プレイングメッセージ【中編という名の蛇足④】
矢も盾もたまらず、走り出していた。
熱に浮かされていた身体は重く、夏の生ぬるい風が足に絡まり派手に転んだ。
それでも立ち上がり、また走り出した。
夕立がつくった水たまりを避ける体力もなければ思考も働かない。子供のときに樹立した水たまり連続踏破記録を、大人になって打ち破ることになるかもしれなかった。
ただ身体が動いていた。
これはこれである種の放棄なのかもしれない。
どうやって助けるか、どうすれば救えるかを考える前に、とにかく身体を動かしてしまった方が楽なのだ。
あるいは、あの広義の"おかゆ"からの逃亡かもしれなかった。
「ついた……」
着いたところで、何をどうすることもできない。
それは僕にもわかりきっていた。
駐車場はアスファルトと掠れた白線のみで殺風景。白地に黒文字の看板。商売気のなさが際立っていた。
僕は再び薬局に来てしまっていた。
彼らと遭遇した唯一の点である。
この場所に舞い戻っても、時間が戻るわけではない。
そうと知りながら、そうするしかなかった。そうすることで、何か許されたかったのである。
駐車場には一つのボールが転がっていた。
緑と黒の縞模様が描かれた、野球ボールより小さなスイカを模したおもちゃだった。ここに来た子どもの忘れ物だろうか。そのおもちゃで遊ぶ子どもの姿と、スイカ割りの情景を重ねて同時に想起してしまった。
「春馬」
彼女が僕の名前を呼んでいる。
「ごめんなさい。冗談なの」
どういう意味だろう。頭がぼーっとしていて理解できない。
「DVうんぬんは嘘。いや、嘘ではないんだけど、多分、あなたの見た家族は、そういう類の問題を抱えてはいないと思う」
「そうかな。だったら、いいんだけど」
「あなたの」
彼女は僕を追いかけて一緒に薬局まで走ってきたようだ。
膝に手をついて、息を整えながら話を続けた。
「あなたのそういうところよ。私が好きなのは」
「そういうところ?」
「あなたは茶柱を立てられるような、器用な人じゃない。あなたは、沈んでしまった茶柱を、指をつっこんで拾い上げようとして、火傷するような人」
「何それ」
「だから、好き」
生ぬるい風が汗ばんだ頬を撫でた。
入り口の自動ドアをくぐり行く人が、不審そうに僕らの顔を交互に眺めていた。
こんなところで何をしているんだ、そういうことはTPOをわきまえて……というか君は、見るからに熱っぽそうだから、早く家に帰ったほうがいいのでは?という顔で覗き込んでくる。
なんだか身体が熱い。
心も熱い。
「お詫びと言ってはなんだけど、今日のちょっとしたミステリーの謎を、代わりに解いてあげようか」
彼女は可憐に言った。
「え、わかったの?」
「うん。例によって、本当に大した謎じゃなかったけど」
「もしかして、とっくにわかっていた?」
「ううん、今わかったことだよ。ここに来なければわからなかった。足で稼ぐって大事なことね」
「今?」
「そう。ヒントはあの子」
彼女が指差す先には、午前中に見た男の子とは別の男児が車に乗り込もうとしていた。
手には、緑色のおもちゃのボールを持っていた。