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「まあ、こんなもんだ」


「カズヤ、お前、バカだろ」


 鼻で笑うカズヤをバッサリと切るサトル。

 怒っているのか、サトルの額には血管が浮かんでいる。


 休み明けの学校で、期末テストの結果が返って来た。

 アキヒロの点数は良くはないが、赤点はギリギリ持ち堪えている点数だ。最近はダンジョンに行っているせいで、余り勉強が出来ていなかった。

 精々が寝る前に、ノートや教科書を見直すのが限界だった。それが終わると、こっそり魔法の練習をして倒れるように眠っていたので、テスト結果は前回よりも大分悪くなっていた。


 その点、サトルはどうやら前回よりも良かったようで、これなら成績上位も余裕だと言っていた。


 そして、問題はカズヤだ。

 大丈夫だと思っていた。ダンジョンでは頼もしく、頼りがいのあるリーダーなので、何も心配していなかった。

 アキヒロ自身、問題は自分だろうなと思っていた。


 それが蓋を開けてみるとどうだろう。


 カズヤは11教科中、5教科で赤点を取ったのだ。


「まあ、こんなモノだ。じゃねーよ! お前、学校舐めてんだろ!?」


 カズヤの机の上には、四十点に届かない答案用紙がずらりと並んでいた。つまり赤点である。


 その光景を見て、他人事であるはずのアキヒロでさえ、恐怖で体が震え上がってしまった。

 それなのに、当の本人はケロッとした表情である。

 まるで、焦っている周囲に、別に騒ぐような事じゃないと馬鹿にしたような態度である。


「そんな事より、今週の予定を告げるぞ」


「現実逃避してんじゃねーよ! そんな予定、全部キャンセルだ! 追試の対策だバカタレ!」


 遠い目をしているカズヤを現実に連れ戻すサトル。


 アキヒロ達が通う高校では、赤点者には補習前に追試がある。その追試で落ちてしまうと長期休み中に補習が行われ、その後に追々試が行われる。

 もし、追々試に落ちると留年確定である。


「追試は十日後だ。それまでみっちり勉強だ!」


「それは駄目だ……」


「ダメだじゃねーつってんだよ! このままじゃ休み無くなるわ、下手したら留年だぞ!」


「グムゥ……」


 それはまずいと思ったのか、カズヤは苦虫を潰したような顔で唸る。


「そういう訳だ。 アキ、悪いけど俺はカズヤの勉強を見る。ダンジョンには同行出来ないけど、大丈夫か?」


 ダンジョンに一人で行くことになるけど、大丈夫かと言うことなのだろう。


「大丈夫、無理はしないよ、11階を回るだけにする」


 アキヒロもカズヤに勉強を教えられたら良かったのだろうが、残念ながらそんなに頭は良くない。

 カズヤのことはサトルに任せるしかなく、それに参加する経済的余裕も無い。


 アキヒロはサトル一人に任せて申し訳ないと思いながらも、一人でダンジョンで稼ぐ事になった。





 一人で潜るのは久しぶりだなと思いながら採掘跡を巡る。


 雷属性魔法を使い、魔鋼石の取り残しを回収して行く。

 ダンジョンを歩くと他の探索者とすれ違うが、その探索者達はアキヒロを見ると距離を取って近付こうとしない。


 その原因はアキヒロの格好にあり、見た目が不吉で危ない人だと思われているのだ。



 ゴブリンとビックアントが現れる。

 モンスターはアキヒロに狙いを定めており、襲い掛かって来る。

 アキヒロは黒いマントを翻し、凶悪で物騒な大鎌を振り翳すと、一気に二匹同時に切り裂いた。


 黒いマントと大鎌を見ると、先日の母の話を思い出す。



 深夜、隣の部屋でユウマとリナが眠り、話があると言う母を待っていた。

 母はもう一つの部屋の押し入れの奥から、一本の棒と黒い布に包まれた物を取り出し、リビングにやって来た。


「母さん、それは?」


「これね、お父さんが使っていた物なの」


 それはつまり、探索者だった父が使っていた遺品と言う事になる。

 棒はアキヒロの身長と同じくらいあり、黒い布は何かを包んでいるようだった。


「アキヒロ、貴方、ダンジョンに行っているでしょう?」


「……うん」


 母の問いを、素直に認める。


 これまで、心配すると思い母には言っていなかった。

 探索者協会に登録する時の、親の許可を取っているというのも嘘で、カズヤ達を騙していた事になる。

 最初は、母にバレて反対されたら辞めるつもりだった。だが、今はそうではない。仲間がおり、アキヒロを支えてくれると言ってくれたのだ。絶対に辞める訳には行かなかった。


 だから、何としても説得するつもりで母の顔を見た。


「……やっぱり、お金のため?」


 悲しそうに、自分の不甲斐なさを呪うように母は呟く。


 アキヒロは声を出して肯定することが出来ずに、頷いて認める。母の顔を見れなかった。


「ごめんなさい、私のせいで」


「違う! 僕がやるって決めたんだ。お金を稼ぐのも、探索者になるって言うのも、全部僕が決めたんだ」


 最初はサトルに誘われたのが原因だ。

 それでも、今も続けているのは、自分の意思に違いない。だから、アキヒロは自分の意思で探索者を続けているのだ。

 家族の為に始めた探索者は、仲間を得て自分の為にやっているのだ。それを否定されたくないし、したくなかった。


「母さん、僕ね、探索者をやれて良かったと思っているんだ。父さんが死んだ原因だし、危ない事があるのは分かるけど、それ以上に楽しいって思えるんだ」


「……」


「仲間がいるんだ。友達じゃなくて仲間が。 僕を助けてくれるって言ってくれた、大事な仲間なんだよ。 今更、僕だけ辞めたりなんて出来ないよ」


 アキヒロの独白を聞いて、母は悲しそうな表情で見つめ、そして口を開いた。


「……お父さんが亡くなって、どうしてあの人だけが死んだのか考えてたの。 沢山のモンスターに襲われたからだって、あの人の同僚の人から聞いたんだけど、納得出来なかった。 だから、お父さんが亡くなった時、最後まで一緒に居たって人に話を聞きに行ったのよ」


「……」


「謝罪されたわ。 自分のせいで死なせてしまったって、謝られたのよ。 大量のモンスターに襲われたとき、逃げ遅れたその人を助ける為に、モンスターに立ち向かったらしいわ」


 馬鹿よね。

 母はやるせない気持ちを隠せずにそう呟いた。


「もっと生きて欲しかった。 もっと一緒にいる時間が欲しかった。 こんな思いをさせて、先に逝ったお父さんを恨んだりもしたの。 でもね、誰かを助けたって聞いた時、あの人らしいなって思ったわ」


「……」


「仲間を大事にして、周囲の人の為に動く、あの人らしいなって思ったのよ。 お母さんが好きになった人は、こういう人だったんだなって嬉しくもなったわ」


 母は真っ直ぐにアキヒロを見ている。


「きっとアキヒロはお父さんに似たのね。 探索者を続けるのを止めはしないわ。 でも、必ず生きて戻って来るって約束して」


「うん……約束する」


 どうしようもないと、悲しそうな表情の母は、いつもより小さく見えた。





 母が持って来た物、父が探索者時代に使っていた装備である。

 棒だと思っていたのは大鎌の柄の部分で、黒い布はマントだった。そのマントに包まれていたのは、大鎌の刃の部分だ。


ーーー


宵闇の大鎌


刃の部分と柄の部分が脱着可能な大鎌。柄部分に魔力を流すと刃部分が取り付き、再び魔力を流すと外す事が出来る。


ーーー


魔変のマント


魔力を流すとイメージ通りに形を変化させる。強度は流した魔力量により上下する。魔力を流さない状態では、ただのマント。


ーーー


 遺品がどんな物なのか、生前の父が探索者協会で鑑定しており、その内容が記載された紙もマントの中から出て来た。


 母がこれらをアキヒロに渡したのは、使って欲しいからだ。これを使って生きてほしいからだ。

 使わないようなら売っても良いと言っていた。

 そのお金で、アキヒロの役に立つ道具を買ってくれという。


 アキヒロは、幾らなんでも売るような気にはならず、試しに使ってみる事にした。


 大鎌の使い方は動画サイトを漁り、それに載っていた型の動画や大鎌を使ったアニメキャラクターの動きを参考にしている。

 しかしと言うか、やっぱりと言うか扱い難い。


 遠心力を活かしての一撃は威力が高く、武器ごとゴブリンを葬れるのだが、空振った時のスキが大き過ぎて扱い難いのだ。

 これも練習すれば何とかなるのかもしれないが、それでも誰かに教えてもらわなければ、上達する気がしなかった。


 父はよくこれを使っていたなと思う。


 その点、マントの方は使いやすい。

 魔力を流して防御を行える上に、綻びも魔力を流してイメージすると新品同様のマントに変わる。

 もし魔力が大量にある人が使えば、このマントは盾にも武器にも変わるだろう。


 アキヒロにはそこまでの魔力は備わっていないが、いつかは使いこなせるようになろうと決意する。



「また難しい物持ってるねぇ」


 今日の探索を終えて、探索者協会で換金していると、職員のおばちゃんからそう指摘された。

 いつの間にか横におり、声を掛けられるまで気付かなかった。そのおばちゃんの視線の先には大鎌があり、扱い難いとはその事なのだろう。


「はい、今日、初めて使うんですけど、上手く扱えなくて……」


 おばちゃんは、まあそうだろうよと呟くと、受付のお姉さんの所に行き、何か確認している。

 何だったんだろうと思っていると、ちょうど換金が完了したので料金を受け取る。

 一万円には届かないが、二時間でこの稼ぎと考えると悪くはない。命をベットしていると考えなければだが。


「ちょいと待ちな、あんた、今度の土曜日空いてるかい?」


 帰ろうとすると、おばちゃんに呼び止められ予定を聞かれる。

 いつもなら、パーティでダンジョンに潜っている日なのだが、今週はカズヤの赤点が原因で行けそうもない。それなら一人で潜る事になるのだが、空いているかと聞かれたら空いているとしか言えなかった。


「特に予定は無いですけど……何かありました?」


「そうかい。今度の土曜日に、特殊武器の講座を開くんだけどね、あんたも参加しないかい?」


「特殊武器ですか?」


「そうだよ、あんたが使っている大鎌もそうだが、鞭や魔銃もそうだね。 普通なら、使おうと思わない武器なんかの扱いを教える講座だね」


 暇だったら参加してみると良い。

 そう言って差し出されたチラシとチケットを、おばちゃんから受け取ると、おばちゃんはカウンターの中に入って行った。

 言いたい事は全部言ったという事なのだろう。


 貰ったチラシは講座の案内で、AM10:00〜と書いてある。チケットの方は講座参加する為の物で、これがあれば無料で受講出来るようだ。


「すいません、さっきのおばさんに、ありがとうって伝えてもらって良いですか?」


 受付のお姉さんにそう伝えると、頬が引き攣っていた。

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[一言] またモグリを食い物にしようとしてるのか……
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