛けた少女はぶらぶら足を揺らしつつ、呆れるように俺をみている。

 我が物顔で寛ぐレーヘンは、まるで自分がこの部屋の主人であるかのようである。



「お肌が荒れるんだよ! 口内炎もできる‼︎ 俺という世界の宝が傷ついているんだぞ、なんだこの他人事っぷりは‼︎」


「はいはい、ごめんごめん、これでいいー?正直、今神官長に割くリソースはボクにはないんだよ」


「あー……幼馴染くんのことかぁ」


「他のみんなもだよ」



 まあ、許すしかなかった。

 今のレーヘンには余裕がないのだ。

 その理由こそーー。


 コンコンと扉を叩く音がして。

 レーヘンはちらりと俺を見て、頷く。



「どうぞ、ライフズくん、入っていいぞ」


「すみません、失礼します神官長」



 ーー、幼馴染くんは曇っていた。

 護ると誓った勇者を守れず、敵と勘違いしていた事実はあまりに重かったのだ。

 ま、そらは幼馴染くんだけでなく勇者メンバー全員そうであるわけだが……。

 表情だけでなく、その雰囲気も鎮痛そのもの、見ているだけで気が滅入ってしまうほどに負の感情を溜め込んでいるのだ。


 ちなみに、「勇者パーティーは、レーヘンを忘れてなどいない」ということになっていた。

 だってなんで俺だけ覚えてたのっ、てなった場合に詳しい事情ーー生命力の譲渡をしてだからなんて言えるわけもない。

 先に言っておくがそういう魂領域の繋がりが原因だからね? 好意とか愛が原因なら幼馴染くんがレーヘンを忘れるわけがないのだから。


 ただ、だからこそ責められないのが辛いのだという気持ちも痛いほど理解できる。

 俺もね、そういう考察はしたことあるっていうか『オタクに優しくしてくれる巨乳で清楚だけど実はエッチなお姉さん』型ホムンクルスが、俺が最愛の人と知らないで攻撃してしまい、曇ってしまうーーなんてあり得た可能性を。



「ごめんなさい、レーヘン。僕は、僕は……」


「いいよ、別に何かしらの被害出てないし」



 ただレーヘンとしても、居座りが悪いのだろう。実際、レーヘンは特に何かしらの被害は出てない。俺は社会的な権威だから、指名手配された小娘なんて余裕で匿えるし、俺の言葉は司法の裁きに影響を与えられるくらいに重い。


 つまり、本来ならば罪人として護るべき人々に追われる、みたいな展開は全く起きず、俺という権威に護られながらぬくぬく英雄譚を果たしただけ。


 苦労したのは、表舞台で政争していた俺!

 仲間たちの目を盗みながらレーヘンを匿い、敵を探りつつ、根回しを続けた俺!

 レーヘンは長い休暇を満喫していただけ!


 俺の、やたらと大きな私邸の中で、埃が舞うのを気にせず剣を振い、飯を作ればあれこれと注文をつけるし、特に理由もなく駆け回って研究資料ひっくり返しながら運動し、時にこっそり外出し屋台を買い食いしてまわり、なにより,暇になれば冷蔵庫漁って俺の秘蔵のおやつを食べていたのだ。

 他にも散歩したり、演劇見てたり。


『ボクじゃなくてライフズが勇者役やってて、面白かった』と、演劇の感想言ってたくらいだからね? この境遇を満喫してたのは間違いない。

 なんなら俺も一緒に見に行っていたくらいだった。

 姫騎士と幼馴染くんがデキてる扱いされてるのは正直ウケたわけなんだけどね。



「いや本当に、悪い目どころか良い目にあってばっかだったしさ?」



 そしてレーヘンは自分が世間で言われてるほど苦労してないことを自覚しているのである。


 とまあ,そんな考察してる間に二人な会話は終わってしまい、レーヘンにそれとなく退室を促された幼馴染くんは、そのまま立ち去ってしまうのだった。



「き、気まずいよね。みんな神官長くらい厚かましいと気が楽なんだけどなぁー」


「厚かましいのはおまえだよ、レーヘン」



 そしてそれを悪怯れない!

 俺もね、今回の件は緊急避難だと思ってるし、謝罪されたらいいよと返すよ? 変にストレス溜め込まれるよりずっとマシだからね? でもね、でもね、それにしたって態度があるじゃん! もっとこう『ボク、悪いことしました』みたいな態度でいてくれるならともかく、『はいはい、さーせん』みたいな言動されたら文句の一つ言ってやりたい気持ちになるわけ!



「ほら、レーヘン、何か言うことあるだろ」


「神官長、あざーっす。今日もおやつのプリン美味しかったでーす、また用意していてくださーい」


「お前また勝手に食ったのか? 俺の仕事終わりの安息を奪いやがって」



 俺は腕を組んでレーヘンを非難するのだが。



「へーそう言うこと言うんだ。ならボクも言わせてもらうけど、だから言ったじゃん、さっさと事件を解決しないとみんなが絶対曇るって」


「ぐぅ、で、でもよぉ、仕方なくない? 今回の件に関しては多少の曇らせは許容するしかなかったと言うか……な?」


「ん、それはもしかして言い訳なのかな? 神官長は仲間達に腫れ物を触るように扱われてるボクに何かいうことあるんじゃない?」


「……ぐぎぎぃ……」



 レーヘンはため息を吐きながら、訳知り顔で詰ってくるのである。でも俺は反論できない。


 先に言っておくけど『勇者の勘』でろくな証拠もなく速攻で権力者殺したら、後々絶対面倒な事態を招いたのは確実だ。勇者は第二の魔王のように扱われる危険性もあった。人類連合の結束が乱れる可能性も高かった。


 だから時間をかけて情報を集め、証拠を集めた。

 間違いだったとは思っていない。

 

 でも、そんなより大いなる最善を選び。

 仲間達の精神を痛めつけたことは事実だった。

 レーヘンは別だけどな!



「す、すみませんでした」


「謝ればいいんだよ、謝れば。うん、許すよ神官長。でもしっかりボクのフォローは行ってよね? 曇ったみんなのフォローはさ」



 でも俺はは結局、謝罪した。

 仲間を盾に取り、圧をかけてくる勇者に屈服してのだ。

 そうしてレーヘンに俺の自室の無限滞在権と、合鍵の譲渡、そして恒久的なおやつの提供を約束させられてしまうのだった。



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