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 探索者となって一ヶ月が過ぎた。

 ダンジョンでの探索は順調とは言えないが、13階でロックウルフに梃子摺りながらも、なんとか進んでいる。

 流石のカズヤもロックウルフには苦戦するようで、魔法の発動が間に合わない時がある。まあ、その時は剣でもって相手をしているのだが。


「アキヒロ君、この卵焼きちょうだい!」


 そんな事を思っていると、目の前から柚月の手が伸びて来る。その手は箸を持っており、アキヒロの弁当から卵焼きを奪って行く。


「あっ」


 アキヒロがそう口にした時には、柚月は卵焼きを口に放り込んでいた。


「ほいひいね」


「なんて言ってるのか分からないわよ」


 柚月に注意するのは、同じクラスの有明(ありあけ)あかりである。

 柚月とあかりは、幼馴染らしく良く行動を共にしている。


「俺も卵焼きちょうだい!」


 そう言って、アキヒロの弁当から卵焼きを奪って行くサトル。その口調に反して、顔には般若が張り付いており、アキヒロを睨んでいた。


「お前ら、食事は静かにするものだぞ」


 カズヤは黙々と食事を続けながら注意する。

 サトルから半ば強引に、隣のクラスから連れて来られていた。

 理由はカズヤのクラスでは、余りにもカズヤが浮き過ぎていて注目を集めるからだ。人の目が気になって、飯の味がしないのだ。


 こうして最初は三人で食べていたのだが、柚月が弁当を作って来るようになり、アキヒロと弁当の話をしている内に一緒に食べるようになっていた。


「あーもう直ぐ期末テストだー、プレッシャーやばいなぁ」


「柚月は良いじゃない、成績上位で頭良いんだし。 私なんて平均点取れるかどうかなのに」


 カズヤの苦言をガン無視して期末テストの話をする女子二人、その話を聞いてサトルの耳がぴくりと動く。


「俺、成績、そこそこ良いよ、塾も通ってるし、勉強教えようか?」


 坊主頭を指先で撫でながら、どうだい?と流し目で語りかける。残念ながらカッコ良くはないが。


「うん知ってるけど、柚月より下だったよね?」


「ちょっと、あかり、前は調子が良かっただけだって。大岩君も次はもっと行けるよ!頑張ろうね!」


 あかりのナイフのような鋭いツッコミに、必死にフォローを入れる柚月。

 しゅんと肩を落としたサトルは、パンに齧り付いた。


「だから静かにだな……」


 カズヤがめげずに注意するが、誰も気にしない。

 一歩引いた所から見ているアキヒロは大人しいものだが、女子と会話したいサトルは、落ち込みながらも何か話題はないかと探している。


「神庭さんのお弁当って、自分で作ってるんだ」


「え? う、うんそうだよ。 あっそうだ、アキヒロ君、卵焼きのお返しに一つ取って良いよ」


「えっと、ありがとう。 じゃあ唐揚げを」


 そう言って唐揚げを柚月の弁当から受け取る。

 自分が食べる為に会話を誘導しようとしていたサトルは、速攻で会話から外されてアキヒロをまた睨んだ。


 なんで?と何故睨まれるのか分かっていないアキヒロは、変な汗が背中を伝って行く。


「だからな……」


 結局、カズヤの注意は放置された。



 その様子を教室のある一団が見ている。

 カズヤはその視線に気付いていたが、こちらが五月蝿いから見ているのだろうと思っていた。

 それでしつこく注意していたのだが、彼方が見ていた理由は別だった。





「美野、ちょっと付き合え」


 体育の授業が終わり、この後はダンジョンだなと考えていると、クラスメイトから声をかけられた。


 声を掛けて来たのは小川太平(おがわたいへい)という野球部に所属している人物だ。その横には部活は違うが、小川と仲の良いクラスメイトが三人いた。


「なに?」


 これから忙しいのだ。出来れば時間を無駄にしたくなかった。


「良いから来い、直ぐに済む」


 固辞しようかと思ったが、両脇を他のクラスメイトに固められ、拒否する事が出来なかった。

 そうして連れて来られたのが体育館裏。

 カツアゲでもされるのかなぁと心配になるアキヒロだが、金を持ってないので問題ないなと開き直る。


「それで、何の用?」


 体育館裏というベタな所に連れて来られて緊張する。

 クラスメイト四人に囲まれて、まさかイジメかと心配になる。

 こちらを侮っている目をしているし、イラついているような感情が伝わって来るのだ。


「お前は神庭とどういう関係だ?」


 正面に立った小川が聞いて来る。

 身長はアキヒロと同じくらいで、体格も野球部だけあってがっしりとしている。顔つきもスポーツマンらしくキリッとしており、女子の中でも人気の男子だ。


「柚月さんと? クラスメイトだけど」


 アキヒロの返答に苛立っているのが伝わって来る。

 何に怒ったのか分からず、アキヒロは何か間違っただろうかと不安になる。

 それでも、聞かなければ分からないので、改めて問いかける。


「それがどうかしたの?」


「神庭とは関わるな、これは忠告だ。もしこれ以上親しくするようなら、お前を潰す」


 いきなりの宣言に、更に戸惑う。

 もしかして柚月がやばい人なのかと心配になったが、小川の言動から違うのだと理解する。

 それでも、どうしてそこまで言われるのか、アキヒロには分からなかった。


「どうしてさ、柚月さんは良い人だ。 別に関わるくらい問題ないんじゃないのか?」


「……お前、本気で言っているのか?」


「何が?」


 揶揄われていると思ったのか、小川の手に力が篭る。

 このままでは殴られそうだと、アキヒロは自然と腰を落とした。

 恐怖は無い。

 ダンジョンでモンスターを相手にしているせいか、単純な腕力では勝てない相手でも、対処しようと集中している。

 経験が、大人しくも暴力的なアキヒロを作り上げていた。


 しかし、他のクラスメイトから助け舟が出される。


「なあ太平、こいつ本気で分かってないんじゃないのか?」


「はぁ? ここまで言えば分かるだろ、普通ぅ」


 小川はその指摘を聞いてアキヒロを見ると、本気で理解してないのだと察した。


「マジかよ……」


「何なのさ、さっきから」


 馬鹿にされているようで、元々良くなかった居心地が更に悪くなる。


「あのな、神庭はな人気者なんだよ。だからさ、分かるだろ? お前なんかが話して良い相手じゃないんだよ」


「そんなの、小川君が決めることじゃないだろ?」


「……あんまりイラつかせるなよ。神庭はな、俺のモノになるんだ! お前みたいな、雑魚がしゃしゃり出てんじゃねーよ!!」


 怒った小川に胸ぐらを掴まれる。

 そこまで聞いて、流石のアキヒロもようやく理解できた。

 小川が柚月を好きなのだと。

 だが、アキヒロからすれば、だから何だという話だ。


「柚月さんから言われるなら分かるけど、何で小川君に命令されなきゃならないんだ。 そんなに好きなら告白すれば良いじゃないか」


 胸ぐらを掴んでいた手の指を掴み、関節を決めて解放させる。そして淡々と言うと、小川は怒り心頭といった様子で殴り掛かって来た。


 それをサイドステップで避けると、クラスメイトの輪から抜け出す。


 アキヒロは珍しくムカついていた。

 勝手に要求して来て、暴力で強制しようとして来た。

 歪ながらも自分の意思で決めて来たアキヒロにとってそれは、許容範囲を逸脱した行為だった。


 そして何より、


「小川君に柚月さんは似合わない!」


 二人が一緒にいる場面を想像してイラついていた。


「テメーッ!!」


 激昂した小川が殴り掛かってくる。

 運動部なだけあり、身体能力はアキヒロよりも上だ。それでも、大ぶりの拳に当たるほどアキヒロはノロマではない。

 ロックウルフの動きは、これよりも鋭く恐ろしいものだった。それを経験したら、殴られる程度のものを脅威と感じれなくなっていた。


 避ける避ける避ける。

 蹴りも放って来るが、拳よりも動作が大きく遅いものに当たるはずがない。


 反撃できる場面は何度もあった。

 それでも、アキヒロは手を出さない。

 ムカついていても、冷静な部分が暴力行為を起こしてしまった後の事を考えてしまうのだ。

 殴ったら停学になるだろう、怪我が大きければ退学になるかもしれない。そうするとサトルやカズヤに迷惑を掛けてしまう、母も悲しむだろう。何より自分が原因だと知ったら、柚月が悲しんでしまう。


 思考が反撃する機会を奪っていく。


 やがて、小川は一人では無理だと悟ったのか、クラスメイトに呼びかけた。


「お前ら手伝え!?」


 これには焦る。小川一人なら大した事ないが、何人もいては避けるのは無理だ。


 クラスメイトは顔を見合わせてどうしようかと悩んでいるようだが、結局加勢することに決めたようだ。


 もう反撃するしか……。


 諦めて目の前の小川をどうにかしようと意識を切り替える。魔力も操り直ぐに行動しようとするが、この場に似つかわしくない、幼くも良く通った女の子の声が響き渡った。


「あんた達なにやってんの!!」





 体育館裏に現れたのはロリだった。

 いや、制服を着たロリだ。

 違う、三年生の九重加奈子だった。つまりロリだ。

 探索者にして、多くの男子から羨望の眼差しを向けられているロリ、九重加奈子がこの場に現れたのだ。


「あんた達、見てたわよ! 一人によって集って何やってんのよ!?」


 怒り心頭といった具合の九重は、小さい体に似合わない迫力を放っていた。

 明らかにやばい雰囲気を放っているが、それに気付かない小川が意見する。


「……邪魔しないでもらって良いですか、これは俺たちの問題なんで」


「何が問題よ、一人を襲っている意気地なしのくせに、偉そうな事言ってんじゃないわよ!」


「くっ! 黙ってろチビ! 邪魔するなら覚悟しろよ!」


「あら? 面白いわね、私をどうにか出来ると思ってるの?」


「知ってますよ、探索者が一般人に手を出したら重罪なんですよね。良いんですか、そんな事して」


 九重はスマホを取り出して画面を見せる。

 そこに映し出されている映像は、先ほどのアキヒロが小川に暴行を受けている様子だった。

 その映像を見せている九重の表情は、小悪魔的な悪い笑みが浮かんでおり、悪い事を考えているのは間違いなかった。


「あなた野球部よね? この映像、どっかに流したらどうなるかしら? きっと面白い事になると思うんだけど、そう思わない?」


「っ!? この! 消せ!!」


 小川は標的を変更して九重に迫る。

 あの映像がどれ程まずいのか、小川にも自覚はあるようだ。


「知ってる? 探索者にも自己防衛は認められてるのよ」


 九重を掴もうとした手を避け、流れた体に手を添え誘導して受け流し、足を掛けて転倒させた。

 一連の流れは素早く、素人では到底不可能な動きをしていた。


「痛って〜」


 転んだ小川は立ち上がると、クラスメイト達に視線を送り加勢するように促すが、幾ら何でも女子に、しかも有名な先輩に手を出すのを渋り加勢しようとはしない。


「止めておきなさい、あんまりしつこいと消し炭にするわよ」


 声音が幼く迫力に欠けるが、脅すような口調と共に九重の手に激しい炎が灯る。


 魔法だ。

 火属性魔法を使用して、炎を操っているのだ。


 小川達は初めて見る魔法にたじろぐ。

 本物の暴力、人を簡単に殺せる威力のある魔法、それを見ては小川もクラスメイト達にも戦意は残されていなかった。


「早く帰りなさい、今なら見逃してあげるわよ」


 冷たく言い放った九重の言葉を、最後通告と受け取ったのか小川達は悲鳴を上げるように去って行った。


 小川達が去り、体育館裏にはアキヒロと九重が残される。

 もう大丈夫と判断した九重は魔法を解除して、手にあった炎を消失させた。


「あっ、あの、九重先輩、ありがとうございました」


「気にしなくて良いわよ、どちらかと言うと助けたのはあっちだしね」


「え?」


 頭を下げてお礼を言うアキヒロに対して、九重は意外な言葉を投げかけた。


「あなた探索者でしょ? しかも魔法使い」


「何で……」


「最初は証拠を撮って様子を見てから助けようと思ったんだけどね、魔力を感じたから急いで出て来たのよ。 あなた……魔法で傷付けようとしたでしょ?」


 その言葉に息を呑む。

 そんなつもりはないと言う事は簡単だが、この先輩にそんな嘘は通じないと感じた。


「……すいません」


「責めてないわよ、危害が及ぶなら反撃するのは当然の行動だからね。 ただやり過ぎには注意しなさい」


 九重の言葉に、はいと呟いて頷く。

 見た目は小さい女の子だが、その口から紡がれる言葉には重みがあった。高校の先輩であり、探索者でも先達の九重はアキヒロよりも高みにいるのだと理解してしまう。


 この人には敵わないのだろうなと察してしまった。


「あなた、お名前は?」


「えっ?」


「名前よ名前、えって名前じゃないでしょ、早く教えなさいよ」


「美野、美野アキヒロ、です」


「そう、私は九重加奈子よ、よろしくね」


「よろしくお願いします?」


 何がよろしくなのか分からず首を傾げる。


「貴重な探索者の後輩ね、連絡先を交換しましょう」


 スマホを取り出した九重は、何故だか嬉しそうな笑みを浮かべていた。

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