序曲
一六八五年六月二十九日に、この世紀の大作曲家が生誕する。生まれは、領邦国家である神聖ローマ帝国アンハルト=ザクセン侯爵領ハレである。名前はゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデル。
父親は宮廷付きの理髪師でその長男として誕生した。後に大作曲家として名声を欲しいままにし、長い音楽の歴史と音楽の教科書に載ることになる事など、この時は誰も知るよしがない。
「やっと、男の子が産まれた。」父、ヨハンは安堵していた。三人の子どもを授かるが、六歳の長女アンナ以外幼い頃に失っていたからだ。また、初めての息子だと言う事にヨハンは大変喜んだ。
「ヘンデル家の偉大な祖である高祖父と中興の祖である祖父から名前をとろう。」「お前の名前はゲオルグ・フリードリヒとする」
幼少期は何不自由なく成長し十五歳になる。ゲオルグは3歳の頃に長女、アンナのクラヴィコードの演奏に興味を持ち、母、ヨハンナに手ほどきを受ける。彼女はハレの小さい教会のオルガン奏者の娘であった。
しかし、父はあまり快く思っていない。「ゲオルグは、大学まで進学して法学の学位を取得後、ゆくゆくは、アンハルト=ザクセン侯爵家の官吏になって欲しい。」と思っていた。
ある時、ゲオルグが見事にルイ・クープランのメヌエットをクラヴィコードで弾いてヨハンに聞かせたが、苦笑いしつつ「ゲオルグ、この国は身分的に規律のある社会だから、音楽は上手くなくて良い。だから、趣味程度にしなさい」と。
十五歳になったゲオルグは体も大きくなり、足鍵盤のついたクラヴィコードで演奏し教会でコラールを弾くことを想定した演奏もできるようになる。母親のお陰で趣味として父親からも多めに見ていた。
しかし、父親との対立が表面化していく。
「ゲオルグ、もうそろそろ、音楽を辞めなさい」夕食時、父親に切り出された。
「お父さん、音楽を続けながら法学の勉強もします。なので、音楽を辞めることは許して下さい」と、懇願したが。
「駄目だ」と父は即答した。
残念ながら、ゲオルグは引き下がる性分ではなかった。彼の性格は覇気のある性格であり歯に着せない性格であった。
「音楽はやめない」「この面白い世界から身を引くなら死んだ方がマシだ」と。
ヨハンの顔色が変わりつつあるがゲオルグは話しを止めない。
「僕は息の詰まる生活など真っ平ごめんだ音楽で大成した人物もいる。」と言うと父親は、「誰だ」と答えた。
「ジャン・バティスト・リュリです。イタリアの貧家の子弟出身で今やフランス王国の実力者、また、我々の音楽の規範です。」「リュリより恵まれた環境に僕はいます」
ヨハンが「ふざけるな、ふざけるな!」と声を荒げる。
ゲオルグも声を荒げて発言を続ける。「ふざけていない、ぶたれようが杖で叩かれてもやめない。お前がいちばんふざけているんだよ、クソジジイが!」
ヨハンは堪忍袋の緒が切れて取っ組み合いの喧嘩に発展した。
夕食はめちゃくちゃで収拾がつかない。姉と母が止めて終わる。この、戦争(親子喧嘩)が最近ひどくなり、苛烈さが増しつつあった。
楽譜をヨハンが取り上げても隠し場所を見つけ取り戻す。クラヴィコードを取り上げても家の物置にあるスピネットで演奏する。殴るとゲオルグも応戦するなど、、手を付けられないドラ息子と、ヨハンはかなり失望を覚えていた。
親子喧嘩を激しく継続しているある日、ヨハンの雇い主であるテオドール・フリードリヒ・フォン・アンハルト=ザクセン侯爵の散髪を行なっていた。
「ヨハンの息子はいくつであったか?」と侯爵は問う。
「十五歳でございます」と答え。侯爵は「そうか、それで、ヨハンの倅は将来の夢だとかはあるのか」と尋ねヨハンは「僧侶にしようかと考えています」と答えた。
すると、侯爵は「素行が悪いのか?その様な噂は聞いたことがないが」理解に苦しみながらヨハンに質問する。
「実は私の倅は音楽家になりたいと言い出しております。私は侯爵様の官吏として仕えて欲しいと思うのです」「しかし、全然、言うことを聞きません。最近は、取っ組み合いに、、」
侯爵は「なるほど、、私もそなたのアザが気になっていたが。夫婦喧嘩ではなく、親子喧嘩か。そなたの息子は、面白い」笑いながら侯爵は続ける。「助けてやろう。そちの息子、たしかゲオルグと言ったか私の館にち連れて来なさい。楽才があれば、私が音楽家として庇護して育てよう。駄目なら私がやめるように言う。丁度良い、我がアンハルト=ザクセン侯爵家自慢の音楽家を育てたいと思っていたからな」
「チェンバロの演奏と侯爵家専用の礼拝堂でオルガンを弾いてもらう。課題曲か、チェンバロは幾つかの舞曲とオルガンは、コラール前奏曲とフーガを弾いてもらいたい。演奏する作品や作曲家は指定しない。猶予はひと月とし、演奏の良し悪しや演奏のアドバイスは我が家の宮廷オルガン奏者のフリードリヒ・ツァハウに見てもらうように」
「また、そちもゲオルグにこの試験をやめるよう圧力をかけないように。これは命令だ。いいな」と侯爵は念を押した。
「承知致しました」とヨハンは答え侯爵は頷き。この場は終わった。