プレイングメッセージ【前編】
病院に併設された薬局の待合いイスに座り、とにかく待つという優雅な時間を存分に謳歌していたなかで起こった出来事だった。
自分の順番まで十人弱あり、ただぼーっと壁の高い位置にかけられたテレビから聞こえるワイドショーの音声に耳を傾けていた。
熱っぽい頭は世の中の出来事を整理して自分なりの意見を整えるなんてことはできず、インタビューに答える老婆のなんとも言えない品の良さにばかり目がいく。
自動ドアが開いた。
「おててシューする!」
「はいはいはい」
小さな背丈の人影が二つ入ったあとに、若い母親が彼らの背中を押す形で続いた。
子供たちは無邪気な様子で、薬局の隅に設けられたプレイスペースへと一目散に駆け出した。
母親は見るからに辟易していた。
子どもが入口のアルコール消毒スプレーをせがむ声量と、それに対応する母親のぞんざいさの対比から、見えないバックボーンの苦労を容易に想像できた。
風邪をひいているのは、きっと子供達の方だろうに。
僕はもう自分が若くないことを悟ると同時に、自身が健康であってもあそこまで疲弊させられる育児というものに未知なる恐怖心を覚えさせられた。
母親は子供の方へチラチラと気を配りながら、処方箋の受付を済ませている。
その間、好き勝手遊ぶ子供たち。
うち、一人の子供がにわかにプレイスペースから飛び出した。
マットの上には行儀良く靴を脱いであがったようだが、そこから抜け出す時には靴を履かないという、ラチェット効果にも似た現象が目の前で展開されていた。
「みて!」
子どもは屈託なく笑っている。
その笑顔と言葉は、意外にも見ず知らずの僕へ向けられていた。
「ん、何?」
「ナニコレ?」
尋ねてきた側が、首を傾げていた。
いや、こちらが聞きたいぞ。
見ると、小さな手をこちらに広げている。
幼児の手には、何かが書かれていた。
それは、カタカナのイのようであり、トのようでもある。
三叉路のような図形が二つ、手のひらの上に並んでいた。
色味があって、黄色がかったペンで書かれたようである。
よくみると、その文字の周りにも、淡く色がついていた。
緑色に見えたが、肌の色と同化していてよくわからなかった。
「なんだろう、コレ?」
「何だろうね」
「なんだろうね!ワカラナイね!」
子どもは元気に再びプレイスペースへ駆け出した。
兄らしき人物と一緒に遊び出し、ものの数秒でおもちゃの取り合いに端を発する喧嘩を始めていた。




