197 可憐な共犯者
新東京に戻った俺たちは、準備を終えたマークスとクリスのCIAエージェント二人と合流した。
「そういえば、ムニルって人は参加しないのか?」
マークスたちと初めて会った時、彼らはムニル青年を含めて三人で活動していた筈だ。
「ああ。彼はアレキア王国からメルキア大陸の案内人として借りている人材だからな。流石に今回のミッションには連れていけない」
マークスたちの立場からすると、アメリカと同盟関係にあるアレキア王国所属のムニルを五体満足で王国に帰還させたい考えのようだ。
また、彼は彼でアレキア王国から別の命令を受けているらしく、今は新東京の街中を見学して回っていた。彼一人だけで行動して日本語が分かるのだろうかと心配するも、どうやら言葉の問題は自動翻訳してくれるマジックアイテムで解決しているらしい。
(俺たち転移者には無用のアイテムだな)
一斉転移に巻き込まれた元地球人には全員【自動翻訳】スキルが備わっている。
ただし、転移以降に生まれた新生児には【自動翻訳】スキルがなく、それどころか転移特典であるスキル選択もないそうだ。
それがこの世界では普通なので、仕方ないのだろうが……今後生まれてくる第一世代の若者たちからは妬まれそうな案件だ。彼らは俺たちと違い、日本語やこの大陸の言語を習得せねばならないのだから……ご愁傷様。
その分は俺たち一斉転移した世代――――どうやら“第零世代”と呼称され始めているようだが……我々大人が次代の若者たちの為に、少しでも住みやすい環境を整える責任があった。
(俺も少しは貢献してあげるかね)
住みやすい環境を提供するのは俺も大賛成だ。バーニメル半島内における目下の火種は間違いなくガラハド帝国だろう。帝国は現在、あちこちに戦禍を広げているそうだが、一体何を考えているのやら…………
マークスとクリスをエアロカーに乗せ、俺たちは新東京を飛び立った。
「相変わらず便利だな。この乗り物は!」
「もう馬車の移動はこりごりよ……」
クリスが悪態をつき、ケイヤを除く全員が苦笑した。元地球人にこの世界の揺れる馬車での移動は慣れるまで、心身共にかなり厳しいのだ。
西の別大陸――ルルノア大陸にある新たなアメリカ合衆国でも、既に自動車は開発しているらしい。だが、新日本国までの旅路では当然自動車を使えず、ムニル青年を含めた三人は木造船や馬車でここまでやって来たらしい。
「別の大陸か……。話には聞いているが、どんな場所か想像もつかないな」
つい最近までエイルーン王国から離れた事のないケイヤがそうぼやいた。
「全体的にはメルキア大陸よりルルノアの国々の方が文明は進んでいるわね。でも、そこまで大差は無いわよ? 何処の国も馬車移動だし」
「いや……それを基準にするのはどうなのだ? 新東京の高度な文明から見れば、何処の国もそう見えるのだろうが……」
クリスの説明にケイヤは思わず苦笑いを浮かべた。
「そうだな。正直言って、新東京は他の転移国家の築いた街とも比べて、頭二つ分くらいは抜け出てるぜ? よくもまぁ、二年足らずでここまで発展させたものだ」
新東京の都市開発速度にはマークスたちも舌を巻いていた。どうやら新東京は元地球人による開拓地の中でも、マークスたちが知り得る限りでは一番発展している街らしい。
「それは転移した場所が良かったからですよ。最初の方はゴブリンやワイバーンなどの魔物の襲来もあって大変でしたが、それ以降は他国からも全く干渉されず、街作りに専念できましたからね」
新日本を代表して、今まで新東京に住んでいた藤堂が謙遜を交えながらも解説してくれた。
「逆に帝国領土内に転移した連中はついていなかったな。まったく……女神様も、もう少し転移先に気を遣って欲しかったぜ」
「60億人を一斉転移だからな……。処理しきれなかったんじゃあないか?」
面白い事に、帝国のお隣にある連合国には今のところ、地球人たちが転移してきた形跡が全く見られなかった。恐らく、人の目を避けられる場所の多い国やエリアだけを転移候補地に定めたのだろう。
逆に連合国は半島内では開拓されている場所が非常に多い。人の目に付き易いのだ。きっとそれが転移候補地から外された要因なのだろう。
だが、細かいところでは転移による不備が見え隠れしていた。流石の女神さまも一人一人の様子を見ている余裕などなかったのだろう。だからこその詫び石……いや、特典スキルなのだろう。
(もし、一人一人を監視する余力があったのなら、俺のような魔力量がバグっている存在を見過ごさなかっただろうからな)
容姿も変わってしまい、俺は完全にイレギュラーな存在だ。女神さまが見ていたらナーフする為の修正パッチが入っても不思議ではないかもしれない。
(いや、最悪デリートされるかも…………こわっ!?)
マークスたちと雑談を交わしていると、すぐに帝国領上空に入った。やはり空を飛ぶと移動もあっという間だ。
助手席に座っているマークスが地図を指差しながら、横で操縦している俺に話しかけてきた。
「イッシン。この辺りにある街の傍に着陸してくれ。誰にも気づかれないように。俺とクリスはそこで情報収集をする」
二人は俺たちとは別行動だ。
俺はマークスたちを指定した場所に運び、二人から連絡があれば回収して新東京に送り届ける段取りであった。
「分かった。えーと……あっちの方、か?」
これまで帝国内の街には入った事がない。行った事のない街を上空から探す作業はかなり骨が折れる。
俺は目的地である街を探しながらマークスたちに尋ねた。
「しかし、なんだってその街で情報収集するんだ? 帝都や内戦が起こったとされる場所からも、かなり離れているようだが……?」
「…………これはお前たちだから話す。ウノの旦那にも既に話しているが、非公開の情報だ。日本政府でも一部の者しか知らん」
マークスの真剣な表情に俺は頷いて応じた。
「…………分かった。べらべら喋らない事を女神アリス様に誓おう」
俺、アリス教信者なもので。
「その街の近くに帝国の軍事施設らしい広い敷地がある。そこから何発もロケットのようなものが打ち上げられているのをステイツが観測している」
「ロケット……人工衛星でも打ち上げてるのか?」
「色々だ。中には明らかに中距離以上の形状だと思われる弾道ミサイルなんかも打ち上げられていた。まぁ、悉く失敗続きだがな」
「うわぁ……」
随分と物騒な場所だな。二人はそんな場所の近くにある街を調査するつもりなのか。
「そのミサイルの中には核弾頭を搭載できる代物もあった。ステイツがそれを放置する事は無い。その辺りの情報を調べて持ち帰る事が今の俺たちに与えられた最大のミッションだな」
「マジか……」
「核ミサイル!?」
「それ、平気なんですか?」
核の恐ろしさを歴史で知っている俺と佐瀬はドン引きし、藤堂も心配そうに横に座っているクリスへと尋ねた。
「その為のこれよ」
クリスは妙な機械を取り出して見せた。
「なんですか? これ?」
「ガイガーカウンターよ」
「え!?」
「初めて見た……」
どうやら二人は放射線を計測できるガイガーカウンターまで用意してきたようだ。見た感じ、計測器は全て英語表記なので、恐らく二人は初めから核兵器の調査をする気でこの大陸まで来たようだ。
「放射線……本当に大丈夫なんですか? 調査中に被曝しません?」
「その可能性も十分あり得るけれど……知ってた? 軽度の症状ならば【キュア】やキュアポーションでも治るわ」
成程。それならば重度の場合でも俺のチートキュアで回復可能だろうな。
そう考えると、放射線よりも怖いのは純粋な破壊力の方か。
「確かイッシンは治癒魔法を扱えるんだろう? もし被曝した場合には治療を頼むぜ」
「ああ、それは任せてくれ。余程の事が無い限り、完治できる自信がある」
「そいつは心強い!」
それから十数分後、ようやくお目当ての街を探し当てた。
俺は近くの森にエアロカーを着陸させた。
マークスはエアロカーから降りると俺に話しかけた。
「イッシン。こいつを預けておく」
「これは……?」
なんだか何処かで見た事がある貝殻を渡された。クリスも同じ貝殻を手に持っていた。
「【魔法の双子貝】と言うらしい。まぁ、魔法文明の通信道具だな。地下だろうと大陸間だろうと一切関係なく会話できる優れモノだ」
「それは……凄いなぁ!」
やはり以前に俺が見た通信マジックアイテムだったようだ。今回、初めてその名前を知ったな。
「こいつの利点は他人に盗み聞きされる心配が無い点だ。ステイツの研究所でも、科学、魔法分野と、あらゆる手法で試してみたが、盗聴は不可能だった」
「おお……!」
性質的には佐瀬の【テレパス】に近いが、通信可能距離だけなら、この【魔法の双子貝】の方が圧倒的に上だ。ただし、複数人同時での会話は不可能なのと、至近距離に第三者が居る場合には話し声が漏れ聞こえてしまうのが難点だ。
「だが、欠点もある。こいつは現代の携帯電話みたいに、留守電やマナーモードなんて洒落た機能は備わっていない。だから、まずは互いにスマホのメッセージで連絡可能な状況かを確認する。その後にコイツを使用してくれ」
確かに、こちらが潜伏中に【魔法の双子貝】から声が聞こえてきたら溜まったものじゃないからな。かといって、マジックバッグに仕舞ったままだと、あちらからの連絡に全く気付けない。それを避ける為の、魔導電波によるスマホと【魔法の双子貝】の併用だ。
ちなみに魔導電波は帝国領土内にまでしっかり届いている。この状況は既に先方も知っている事だろう。敵国に利用される恐れがあるのだ。
(魔導電波は優秀過ぎてなぁ……誰でもフリー状態なのが問題だな)
魔導電波の盗聴対策がどうなっているのかは未知数らしい。マークスもそれを懸念して【魔法の双子貝】を寄越したのだろう。
準備を終えたマークスとクリスが挨拶してきた。
「じゃあ、暫くの間はお別れだな、イッシン」
「サヤカ、ケイヤ、ミツキ。そっちも程々にね」
「ああ、マークスにクリスも気をつけて」
「こっちは任せて!」
「武運を」
「はい。お気をつけて!」
俺はマークスを見送った後、エアロカーを発進させた。
今度は俺たちの目的に向かうとしよう。
「私たちは何処を調査するの?」
佐瀬が尋ねてきた。
「色々考えたんだが、内戦の原因を探るには、まずは反政府勢力の行方を調査するのが先決じゃないかな?」
突如、帝国内で巻き起こった内戦の状況を確認する。
それが今回、俺たちに与えられた依頼内容だ。
その上で、SOSを発信してきた元地球人たちの救助も行う予定だ。
「先に救助しないんですか?」
藤堂の問いに俺は答えた。
「ああ。状況がハッキリしないと、誰が敵で誰が味方か分からない。それに要救助者が多い場合、何処に避難させればいいのかも判断できないからな」
「確かに……そうですね!」
理由を聞いて藤堂も納得したようだ。
「反政府勢力の方は調べて、帝国側の方は調べないのか?」
今度はケイヤから質問が出てきた。
「一応調べるつもりだ。片方だけの視点で調査しても、情報が偏りそうだからな。ただ、帝国側よりかは反帝国組織の方が話し易いかなと思っただけだ。状況次第では先に帝国の方を調べる」
「うむ。了解した」
ケイヤも納得したようだ。
「それで、結局何処に向かうの?」
「内戦は主に、帝国領内の西側で起こっているらしい」
「西側……連合国寄りなのね」
ガラハド帝国の西側には西バーニメル通商連合国があるが、そちらは連合側の守りが堅牢で、四方八方に喧嘩を売っている帝国もそこまで行動していなかった……筈だ。
ただ、連合側もついこの間までは、新たな“八災厄”となった“氷糸界” カルバンチュラが猛威を振るっていた。その為、対帝国組織である“連合義勇軍”にも相当深刻なダメージが出ていた筈だ。
そんな情勢下での帝国西部の動乱に、俺は不安を覚えるのであった。
「この辺りの筈だが……」
エアロカーは内戦が起こっていると聞いた地域上空を飛行していた。
「あれではないか? 真新しい戦場跡が見えるぞ!」
ケイヤが地上を指差して報告してきた。
試しにエアロカーの高度を落とし、地上を観察する。
すると、すぐに異臭が漂ってきた。
「うっ! くさっ……!?」
「この臭いは…………」
「あまり考えたくはないが……」
「え? え?」
藤堂以外の三人は嗅いだ事のある嫌な臭い……放置された死体が放つ異臭のようであった。
どうやらその予想は正しかったらしく、戦場跡には多くの死体が転がっていた。
「うっ……!」
その光景を見た藤堂は思わず吐きそうになっていた。
(気持ちは分かる)
俺たちは既にその光景を見た事があるだけで、不快な気持ちを抱いているのは藤堂と一緒であった。
初めての経験である藤堂にはさぞかしショックな地獄絵図だろう。
「ミツキ。気分が悪いようなら、イッシンに【キュア】してもらったら?」
「…………いえ、大丈夫です。まだ……平気です」
思ったより根性がある。
ただ、こんな事で無理に我慢する必要もないので、俺は藤堂に【キュア】をかけておいた。
「あ、ありがとうございます」
「気にしないでくれ。魔力は吐いて捨てるほどあるからな」
「う、羨ましい台詞です……」
「それ、絶対に留美の前で言わないでよ?」
「そ、そうだな……」
脳裏に闇落ちした名波の姿が垣間見えた気がした。
そんな冗談を言い合っていたお陰か、俺たちの気持ちにも少しだけ余裕が生まれた。
「よし! 早速、調査を開始するか」
「でも調査ってどうするの? 死体漁りでもするつもり?」
この場に【鑑定】持ちのシグネはいない。彼女が居れば、この死体の身元がすぐに分かるのだが……
「まぁ、装備から見て想像するに、帝国の正規軍と反抗勢力の衝突だろうな。死体の数からして…………ん? 思ったより拮抗しているな」
「……そうだな。どちら側の死体も、それなりにあるようだが……更に西側に戦場が移動しているようだな。恐らく反抗勢力側がやや劣勢だ」
流石は元聖騎士であるケイヤ。冷静に戦場を分析してみせた。
「ここより西側……連合の方に向かっているのかしら?」
「いや、どちらかというと連合の南にあるマナラハ王国の方角だな……恐らくだが……」
うーん、帝国内は不慣れなので、地図を見ても微妙に地理や方角が分かりづらい。
俺はここに来る道中、目印となりそうな街や山、森に水辺などを出来る限り地図に記してきた。
ちなみに、今俺が書き込んでいる地図は宇野から直接手渡された簡易的な半島内地図だ。紙媒体だけでなく、データでも同じものを頂いている。
どうやらこの地図は新日本政府がドローンによる空撮で作ったものらしい。現在、政府が把握している限りの情報を記載した、とても貴重な非公開マップなのだとか。
コイツを得られただけでも今回の依頼を受けた甲斐はあったというものだ。
(その代わり、こちらが得た情報も共有して欲しいって頼まれちゃったけれど)
その一環で帝国領土内のマッピングをしているのだ。これも依頼なので、報酬もちゃんと出てくる。
「マナラハ王国ってどんな国なんですか? 私、初めて聞きましたけれど……」
「うーん。私たちもあんまり知らないのよねぇ」
藤堂の問いに佐瀬も困り顔だ。
マナラハ王国は同じ半島内でも新日本国とは正反対の位置にある。俺たちも一度も訪れた事がないので、藤堂が知らなくて当然だ。
「確か他種族国家だったかな。人族は少数派で、エルフ族にドワーフ族、獣人族も共に暮らしている変わった国だな」
「へぇ~」
「平和的な国なんですね!」
ケイヤの解説に二人は感心していた。
だが、性格が捻くれた俺の感想は二人とは真逆だ。
(どうだろう……他種族国家が平和とは限らないような……)
肌の色の違いだけで争うのが人という生き物なのだ。勿論、そこに至るまでには肌の色だけでなく、様々な経緯があって故の事なのだが……
姿形は勿論、身体能力や寿命すらも大きく異なる種族との共生は、色々な面でもハードルが高そうだと思っている。
今、それを実践しようとしているのが、鹿江エリア改めシカエ領であった。
シカエ領の港町には日本人だけでなく、他国の元地球人に獣人族、少数ながらエルフ族までも生活している。
更にエイルーン王国の民も受け入れ始めている状況なので、半島の東部内ではかなりバラエティーに富んだ地域となりそうだ。
それを統治する花木代表の心労は計り知れないものになるだろう。頑張れ、花木君!
「ああ、そういえば……マナラハの南西部の森にも竜種が潜んでいると聞くな」
「そんな話を聞いた気が……」
「確かオッドがそう言っていたな……」
俺も今、思い出した。
人族至上主義のガラハド帝国と他種族国家であるマナラハ王国は犬猿の仲である。だが、意外な事に二ヵ国は現状争っていない。
その原因が南西部の森に生息する竜種にあった。
絶対的力を誇る野生の竜種と魔物だらけの森が天然の要塞として立ちはだかり、帝国からの侵攻を防いでくれているようなのだ。
よって、俺たちがその竜を狩る事はない。南の孤島に生息して気まぐれに領海を荒らしていた火竜とは訳が違うのだ。
(そちらこそ、正に“守護竜”の名に相応しい存在の気がするのだけれど……)
南西部の森に潜む竜種に二つ名はない。というか、そもそもその存在自体が曖昧であり、ギルドからも竜の討伐依頼が一切出されていないのだ。
過去に竜種など存在しないと判断した帝国軍が森経由で侵攻した事があったそうだが、誰一人帰らず全滅したらしい。
果たして竜種がいるのかは謎だが、少なくとも帝国の一軍を滅ぼすだけの何かがいるのは確定的なのだ。
それ以来、帝国はマナラハ王国に侵攻する素振りを見せていない。
「……そんな森の方に反抗勢力は撤退したの?」
「……どうだろう?」
「私に聞かれても困る。あくまで憶測だ。だが、馬や人の足跡は南西側に続いているようだぞ?」
これはもしかして、帝国軍はわざとそちら側に敵勢力を押し込んでいるのだろうか?
「どうします? ここでこれ以上の情報は拾えそうにありませんが……」
悲惨な戦場跡にもたいぶ慣れてきたのか、藤堂が俺に話しかけてきた。
「んー、そうだなぁ……」
俺は佐瀬の方を見ると、さりげなく耳に手を当てた。
『イッシン。なにかミツキに聞かれたくない事でも?』
流石は佐瀬。付き合いも長いので、こちらの意図を汲んで【テレパス】の念話を俺だけに飛ばしてくれた。
『ああ。藤堂は避けて、ケイヤにも念話をつないでくれ』
俺は藤堂と適当に会話をしつつ、裏でこっそり佐瀬とケイヤに相談していた。
『――――と、いうわけで、情報を得る事は可能だが……どうする?』
『うーん…………あんまり気持ちがいいものでもないけれど……あり、かしら?』
『私は賛成だ。確かに死者に鞭打つ行為だが、その得られる情報で多くの人命が救えるのなら……私は支持する』
俺が二人に提案したのは”蘇生魔法で兵士を蘇らせて尋問する事”である。
相手が素直に話して協力的な態度を取るのならば、報酬としてそのまま生かしてもいいし、逆にこちらの不利になるようならば…………その時は、再び永遠の眠りへとついてもらう。
(俺の蘇生魔法と【審議の指輪】によるコンボなら尋問も容易い)
ただし、これは流石に藤堂には見せられない。
ショッキングな内容というのもあるが、それ以上にまだ完全にこちら側の陣営に加わっていない藤堂には蘇生魔法を極力見せたくないのだ。
「ミツキ。あっちの奥が気になる。私と一緒に来てくれないか?」
「はい! ケイヤさん!」
上手い具合にケイヤが藤堂を遠ざけている内に、俺と佐瀬は行動を開始した。
「やれやれ……またこの姿になるとは……」
俺は【変身マフラー】で久しぶりに聖女ノーヤへと変身した。
「ねえ? 別にノーヤの姿に拘らなくてもいいんじゃないの?」
佐瀬の指摘通り、変身マフラーは身体的特徴に近い異性であれば、どんな姿にでも化けられる。
「俺もそう思ったんだが……これ以上、蘇生魔法の使い手の仮想人物を増やすのもどうかとな……」
確かに、全く別の誰かに姿を変えて蘇生魔法を使った方が足は付きにくいと思う。
だが、厄介な事にこの世界には、蘇生魔法の習得人数を確認できる魔導書というモノが存在する。
たった一人の習得人数なのに、色んな姿の奴が蘇生魔法を披露したら、一体どうなるだろうか?
恐らく、蘇生魔法の使い手が変装しているという事実に勘付かれる。
それならば、いっそ聖女ノーヤという架空の存在一人だけを犠牲にすれば良いのではないだろうか?
本当の正体に辿られるという最悪の事態だけは回避できるだろう。そんな、ひどく後ろ向きな考えで俺はこの姿を使い続けているのだ。
「さて、最初は誰にするか……」
周囲の遺体に視線を巡らせる。
せっかく生き返らせるのならば、なるべく情報を持っていそうな奴がいい。
俺は死んでいる帝国兵の中でも、士官か将校クラスだと思われる身なりの良い男を蘇生魔法で蘇らせた。
状態や個人差によるのか、蘇生した後、その者が何時頃目覚めるのかは、俺にもよく分からない。遺体の損傷が激しいほど時間が掛かる傾向にあるようだが……
「さっさと起きる」
俺はノーヤの口調で苦言を呈すると、隣にいる佐瀬に視線を向けた。
「【ライトニング】」
またしても佐瀬は俺の意図を察してくれたようで、雷魔法で寝ている男を軽く刺激して、ついでにヒールもかけておいた。
「な!? なんだ!? 私は一体……?」
強引に叩き起こされた帝国兵の中年男はキョロキョロと周囲を見渡していた。
そんな男に俺は間髪入れずに問いかけた。
「質問する。貴方の名前と所属は?」
「お、お前は何者だ!? まさか……反乱軍か!?」
「質問しているのはこっち。名前と所属は?」
質問を質問で返され、俺は眉をひそめた。
「貴様! 私を誰だと思っている! 私は――――ピギャア!?」
すかさず佐瀬が丁度いい塩梅の雷魔法をぶちかました。
「もう! 二人が戻って来ちゃうじゃない! 早くキリキリと答えなさい!」
「あぅぅ……」
ちょっと刺激が強すぎたのか、男はしびれたままだったのでヒールで癒した。
元気になった男がこちらに抗議してきた。
「わ、私にこんな真似をして……! 私は帝国貴族の――――オォオ“オ”オオ“ッ!?」
またしても雷魔法を受け、男は悲鳴を上げた。
念の為、佐瀬の風魔法【サイレント】で音を遮断しておいて正解であった。
しかし……
「……今、ちゃんと名乗ろうとしてなかった?」
俺はノーヤ姿で佐瀬に非難の視線を送った。
「そ、そうだけど……反抗的な態度だったもので、つい……」
「……気持ちは分かる」
佐瀬に同意しながら再びヒールで癒す。
それを何回か繰り返すうちに、帝国兵はすっかり従順になった。
こちらの質問に対して素直に答えていく。
「ふぅん。反乱軍討伐を任された貴族の三男坊、帝国士官ねぇ……」
「そ、そうです! 相手は元地球人を中心とした平民層の武装集団でして……スキル持ちも多く、手を焼いていたのです!」
確か帝国では、国に従順な者や優秀なスキル持ちだけを優遇し、反抗的な者や使えないスキル持ちだと判断した者は扱き使う傾向にあるのだとか。
かつてエットレー収容所に囚われていた多くの地球人たちも、外れスキルという判断を下され、かなり不遇な扱いを受けていた。
(全員、囲っちゃえば良かったのに……)
だが、そう簡単な話でも無いのだろう。
人を受け入れるのにも、限度というものがある。なにしろ、この世界の人口以上の異世界人が各地に一斉転移してきたのだ。
それに帝国は元々、僅かな人数の特権階級たちだけが美味しい思いをし、その他大多数が支配されている歪な国家なのだ。
そんな中に多くの地球人が飛ばされれば……結果は火を見るより明らかだろう。
そこで困った帝国は、異世界人の一部のみを優遇して従わせ、その他多くの者を戦争や重労働で使い潰し、口減らしをするつもりであったのだ。それが近年、帝国軍が活発的になって戦禍を拡げている本当の理由である。
帝国は自分たちよりも人数が多く、知能に優れスキル持ちの異世界人を非常に警戒して恐れていたのだ。
まだ、その勢いが弱い内に先手を打ったのは見事だと言えよう。しかも、元地球人側にも元特権階級の傲慢な者が多く転移してきた。幸か不幸か、彼らは帝国側の意向を汲み、自分たちの立場を良くする為に自ら協力してしまったのだ。
だが、転移してきた地球人を帝国民と同様、全て支配するなど、どだい無理な話であり、結果的には強大な反抗勢力を生み出してしまった。
帝国上層部はその勢力の主犯格を、エットレー収容所から逃げ出した囚人たちではないかと当たりを付けており、今はその火消しに必死な状況なのだとか。
(やっぱりワン・ユーハン一派か……)
かつて俺が救い出した黒髪長髪の中国人青年の姿を思い浮かべた。
さて、そうなるとこれは俺の行動が招いた内戦なのだろうか?
(いいや、違うな。助けた時点でワン・ユーハンたちはある程度の行動の自由を得ている)
あの時、彼らは他の者たちと同様、獣人族方面に逃げおおせる事も出来た筈だ。実際にナタルとオッドたちが率いた逃亡者たちはシカエ領まで無事に避難をしていた。
だが、ワン・ユーハンとその一部の者たちは家族や同胞を救う為、帝国に残って戦う事を決断した。
それを悪い事とは思わないし、むしろ立派な事だとも思っているが……これに対して俺が負い目を感じる必要はない。
帝国に関しても自業自得だ。自分たちが縛り付けた者の恨みを買っているだけに過ぎないのだから。
「も、もう良いだろう!? 私は全てを話した! 街に帰してくれ!」
確かに……。次は反抗勢力の者も蘇らせ、そちらからも情報を仕入れたいと思っているのだ。
これ以上、この男に割く時間はない。
「分かった。私たちの事は絶対秘密。その約束が守れるならば街に戻っていい」
「戻っていいって……あのぉ……馬車は?」
「そんなものはない。徒歩で帰る。それより約束は守る?」
「わ、分かった! 分かったから! だから、馬車の手配を――――」
俺は嘘を見破る【審議の指輪】を所持している佐瀬に視線を向け――――る前に、強烈な雷魔法が帝国士官に襲い掛かった。
「ぎゃああああああっ!?」
男は断末魔を上げ、そのまま死亡した。
男にとっては完全にオーバーキルな威力だ。死体は黒焦げを通り越して火まで付き始めた。この様子ならば、あと数分で蘇生不可能な灰と骨だけになるだろう。
「佐瀬……」
「この男、嘘をついていたわ」
「いや、それならば俺が手を下したのに……」
ノーヤの姿なのにも関わらず、俺は思わず男口調で声を掛けるも、佐瀬は男の遺体が焼き切るのを見届けながらも答えた。
「だからよ。アンタだけに重荷は背負わせない。私たち、共犯でしょう?」
「…………ああ」
ありがとう、という言葉を飲み込み、俺は無言で彼女の手を握った。