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「いやー悪い!まさか煙幕を忘れてしまうとは、うっかりしていた!」
頭を掻きながら申し訳なさそうにしている大男が、救援用煙幕を忘れた張本人だ。
城戸康介と名乗った彼は、大学二回生で探索者サークルに所属しているらしい。
かなりの重装備をしており、大剣を背に携えている。
今日は新人の指導を担当していたそうだが、物資を幾つか忘れて帰ってしまったそうだ。
「まったく、しっかりしてよね、無くした物資の費用は私達が負担しないといけないのよ」
そんな彼に怒っている女性は、城戸と同期で同じパーティに所属しているらしく、相川陽子と自己紹介していた。
ショートカットの彼女だが、ピアスを耳だけでなく鼻や瞼、唇にも付けている。服装も体のラインが分かる物を着用している。防具も額当て、胸当てと膝当てをしているのみで、何とも心許ない装備だ。
武器も細い槍で、刺突以外で使えそうもない。
「まあ、やってしまったのは仕方ないよ。それよりも、彼らに謝罪と弁償をしないと」
そう言ってアキヒロ達に視線を向けるのは、魔法使いのようにローブを羽織り、手には立派な杖を持っている古森蓮。他二人と同じ大学二回生の人物だった。
このパーティのリーダーは彼で、本当ならもう一人仲間がいるのだそうだが、別件でいないそうだ。
「いやー、本当にすまなかった。 モンスターと戦いの最中だったんだろ? 驚かせてしまったな、怪我とかしてないか?」
「いえ、大丈夫です。僕らも魔法の練習してただけですから……」
言えない。まさか彼らの採掘跡地でおこぼれに預かっていただなんて、とてもではないが言えない。
カズヤとサトルも同意見だったようで、スッと視線を逸らした。
「何かお詫びしないとな、何が良いか……」
「いえ、お気になさらず。 僕らも怪我した訳ではないので、安心して下さい」
「そういう訳にはいかん。 うちの新リーダーもお詫びしろと言っているしな、何より俺が気にする」
城戸は古森の方を見ると、何やら鞄の中から取り出していた。
それは三本の小瓶。中には青い液体が入っており、それがポーションだと分かる。
それを城戸に手渡すと、これでお詫びしろと背中を押した。
「すまない、今はこれしか持ってないんでな」
「そんな悪いですよ、そんな高い物を」
前は知らなかったが、ポーションの値段が一本一万円からだと知って卒倒しかけた。カズヤや田中が気軽に渡すので、スポーツドリンク感覚で飲んでいたのに、それが半月分の食費に匹敵するなんて思わなかった。
そんな高い物をポンと渡されても困ってしまう。遠慮しようと受け取るのを渋っていると、古森が優しげな表情を浮かべて口を開いた。
「受け取ってくれないか、城戸君って人に危害を加えると、夜も眠れないらしいんだ。体は大きくても小心者の彼を助けると思って、貰ってくれると助かるよ」
「小心者じゃない! 少し気が弱いだけだ!」
どうしようかと迷っているアキヒロだが、カズヤの方を見るとコクンと頷くので、じゃあと言ってポーションを受け取った。
「そのポーション代、城戸っち持ちね」
相川がポツリと呟くと、城戸が何とも言えない表情を浮かべていた。
そこで話が途切れたので、カズヤが前に出る。
「そろそろいいか、時間も迫っていてな、俺達はお暇しようと思うんだが」
「ああごめん、俺達も帰るから一緒に出よう」
「……帰りの戦闘はこちらに任せてもらいたい、いいか?」
古森の提案にカズヤは注文を付ける。
今日ダンジョンを潜ってモンスターと戦ったのは二回、エンカウント率が低くて経験を積めていないのだ。
「構わないよ、好きにしてもらって良い」
快諾してくれた古森達を背後に回して、アキヒロが先頭で進んで行く。中間にカズヤが入り、何かあった際に動けるようにしているのだ。
カズヤは古森達を信用していない。
見た目から学生の自分達を弱者と見做して、襲って来る可能性があると思っているのだ。
まあ、襲うなら出会った当初に来ているだろうと理解しているが、念の為である。
そんな警戒をしているカズヤだが、それを無視する存在もいる。
「お姉さん、めちゃくちゃ穴開けてますけど、痛くないんですか? パンク的なやつですか? あれ、ロックだったかな? やっぱりクラブ通いとかしてるんですか?」
この中で唯一の女性である相川に、鬼絡みしているサトルの姿があった。
「何なのアンタ、すごいグイグイ来るんですけど、初対面の距離感じゃなくね」
横を歩くサトルから距離を取ろうとする相川だが、何故か当然のように後を追うサトルの姿があった。
「お酒って美味しいですか? 彼氏っています? 悪い男ってモテるんですか? 女性って男のどういうところ見ます? やっぱ金ですか? 年収幾らくらいあったら付き合うラインなんですか?」
サトルはグイグイ攻める。
別に相川に興味がある訳ではない、どうせここを出たら関わらないんだし、女性のアレコレを今のうちに聞いとこうという腹積りなのだ。
自分に関わらない人物ならば、他人の迷惑を顧みない最低野郎の発想である。
流石に見過ごせなかったカズヤは、サトルに腹パンをかまして連れ戻す。
喧しくしたせいか、モンスターも現れてしまいアキヒロが一人で相手をしていた。
▽
ダンジョンから出ると、何故か古森達と連絡先を交換して別れた。
何だかんだ途中から普通に会話をしており、古森が高校の先輩だと知った。それが原因なのか気に入られてしまい、困ったことがあれば連絡してくれとの事らしい。
鬼絡みしたせいで相川の連絡先は聞けなかったが、サトルは安心している。
失礼な行動をしている自覚はあったようだ。
銭湯に寄って帰ろうと言っていたが、時間がかなり遅くなってしまったので、探索者協会で換金だけして解散となる。
「お帰りなさい、遅かったわね」
「うん、少しトラブルがあって。 母さんは寝てなくて大丈夫?」
「お陰様で良くなってるわ。 ご飯温めておくから、お風呂入って来なさい」
「うん」
母の横を通り浴室に向かう。
すれ違ったとき母は何かに気付いたようで「この匂いって……」と呟いていた。
アキヒロはその呟きに気付かないフリをして、浴室の扉を閉めた。
アキヒロは探索者になってからの事を思い出す。
まだ、探索者になって十日も経っていないが、もの凄く濃い時間だったと思う。
初めはサトルの提案に乗っかってダンジョンに向かい、田中という太った探索者に助けられた。
その田中の紹介で、疎遠になっていたカズヤとパーティを組む事になり、アキヒロの事情を説明すると助けてくれると宣言してくれた。
ダンジョンを潜る為に訓練を行い、人の終わりを見てショックを受けたが、探索者を辞める訳にもいかなかった。
サトルがアレを見てどう思ったのかは分からない。
アキヒロ自身、もし生活に困っていなければ、辞めていたと思っている。それ程、ショッキングな光景だったのだ。
もしかしたら、僕を誘ったから辞めづらいのかも知れないとそんな風に考えてしまう。
今度、二人になったら聞いてみようかなと思案する。
これまでの探索の成果は、正確な物はカズヤしか知らない。知りたければ教えると言われているが、カズヤの金の使い方からすると、私欲の為に使いそうになかった。
探索者の遺品を売り払った代金で、アキヒロとサトルの防具を揃えた。ビックアントの外郭を加工して作られた物で、新人探索者向けの装備でもある。
その装備を身に付けての戦闘に、最初は慣れなかったが、段々と動きは良くなって来たように思う。
魔法についてはまだ未熟だが、少しずつだが慣れて来ている。魔鋼石に向かって雷属性魔法を使用しているからか、魔力の流れが把握し易くなっており、発動の魔力量が減っているように感じるのだ。
これがレベルアップによる恩恵だけでなく、経験によって学習しているものだと思っている。
これがレベルによるモノだけでは、余りにも味気なく感じてしまうから。
少しずつで良いから成長して行こう。
そうグッと握って、新たに心に刻み込む。
手伝ってくれると言ってくれた仲間の為に、大切な家族の為に頑張るのだと、嘗て刻んだ人生の使い道に上書きするように、その胸に刻んだ。