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 九重と連絡先を交換したその晩から何か困った事はないかとか、ダンジョン探索のコツだとか、魔法の使うコツだとか色々とメッセージが送られて来るようになった。

 毎回、ありがとうございます、そうなんですね、流石九重先輩ですね、頼りにしてます、などの返信をしているが、九重のメッセージが毎日送られて来るようになった。


 中には悪名高い日野の話もあり、噂に聞いていた人物像の違いに戸惑ったりもした。

 よく考えたら、サトルからしか情報をもらってなかったので、印象が偏るのは当然だったかもしれない。今度からは気を付けようと反省する。


 まあ、日野の周りに女性が多いのは間違いないのだが。



「さあ行こう」


 カズヤの号令でダンジョンに挑む。

 入り口から直ぐにあるポータルに乗ると10階まで飛んだ。一瞬の浮遊感が終わり、目を開ければそこは洞窟の景色だ。

 つまり、1階の景色とそう変わらない。

 21階からは森林地帯になるらしいが、その景色を見るのはまだ暫く先になるだろう。

 カズヤの予定では来年の三月までに進むつもりらしいが、どうなるか分からない。


 ロングソードを手にモンスターを斬り裂く。

 前衛はアキヒロとサトル、後衛にカズヤを置いて進んで行く。


「ライトニング」


 雷が走る。

 バチッという音と共に走った雷撃は、ゴブリンに直撃し全身を焼いて絶命させる。


「ストーンバレット!」


 石の弾丸が飛ぶ。

 先の尖った石が高速で飛び、ビックアントの硬い外殻を貫いて頭部を破壊して倒す。


 この魔法はアキヒロとサトルによるものだ。

 探索者を初めて一ヶ月が過ぎ、魔法にも慣れて来ている。最近は実戦でも使えるようにと、カズヤから使用許可が出たのだ。

 カズヤからの指示に従って、寝る前に魔法の訓練をしていたおかげか、魔力操作が上達して無駄な魔力の消費を抑えれるようになっていた。

 最近は一日に五回は魔法を使えるようになっており、自分達の成長を実感していた。


「俺達、強くなってない?」


「うん、魔法の発動もスムーズだね」


「杖を使ったらもっと早いんだろうけどな」


 サトルはそう言って、カズヤの持つ杖を見る。

 カズヤの装備は、アキヒロ達が使用している防具より一段高い物で、黒色が多い。武器は片手剣とタクト型の魔法の杖だ。


 それは以前使わせてもらった初心者用の物とは違い、灰色で杖先には水晶が取り付けられている。


「使ってみるか?」


 サトルの視線に気付いたカズヤが杖を差し出した。


「良いのか?」


「構わない」


 サトルは杖を受け取ると、早速魔法を使用する。

 すると、んっ?と顔を顰めて石の弾丸を発射した。

 魔法は発動したのだが、何かおかしいのかサトルは杖を見ていた。


「どうしたの?」


「いや、魔法の感覚が変わらないんだ。これって……オモチャ?」


 自信は無いが、杖を見ながらそう結論を出す。

 そんな事あるのかと思うが、その結論を肯定する声が出される。


「その通りだ。そいつは玩具屋に売っている杖に色を塗った物だ」


「はあ!? 何でそんなもん使ってんだよ?」


「別に使ってないさ、その杖はこちらが魔法使いであると知らしめる為の装備だからな」


「それって見た目だけってこと?」


「そうだ」


「何でそんな事するんだよ?」


「言っただろう、知らしめる為だと。 ダンジョン内では多くの出来事が起きている。その中には探索者同士での争いもあれば、盗賊のような犯罪者も存在する。そんな奴らを牽制するのに、魔法使いだと知らしめるのは有効なんだ」


 ほへーと二人はカズヤの言うことに納得する。わけがない。


「いやいや、前に初心者用の杖持ってたじゃん! 何であれ使わないんだよ」


「あれは売った。 お前らの装備の為にな」


「……えっと、ありがとう」


「構わない、パーティで必要な経費だからな」


 カズヤとしてはパーティで活動する以上、優先順位を付けて行動したに過ぎない。しかし、それを聞いた二人は申し訳ない気持ちになった。


 ほら行くぞという言葉に従って、ダンジョン13階を目指す。



 ダンジョン11階で出現するモンスターはゴブリンとビックアントの二種だ。

 12階ではロックワームと言う、地中に潜む芋虫型のモンスターが追加される。ロックワームは探索者の振動、体温、魔力を感知して襲い掛かり、下手に壁に体を預けると体を食い破られたりする。

 そして13階ではロックウルフと言うモンスターが追加される。

 ロックウルフは俊敏で動きが速く、体も頑丈なため、とても危険なモンスターだ。また、群れを作り、数で襲って来るので、20階までに出現するモンスターの中でも厄介なモンスターに当たる。


 ロックウルフが大口を開けて噛みつこうとする。

 アキヒロは横に跳びのいて避けると、雷撃の魔法を放つ。


「はあ!」


 光線のように伸びた光の線は、ロックウルフに直撃してその体を硬直させる。そこにすかさず接近して、首元に剣を刺した。



 サトルは石の弾丸をロックウルフに向かって放つ。しかしそれは、あっさりと避けられてしまい、ジグザグに動くロックウルフの動きに付いて行けず、飛び掛かったロックウルフに押し倒される。


「ひい!?」


 首元に迫る牙を剣で防いでいるが、それも長くは続かない。このままでは、その口に喉を抉り取られて死ぬだろう。

 だが、そうはさせまいとカズヤが動く。


「ウィンドカッター」


 魔法陣から風の刃が飛び出し、避ける間もなくその胴体が切られ、衝撃でサトルの上から退かされた。


「うっくっ、助かった」


「油断するなよ、次が来ているぞ」


 続くロックウルフが三匹、洞窟の奥から走って来るのが見えた。





 ダンジョンの攻略は順調とは言えないまでも、この日は14階まで進む事が出来た。

 14階で出現するポイズンスライムは、毒を含んだ液体を吐き出し攻撃して来る上、体は強い酸で出来ており、体内の核を潰すのに苦労するモンスターだ。

 しかし、三人には魔法という倒す手段があり、ロックウルフに比べればそれほど脅威ではない。


「あー疲れた」


 ダンジョンから出て、探索者協会で素材の売却を行う。

 それをするのは、もっぱらリーダーであるカズヤで、二人は終わるまで長椅子に座り待っていた。

 周囲には同じような探索者がおり、大抵の探索者が疲れた表情をしている。


 サトルが伸びをしながら疲れたと主張する。

 アキヒロもそうだねと同意して、今回の反省点を考える。


 これまでのモンスターで、最も厄介なのがロックウルフだ。動きが速く、分厚い毛に覆われている。魔法を使えば早々に倒せるが、魔法を連発できる程、アキヒロとサトルの練度は高くない。

 カズヤは一人で15階まで行っているらしいが、アキヒロとサトルにはそこまでの実力はまだ無い。

 つまりは足手まといの状態だ。


 悔しいなぁと心の中で愚痴る。

 前ならそんなこと思いもしなかっただろうが、頼れと言ってくれた二人に恩を返したくて、焦ってしまうのだ。


 もしそんな事をカズヤやサトルに言えば、馬鹿にされるか、気にするなと言われそうだが、アキヒロはどうにかしたかった。


「……だった?」


「え?」


「だから、期末テストどうだった?」


 サトルが言うのは、昨日まで行われていた期末テストの事だ。正直、アキヒロの成績は中の下だ。平均点を取れたら上出来で、赤点は何とか回避しているレベルだ。


「一応、全部埋めたかな」


 合っているかは分からない。

 取り敢えず埋めておけば、内容にカスって1点は貰えるかも知れないからだ。


「ふーん、俺はバッチリだったぜ。 山も当たったしな」


「サトは山を張らなくても大丈夫でしょ、勉強出来るんだし」


「バッカ、成績が落ちたら探索者辞めさせられんだよ、やっと面白くなって来たのに、今更やめられるかよ」


「面白い?」


 どうにも違和感を覚えた。

 今回の探索ではサトルは死にかけていた。カズヤが助けなければ、ここには居なかったのだ。

 そんな死ぬ思いをして、どうして面白いと言えるのか理解できなかった。


「だって俺達、間違いなく成長してるんだぜ。レベル調べてみたか? 俺レベル4まで上がってたんだぜ! 数字で成長が分かるって楽しくないか?」


 興奮気味に言うサトル。

 そう言われて、アキヒロは調べてない事を思い出す。

 確か探索者登録した時に、月に一度は無料で鑑定スキル持ちの人に見てもらえると言っていた。


 サトルに言われると気になってしまう。


「どこで調べられるの?」


「受付でレベル調べたいって言えば、鑑定士を呼んでくれるぜ」


「分かった。ありがとう」


 そう言って椅子から腰を浮かせようとすると、二人を呼ぶ声が聞こえた。


「あれ? アキヒロ君とサトル君」


 それは以前出会った、古森蓮とそのパーティメンバー達だった。





 古森率いるパーティの中で、初めて見る人物がいる。


「へー、この子達が古森君の後輩?」


「うん、と言っても年齢は違うんだけどね」


 年齢が四つも違っているので、高校で面識があるはずもないのだが、出身校の生徒というだけで愛着が湧いてしまっているのだろう。


「あの、そちらの方は?」


「自己紹介してなかったわね、速水咲(はやみさき)よ、よろしくね」


 速水咲は、はっきり言って美人だ。

 美人だが目つきが鋭く、きつい印象を与えてしまう。人柄は決して悪くはなく、冷めている所はあるが、友人の為なら多少の無茶はやってしまう人物でもある。


 速水は右手を出して握手を求めて来る。

 アキヒロはその手を取って、美野アキヒロですと名乗る。

 そして続くサトルは、


「大岩サトルです、よろしくお願いします! 咲さんは彼氏いますか!? 彼氏に求める基準とかってありますか!? いろいろと聞かせて下さい!」


 以前、相川に絡んだように行動した。


「陽子の言ってた通りね」


「でしょ、この子ヤバいよ」


 サトルと握手した手はガッチリと掴まれており、なかなか離そうとしない。上下に振っても離す素振りはなく、どうせこの場限りの美人なら今のうちに触れておこうという、アホな発想だった。


「咲さんの好きな人のタイプは何ですか!?」


 サトルの質問に速水は冷笑の微笑みで、


「痩せていて、しつこくない人ね」


 お前とは正反対の人物だと言ってのけた。

 速水の冷笑に肝を冷やしたサトルは、ガッチリ掴んでいた手を解放する。


 その様子を側から見ていたアキヒロは、美人って笑顔でも怖いんだなと一つ学んだ。


「お前ら何やったんだ?」


 そうこうしていると、素材の換金を終えたカズヤが戻って来る。その手には二つの封筒があり、それは二人に渡す報酬だった。


 カズヤは古森達を無視してアキヒロとサトルに近付くと、封筒を手渡した。


「いつも通り二割ずつ入れている、確認してくれ」


 パーティで得た利益の四割はパーティの為に使い、残り六割を三等分して配っている。

 正直、一日程度の探索、それに14階までだと、その報酬は学生の小遣いレベルだ。平日に採掘跡を回った方が、まだ高い利益が出る。

 それでもだ。

 それでも、仲間と一緒に潜って得た報酬を、二人は喜んで受け取った。


「おお! 前回より五百円多いぞ!」


「本当だ。やったね!」


 少額だが増えている事に喜ぶ二人を見て、顔が綻ぶカズヤ。

 その様子を見ていた古森は、カズヤが二人より歳上のような印象を受けた。見た目は二人と同年代なのだが、厨二の成せる業なのか、纏う雰囲気が経験豊富な大人のようだった。


「カズヤ君も久しぶり、調子良さそうだね」


「古森さんか、久しぶりだな。 そっちも調子良さそうで何よりだ」


 一応、歳上に対してさん付けはするようだが、敬っている様子は無い。


「相変わらず偉そうだなぁ、お前」


 大男である城戸康介が呆れたように言う。


「城戸さんも相変わらず暑苦しくて何よりです」


「可愛げが無いなお前」


 諦めたように首を振る城戸。

 カズヤはそんな城戸を無視して、引いている台車を見ていた。


「24階、いや25階までは行っているのか」


「良く分かったわね」


 相川が感心した様子だ。

 台車には、モンスターを倒して得た素材や薬草類が乗っており、それを見てどの階まで行ったのか分かったのだ。それだけダンジョンについて調べている証拠でもある。


「ん? グリーンスライムも倒しているな、それにこの薬草は……」


 何がカズヤの琴線に触れたのか分からないが、台車に乗っている素材をまじまじと見て呟いている。

 その様子は年相応の少年のようで、先程の印象と変わっていた。

 何だか極端な子だなと古森は思った。


「そろそろ良い? 私達も換金しないといけないんだけど」


「ん? ああ、すまない。良い物を見せてもらった」


「そう」


 速水に促されて、カズヤは台車から顔を上げる。

 そして台車から離れると、城戸が動き、引いている台車も一緒に動き出した。

 台車一杯に積まれた素材なのに、その重量を感じさせない力強さで引いて行く。台車自体に軽量化する効果を付与されているが、それを差し引いてもかなりの重量のはずなのだ。

 それだけ城戸が力強いと言う事なのだろう。


「あっそうだ」


 去ろうとしていた古森が振り返り、カズヤに話し掛ける。


「採掘用の道具って要らないかな?」


 その提案は、カズヤからすれば願ってもないものだった。





 アキヒロは帰りにスーパーに寄りお土産を買って帰った。

 今日の成果が思っていたよりも良かったので、少しだけ多めにお菓子を購入した。


 集合住宅に着き、自宅のある階まで到着すると、玄関の前で見覚えのある人物と母が話していた。


「はい、働けるようになったら必ずお返ししますので」


「そうは言うけどね、こっちもカツカツなんだよね。早く返して貰わないと、うちが首括らなきゃならなくなるんだよ」


「すいません。 明日から職場を探しますので……」


 頭を下げて謝罪する母。

 そして、頭を下げている相手はお金を貸してくれている親戚だ。親戚と言っても血縁は遠く、殆ど他人のようなものだった。


「おや、息子君じゃないか。お帰りなさい」


「ご無沙汰してます」


 借金している事実があり、強くは出られない。

 アキヒロの性格では、どちらにしろ強くは出られないのだが、母に頭を下げさせている相手に嫌悪感を抱いてしまう。


「バイトの帰りかい? アキヒロ君が借金返してくれても良いんだよ。そんなに買い物する余裕があるなら、お金も余っているだろう?」


「止めて下さい、子供は関係ないです」


「そうは言うがね……」


「払います」


「は?」


 親戚の男はアキヒロの方を向くと、五万円が差し出されているのを見た。

 最初は驚いていた男だが、やがて表情が綻び笑顔になってお金を受け取る。


「なんだ、あるじゃないか。また来月来るから、その時もよろしく頼むよ」


 そう言い残して階段を降りて行く。

 アキヒロは無表情でその姿を見送り、浅くため息を吐いた。

 今のでアキヒロが持つ全財産が無くなった。

 今週、頑張ってダンジョンで稼いだお金だった。

 それが借金の返済で消えたのかと思うと、心を虚無感が覆う。

 食料は買いだめしてあるので、まだ大丈夫だが、それが無くなる前に稼がなくてはならない。


 買った荷物を持って家の中に入る。

 申し訳なさそうな母の横を通り過ぎるが、なんと声を掛ければ良いのか分からなかった。


 靴を脱いで家に上がると、扉の影からこちらを見ている目があった。

 弟のユウマと妹のリナだ。

 二人には大丈夫だからと言って、お菓子の入った買い物袋を渡す。

 二人は安心したのか、お菓子に喜んでいた。


 明日からまた頑張ればいい……。


 そう言い聞かせて、自分を納得させる。

 家族の為に自分の人生はある。かつての思いは、呪いのようにアキヒロを縛ろうとしていた。


 それを察した訳ではないだろうが、母から手が差し伸べられる。


「アキヒロ、後で話があるの。少しだけ時間をちょうだい」


 その時の母の顔は、何か決心したように感じた。

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