音楽会前夜
ゲオルグの速筆は天賦の才能だ。テンポよく作曲し彼の頭の中にはメロディーが沢山、溢れあっという間にそれを楽譜にするのであった。
稀代のメロディーメーカーであるヘンデルらしい能力である。
1日でトリオ・ソナタが完成し、ツァハウと他の楽師は驚いた。
ツァハウは少々手直しして、今度の音楽会に使う事を認めた。
ゲオルグの作曲したトリオ・ソナタのリハーサルが始まった。短調の曲だが、神々しくバロック様式から離脱しつつ新しい、トリオ・ソナタというような曲想であった。
その、美しいメロディーは宮廷内の女性の使用人を集め聴き耳を立てるのであった。
「赤い宮廷服を着たあのマイセンの陶器人形の子が作曲したらしいわよ」「15才で、このような作品を、、将来が楽しみね」「侯爵様が、贔屓する坊やだわね」とヒソヒソ話しながら最後は「美男子だから華があるわよね」と。沢山の宮廷人が集まって聴いているのである。目新しい作風で活力のある曲想は聴衆を惹きつける。
ゲオルグの作品は人の魂を惹きつける磁力のある音楽であった。
宮廷の仕事が滞るので、結局、侍従長が怒って追っぱらうという始末であった。
侯爵の自室でそのエピソードを聞いた侯爵は、リハーサルを行う部屋に行きコッソリ、ゲオルグのトリオ・ソナタを盗み聴くのである。
侯爵はツァハウを自室に呼び寄せた。侯爵はあたかも、聴いていないふりとリハーサル風景を知らないふりをしながら、ツァハウに言う。
「ツァハウ、ヘンデル君は今回の音楽で大活躍するかね」
「必ず」ツァハウは即答した。
「うむ。それで、良い。音楽好きな我が姪のカロリーネが来るからヘンデル君への感想が楽しみだな」と笑い。
ツァハウは「個性と個性がぶつかり合いますね」と笑う。
カロリーネ・フォン・アンスバッハは一生に渡りヘンデルのキーパーソンとなる女性である。
父親はブランデンブルク選帝侯爵家の分家である、ブランデンブルク=アンスバッハ辺境伯フリードリヒ2世で母親はテオドール・フリードリヒ・アンハルト=ザクセン侯爵の妹である。
彼女の性格は勤勉で賢明な侯女様でありました。啓蒙思想に感銘を受けており宮廷を出入りしていた哲学者ライプニッツを家庭教師としていたことが影響している。
彼女が男として生まれたら、啓蒙専制君主として善政を敷いた名君になっていただろうと後世言われるほどである。
アンハルト=ザクセン侯爵はカロリーネへの手紙に「今回の音楽は退屈しない事を約束する。期待にそぐわないのなら、私を引っ叩いても構わない。面白い若者を音楽家の見習いとして召し抱えた。是非、カロリーネに聴いてもらう。彼は貴女より3才年下だ、しかし、そうは見えないくらいの才覚を持っている。私が保証しよう」
「叔父様を引っ叩たく事が楽しみだわ フフ」
カロリーネはそう呟き馬車でハレへ出立するのである。
とうとう、音楽会が始まる。
ゲオルグは特にハープシコード曲の力作である「アリアと変奏」の猛特訓を家でやっていた。ひたすら、寝落ちるまで弾くのであった。
ザクセン生まれの美しい陶器人形は、今回の音楽会でどの様な活躍をするか、侯爵やツァハウを筆頭に期待して当日になるのである。