悪役令嬢ですが断罪回避は致しません
暑さのせいで色々と死んでる。倫理観とか。設定とか。クオリティとか。まぁいつもの事よね(*´ω`*)
特に何か切欠があったわけではないけれど、あ、ここは前世で遊んだ乙女ゲームの世界だわ、と自覚したのは割と早い段階だった。
公爵家の令嬢として生まれ育ち、このままいけば幼い頃に決められた婚約者でもある王子と結婚しいずれはこの国の王妃になる――事になっているのが、私、カロリーヌだ。
王子の婚約者、つまりは、乙女ゲームの立場的に言うとヒロインの邪魔をする悪役令嬢である。
私がヒロインだったらそもそも婚約者いるから他の男性との恋愛とか有り得ないもの。浮気になってしまう。
乙女ゲームの内容は、一時期流行ったネット小説の悪役令嬢ものを逆輸入したそれはもうコッテコテな内容だった。
ネット小説で読んでたのと違って、ゲームには音楽や声、美麗なイラストがついてくるから、ネット小説の豪華版みたいなものかなー、と軽い気持ちでプレイしたのを覚えている。
内容はまぁ、はい。テンプレテンプレと言いたくなるくらい清々しいくらいテンプレぎっしり!
世間の乙女ゲームを実際プレイした事がない人がこれを当たり前だと思ったら困るなぁ、というくらいのテンプレっぷりだった。実際の乙女ゲームに悪役令嬢なんて存在は滅多にいません。ライバルはいてもそのライバルとだって友情エンドがあったりして基本的にライバルもちょっといじわるな部分があってもいい娘なんですっていうのが多い。
けれどもこの乙女ゲームの悪役令嬢は完全にどこからどう見ても悪役なので、ヒロインとお友達になる事なんてないし、最後にはヒロインを虐めていた事がバレて断罪され、婚約破棄をされるという、これまたネット小説での悪役令嬢ものの……いえ、ざまぁジャンルお約束の王道展開が待ち受けている。
ゲームをしていた時はヒロイン目線で話進むし、ヒロインを操作してイケメンとの恋愛イベントを楽しむわけだからヒロイン擁護の精神もあるけど、普通に考えたら婚約者のいる男に言い寄るのってどうかなって思うわけで。そりゃあ自分の男に言い寄る女に、プライドの高い貴族の令嬢が嫌がらせをするのとか、当然では?
まぁゲームしてた時はそこまで深く考えず悪役令嬢うざいなぁ、とか思ってた時もあったけど。
ちなみに王子以外の攻略対象の男性も、将来は王子の側近として国の中枢で働くのが約束されたエリートたちである。当然、そちらにも婚約者は存在している。
つまり、ルートによって悪役令嬢が変わるタイプの乙女ゲームだ。
やってること、略奪なんだけどね。
でも乙女ゲームってフィルターかかると途端にそれも恋のスパイス扱いだからね。色んな意味で冷静になって考えたらとんでもないよね。
この世界では貴族や王族は魔法が使えて、その魔法の力を伸ばすのに学園に通うというこれまたテンプレな設定が存在している。
ヒロインは母親が貴族の家で働いていたメイドだったのだけれど、その家の令息に手を付けられてしまうわけだ。で、子どもができたのだけれど、当時の令息の婚約者がそれを許すはずもなく。
手切れ金を渡してヒロインの母はその家から遠い地へ行く事になったのだ。じゃないと将来的に妻になった女がヒロインの母諸共ヒロインを殺しかねない、というのもあったから。政略結婚だろうとそこに愛が絶対にないわけではない。ヒロインの父親に関しては、妻には愛されまくっていた。
父親の方は一歩間違うと束縛ありまくりな愛情にうんざりして他に目移りしたっていうのもあったとかどうとか。
そこら辺ゲームでふわっとしか説明されてないから詳しくは知らない。設定資料集とか出てたわけでもないし。
ところがヒロインは母親が平民であっても父親が貴族の血を引いているがために、彼女自身も魔力を有して生まれ、そして魔法の力が発現してしまった。
最低限制御できる方法を学ばなければ、いつどこで暴走するかもわからない。そんな危険な状態で野放しにできるはずもない。
それに、ヒロインの父は二人が遠くの地へ行ったあともそれとなく支援金を送るなどして一応気にはかけていた。堂々とやりとりはできなくても、こっそりと手紙を渡すくらいのやりとりはできていたようだ。
そこでヒロインに魔法が使えるらしいと知った父は、ヒロインを家に引き取って学園に通わせようとするものの……
それに反対したのは妻だ。
いくら愛する男の血を引いているといっても自分が産んだ子ではない相手。それを家に入れるなど以ての外と反対した。別宅を用意してそっちに母娘を住まわせるとかすればいいのに、何故本宅へ招こうとするのか。父はまだヒロインの母を愛しているっぽい感じもあったから、そうなると余計妻からすれば面白くないのは目に見えてるでしょうに。
そうして怒りマックスになった妻は、呼び寄せられたヒロインとその母に食って掛かった。
妻はヒロインの父を愛していたので、まぁそりゃあ、そうなるよなぁ、と。遊びで手を出したならまだしも、そこに一片でも愛が存在していたらそりゃもう許しがたいとなったようで、妻はヒロインの母に襲い掛かり、そうして揉み合いの末――手にしていた刃物が自分に突き刺さった。
妻が手にした刃物が妻に刺さる以前、ヒロインの母も切りつけられてそれなりに深手を負っていた。
咄嗟の事で、ヒロインの父が割って入る隙もなく――というか、護身として剣を習ってたとしても流石に女性同士の争いにするっと割って入るのは難しいし、その時点で父親は娘を守ろうとしていたようなのでどっちにしても二人の揉み合いは見守るしかなかった様子――二人は重傷だった。
目の前で母親が殺されかけたのを見て、ヒロインの魔法の力は暴走するかに思われたが、死にかけの母親の傷を癒す方へと力が働く。
結果として、ヒロインの母は事なきを得た。
助からなかったのは妻だけだ。
その気になればヒロインの力なら、そっちも治せたとは思う。けど、初対面で自分の母を殺そうとした相手にまで、ヒロインが気を配れるかというと無理だろう。治したところでまた母親を狙われたらたまったものではないだろうし。
そもそも自分の母の安否を気にするばかりで加害者の事は頭からすっぽ抜けていても何もおかしくはない。
母は平民だったけれど、貴族の女性である妻を害したとはいえ罪にはならなかった。
何故なら妻が手にした刃物はヒロインにも向けられていたし、子を守ろうとしていた母が身を挺しただけでは罪にはならない。それに、子には魔法の力が出ていたのもあって、もしそこで危害を加えていたならば、最悪魔法の力が暴走して周囲を危険に陥れる可能性も充分にあったのだ。
そうなれば、ヒロインとその母だけではなく、その場にいた父にも危険は及んだかもしれない。暴走の規模によっては、そこから離れた所に控えていた使用人たちすら危うかっただろう。
結果として、妻がなくなった事でヒロインは邪魔な存在が消えたというのもあり、父の家に迎え入れられる形となった。実子ではあるけれど養子として。母親は平民なので、堂々と妻としてすぐに、というわけにはいかなかったが少し時間が経過した後で後妻となるのが決まった。
ゲームのオープニングでそこら辺さらっと語られてるんだけど、結構なサスペンスよね。
でもそこでヒロインの魔法の力が癒しの力であるという事が判明したわけだ。
癒しの力は属性としては光。全くいないわけではないけど、その属性は珍しいものとされている。仮に使えても、あまり強い癒しの力ではない者ばかりなので、死にかけの人を救うくらいの力となれば凄いなんてものじゃない。流石ヒロインとでも言おうか。
まぁ、別にこのゲーム戦闘があるわけじゃないから、ヒーラーとして立ち回るとかないんだけどね。
でも、悪役令嬢に嫌がらせを受けて怪我をした時とかに治したりだとか、攻略対象が怪我をした時に治したりとか力を使う機会がないわけではない。
そういうところでもヒロインは自分の力が周囲と違って凄いのだと知らしめる形になるのだ。
そうしてヒロインが攻略対象と結ばれた後、彼女は聖女だと呼ばれるようになる。
これが乙女ゲーム『花の聖女光の国』の大まかな流れだ。
テンプレよね。
ちなみにこのテンプレゲーム、全員を一通り攻略した後、なんとビックリ逆ハーレムルートが解禁されます。
攻略難易度は全員同時攻略みたいなものだし悪役令嬢も全員敵に回るしで、一番難しいルートではあるんだけど、最終的にイケメンに囲まれて幸せそうなヒロインのスチルが見れます。
……ゲームなら、まぁゲームだし多少ぶっ飛んだ展開はね、で済むけど、この世界のヒロインちゃんはどのルートを選ぶのかしら。まさか逆ハーレムルートなんて事、ないわよね……?
――そう、逆ハールートなんて選ぶわけないさ、と思っていた頃が私にもありました。
恐らくあのヒロイン、私と同じく転生者で、しかもこのゲームの展開を知っていた。
そしてまんまとやらかしてくれたのである。そう、逆ハーレムルート!
本来ならばヒロインに嫌がらせをして最後に断罪されて婚約破棄までされる悪役令嬢ですが。
私以外の悪役令嬢たちも実は転生者であることが発覚し、じっくりと話し合った結果、ゲームの展開通りに嫌がらせをしたりする事はやめなかった。
下手にその流れを変えようとすると、どうなるかわからなかったから。
確かにここはほぼ乙女ゲームの世界だけれど、ゲームと決定的に違うのは、ゲームのシナリオが終わった後もこの世界は続いていくという事だ。
そもそもゲームにしかない部分しか描かれないならともかく、私が生まれて今に至るまで、ゲームにない部分の日常が普通に存在している。ヒロインが誰かと結ばれてめでたしめでたしで終わったら世界もそこで終わるなどあるわけがない。あってたまるか。
そして、ゲームでは知らなかった現実の裏側も私たちは知る事になってしまった。
乙女ゲームは基本的にイケメンと恋愛するだけのキラキラしたストーリーだけども。
現実では綺麗なだけでは終わるはずがない。
貴族の世界だって表面上は煌びやかだけど、その裏はドロドロしているのと一緒だ。
貴族、それも高位身分の者ならばある程度の年齢になればほとんどの者が知る現実。
低位貴族であろうとも場合によっては知らされるもの。
けれど、どうやらそれをヒロインは知らされなかったらしい。
彼女の家は子爵家で、確かに普通なら知る事はなかったはず。
でも、癒しの力という光属性で、しかも魔力もたっぷりあるのだから、知らなければいけないはずなのに。
父親は教えなかったのかしら。あぁ、でもヒロインを引き取った時点でサスペンス劇場だったから、頭からすっぽ抜けたのかもしれない。もしくは、学園に入ったらそこで知ることになるだろうと思っていた……?
どちらにしても、残酷な現実である事に変わりはない。
知っていたなら、そもそも逆ハーレムルートとか一番ヤバイルートをいかないはず。
そのルートを選んでなお、自分が安全である、という確証があるならともかく……あれは、間違いなくそこまで考えていない。
一応ヒロインに嫌がらせをする際、それとなく忠告もしたけれどあれ絶対理解してないわ。他の悪役令嬢たちとも話し合ったけど、皆意見は一致した。あのヒロイン、頭の中身お花畑。
自分が乙女ゲームのヒロインに転生して浮かれ切ってる。
ヒロインだから何しても大丈夫だと信じて疑ってない。
それどころか、私たちがきちんと悪役令嬢してる事でこっちが転生者だとすら気付いていないし、思い通りに進んでると信じ切っている。どうしよう、頭の中身がおめでたすぎて色んな意味でこっちが震えるわ。
けれども、これはチャンスだと思ったのもまた確か。
私たちは、乙女ゲームの中であれば最後ヒロインを虐めていたという事で婚約破棄となり断罪される。
その後は修道院に押し込められる事になっていた。あくまでも、ゲームでは。
だがしかし、ここで仮に断罪され婚約破棄された後の悪役令嬢の行きつく先は修道院ではない。それは間違いない。
では、どこに行くのか。
それは、国の中枢とも言える重要な場所だ。
ほとんどの貴族たちはそれを知っている。大っぴらに言われているわけではないけれど、暗黙の了解として知らなければならない国の暗部ともいえる情報。知らないのは、あまり魔力が高くない低位貴族や平民くらいだ。知らなくてもいい者たちがわざわざそれを知る必要などどこにもないのだから。
もし、低位貴族であっても運悪く高魔力を宿した子が生まれた場合は誰かしら伝えるようになっているはずだ。
……ヒロインは、恐らく知っていなければならない。
けどあれ絶対知らない。
やっぱあのサスペンス劇場のせいじゃないかな。
まぁ、そのおかげで私たちはこのまま普通に悪役令嬢やるだけで済みそうだから助かってるんだけど。
わざわざ全員を手玉に取ろうとして悪役令嬢もその分倍量キャンペーンしてるヒロインちゃんだ。
今のうちに精々頑張ってヒロインとして乙女ゲームらしさを堪能してほしい所ですわね。
私たち悪役令嬢側は、今日はあのヒロインにどういう嫌がらせをしたかというのを定例報告会議みたいなノリでやって、必要以上にやりすぎないようにしながらストーリーを進めていった。
ゲームだったら、逆ハーレムルートとかになってもイケメンどもはヒロインちゃんにメロメロだから他の男といちゃこらしてようともそれすら受け入れているようだけど、ここは現実なので。
私たちの婚約者である彼らは、ヒロインちゃんに誰を選ぶのか、と聞いたらしい。
まぁそうよね。
お気に入りのぬいぐるみとかならじゃあ二人で一緒に大切にしようネッ☆ とか共有するのは有りかもしれないけど、恋人を共有ってよっぽど何か凄い事情でもないと難しいのでは。
男性側がお互いに認め合ってる相手――私が知る限りでは、なんだったか少女漫画で双子が同じ人を好きになってどっちも好き! 選べない! とヒロインちゃんに言われて、まぁ今までもずっと双子同士で物を共有してきたし、みたいな倫理観どっかいっちゃったエンドとか。あれこれ少女漫画じゃなくて何らかの二次創作だったかしら。前世の記憶とか結構色んなところ朧げだから正確にそうと言い切れないわ。
あ、でも。
確かに昔読んだ少女漫画で重婚エンドみたいなのがあったから、そういうパターンだと逆ハーは可能かも。
……でも男性二人女性一人だから逆ハーって言う程逆ハーではないわね。女性はどっちの男性とも結婚して重婚だけど、男性同士でも最後結婚してた気がするし。
少人数なら両手に花エンドとかでどうにかなりそうだけど、けれどヒロインちゃんが狙っているのは正真正銘逆ハーレムエンド。けど、王子やその側近になる令息たちが一人の女性を皆で仲良く共有、ってのは……普通に考えて無理では。
王子に寝とられ趣味とかあって、自分の好きな女性が他の男に抱かれているのを見るのが最高に性癖ですとかじゃない限り無理では。
ちなみに私の婚約者でもある王子だけど、彼は若干制服フェチっぽい性癖はお持ちかもしれないけれど、自分の女が他の男に抱かれるの見てるの最高に興奮するとかいうヘキは持ってないわ。堂々と言われたわけじゃないけど、それとなく探った結果多分間違ってないはず。そもそもいくら婚約者でも流石にそこら辺聞けないし。
これ、王子じゃなくて側近たち同士ならまだワンチャンあったかもしれないけど、王子がそこに入った時点で土台無理な話なのよね。どう考えても。
過去に男がいたとしても、その相手とは清いお付き合いで終わって元鞘に戻るのも物理的に不可能、みたいな相手ならまだしも、現在進行形で複数の男がいるとなれば……いくらなんでも、アレを将来の王妃には無理よね。
王子の子を宿しました、とか言ってもいざ生まれたら別の男の特徴持った子が生まれてたらその時点で血みどろサスペンス劇場が開幕されてしまいそうだし。
――結局のところ、ヒロインちゃんは最後の最後まで逆ハーレムルートを突っ走っていった。
結果として、私たちは断罪された。ただ、婚約破棄に関しては宣言されていなかったし、沙汰については追って伝える、と言われてしまったので当分の間謹慎処分扱いで家で大人しくしている事を言いつけられたわ。
なので、他の悪役令嬢の皆と集まってお茶会してたんだけど。
「お父様が言ってたんですけどね。彼女の魔力、歴代最高みたいよ」
「へぇ、凄いのね。それもやっぱり主人公補正とかだったのかしら」
「さぁ? 今となってはどうでもいいわ」
「まぁ、もう二度と会わないでしょうしねぇ……」
言いながら私も用意されたお菓子に手を付けた。
確かに大勢の前での断罪はされた。
されたんだけど……ゲームの断罪シーンとは異なる展開になってしまった。
ゲームだと、婚約破棄もセットでついてくるんだけど、それはなかった。
ゲームだとヒロインちゃんを虐めるとか性根が腐ってどうのこうの、って感じだったんだけど、今回言われたのは、令嬢にあるまじきしょうもなさ、とかなんとか。
まぁ、私たちみたいな令嬢が嫌がらせするとなれば、家ごとぷちっとやれば済む話ですものね。それを自力でちまちまみみっちぃ嫌がらせしてたら、まぁ、目につくわよね。
しかも私たちって一応将来王妃とか、その側近の妻とか明らかにみんなのお手本になるだろう立場なわけで。
そんなのがみみっちぃ嫌がらせやってたら、他の皆がそれを真似したらどうするのって話になるわけで。
もっとちゃんとした手順で邪魔者を排除しようと思えばできたけど、それをしなかった事を私たちは責められたのである。上の者が下々の者みたいな真似するんじゃない、と。
なので、ゲームと比べると断罪シーンはちっとも断罪シーンではなかった。
ただヒロインちゃんだけが、それに気づいていないようだったけど。ゲームとセリフが違うわね、くらいには思ってたかもしれないけど、私たちが婚約者から叱られていたのは確かだから、些細な事は気にしてなかったのかもしれない。いや気づけよと突っ込みそうになったわ。言ったら色々あの場面台無しになるから我慢したけど。
ゲームだと、個別エンドの場合は、最後二人きりでラブラブな場面で相手に「愛しているよ私だけの聖女……」みたいなちょっと鼻で嗤っちゃうようなこっ恥ずかしいセリフとかで締めくくられるんだけど、逆ハーレムでエンディングを迎えた場合は攻略対象たちに囲まれて「これからもずっと私たちの聖女でいておくれ」みたいな事を言われて終わる。
どっちにしても聖女扱いであるのは間違いじゃない。
ただ、ゲームだとそのセリフはそのまま受け取っても問題ないけど、ここで知ったこの国の暗部ともいえる情報を加えると意味がガラリと変わってくるのだ。
「個別エンドなら、私だけの聖女、って言葉はまぁ、自分の最愛って意味で受け取っていいと思うのよ。ダーリンハニースイートパイ、そんな感じのカテゴリよね」
「スイートパイは少し違わない?」
「少数派だと思うそれ」
ダーリンとハニーはともかくスイートパイは違うと思う、と言われるけれど、まぁスルーよ。
「でも、逆ハールートの私たちの聖女ってさ、これ、どこまでが私たちの範囲だったと思う?」
「……ゲームだけなら、攻略対象のイケメンたちだけだと思うけど」
「でも私たちも含まれてますよね、ここだと間違いなく」
「えぇ、そう。彼女が尊い犠牲になった事で、私たちは救われた。そういう意味ではあのヒロイン、私たちにとっての聖女でもあるのよね」
正直誰か一人に狙いを絞ってそっちとくっつくようだったら。
その相手の婚約者は婚約破棄されて行きつく先は……
――話を少し戻しましょう。
本来ならば。
もしヒロインが現れなければ。
私たちの婚約は、学園を卒業する前の魔力測定の結果次第で誰か一人破棄される事が確定していた。
将来王妃になるかもしれない私かもしれないし、他の悪役令嬢の彼女たちの中の誰かかもしれない。どちらにしろ、犠牲は確実に一人出る事が決まっていた。
魔力は学園で魔法の使い方を学ぶと同時に制御の仕方を覚えていくし、その流れで魔力量も成長していく。学園を卒業した後も厳しい修行を続ければ魔力量を増やす事は可能だけれど、しかし成長するのは学園にいる間が一番伸びがある。
その理由は大したものではないけれど、とりあえず身体の成長がある程度終わって、それからなのだ。魔力の成長は。
成人した後の魔力の成長率は、個人差はあれどとても緩やか。だからこそ、学園を卒業する直前の魔力量の大きな者が選ばれる事になっているのだ。
選ばれる、とは何に、という疑問が出るだろう。
身も蓋もなく言えば生贄である。
国の中枢には、聖域と呼ばれる場所がある。それは、何もこの国に限った話ではない。他の国にも存在している。
聖域には、聖女、聖人、まぁ呼び名はどうあれ魔力量の高い者がいかなければならない。
そしてそこで、己の魔力を聖域に捧げるのだ。
聖域には花が咲いている。
その花が枯れないように、魔力を与え続けなければならない。
その花が咲いている間は、国を覆う結界も問題なく在り続ける。
結界は、魔物を防いでくれる人類の生命線だ。結界の外は魔物の危険が多く存在し、魔法を使えるからといっても並大抵の人間では太刀打ちできない。
だからこそ、国ごとに結界を展開し、人類は安全圏を確保し続けなければならないのだ。
乙女ゲームじゃそんな設定はなかった。
けれど、今ここにいる私たちにとってそれは、まぎれもない現実であり事実なのだ。
聖域の花は、先代聖女の力がそろそろ枯渇しかけていたのもあって、次の代は私たちの中の誰かが聖女となって聖域に行かねばならなかった。
そうして、魔力を捧げてしばしの平穏を国に与えるのが本来の役目だった。
聖域は、見学するだけなら行って行けない事もない。
私たちも実際幼い頃に見に行った事はある。
それというのも、聖女の力が枯渇する周期を計算すれば私たちの代で誰かが聖女となる可能性がとても高かったから。
だから、どういうものかを見る必要があった。
国を守る大事な役目だ。嫌だなどと言えるはずもない。私たちは高位貴族として、国を導き守る義務がある。
前世の価値観であれば、冗談じゃないと叫んだだろう。
けれど、前世の記憶を思い出したころにはこちらの世界の常識もすっかり学んだ後だったので。
まぁ、この世界ではそうなんだなぁ、と受け入れるしかなかったのだ。
義務を果たさず貴族としての甘い汁だけを啜って生きていくわけにもいかなかった。
そもそも、数年に一人を犠牲にすることで国中の人間が救われるようなものだ。
そんな方法を手放すだろうか。他にもっといい方法があるならそちらを選んだだろうけれど、生憎と現状、犠牲を出さずに魔物をどうにかするような手段も方法も何もない。
であれば、国中の人間を魔物の脅威から救うためには結界が必要なのだ。
聖域にて、大勢が一度に魔力を与えれば良いのではないか、と思われるだろう。
けれど、聖域はそこまで広いわけじゃない。
大勢で押し寄せても入れる人数が限られている。
日替わりで交代で魔力を与えればいいのではないか、と考える者もいただろう。
けれど、あの聖域で魔力を与える役割が与えられた者は、聖域の花に捕らわれるのだ。
草葉や蔓が伸びてきて、巻き付いて離れない。それが離れるのは魔力が尽きた時だけ。
その時に他に魔力量が多い者がいたならば、次の生贄として花が自ら確保する。
つまりは、一度捕まっちゃうと自由に出入りもできなくなる。
聖域にいる間は、ご飯を食べなくてもお腹が減らないし、トイレといった問題もない。
ただひたすらに魔力を吸われていく。
見学した時はその花に捕まらない外側で見ていたけれど、決して楽しいものじゃないのは確かだ。
一日中花に捕らわれ自由に移動もできない状態で、ただただひたすら魔力を吸われていくのだから。
ちっぽけな聖域で、話し相手もいない孤独な状態で数年間。
具体的な時間は決まっていない。魔力量によるからだ。
お腹も減らずトイレにも行かず、睡眠もあまり必要としないらしいので、もしかしたら聖域の花に捕らわれている間は時間の流れも外とは異なるのかもしれない。魔力がすっかり枯渇して、休んだところで回復もしないくらいになれば解放される。
そうして外の世界に戻ったとしても、その頃には社交界に返り咲くというのも難しい。
何もない日々を年単位で強制的に過ごすのだ。精神に異常をきたしていても何らおかしくはない。
ある程度マトモな状態であったとしても、魔力が完全に枯渇した状態でどこかに嫁いだところで、生まれる子は魔力無しとして生まれてくる事も過去の文献からわかっている。
聖域を維持し続けるためには、高魔力の人間が必要だ。
貴族なのに魔力のない子など、国は求めていない。
魔力を完全に吸い尽くされた後は、廃人かその一歩手前状態だというし、家に帰ったところで新たな第二の人生を、というのも難しい。
けれども、一人を数年間犠牲にするだけで何十万もの民の命が守られるのだ。故に、未だに続いている。
悪役令嬢として位置づけられていた彼女らは、魔力量次第で今後の人生を終える事になっていた。それ故に、ある程度の自由を認められていた。
短い人生を、残された時間を、好きに過ごしていいと多少の無礼も大目に見られていた。
だからこそ、ヒロインを虐めていた間も周囲が止めに入るという事はほぼなかった。
皆、知っていたのだ。次の生贄が誰かを。その不安を解消するために誰かにその矛先が向いて嫌がらせをされていたとしても、それくらいなら受けてやろうくらいの気持ちもあったくらいだ。
周囲がヒロインが虐められている光景を見ても誰も助けに入らなかったのは、そういった事情もあった。
そもそも、婚約者の男にちょっかいをかけているのだから、そりゃあ悪役令嬢たちの嫌がらせを受けるのも仕方なし、というのもあったけれど。
だがわざわざ彼女らの憂さ晴らしのための的になりにいったくらいだ。であれば、余程の事がない限りは周囲だって助けようとも思わない。
それどころか、ヒロインは周囲に彼女らを上回るかもしれない魔力の多さの片鱗を見せつけていた。
であれば。
もしかしたら彼女こそが次の犠牲になるのかもしれない、と思うのも当然の流れで。
そうなれば、彼女に残された時間はあとわずかだ。なら、婚約者がいる男性だろうとなんだろうと、好きに侍らせておけばいい。
そういう認識だってあったのだ。
と言っても次の生贄に確定したわけではないので、悪役令嬢たちもヒロインも、周囲は彼女らが好きにしているのをそっと見守るだけであったのだが。
残り少ない人生を、精一杯生きておいき……という完全なる見守り目線。
ただ、周囲は気付いていなかったが、悪役令嬢たちは自覚をしていたがヒロインはそんな事になるとは知らないという無自覚であったわけだ。
だが、断罪されたあの日、最終的な魔力測定があった日、運命は決まった。
具体的にどれくらい魔力量があったかは知らないが、学園最高値を叩きだしたのはヒロインだった。
故に、彼女は聖域に行く事が定められたのである。
もし、攻略対象の中の誰か一人を選んで彼と結ばれるような事になっていたなら、婚約破棄を突きつけて悪役令嬢の中の誰か一人が代わりに行く事になっていたかもしれない。
ヒロインの魔力が一番多かったとしても、次世代に魔力の多い子を産む事も必要だ。その場合は、悪役令嬢が追放という形で聖域に行っていただろう。
悪役令嬢たちは元々この中の誰かがそうなるとわかっていたので、そうであるなら別にそれはそれでよかったのだ。どうにかしようにも、魔物は彼女らの想像以上に強くて全てを根絶やしにするような方法も浮かばなかった。であれば、国を維持し続ける方法をとるしかない。
誰か一人を選んでいたなら。
その相手とくっついて、高魔力を宿した子をたくさん産んでくれれば。
国の未来という部分を考えるのなら、それでも良かったのだ。
だがヒロインは逆ハールートを選んだ。
誰か一人を選んで欲しい、と言った彼らに対して、皆好きで選べないよぅ、と頬を染めてのたまったらしい。
誰かを選んでいれば、生贄にならずに済んだのに。
結果、彼らは快くヒロインを聖域に送り出した。
子を宿すにしても、誰の子かわからない状態になられてはたまったものではない。
ヒロインにそのつもりがなくても、下手をしたらどこぞの令息の家が王家簒奪なんて事になりかねないのだ。
誰も選べないのであれば。等しく全員を救ってくれ。
きっとそういう気持ちだったのだろう。
彼らは確かにヒロインに対して好意を抱いたかもしれない。
恋心を持ったかもしれない。
けれども同時に彼らはこの国を導き支える貴族であり王族である。
恋なんていう気持ちに浮かれて未来を潰すような真似はしないように昔から教育されてきた。
もしヒロインが誰か一人を選んでいたなら、選ばれた一人は彼女を大切にしただろう。
そうして代わりに生贄となったかつての婚約者を偲んだだろう。
だが、国のために元からそう決められていたものだ。ヒロインがいなくても、魔力量が高い者がそうなっていたのは間違いないのだから。
だがそこに、ヒロインはやってきた。
そうして、彼らの婚約者たちを上回る魔力量を知らしめてしまった。
そして、彼女は誰も選ばなかった。
故に、婚約破棄をしてヒロインを新たに迎え入れる男はいなかったし、婚約破棄を突きつけられて聖域に送られるはずだった悪役令嬢も存在しなくなった。
それが、ヒロインが選んだ――真実のエンディングである。
こんなはずじゃなかった、と思ったところで後の祭りだ。
悪役令嬢たちの魔力量を上回っていたとの事で、きっと数年、それこそ歴代で最大聖女としてのお勤めを果たした者よりも更に長い年月を、彼女はこなしてくれるかもしれない。
彼女が聖域から解放される頃には、きっと結婚して子も生まれているだろう。いつか、自分の子がまた生贄の候補となるかもしれない。そうならない方法を模索するつもりではあるけれど、見つからない可能性の方が高いだろう。もうずっと何百年も前から、この国ができた頃からそうだったのだから。
各々がお菓子を食べ終わったからか、皿の上にそっとフォークが置かれる。
聖域にいっていたらこんな風にお菓子を食べる必要もなくなっていたのだと考えると……
「聖女様様よね。たとえあの人が私たちを助けるつもりなんてこれっぽっちもなかったとしても」
「それもそうね。あのヒロイン、私たちが断罪されてた時後ろでドヤ顔してたけど、あれ見てちょっと哀れみ覚えちゃった」
「そうね、追放されたと信じて疑わない邪魔な女は婚約破棄なんてされてないし、しかも普通にこの後結婚するわけだから」
「そうね、本来なら自分がその立場になると思ってたでしょうに」
「大体、ゲームの中なら逆ハーもありかもしれないけど、実際問題として考えたら有り得なくない?」
「ギャルゲーで男が主人公ならまだ現実でもありそうなんだけどね」
「まぁ、種まく側だものね。え、ちょっと皆前世の記憶で乙女ゲームに逆ハーあったよっていうの心当たりある?」
悪役令嬢の一人がそんな疑問を口にしたが、一人を除いて全員が首を横に振った。
「心当たりあるの?」
「心当たりっていうか、お求めの逆ハーではないと思うけど。
一応あったなっていうのが一つ」
「あるの!?」
「年齢制限有りのやつで、攻略対象のキャラを全員攻略した後の、クリア後のオマケで夢オチっていう感じでなら……」
「やっぱそういうオチでないと無理か」
「年齢制限があって肉体関係ありだからこそっていうのもあるだろうけど、やっぱ好きな女が他の男とヤッてるとなるとさぁ、許容できなくない?
仮に年齢制限のない乙女ゲームで逆ハールートがあったとしても、エンディングとか結婚できる年齢になるまでの間に自分を選んで欲しいとかいう俺たちの戦いはこれからだ! 完ッ!! みたいな終わり方になる気がする」
「あー……わかる気がする」
各々そんな悪役令嬢の言葉に頷いて、やっぱ逆ハーって創作の中だけよね、という結論に達する。
「ま、そんな事にも思い至らず私たちを結果的に救ってくれた聖女ちゃんに感謝の気持ちをお祈りしときましょうか」
「そのうちこの中の一人が生贄になるはずだったからこそ、ある程度自由に我儘も許されてたけど。
私たち生贄回避してるから我儘し放題だったわね」
「ね、生贄にならなくてもその後の色々があるからこそ、束の間の自由を楽しめみたいな感じだったのにね」
「この中の誰かが生贄になってたら、まぁちょっとは心に引っかかってただろうけど、見事に全員生還ルートみたいなものだもの。やー、ヒロイン様様。彼女絶対私たちを助けるつもりなんてなかったでしょうけど」
「それなー」
悪役令嬢全員断罪して追放してやったわ! とか思ってただろうに、実際はその逆。
その真実に気付いた時、きっと彼女は酷い顔をする事だろう。
それを分かった上で。
悪役令嬢たちはそっと、そんなヒロインにありがとう聖女、フォーエバー聖女、ととても雑な祈りを捧げた。とても大概である。
作中の重婚エンド少女漫画は実在してます。年齢制限有りの逆ハーみたいなオマケありゲームも一応実在してます。ゲームの方は友人から借りたやつなのでタイトルは忘れましたが軽いヤンデレ要素があったのは覚えている。
次回短編予告
転生ヒロインちゃんとモブ。ほのぼのさはゼロ。むしろヒロインは死ぬ。