199 帝国の黒騎士
反乱軍を追う道中、村々を略奪し、更には焼き討ちまでしてきた帝国軍。そんな悪逆非道な連中の蛮行を阻止する為、俺たちはたった四人で帝国兵の軍隊相手に立ち塞がった。
「女の魔法使いから潰せ!」
先ほど俺たちに呼びかけてきた黒騎士がそんな命令を下した。どうやらあの男がこの軍の指揮官だったようだ。
(さっき逃げた兵士たちから佐瀬の脅威でも聞かされたか?)
単純な火力勝負だと、パーティ内では佐瀬が一番だ。
魔法耐性の低い一般兵にとって、佐瀬の【ライトニング】連射は悪夢以外の何物でもない。これから反乱軍との戦闘を控えている帝国軍側からすれば、これ以上の人的被害は許容できないのだろう。
精鋭だと思われる黒騎士たちは、明らかに佐瀬を狙っている動きを見せてきた。集団で彼女の元へと駆け出してきたのだ。
だが――――
「――――【ライズ】!」
佐瀬が雷上級魔法の【ライズ】を発動させる。
迫りくる黒騎士たちの闘力はそこそこあるようで、彼らの動きは決して遅くはない。しかし、それ以上に【ライズ】によって強化された佐瀬のスピードは凄まじく、周りを囲って襲い掛かった黒騎士たちを手玉に取っていた。
「くそ! は、速すぎる!?」
「これが魔法使いの動きか!?」
「ぎゃあああああっ!?」
「迂闊にこの女に触れるな!! 全身に雷魔法を纏っているぞ!?」
「そんな奴……どうやって対処すればいいんだよぉ!?」
うーん、これはワンサイド過ぎる…………
素の状態の佐瀬の闘力は2万オーバーだ。その時点で彼女を包囲している黒騎士たちの誰よりも格上の存在だろう。そこへ更に【ライズ】による身体強化が上乗せされ、全身に強力な雷まで纏っている。近接戦闘を主体とする黒騎士たちでは、どう逆立ちしても勝てない存在へと昇華してしまったのだ。
「ま、魔法だ! 魔法と弓で攻撃するのだ!」
「あ、当たりません!! 速くて狙うなんて無理だ!」
「味方に誤射する恐れがあります!」
「くぅ……!」
多人数で少数を包囲する際、一番気を付けなければならないのが同士討ちだ。だが、狙いを定めて弓や魔法を準備する時間など、今の佐瀬相手には到底望めない。
(そもそも、そこらの魔法攻撃じゃあ、俺たちの魔法耐性は突破できないけれどね)
あちらの心配は全くする必要がないな。
「さて、俺は……」
それでも相手の数はかなりのもの。
仮に相手に自棄を起こされて、このまま一斉に村を襲うよう兵士に指示を出されでもすれば、何人かは突破を許して村人に被害が出てしまうかもしれない。
だから、俺は先手を打った。
「頭を狙う!」
あの豪華な馬車へと俺は狙いを絞った。
ただし、佐瀬のように超スピードで移動するのではなく、わざと遅く、且つ目立つように声を上げながら、馬車の方へと目指した。
「うおおおおおおおおっ!」
俺が明らかに馬車を狙うそぶりを見せると相手は動揺を見せた。
「――――っ!? 奴を行かせるな! 迎撃せよ!!」
俺の存在に気付いた指揮官が兵士たちに命令を出した。
(掛かった! やはり、あの中にはこの軍のトップがいやがるな!)
そんな場所を襲撃しようとする俺を相手も無視できまい。黒騎士だけでなく、一般兵も俺の進撃を止めようと、かなりの人数が集まって来た。
これで戦力的に不安な藤堂の負担も減る上に、背後の村が狙われる心配もなくなった。
俺は襲い掛かる兵士たちの腕や足を次々と斬り飛ばした。
敵が大人数の部隊な場合、兵を殺して回るより、こうして負傷者を増やした方が相手への負担も増えると思っての行動だ。
欠損状態を回復できる治癒魔導士は数が少ないし、貴重なポーションのストックも減らせる。負傷者の対応で軍の動きも鈍り、それが反乱軍への支援にも繋がるだろう。
「ぎゃあああああっ!?」
「ひぃいいいいっ!?」
「こ、こいつも強い……っ!」
一般兵たちが慄き始めたが、俺は相変わらず例の馬車を狙って進み続けているので、上官からはそれを阻止するように再度指示が出る。可哀想ではあるが、帝国兵は逃げ出せずに俺に立ち向かうしかなくなるのだ。
それでも一部の兵士たちは完全に戦意喪失したのか、上官命令に逆らってでも逃げ出す者が僅かに増え始めた。
(ここで逃げ出すくらいなら……村を襲う前に選択するべきだったな!)
上官命令とは言え、一度は加害者になっておきながら、いざ自分たちの身に危険が迫った段階で逃げ出すのは如何なものだろう?
まぁ、こちらとしても、今から逃げ出した敵兵を無理に追うような趣味は無いのだが、村の方角へ向かう者に関してだけは話が別だ。野盗化されて村が襲われても面倒なので、そっち方面に逃げようとした者は優先的に無力化させてもらった。
「ええい! 私が相手だ!!」
敵前逃亡する兵士が増え始め、それに危機感を覚えた指揮官の黒騎士が、ここで遂に表舞台に出てきた。
(こいつだけは……油断しない方がいいな)
こいつ一人だけかなり強い。エイルーン王国で例えるなら、ベテランの聖騎士団員級だと思われる。火竜戦の強化合宿前であれば、ケイヤたちよりもこの男の方が実力が上だろう。
とは言っても、実際に今はこちらの方が格上だ。まぁ、俺の【リザレクション】や佐瀬の【ライズ】などのように、敵にも何か切り札があれば、この実力差をひっくり返される可能性もあるので油断はすまい。
「死ねぃ!!」
「お前も近接タイプか!」
相手の得物は大剣だ。
こちらも強度だけならば最強に近いノームの魔剣で応戦する。
互いに剣を交え、俺の方が相手を押していた。
「ぐっ!? 我が一撃を……っ!?」
「……やはり闘力は俺の方が上だな」
今の一撃で分かった。純粋な近接戦闘では、まず俺が勝つ。
「うぉおお!!」
黒騎士が大剣を大振りしてきたので、それを躱して隙だらけの胴体に剣を振るった。
その瞬間――――
「なっ!?」
「掛かったなぁ!!」
相手の黒い鎧が光り出し、俺の一撃はあっさり防がれた。
更に――――
「ぐぅ!?」
俺の右腕が切り飛ばされていた。何時の間に!?
ノームの魔剣ごと、右腕が遠くへと飛んでいく。
「終わりだ! 小僧!!」
「ちぃ!?」
黒騎士が大剣を振り下ろしてきた。
それを俺は左手で掴む。
「なにぃ!? 片手で私の大剣を!?」
「いってぇなぁ!!」
お返しに右脚で相手の胴に蹴りを放ったが、やはり先ほどと同様、黒い鎧が光ったと思ったら、今度は左わき腹に鈍い衝撃を感じた。
「ぐっ!? またか……!?」
その衝撃によって俺は後方へと吹き飛ばされる。
両者、一旦間合いを取って相対した。
「……その鎧、マジックアイテムだな?」
よく見ると、他の黒騎士たちの鎧とは違い、奴の鎧だけは魔力を感じた。装飾も微妙に他の黒鎧とは違う。色が統一されていたので騙された。
「左様! この鎧は、あらゆる攻撃を跳ね返す! 利き腕と武器を失った貴様に勝ち目はないぞ?」
今の俺は右腕と剣を失っている。そんな俺の姿を見て黒騎士は勝ちを確信したかのようにほくそ笑む。
俺も負けじと笑って返した。
「これくらい丁度いいハンデだ。非武装の村人を襲う小心者相手には、な」
「小僧っ! 第五皇子の近衛隊長である、この私を愚弄するかー!!」
なるほど……あそこにいるのは第五皇子な訳ね。ケイヤの推測は正しかったようだ。
「情報サンクス。第五皇子の近衛隊長さん。お礼に魔法をプレゼントしよう」
俺は残った左手を相手に向けつつ、佐瀬が維持したままの【テレパス】を利用して仲間たち全員に念話を放った。
『全員、こっちを見るな!』
「「「――――っ!」」」
それだけで十分。後は彼女らが上手くやるだろう。
「ふん! 何の魔法を放つかは知らぬが……私には効かんぞ!!」
「そうかな? 【ライト】!」
俺は光属性の最下級魔法【ライト】を放った。
俺の習得している回復系魔法以外では、この【ライト】だけが唯一、魔力全開で使用しても問題ない魔法であった。
何しろ、制御を離れて暴走したところで、光の量が増すだけだからな。
戦場一帯に凄まじい光量の魔法が放出された。迂闊にも、それを凝視してしまった者は、その凄まじい光によって目を焼かれ、視界を奪われた。
「うわああああ!?」
「目がぁああああ……っ!!」
「み、見えん……!?」
それは黒騎士たちも同様だったらしく、もう戦闘どころではなくなってしまった。
騎乗していた者も、馬が光に驚いて暴走し、次々に落馬していった。
「ぬぅ……っ! 小賢しい真似を……!」
俺と相対している黒騎士は……なんと、そこまでダメージを負っていないようだ。どうやらあの一瞬で目を逸らしたのか、男はすぐに視力が回復したみたいだ。
目眩ましと共に奴に接近して奇襲しようと企んでいた俺であったが、代わりに大剣によるカウンター攻撃が繰り出される。
「貰ったぁ!!」
「ふん!」
こちらも視界は良好なので、相手の剣を左手でキャッチして掴んだ。
「ぐっ! またしても……我が剣を素手で!?」
両腕で振るった大剣を片腕の素手で掴んだのだ。近接戦闘に自身のある男にとっては屈辱なのだろう。
「今度はこいつをくらえ!」
俺は空いた右の掌を男の方に向けた。
それを見た黒騎士がギョッとする。
「ば、馬鹿な!? 貴様の右腕は、さっき……!?」
うん。確かに俺の右腕は斬り飛ばされたが、閃光を放ったと同時にチートヒールで一瞬にして治療していたのだ。
どうやらそちらまでは気が回らなかったらしいな。
「【ストーンバレット】!」
俺は土の最下級魔法【ストーンバレット】を放出した。
俺は最下級魔法だけならば、全属性を習得済みだ。そして、習得した最下級魔法ならば、下級魔法程度の威力まで魔力量を留めて置けば、俺でも十分制御ができるのだ。
恐らくだが、一度取得した最下級魔法は適正スキル程ではないにしても、若干の魔法行使補正が存在するのだろう。魔法の扱いがミジンコレベルの俺でも、それなりには扱えるのだ。
魔力を制御下ギリギリまで込め、1ランク上の威力となった石礫の魔法は、黒騎士の顔面へと直撃した。
「がっ!?」
頭も兜でガードされているが、どうやらそちらは魔法を跳ね返すチート装備ではなかったようだ。魔法による直撃は免れても、その衝撃までは吸収出来なかったのか、男は脳を揺さぶられ、たたらを踏む。
「う……ぁ……」
「魔法耐性の鍛錬が足りなかったようだな。第五皇子の近衛隊長さん」
俺はサブ武器の短剣を取り出すと、鎧や兜で守られていない首の箇所に突き刺した。
「くはっ!?」
だらんと両腕を下げて男は大剣を地面に落とす。首から大量に出血しながら、そのまま前のめりに地へと伏した。
「さて、他の戦況は……」
まぁ、改めて確認するまでもなく、こちら側が優勢であった。
先ほどの目眩ましで、兵の大半が未だに目を押さえ込んでいた。どうやら俺が思っていた以上に、俺の全力【ライト】は人体への影響が強い魔法だったようだ。
また、俺が指揮官である近衛騎士を討った事により、他の黒騎士たちの中にも逃走する者が出始めた。
散り散りになって兵が逃げ始めたので、逆にその対処に仲間たちが苦慮しているようだが…………
「あ! 皇子の馬車が……いない!?」
まさか逃げたか!?
そう思い一瞬焦ったが、どうやら閃光に驚いた馬たちが暴走したらしく、少し先の方で車が横転していた。
馬が可哀想なので、馬車から解放して、ついでに目や脚の治療もしてあげた。馬はそのまま去っていく。
すると、横転した車体の扉から若い男が這って出てきた。
その青年は随分と金が掛かっていそうな衣装や装飾を纏っていた。こいつは……
「はぁ、はぁ……一体何が……? おい、外の状況はどうなっている!? まだ分からんのか!?」
やたら煌びやかなその衣装から察するに、どうやらこの青年が第五皇子のようだ。
皇子? は周囲をキョロキョロしながら怒鳴り散らしていたが……それに返事をする者は誰も居なかった。
車内やその周辺には他の者の気配を一切感じなかった。恐らく横転する前か、或いはその直後に、御者やお付きの者も全員、皇子を置いて逃げ出したのだろう。
「どうやら置いてかれたようだな。第五皇子」
「な!? き、貴様!? 無礼だぞ!!」
やはり第五皇子か。
それにしても無礼? まぁ、こんな奴を相手に礼節を弁える必要性は微塵も感じないので、その指摘は間違っていないのだが……
「そいつは悪かったな。こちとら、ならず者の冒険者なもんでね」
「冒険者……! そうか、貴様が私に立てついたという愚か者たちだな?」
そう述べると第五皇子は俺の方を睨みつけてきた。
(この状況で、よくもまあ大きな態度を取れるものだ)
ある意味感心する。それとも……今の状況が全く読めていない能無しなだけか?
「さて、聞きたい事がある。ここに来る道中の村々を襲ったな? 理由はなんだ?」
「ふん! あの貧しい村々の平民どもは、私が食糧と人を寄越せと命令しても即刻従わなかったのだ! そんな村、この帝国には不要である!!」
「……なるほど。教えてくれてありがとう。それでは死んでくれ」
俺は再び短剣を取り出して皇子に見せつけた。
その段階になって皇子はようやく顔色を変えて焦り出す。
「ま、待て! 待て! 貴様は馬鹿か!? 私はこの国の皇子なのだぞ!? そんな私を殺めたら……どうなっても知らんぞ!!」
「今から死ぬ奴が、俺の心配などする必要はないぞ? こちらはどうとでもなるから安心して死んでくれ」
「ふ、ふざけるな!! どうとでもなるものか!? 帝国を敵に回して……貴様、命が惜しくないのか!?」
「命は惜しいな。だが、俺ほど命の存在を軽く考えている人間はこの世に居ないんだろうな」
「な、なにを……言っている?」
俺の言葉に皇子は困惑していた。
俺はその気になれば、先ほど殺した近衛隊長も復活できるし、この場にいる兵士たちを皆殺しにする事も……まぁ、時間と労力を掛ければ可能なのだ。
そのような人間が、誰かに命の尊さを語るなど……そんな滑稽な話はあるまい。
「だから、お前に今更、村人の命の尊さについて長々と説法をするつもりはない。それよりも、もっと単純な話だ。俺の生きる世界に果たして、お前は要るのか、どうか……」
「――――っ!?」
俺の言葉に皇子は絶句する。
「先ほどお前は『帝国にあの村は不要だ』と言っていたが、俺にとってもお前は不要な存在だな」
「ま、待って――――げぇっ!?」
俺は近衛隊長と同じように第五皇子の喉元を一突きして殺害した。
「死体の処理は…………まぁ、いいか」
今回は死者蘇生魔法を披露した訳では無いし、毎回毎回死体を念入りに潰すのは、却って怪しまれるかもしれない。
それに蛮行を行った第五皇子が死んだという事実を世に知らしめておきたいので、遺体の身元をしっかり特定できるように残しておきたかった。
(非道な行いをした者の報いだ。お前の汚名は死後も語り継がれるだろう)
というか、俺が近くの村々や反乱軍に事の顛末を全て暴露する。
別に反乱軍に肩入れする気はなかったのだが、流石にこの皇子と比べてしまうと……ねえ?
「イッシン! あっちを見ろ!」
「ん?」
ケイヤ呼ばれ、俺は西の方角を見た。
なんと、そちらから大勢の武装した者たちが近づいてきていた。
「あれは……?」
「帝国の正規軍ではなさそうだな。武装がバラバラだ。もしかして噂の反乱軍ではないのか?」
ケイヤの推測に俺も心の中で賛同した。多分、そうだろう。
その反乱軍と思しき軍勢は帝国兵たちも既に気付き、彼らは慌てて撤退を開始した。
「に、逃げろ! 反乱軍だー!」
「ち、畜生……! こんなタイミングで……!?」
「連中を逃がすなー!!」
「追えーー!!」
元の戦力比は分からないが、明らかに弱体化している帝国軍を見た反乱軍は、これを好機と捉えたようだ。鬼の形相で帝国軍を猛追していった。
反乱軍の一部の兵たちは帝国兵を追わず、こちらに急行してくる。
帝国兵だと勘違いされたら面倒だな。
『みんな、集まって武装を解除しろ』
『オッケー!』
『了解だ』
『わ、分かりました!』
佐瀬とケイヤ、藤堂たちと合流する。
「藤堂、大丈夫だったか?」
今回、戦力的に一番不安であった藤堂に声を掛けた。
俺は帝国兵たちの注目を集める事に意識を割いていたので、あまり藤堂のサポートに回れなかったのだ。
「はい。ケイヤさんが何度も様子を見てくれていたので、心強かったです」
「ふむ。戦いながら私の視線にも気付くとは……大したものだな」
どうやら心配は杞憂だったようだ。
純粋な闘力や魔力量はまだまだ不足しているが、剣の技術や戦闘の心得に関しては、既に俺たちと同レベルなのかもしれない。
反乱軍たち数人が俺たちを囲って武器を構えたまま、その中のリーダー各っぽい男が問いかけてきた。
「お前たちは何者だ? 帝国正規兵ではないようだが……?」
「俺たちは冒険者だ。帝国軍が近くの村を襲おうとしていたから戦闘に介入して撃退した」
「なに!?」
俺の言葉にリーダーっぽい兵士が驚いていた。
「おい。あの冒険者証を見ろよ!」
「C級に……二人はA級か!?」
ケイヤはまだC級であり、藤堂に至ってはまだギルドで登録もしていない。
今回の依頼は冒険者ギルドを通した新日本政府からの極秘依頼となる。その性質上、依頼内容はギルドにも明かされないので、昇級の評価には影響しないのだとか。
なので、今回は藤堂の冒険者登録を見送ったのだ。
「今の話は本当か? 帝国軍に雇われた冒険者ではないのか?」
現在の帝国領内では冒険者の活動を国によって制限されているらしい。そう疑うのも無理はない。
「本当だ。その証拠に、そこに転がっている黒騎士の死体は俺が倒した。第五皇子の近衛隊長らしい。第五皇子もあの馬車の近くで死んでいるぞ? それも俺が殺した」
「なんと!?」
「あの“逆流”のホランを討ち取ったのか!?」
「王宮近衛隊の副長だった男だぞ!?」
どうやら有名人だったようだ。
「全員、武器を下ろせ! この人たちは敵ではない!!」
聞き覚えのある声が兵士たちの背後から聞こえてきた。反乱軍の兵士たちも武器を下ろして彼の為に道を開けた。
「ワン・ユーハンか!?」
「やはり……! その声はイッシン……で、あってるのか?」
そういえば、ワン・ユーハンには俺の男姿を披露した事はなかったか。当時は姿を見せず、念話を利用して牢屋内で会話をしていたのだ。
その後はイッコちゃん姿を披露しただけである。
「会いたかったよ、イッシン! 佐瀬さんもお元気そうで」
「おう!」
「久しぶりね」
この中では俺と佐瀬だけが顔見知りだ。
一応、ケイヤと藤堂にもワン・ユーハンとエットレー収容所の一件は、既に情報共有している。
「名波さんとシグネちゃんは一緒じゃないのか?」
「まぁな。今は別行動だ。彼女らは新たな仲間な」
ケイヤと藤堂は軽く会釈する。今はゆっくり自己紹介している場合ではない。
「ユーハンの方は家族と会えたのか?」
俺の問いにユーハンは暗い表情を浮かべた。
「……殺されたよ。俺が家族の元に向かった時には、もう既に……」
「…………そうか」
どうして殺されたのかまでは俺も尋ねなかったし、ユーハンも詳しくは語らなかった。どうせ聞いても、胸糞の悪い話になるだけだと思ったからだ。
「反乱軍のリーダーって、もしかしてユーハンが?」
「いや……俺は副リーダーだ。元々、帝国内には反乱軍が潜んでいたらしくてね。彼らの仲間に入れてもらったんだ」
なるほど。ワン・ユーハン一味が反乱軍を立ち上げたのではなく、元々存在した反乱勢力がユーハンたちを仲間に引き込んで、台頭してきたようだ。
「俺たち反乱軍は帝国軍に敗れ、一か八かマナラハ王国方面に逃亡しようかと思っていたんだ」
それは……無謀ではないか?
「けれど、後方の偵察部隊から、俺たちを追っている帝国軍が村々に非道な行いをしていると聞いてね。居ても立ってもいられず、反乱軍の一部を反転させて、道を戻って来たんだ。リーダーには最後まで反対されたけどね……俺は見捨てられなかった!」
「なるほどなぁ……」
その助けに来た一部の反乱軍のリーダーを今務めているのがワン・ユーハンなようだ。
どうやら反乱軍も一枚岩ではないらしい。
(うーん、これは難しい問題だなぁ)
仮に俺たちがこの場に居なければ…………きっと村は既に襲われ、ワン・ユーハンたちも黒騎士たちの手によって全滅していただろう。この場にいる反乱軍がそこまで強いようには……うん、やはり見えない。普通に負けていたな。
ワン・ユーハンの実力は、良くてB級冒険者クラス。それも藤堂より下だ。黒騎士とタイマン勝負はギリギリできても、複数相手には絶対勝ち目がない。
そう考えると、反乱軍のリーダーは正しい判断をしたとも思えるが……しかし、帝国の非道な行いを見捨てるという事は、反乱軍の存在意義をも揺らしかねない背信行為でもあるのだ。
現に、反乱軍の貴重な兵士の多くがリーダーの命令を無視して、こうして戻ってきてしまっていた。それは完全にリーダーの器量不足だろう。その点はユーハンの方に軍配がある訳か。
俺ならこの場合、どうしただろうか?
(うーん。俺なら……ある程度、助ける為だけの人材を派遣して、直接の戦闘は避けるよう厳命する……かなぁ?)
人命救助や避難誘導だけなら、そこまで兵を割かずに済むし、冷酷なようだが……仮に救助に失敗しても、軍にそこまでの人的被害は出ない。
反乱軍の名目も一応は守られるし、帝国を非難する口実も得られる、という寸法だ。
ま、第三者の立場で、しかも後出しだから言える事だけどね。
そんな考え事をしていると、部下に指示を出し終えたユーハンが戻って来た。
「イッシン。今回の件はとても助かったよ。正直、俺たちも決死の覚悟で反転してきたからね……」
どうやらユーハンも勝ち目がない事は重々承知の上での行動だったようだ。
(そういえば、ユーハンって結構頭の回転が速かったよな?)
俺たちが彼らを救助した際も、仲間の囚人たちを見事に統率して全員無事に逃がせたのだ。
そんな彼が、考え無しにこんな無謀な反転攻勢に出るとは思えない。
「なら、どうして戻って来たんだ?」
思わず俺はユーハンに尋ねた。
「…………戻る方がまだマシだと思ったからさ。リーダーはそのまま西に進み、あの竜種が住むという森を抜けてマナラハ王国に援軍を頼むつもりなようだ。正直、森を抜けるのは無謀だと思っているし、マナラハ王国が手を貸してくれるとは猶更思えない」
「それは……確かに……」
思っていた以上に反乱軍は帝国軍に追い詰められていたようだ。まさか、危険な森を超えて他国にまで救いを求めるとは…………
他国が帝国の民を思って行動するとは思えない。しかも、帝国軍すらも恐れて近づかない森を抜けるなど集団自殺に等しい。ユーハンの言う通り、反転攻勢を仕掛けた方が、まだ分が良さそうな賭けではあるな。
さて、これからどうしようかな?