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聖歴0096 7月11日



 四天王の討伐から二ヶ月近くが経過していた。

 魔軍は小大陸から撤退し、完全に支配した大大陸に帰還していた。各個撃破を恐れた、というのが大臣の考えるところだった。


 この小大陸支配のために残していた兵力はかなりのものであり、四天王という戦力だけでなく軍勢まで失うことを恐れ、全軍を撤退させたのだろう、と。


 逃げられたと言ってもいいが、そもそも当時の小大陸の国々に魔王軍を追う術はなかった。

 ソルト王国軍は疲弊し切っていたし他国はそもそも魔王軍に征服されていたのだから。


 まあ、ともかく小大陸は平穏に包まれた。


 しかし、この国も隣国も、他の国々の生き残りも。

 これで終わりだなんて考えてはいなかった。

 それはこの国の市民の誰もがそう考えていた。

 魔軍はまた侵略に来るのだと。


 だからこそ勇者レーヘンの錦の御旗の元に、各軍は一時的に同盟を……いや、連合王国を建国した。


 対魔国共同戦線。

 或いは、連合王国。


 連合王国は魔王の手に落ちた大陸への逆侵攻を計画する。聖剣の対価は支配階級も把握していた。だからこそ守勢ではジリ貧になってしまうことを理解していたのだ。

 ま、そこは俺の活躍と言ったとこかな。

 人間勢力で戦後を見据えた政争なんてしてたら全員死ぬよと、聖剣の対価についてこっそり教えといたからね。


 レーヘンはあと、四回しか勝てない、と。


 まあ、それは嘘だが。

 勇者レーヘンが健在のうちに、可能な限り戦況を優位にする。出なければ、また魔国の侵略が起きて人間は滅ぶことは明らかだった。


 俺も急ピッチで寿命の製造に取り組んでいる。『勇者パーティーメンバー』として、精神修養とか適当に言い訳して毎日毎日生命エネルギーを生み出し続けていたのだ。

 今のところは六十年分くらいかな?

 貯金を合わせれば百四十年分くらいはある。


 魔王四天王が敗死して以降、魔族の襲撃が起きておらず負傷者も出ていないから、たまるたまる、生命力。

 まあこれはレーヘンに貢ぐしかないだろう。


 俺だって仲間意識はある。責任感もある。

 彼女のために、国民のために、人類のために、生命エネルギーの全てを勇者に捧げる必要があるのは理解していた。


 これでレーヘンの寿命を合わせれば十二発。

 足りるか、足りないかは未だわからなかった。



ーーーーーーー



 外征の準備も急ピッチで進んでいる。


 幸いなことに、大陸から避難民を連れてきた船舶や、或いはこの国に逃げ延びてきた敗残兵は多く存在していた。

 彼らの力を借りれば外征の準備は、本来の軍事計画にかかる時間からはあり得ぬほどに効率的に進んでいた。


 ーー憎き魔族を倒すためにぜひ使ってください


 とこちらが声をかけなくとも、噂を聞きつけて船舶や、武器、防具、食料などの軍事物質が提供され。

 義勇兵として逃げ延びた師団単位で、外征に加わる敗残兵も非常に多い。というか殆どの元軍人は大大陸奪還作戦に従事してるまであった。


 まあ、そういうことで近日中に大陸奪還に向かうーーそんな話が、通達された勇者一行は海水浴をすることになったのた。


 敵地は危険で、命を落とし得る危険地帯。

 勇者パーティーの誰が死んでもおかしくない。

 だからこそ、思い出を残そうと。



「えー、絶対にイヤ、水着はちょっと」


「船から落ちた時とか、大陸沿岸で予想される妨害工作とかのことを考えた訓練を兼ねてるから、ね、レーヘン」



 なのだが……勇者レーヘンは水着を纏うことを嫌がっていたのだ。駄々っ子のように拒絶する姿は童女のようで、幼馴染くんの言葉にも首を縦に振らないのである。



「絶対にいや、他の子達と言ってくればいいじゃん、ボクはイヤだからね、いかないからね!」


「レーヘンちょっといいか」


「ナイスタイミング、どうしたのさ神官長」



 そんな会話をはたで聞いていた俺が声をかけると。レーヘンはまるで子犬のようにこちらに駆け寄ってきたのだ。



「ここでするのもあれだから、俺の部屋に行くぞ」


「そういうわけだから、またね」



 ーーーーーー



 俺はレーヘンを自室に呼び寄せた。

 先日あんな一件があったわけだがーーそれはそれとして俺と彼女は仲間であるし、共に何度も死戦を潜り抜けきている。つまり信頼度はともに高いってわけだ。だからこうしてレーヘンはのこのこ異性の部屋に入ってしまうわけなのだが。


 入室早々に、それとなく新しくしたばかりの資料の隠し場所をチラリと見たレーヘン。女勇者の鋭すぎる勘に背筋にだらりと冷や汗が沸いた。



「それで話ってなんなのさ」


「お前が水着を嫌がるのは、肌の傷跡を見せるのが嫌だからだろう?」



 それはさておき、レーヘンが水着になりたがらない理由はただ一つ、彼女のの身体には無数の傷跡が刻まれているからである。


 魔族との激闘ーー四天王との戦いが起きる前の前哨戦の段階で、彼女の身体は何度もボロボロになっている。

 服の下は無数の傷跡が刻まれて、決して綺麗な肌ではない。水着になれば、その歴戦の痕跡は白日に晒されてしまう。

 だから水着になりたがらないのだろう。



「まあ、そうだけど、それがどうしたの?」


「というわけで治しといたぞ」


「え、あ、ありがとう」



 と言うわけでちゃちゃっと治しといた。

 部屋に入ってきた直後に一瞬で傷跡を全快させた。いわゆる美容回復魔法だ。肌のシミとかくすみもついでに消せる女性の味方な神の奇跡。


 俺は最高位のヒーラーなので、そう言うことができる。


 元々、冒険終わった時に俺が生きていたら全部治しとくつもりではあった。というか魔物との闘いの中で傷を負うなと言うのは無理ある話で。怪我するたびにちまちま傷消すより、冒険終わってまとめて癒した方が効率いいかなと思ってたんだけど……。



「でももったいなくない? どうせ次の四天王との戦いでもボロボロになるんだしさ」


「お前は気にしなくとも、幼馴染くんは気にするだろ? で、何か問題が起きるかもしれない。その予防措置ってやつよ」



 少し、魔力とかが勿体無い感はあるが……微弱だし、幼馴染くんのモチベに影響しそうだからね。ここはコストを払う場面と見た。


 とりあえず今の傷ーー背中とか、腹部とか、あと下着の裏の胸元と太ももの傷跡を完全に癒やしといた。

 もう、白い素肌に跡なんてものはない。



「なるほどねぇ……あとさ、あのさ、なんで神官長はボクの服の下についてる傷痕のこと知ってるわけ」


「俺はヒーラーだぞ? なんて傷痕残ってる部位がわからないと思うわけ?」


「うわ、きしょ……」



 なのに、勇者レーヘンの顔にあるのは感謝ではなく怒りと羞恥の感情なのだ。仮にも傷を癒してくれた恩人なのに、だ。

 まあ、この必要とあれば腕とか足とか捨てて敵に攻撃する勇者さまに、その手の年頃の女の子らしい機敏があるなんて考えるのは愚の骨頂か。この前はビビったからね? 敵魔族の不意を突くために片腕捨てたシーンには。



「これで遠慮せず水着とか着れるだろ?」


「まあ、ライフズくんが曇らないなら、着てもいいけど……」



 レーヘンは服を捲り、ちらりと自分のお腹の傷を見て傷跡を確認しているのだが……綺麗な肌を取り戻せたことへの喜びはほとんど無かった。


 傷跡に関してレーヘンはあまり気にしていないのだ。……まあ今って割と人類存亡の瀬戸際だからね、傷が残る云々気にする情勢ではないからね。


 それは幼馴染ライフズくんのためなのだろう。好きな女の子に既に傷がついてしまっている、好きな女の子のことを全く守れていないなんて真実、年頃の男の子には応える。


 彼女もそれを理解していた。



「あの子、昔からメンタル弱いからなぁ」


「お前の精神力がイカれてるだけだろ。なに、避ける必要がないからって薄皮一枚斬られるの気にしてないわけ? だからボロボロになるんだろ」


「いや、無駄じゃん? そんなの気にしてたら生死のやり取りできなくない⁈」



 レーヘンは呆れたようにそう口にする。

 確かにここだけ切り取れば正論に聞こえるだろう、確かな生命に勝るものはないと。



「お前格下の敵の攻撃も回避スレスレじゃん」


「だってすごく動くの面倒くさいし、最低限の動きでいいじゃん、別に」



 彼女はいわゆる女を捨ててるタイプの勇者さまなのだと、俺は深く理解した。まあこういうタイプにあれこれ言っても意味はない。主義の違いで問答になるだけ。

 後々、傷を全部治せばいいだけだし。



「まあ、ともかく、水着選んどけよ」


「はいはい、わかりましたよ。……でも神官長の好きな、ほとんどスケスケの水着なんて絶対に着ないから」


「お前さ、資料を見たことは許すけど、それで得た情報を流布するなよ?」


「するわけないじゃん、ボクの感性が疑われるだろ! あんなへんたいなこと、言えるわけないじゃん‼︎」



 レーヘンは前回から変えた筈の、今の資料の隠し場所をしっかり指差しながら地団駄を踏むのであった。





ーー聖歴0096 7月15日ーー



 雲ひとつない快晴の空の下。

 勇者レーヘンは仲間たちとビーチで初夏の海を楽しんでいた。可愛らしい水着に身を包んだ少女は得意げな顔で砂浜を駆けている。


 あれだけ抵抗していた筈の女の子が、なぜ手のひらを返したようにOKを出したのか? 当初のうちは幼馴染くんの瞳には疑念があったものの……楽しげに笑う勇者の姿に口元を緩めている。


 好きな女の子の水着姿、そして何より年頃の女の子らしいーー人類救済という重荷を下ろした姿に自然と笑顔が浮かんでしまうのだろう。


 いい子だな、俺はそう思った。

 なんとも微笑ましい青春のひとときは、俺には少し縁遠かった世界で。


 ーーあの人がいればな……


 ふとそう思った。

 こういう時に、『オタクに優しくしてくれる巨乳で清楚だけど実はエッチなお姉さん』型ホムンクルス、ルーテシアがいてくれたら、と。


 夏のビーチ、遠巻きに友人たちがはしゃぐ姿を見ていると、ねぇ、何してるのと声をかけてきて、その瑞々しい水着姿が目に入ってきて……。


 ふと、そんなあり得た今に思い馳せた。

 叶わなかった夢の残骸に触れてしまうのは、未練がましい事なのだろうか。


 レーヘンのために諦めた夢だった。

 国民のために投げ出した夢だった。

 人類のために捨てた夢だった。


 この戦争で俺は死ぬかもしれない……その危険性は極めて高い。勇者の外付け勇者の外付け回復ユニットである俺という存在が露見した場合、真っ先に狙われるのは明らかなのだ。

 勇者パーティーで一番死にやすい自覚はあった。


 だから、死ぬ前に夢を叶えてもいいのでは? そんな悪魔の囁きがふとした拍子に耳元に聞こえたりする。

 六十年分くらいの寿命を消費して、彼女を産み出してもいいのでは、と。それくらい許されるのでは、と。


 まあ、実際にするわけはないのだけど。

 俺にだって責任感はあるのだ、最愛の女性と幸せになるーーだれもが抱くそんな夢を捨てようと人々を救わなければならないという責任感は。


 でもふとした拍子に彼女がいてくれたらと思ってしまうことくらいは許して欲しいのだ。

 どうしようもない寂しさが胸の中に満ちる中で、彼女の指先の感触を思うくらいは。



「ねぇ、何してるの、神官長」



 なんて考えていると、先程まで砂浜を走り回っていた筈のレーヘンがこちらにやってきて、俺のことを覗き込んでいる。

 その瞳にあるでは探るような色だった。



「一応聞いとくけど、神官長ってさ、この国の産まれなんだっけ?」


「産まれも育ちも王都の、生粋の王都っ子だぞ、有名だろ?」



 俺は結構著名な人物だ。

 この国の支配者階級といっても過言ではない。『神官長』だからね? いわゆる青い血を受け継いでいる存在なのだ。



「なのにあんな研究してんだ、ふーん」


「貴賎はないだろ、あらゆる祈りとあらゆる誓いはきっとどれにだって価値はあるのだから」



 なので別に知り合いとかが国外にいた、とか大切た人と生き別れた、とか、そういう大事な人を生き返らせたいーーとかいう理由ではない。


 あらゆる祈りに貴賎はない。

 つまり、理想の女の子(ルーテシア)を生み出すという、古代から代々託されたバトンをゴールに導くという祈りにもまた価値があることだ。



「ふーん、ボクもこの国の田舎の出だよ」


「いや知ってるよ、それくらい」



 勇者レーヘンもこの国の片田舎の出身の女の子だ。

 『聖剣を受け継ぐ一族』が住む街の近くに住んでいたごくごく普通の街娘。ま、このご時世だ、護身術として剣技は学んでいたが。


 魔族の襲撃時に偶然聖剣を抜き、勇者に選ばれたのである。



「ちなみにお前の幼馴染は海の向こうから来た一族出身なんだぞ? 魔王に真っ先に滅ぼされた国の末裔ってやつだ」


「ボクも知ってるに決まってるじゃん、幼馴染なんだよ? あと聖剣守の一族の人にもあれこれ教えてもらったし」



 ちなみにレーヘンの幼馴染くんは幼少期に大大陸から逃げ延びてきた『聖剣を受け継ぐ一族』出身者だし、旅の仲間も俺とレーヘン以外は他国や大大陸の出身だったりする。


 勇者メンバーは総勢五名。


 勇者レーヘン。

 その幼馴染の錬成士。

 亡国の姫騎士。

 嫁と娘を殺された歴戦の魔法使い。

 そして神官長の俺である。


 レーヘンと俺以外は割とシリアスな境遇というか、故郷滅亡してる勢。身内、知り合い、家族のいずれかが亡くなられてるという悲惨な境遇をしている。



「そう考えるとよくこういう企画を発起したよな。『故郷を取り戻すために必要でもないことをする必要がありますか?』とか言わないで」


「えー、もしかして今の姫さまの真似? 全然似てないなぁ〜」



 そんなメンバーなのでこういう懇親会の席を用意するのも大変だったのだろう。

 幼馴染くんも精力的に動いていたらしい。


 絆や想いを大事にするあの子らしいな、と俺としては微笑ましく感じられた。

 俺とそういうことはとても大切だと思うから、もちろん賛成に回っていたし、会場のセッティングとか大義名分ーー今回で言えば船から落ちた時の水泳訓練など、を用意したりもしている。


 そして、みんなの説得を終え、さぁやるぞってなった時に安牌だったレーヘンがまさかの『水着になりたくない』と発言だったわけだが……。



「じょあさ、あのさ、そのさ……」



 レーヘンは口籠もりながら、足先で砂浜に線を引いていく。快活な少女にしてはなんとも珍しい顔なんだが……。


 浜辺で遊んでる時とかに旅の仲間の過去について聞いてしまったのだろう。

 魔法使いさんの殺された娘はレーヘンによく似てるそうだからね。そんな存在が自分の命を犠牲にしてることにまあ、曇りに曇ってたわけだが。



「神官長はさ、誰か生き返らせたい人でもいる、わけじゃないんだよね? 一応確認のために聞いとくけど」


「いやぁ……それならその人の個人のデータを記すだろ『オタクに優しくしてくれる巨乳で清楚だけど実はエッチなお姉さん』型ホムンクルスなんてものにするわけない。故人への冒涜だろ」


「あ、そういうのが冒涜になるって、自覚はあるんだね? 自覚は」



 例えば『故人A型』どこにするだろ?

 生き返したい人とか特にいないから考察しかできないけど、それくらい大切な人を変な属性つけるわけがないと思うんだよね。



「ならいっか」


「なにが「なにいっか」なんだよ!」



 レーヘンはカラカラと笑みを浮かべていた。

 年相応の無邪気な笑顔。

 それが世界を救う唯一の希望と伝われるあの勇者さまとはとても思えないくらいに軽いものでーーそれはきっといい事なのだろう。責任感に潰れ、笑うこともできないよりずっと。



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