202 森中の捜索
エアロカーを強奪しようとした男たち全員を取り押さえた。
佐瀬たちには手加減させたので死んではいないが、何人かは気絶している。
「く、くそぉ……! 拘束を解きやがれ! この野郎!!」
その中でも、割かし元気そうな男の一人が悪態をついていた。
「解く訳ないだろう。その鎖を自力で外せるとは思えないが……逃げようとすれば更に痛い目を見るだけだぞ?」
犯行に及んだのは全部で12人。しかし、その全員が大した実力を持っていなかった。恐らくDランクのオーク相手でも勝てないのではなかろうか?
(こんな腕でよく俺たちからエアロカーを奪おうとしたなぁ)
ここまでくると逆に感心してしまう。
「お、俺たちを助けに来たんだろう!? そんな俺たちに危害を加えて……ただで済むと思ってんのか!?」
(うわぁ……出たよ)
日本時代にもこんな輩は一定数だが存在した。悪い事をしたのは己だというのに、自分の行いは棚に上げ、逆に相手の過激な行動を責めてくる図々しいタイプ。
引き金となったのは己の軽率な行動だというのに……
「こいつは自分の立場が分かっていないのか? イッシン。この愚か者たちは全員、このまま森に置いていこう」
ケイヤが呆れながらも提言すると、男たちは更に騒ぎ始めた。
「ふ、ふざけんな!! このアマぁ!!」
「こんな状態で置いていったら殺人行為だぞ!?」
「お前ら、新日本政府に雇われたんだろう!? 見捨てたら大問題になるぞ!!」
「……他人の所有物を盗もうとし、武力で脅して仲間を攫おうとした時点で、既に大問題なんだけど……なぁ?」
俺が咎めるように言い返すも、男たちはヘラヘラ笑っているだけであった。
「こんな状況だ。仕方ねえだろう? それに俺たちは未遂だぜ?」
「そうそう。別に女を攫うつもりも、これっぽっちもなかったんだ」
「俺たち全員を連れて帰らないと不味いんじゃねえの?」
「だから拘束を解いてくれよぉ? 新日本に着くまで大人しくしてやるからさぁ」
「…………」
全く信用ならないが……
「イッシン。どうするのだ?」
「…………こいつらも一緒に連れて行く」
俺の判断にケイヤは思わず表情を顰めた。
無理もない。
仮にこれがエイルーン王国内での対応なら、救助した者を武力によって貶めようとした時点で、斬り殺されたって文句も言えない状況だろう。
それを考慮すると、殺さず拘束しただけのケイヤの対応は寧ろ優しい部類だ。
だが、今回の依頼主は新日本政府なのだ。
俺は新日本国の法律を詳しく知らないが……このまま見捨てるのは人道的観点からも無しなのだろう。
「ケイヤには甘く感じるだろうが、新日本政府の意向で、ここにいる全員を連れて帰る」
俺がそう宣言すると男たちはニヤニヤ笑っていた。
「だが、そうは言ってもここは魔物が出没する危険地帯。更には帝国領内でもある。魔物の群れや巡回している帝国兵たちと遭遇したら……この人数全員は助けられないだろうなぁ。これは何人か犠牲にしないと、きっと助からないだろうなぁ」
「「「――――っ!?」」」
俺の発言に拘束されている男たちは顔色を変え始める。遠回しに自分たちを囮にすると宣告されているも同然だからだ。
「それに足手まといがいると救助活動にも支障が出かねない。この問題児たちも一緒に連れてとなると、そうだなぁ……甘く見積もっても、新東京に到着するのは四日くらい延びるかもしれないなぁ」
今度は周りにいる要救助者たちの表情が一斉に青褪め始めた。もはや彼らにとっても他人事ではなくなったのだ。
「さてさて、どうするのが良いと思う? この馬鹿たちも、追い出された田村氏たちも、全員連れて帰るのが絶対条件だ」
俺が仲間たちと相談を始めると、慌てた要救助者たちが口を挟んできた。
「ま、待ってくれ! そんなのんびりとしていたら……帝国兵がやって来るかもしれない!」
「わ、我々だけでも先に新東京へ避難するというのは……!」
「却下だ」
俺がにべもなく提案を拒否すると、要救助者たちの恨みの矛先は馬鹿な真似をした男たちに向けられた。
「お、お前たちが余計な真似をするから、こんな事に……!」
「皆、こいつらは置いていこう! こんな連中を連れて行ったら絶対助からない!」
「そうよ! そうするべきよ!!」
「犯罪者は置いていくべきだ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺たちは、あんたらの為にも……!」
「てめえらだって田村たちを追い出したんじゃねえか!?」
「同じ穴の狢だろうが!!」
醜い争いが始まったが、それを余所に俺たち四人は真面目に今後の行動について話し合った。
要救助者同士の口論がどう決着したのかは知らないが、俺たちが出した結論はこうだ。
「お前たちは俺と一緒だ。道中は俺が見張りながら連れて行く。今から拘束を解くが……暴れるなら痛い目に合うだけだぞ?」
「「「…………」」」
男たちは少しだけ懲りたのか、一切反論せずに黙って頷いた。
俺が鎖の拘束を解くと、男たちはキョロキョロと周囲を見渡した。
「あのぉ、俺たちの武器は……?」
「渡す筈ないだろう。お前たちは武器無しだ」
俺が冷たくあしらうと男たちは慌てだした。
「そ、そんな!?」
「武器なしでどうやって身を守れってんだ!!」
「心配するな。お前たち程度の実力じゃあ、武器を持とうが持つまいが大して変わらない。せいぜい、女子供相手にイキれる程度だろう?」
「ぐっ……!」
皮肉を込めて言い放つと、男たちはそれ以上反論してこなかった。
「じゃあ、イッシン。私たちは先に向かうわよ」
「ああ、気を付けてな」
そう告げると佐瀬たち三人は総勢50人くらいの要救助者たちを引き連れながら森の中を移動し始めた。
先頭をケイヤが歩き、その少し後ろに藤堂、佐瀬は最後尾だ。
思っていた以上に、ここの野営地には大勢の人が居たようだ。
(まさか50人以上もいるとは思いもしなかった)
その中には、まだ幼い子供や、歩くのが遅い老人の姿もある。そんな者たちを優先的にエアロカーへと乗せ、佐瀬がゆっくり操縦しながら全員で歩いて移動する予定だ。
その大移動の列に、先ほどまで拘束されていた男たちも堂々と続こうとしたので、俺はその内の一人の襟首を掴んで彼らを引き留めた。
「ぐぇ!?」
「な、なにしやがる!?」
襟首を掴まれた男の隣にいた連れの男が思わず声を上げた。
「お前たちは俺と一緒だと言っただろう。まずは田村さんと一緒に追い出されたメンバーを探しに行くぞ」
俺の言葉に男たちは一瞬呆気に取られていた。
「…………へ?」
「探すって……まさか俺たちもか!?」
「当たり前だろう」
俺がそう告げると12人の男たちは一斉に反論した。
「ふざけんな! もうとっくに森の中でくたばってるよ!」
「時間の無駄だって! それより、さっさと俺たちも森を出ようぜ!」
「時間の無駄? だから切り捨てると? その理屈なら、俺は田村さんより、まずはお前たちから切り捨てたいんだが?」
「ぐっ!?」
「じょ、冗談……だよな?」
俺は至って真剣だ。
こちらの表情を伺っていた男たちも、俺が本気で言っているのを悟ったようだ。
「さっきお前たちの誰かが言っていたよな?『全員を連れて帰らないと不味いだろう』だっけ? 別に不味いって程でもないが……俺は田村さんを見捨てないし、お前らも今のところは見捨てない……予定だ。今のところは、な?」
「「「――――っ!?」」」
やっと目の前の連中も自分たちの置かれた立場を理解できたようだ。追い出された田村氏一行と自分たちが一蓮托生だという現実を……
「分かったら死ぬ気で探せ。大声で彼の名前を呼びながら森中を歩き回るぞ。なあに、彼らを追い出したのは三日前なんだろう? だったら、まだそんな遠くには行っていない筈だ」
「――っ!? 森中で大声なんか出したら、魔物が寄って来ちまう!」
「そうだ! それに帝国兵にも見つかるかも……」
「問題ない。全員俺が倒すからな!」
「「「~~~~っ!?」」」
どうあっても折れない俺に男たちは説得を諦め、一緒に森の中を捜索する事になった。
「田村ぁ!!」
「どこにいやがる、田村あああっ!!」
「馬鹿か! そんな呼びかけじゃあ、却って相手が警戒するだろうが! それと、相手は目上なんだろう? さん付けしろ!!」
「ぐっ! 分かったよ……。田村さーん!!」
「お願いだから、さっさと出て来てくれよぉ! 田村さんよぉおお!!」
森の中は基本的に静かなので、よく声が通る。
(もし俺が田村さんの立場だったら野営地から遠く離れるか?)
……否。
新日本政府にSOSを発信できた事は田村さんたちも既に知っている情報だ。ならば、政府の救助が来るまで、極力野営地に近い場所で身を隠すべきだろう。
もしかしたら、定期的に野営地の様子をこっそりと窺っているかもしれない。
(魔物に喰われていなければ、だけどね……)
目の前の男たちには説明していないが、今日、明日と野営地周辺を探索し、それでも成果が無いようなら、田村氏たちの救助は一旦打ち切る予定だ。
帝国軍を出し抜いて集団脱走を先導する御仁だ。生還の見込みは高いと踏んでいるが、果たして…………
その日は一日中、(俺以外)声を上げながら森の中を散策したが、田村さんの影も形も見当たらなかった。
その代わり、魔物を何度か誘引してしまった。
「ひぃ!? な、なんだ……あのデカいサソリは!?」
「群れでいやがるぞ!?」
「ロックスコーピオンだな。森の中にいるのは珍しいな」
デカいと言っても、それは地球のサソリと比べれば、だ。
大きさは大型犬程度だが、これでも魔物の中では小型の部類に入る。毒などは持っていないが、その代わり装甲が分厚い上に群れで行動する為、討伐難易度Cランクの魔物だ。
大抵は岩場や砂漠地帯などに生息している魔物なのだが……魔物図鑑アプリで森での出没報告をしておこう。
「おい! おぃいっ!! 呑気に写真なんか撮ってる場合か!?」
「こ、こっち来るぞ! 早く逃げるぞ!!」
「そう慌てるな……【ウインドー】!」
俺が風の最下級魔法【ウインドー】を放つと、その周辺にいたロックスコーピオンたちは強風に煽られ、一斉にひっくり返った。
「ほいっと!」
俺は仰向けに倒れたサソリたちを剣で刺して殲滅していく。
「な、なんだ! そうやればいいのか!」
「雑魚じゃねえか……」
「なら俺も……【ウインドー】!」
どうやら風の魔法を扱える者がいたらしく、男の一人が【ウインドー】をロックスコーピオンに放った。
しかし……風の魔法を受けたロックスコーピオンはびくともしなかった。
「な!? どうしてだ!?」
驚いている男に俺は答えをくれてやった。
「単純に威力不足だな。ロックスコーピオンに風属性は有効だが、あの程度の魔力量で風を出すだけの最下級魔法じゃあなぁ……」
「あ、アンタの魔法は効いてるじゃねえか!?」
「ん? 俺の【ウインドー】は中級並みの威力があるんだぞ? それでも仕留めきれてないんだ。【ウインドー】の魔法だけじゃあ、魔物はなかなか倒しきれんぞ」
【ウインドー】は使い勝手の良い魔法ではあるが、殺傷能力はあまり高くない。
中級魔法の【ウインドーカッター】辺りになると、威力はグンと上がるのだが……俺が使うと暴発し、俺とこいつら諸共、周囲を切り刻んでしまうだろうな。
というか、俺はまだその魔法を習得していなかった。
そんな感じで、襲ってくる魔物を返り討ちにしながら田村氏一行の探索を続けたが……全く見つけられないまま、日が暮れかけてしまった。
声を出し続けて森を歩き回っていた男たちは、見るからに疲れ果てていた。
「だ、駄目だぁ…………」
「もう、ごえが出ねぇ…………」
「だらしがない。寝ていれば朝には治る。さっさと寝ろ!」
俺に言われるまでもなく、男たちはよっぽど疲れていたのか、すぐに爆睡してしまった
そんな中、俺はこっそり連中にヒールを掛けていく。
(このままじゃあ、明日の捜索活動にも支障をきたすからなぁ)
これで身体の疲労や声帯も回復しただろう。
翌朝、太陽が昇り始めてからは、昨日とは反対側の森を念入りに捜索した。
すると……お昼頃、俺の【捜索】スキルに複数の生体反応が引っかかった。
「こっちに行くぞ」
「……? あ、はい」
二日目ともなると男たちも大分従順になってきた。寄って来た魔物を俺一人で殲滅していたので、それを見ていた男たちは自分たちとの力量差を嫌というほど思い知らされたのだ。
複数の生体反応は目の前の藪の向こう側から感じ取れた。
「田村さんか?」
俺が問いかけると応答があった。
「…………そ、そうだ! 助けてくれ!」
急いで藪の裏側に入ると、そこには怪我をしている男女が三人、地面に横たわっていた。
そのすぐ傍で看病している男が声を上げた。
「三人は魔物に襲われたんだ! 怪我をしている。誰か回復魔法を扱える者は……」
声からして、先ほど応答した者だろう。恐らく彼が田村氏だ。年齢は40過ぎ辺りだろうか。
田村自身も怪我を負っているようだが、三人よりかは軽傷なようだ。
「俺が使えます。任せてください」
「おお……! た、頼む……っ!」
俺は田村と位置を変わると、三人にヒールを施す。
その間に田村は一緒に捜索していた男たちと対面していた。
「き、君たちは、確か……」
同じ野営地に居た者同士、さすがに顔馴染みのようだが、彼らにはあまり良い印象がなかったらしい。三日ぶりの再開だというのに、田村の方は眉をひそめていたが、それとは正反対に男たちは涙を流しながら喜んでいた。
「よ、良かったぁ! アンタが無事で……っ!」
「やっと見つけたぞぉ! ばんざーい!!」
「俺たち、アンタを探してたんだよぉおお!!」
「そ、そうなのか……?」
男たちのあまりの豹変ぶりに田村は困惑していた。
(あの涙は、これ以上森を歩き回らなくて済むという意味での感涙だからなぁ)
別に田村の心配をしての感情では無いのだが……今は黙っていた。
俺は怪我人を回復し終わると、改めて田村に声を掛けた。
「貴方も怪我をしているようですね。見せてください」
「わ、私は大丈夫だ。それより、この先を考えて魔力を温存しておくべきではないか?」
流石に思慮深い性格だ。代表者を務めていただけはある。
「心配ご無用です。ほいっと」
俺は問答御無用でヒールを施した。
「あ……おおっ!? 一瞬で、怪我が……」
「これくらいのヒールは朝飯前です」
今の俺の魔力量と魔力回復スピードならば、外傷を治すくらいのヒール、もはや魔力を消費したという感覚すらないのだ。
それから少し待つと、怪我を負っていた三人も目を覚ましたので、田村を含めた四人に今の状況を説明した。
「なるほど……君は新日本政府に雇われた冒険者なんだね」
「ええ、そうなります。新東京の街までは安全を保証しますよ」
田村は俺の言う事を信じ、納得してくれた様子だ。
その田村と一緒に野営地を追い出された他の三人は、俺が連れてきた男たちに対して冷たい視線を向けていた。
連中の愚かな行いも俺が全て暴露したからだ。
「……この連中も一緒なのか?」
「女性を襲おうとした人とは一緒にいたくありません!」
気持ちは分かるが……ここは我慢してもらおう。
「安心してください。これ以上問題を起こすようならば置いていきますから」
「お、俺たちは心を入れ替えたんだ!」
「アンタの言う事は聞く! だから……俺たちも連れて行ってくれ!」
この世界の森が危険なのは彼らも十分に思い知った事だろう。心から反省はしていないだろうが、少なくとも俺がいる限りは馬鹿な真似を起こすまい。
男たちが懇願すると代表して田村が答えた。
「すぐに信用は出来ないが……これからの行動で示してもらおう」
「わ、分かった!」
「もう馬鹿な真似はしない!」
それでも他の同伴者たちは……特に女性は不安そうにしていたので、俺は監視者を一人増やす事にした。
「ならば彼にも見張ってもらいましょう。ゴーレム君!」
俺はマジックバッグからゴーレム君を取り出して、すぐさま起動させた。
「「「なっ!?」」」
急に現れたゴーレム君の巨体に皆は腰を抜かしていた。中には逃げ出そうとする者もいたので、俺は慌てて静止した。
「だ、大丈夫です! 彼はゴーレム君。俺が造った生命体です。悪さをしない限り、絶対危害を加えません!」
「これを……君が造った?」
「ふぇぇ…………」
田村やその他のメンバーは呆気に取られていた。
「彼単独でも、そこらの魔物や帝国兵ならば対処可能です。寝ずに夜の見張りもしてくれます。これで少しは安心できますか?」
俺が女性に尋ねると、彼女は黙ったまま何度も首を縦に振っていた。どうやらあまりの出来事に言葉が出てこないようだ。
その日は森の中で野宿となり、翌日森からの脱出を試みた。




