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「妹ちゃんは元気してる?」
午前中の授業が終わり、昼食の時間となった。
鞄から弁当を取り出そうとすると、神庭柚月から話かけられた。
「う、うん、元気だよ」
急に声をかけられて、しどろもどろに答える。
何事かと周囲の視線が集まっており、居心地が悪い。
「あのさ、妹ちゃんってベタパンダって好き?」
「え? うん、好きだよ」
ベタパンダとはパンダを上を向かせて、上から押し潰したようなキャラクターだ。中央にデフォルメされたパンダの顔があり、手足が申し訳程度についている。今年、子供達に人気が出たキャラクターでもある。
そのベタパンダのグッズを取り出して、アキヒロに差し出す。
「これ、ベタパンダのストラップなんだけど、喜んでくれるかな?」
「これリナに?」
「うん。リナちゃんって言うんだね、妹ちゃん」
そうだ、自己紹介出来ていなかったんだと、前にスーパーで会った時の事を思い出す。
「ごめん、自己紹介してなかった」
「ふふ、いいよ、今知ったから。 それで喜んでくれそう?」
「うん、きっと喜ぶよ」
ありがとうと言って、柚月からストラップを受け取る。
妹にお土産が出来たなと顔が綻ぶ、でも弟のユウマに見つかったらねだられそうだなと心配にもなった。
「美野君ってお弁当なんだね、もしかして自分で作ってるの?」
「うん、昨日の残りが殆どだけど」
「凄いな〜、私も練習してるんだけどね」
「神庭さんなら直ぐに作れるようになるよ、僕も簡単なのしか作れないし」
「そうだと良いんだけどね……そうだ、コツとかあるの?」
「コツかー……」
そんな軽い会話をしていると、廊下の方から柚月を呼ぶ声が聞こえる。
どうやら友達と学食に行くようだ。
じゃあねと言って教室から出て行く柚月を見送り、アキヒロも弁当を机に広げる。
弁当の中身は、昨日の唐揚げの残りとポテトサラダ、朝に作ったウインナーと卵焼きというシンプルな弁当だ。弟や妹の遠足のようなイベントならば、もう少し手を加えるが、一人ならこれでも十分である。
さあ食べようとすると、サトルがずざざざーっと駆け込んで来た。
「おいこのアキヒロ! お前は神庭さんとどういう関係なんだ!?」
血相を変えて突撃して来たサトルの目は血走っており、嫉妬全開の様子だ。
「どういう関係って、ただのクラスメイトだよ」
「そうじゃない! なんでこれまで話た事ないのに、親しく会話してるのかって聞いてんだよ!」
「親しくって、普通に会話してただけだって、妹の事聞かれて、お弁当の話しただけだよ」
「妹?」
「うん。この前、スーパーで会って妹を紹介したんだ。それで、これ妹にって貰ったんだ」
そう言って手元にあるベタパンダのストラップを見せる。
するとサトルは、なぁーんだと言って隣の席に座った。
「まあ、そうだよな、神庭さんがアキなんかを気に掛けるはずないもんな」
「なんかって何だよ」
「気にすんな。ああ良かった、アキに先越されないで」
「先ってなに?」
「彼女だよ彼女! やっぱ高校生になったからには、女子と付き合いたいよな! その為に探索者になったんだしな」
そこまでして付き合いたいのかと疑問に思うアキヒロだが、それがサトルの原動力になっているなら、何も言うまいと頷いて同意する。
「でも、サトルって三年の九重先輩が好きなんでしょ? どうするのさ、日野先輩と付き合ってるって話みたいだけど」
「そんな事言うな! 九重先輩は誰とも付き合っていない!彼女は間違いなく処女だ!汚れなんて知らない天使なんだよ!」
「いや、誰もそこまで言って……ごめん」
激昂するサトルに言い訳しようとすると、もの凄い形相で睨まれた。まるで、彼女のためなら人殺しも厭わないといった雰囲気だ。おかげで、迫力に押されて、つい謝ってしまった。
「まあ、そんな話は後にして、カズヤ誘って飯食おうぜ。今週の予定も聞いときたいし」
サトルの提案で、カズヤの居る隣のクラスに向かう。
その後姿を目で追う人物がいたが、アキヒロ達はその存在に気付いていなかった。
▽
隣のクラスに到着すると、そこには一人で昼食を食べているカズヤの姿があった。
周囲はそれぞれ固まるか移動して食べているのだが、カズヤは教室のど真ん中で、一人で黙々と食事を口に運んでいた。
「……あいつスゲーな」
勿論、尊敬の念は無い。
教室の扉の前にいつまでも立っている訳にも行かないので、おーいとカズヤに呼び掛けて中に入る。
すると教室中の視線が二人に集まり、カズヤの方へと向かうと驚愕といった声が上がる。
あの厨二と……。あいつらも同類なんじゃね。あれって隣のクラスの……。
周囲の雑音を無視してカズヤの元に着くと、カズヤはチラリと二人を見て、食事に戻った。
「無視すんなよ、一緒に食おうぜ」
「食事中は静かにするものだぞ」
「お、おう、ってそうじゃねーよ、今週の予定を聞きに来たんだよ。飯食いながらで良いから教えてくれ」
カズヤはまたチラリと二人を見ると、弁当の蓋を閉じる。
「場所を変えよう」
カズヤに連れられて移動して向かったのは、学校の四階にある屋上前の踊り場だ。
先に上級生達が居たが、交渉して来るとカズヤが先に行くと、上級生は何も言わずに去って行った。
「……何したの?」
「普通にお願いしただけだ」
明らかにおかしかったが、二人は何も言えなかった。
以前のカズヤを知るアキヒロとサトルからすれば、カズヤは先輩と交渉などするような人物ではなかった。
少なくとも一学期までのカズヤは、良くも悪くもどこにでも居るような少年だった。
それが夏休み明け、まるで人が変わったように痛くなり厨二全開フルスロットル状態になっていたのだ。
男子、三日会わざれば刮目して見よとは三国志の言葉だが、何もそっち方面に変わらなくても良いだろう。
おかげでカズヤは孤立して、以前の友人達ですら距離を置いている。カズヤは気にしてないようだが、それで大丈夫なのかと心配になる。
「今週の予定だったな、食事をしながらで構わないから聞いてくれ」
人の気を知ってか知らずか、カズヤは言葉を続ける。
「先ずは来年3月までの目標を話しておこう、俺達は今年度中に20階クリアを目指す。 その為にも、お前たちには最低レベル10まで上げてもらう、後は装備を充実させる。 一昨日の探索で、運良く他の探索者の物資を手に入れる事が出来たが、それでも最低ランクの防具しか買えない。だから資金集めもするからな。 ここまで良いか?」
カズヤはペットボトルのお茶を一口飲む。
そこにサトルが手を上げる。
「ふがって、どうどくら」
「口の中を空にして喋れ」
「んっぐ、レベルってどのくらいで上がるんだ?モンスターを倒したら上がるのか?」
「お前たちはロールプレイングゲームはしたことあるか? あれはモンスターを倒せば、経験値を得てレベルを上げる事が出来るが、ダンジョンでそれは適用されない。 ダンジョンでは文字通り経験によってレベルが上がる。 新しい経験、人としての成長、強敵の撃破、他にもあるが、これらの経験を経てレベルが上がる」
「それって簡単な事なの?」
今度はアキヒロの質問だ。
「レベルが上がれば難しくなる。それでも、ダンジョンでは深く潜れば潜るほど困難が待ち構えている。先を目指すなら、嫌でもレベルは上がって行くぞ」
へーとカズヤの説明に感心する。
感心するが、どこか他人事のように聞こえてしまう。
それは、二人が探索者を始めた動機から来ているのだろう。サトルはモテると思ったから、アキヒロは家族の生活のために始めたのだ。どちらも深くまで潜る必要はない。ある程度まで行けば、アキヒロの目的は達成出来るし、サトルに至っては潜る必要さえない。
「それで今週は、引き続き剣を振ってもらう。昨日までの探索で分かっただろうが、まだまだ鍛錬が足りない」
「うへ〜、俺達さ魔法スキルを持ってるんだから、そっちの練習した方が良くないか?」
「それは魔力操作が上達してからで良い。今は一度か二度、魔法を使えば魔力切れになるくらいに魔力が少ない上、操作が下手だ。今はまだ、寝る前に魔法の練習をするだけでいい」
「魔力って増えないの?」
「増えない事はないが、微々たるものでしかない。それも、寝る前に練習するだけで十分なレベルだ。 増やしたいならレベルを上げた方が効率的だしな」
そんなもんなのかと納得する。
でも、一つだけ疑問が残った。
「カズヤはどうしてそんなに詳しいんだ?」
カズヤは明後日の方向を向いて、フッと笑い
「秘密だ」
と宣った。
イラッとした。
▽
学校が終わり、先週から引き続き剣を振り、解散となり保育園に妹を迎えに行く。
保育園から出て来たリナにベタパンダのストラップを渡すと、凄く喜んでいた。
今度、お礼を言おうねと言ってスーパーに向かう。
今日のスーパーは混雑しており、会計に時間が掛かったが、18時前には帰り着いた。
「明日から、お母さんが保育園のお迎えに行くから」
顔色も良くなり、体調が回復している母が言う。
まだ働けるほど体調は戻っていないが、保育園までの往復は出来るようだ。
「大丈夫? 無理してない?」
「お迎えくらい大丈夫よ。晩御飯の支度も任せなさい」
無理はしないでねと念を押して、晩御飯の支度に掛かる。
手際良く調理を終えると、母に後よろしくと言って家を出た。向かうのは、アルバイト先であるダンジョン。
外は真っ暗になっており、街灯と通り過ぎる車両のヘッドライトだけが頼りだ。自転車のライトも見えない事はないが、これは他の人達に注意を促す為の目印ではないかと思う程に弱い。
そして到着したダンジョンには、すでに二人が待っており、防具に身を包んでいた。
「遅れてごめん」
「俺達もさっき来たところだ。防具はギルドに置いてある。装備したら早く行こう」
アキヒロは頷くと、急いで装備を身に着ける。
二人、カズヤとサトルと合流するとダンジョンに向かった。
「サトは塾よかったの?」
「大丈夫だろ。週三で入ってたんだ、二回に減らしてもどって事ない」
「三回って多いね」
「何言ってんだよ、俺なんて少ない方だぜ。多い奴なんて五回以上とか入ってるからな」
「五回って毎日?」
「そう、休みの日も通ってる奴も居るんだぜ」
塾に通った事のないアキヒロは、それがどれだけ大変な事なのか分かっていない。それでも、凄く頭良いんだろうなと思った。
そして、サトルを見る。
…………。
「凄く頭良さそうだよね」
「今の間はなんだ?」
アキヒロは真っ直ぐ前を向いて構える。
サトルが何か言っているが、目の前のモンスターに集中しないといけないのでスルーしている。
「モンスターは一体だ。サトル前衛、サポートはアキヒロだ」
「了解」「分かった」
サトルが前に出る。
モンスターはゴブリン一体だが、手には大振りのナイフが握られている。
サトルはロングソードを構え、どっしりと腰を落とすと、待ちの構えでゴブリンと相対する。
上段に剣を振り上げ、間合いに入れば即座に斬る、そう意識を集中して行く。
アキヒロは横に周り、ゴブリンに隙があれば即座に斬り掛かるつもりで動いて行く。しかし、今回はあくまでサポートである。モンスターも一匹なので、サトルがミスしない限り動かなくて良い。
ゴブリンが動く、サトルを正面にから襲うつもりのようだ。
まるで上段に構えた剣が見えていないような特攻に、これは一撃で決まるなとカズヤは予想する。
「はあー!」
気合いと共に振り下ろされた剣に反応して、ゴブリンはナイフを剣の軌道に合わせる。
それでも、サトルの一撃を止められない。とそう思っていた。
しかし、サトルの一撃はゴブリンの横を通り空振った。
「は?」
その声が誰のものだったか分からない。
アキヒロからか、カズヤからか、もしかしたら二人の口からだったかもしれない。
外すはずのない一撃を外した。
そう思った。
「ひゅおー!!」
振り下ろした刃が返り、横薙ぎとなりゴブリンのガラ空きの腹を斬り裂いた。
「これぞ、燕返し」
残心を決め、ロングソードを鞘に直す。
そして自信満々に振り返り、どうよ!とドヤ顔で二人を見た。
「説教だ」
この後、カズヤによって説教が始まった。
ダンジョンは遊びではないのだ。道中の会話程度ならまだ許せるが、命のやり取りの戦いで遊ぶのはもってのほかだ。
ゴブリンが足を止めたから良いものを、あのまま突っ込まれたら重傷を負っていた恐れもある。だから、カズヤはこんこんと説教した。サトルが泣いても説教を止めなかった。
「何が燕返しだ。三拍も使った剣技のどこに燕返しの要素があるんだ。一拍まで洗練させてから……」
「カズヤ、もうそのくらいで……」
かれこれ三十分程説教を続け、サトルは涙を流しながら「ごめん」と呟いている。そろそろ、もう許して下さいと懇願して土下座しそうな勢いだ。
「時間か。仕方ない、次からは気をつけろ」
カズヤも時間を気にしたのか、サトルへの説教を中断して先に進む選択をした。
「うっうっ、ごめん」
サトルの背中を摩って、行こうと呼びかける。
説教終わった?とサトルが聞いて来るので、もう終わったよと言って上げると「やっとか」と涙も引っ込んで、いつも通りのサトルに戻っていた。
こいつ反省してねーなとアキヒロは思った。
▽
「おお、本当に光ってる」
採掘跡に到着すると、アキヒロは魔法を使って見せた。
魔鋼石が淡く輝き、バチバチと静電気を帯びる。
「これは、魔鋼石の特徴を利用したのか。魔鋼石には魔力が多く宿っているが、それが反応しているようだな」
「これって俺にも出来そう?」
「いや、無理だ。アキヒロの雷属性ならではだろう、もしかしたら光属性も反応するかも知れないがな」
ふーんと頷くサトル。
カズヤは興味深そうに観察しているが、それもアキヒロが魔法を解除して終了する。
アキヒロは魔鋼石の場所を覚えており、それを全て拾う。鞄に出来るだけ詰め込み、探索者協会に持って行くのだ。
「本当に全部、僕が貰って良いの?」
「構わない。そもそも、この方法はアキヒロでなければ出来ない手段だ。もしパーティの収入にするなら、改めて採掘するつもりだ」
カズヤが言い、サトルも頷いている。
そもそも、この集まりはアキヒロの手伝いを目的にしている。当のアキヒロが損しては意味がないのだ。
「ありがとう」
少しだけ波打った心で、二人に心から感謝した。
この後、二箇所の採掘跡を周り、魔鋼石を回収する。
一箇所は何も残っていなかったが、二箇所目は魔鋼石以外の物がアキヒロの魔法に反応した。
それは、魔法に反応したかと思うと突然大量の煙を吐き出した。
「うおっほ、ごほ、ごほ、これはギルドの売店に売っている救助要請用の煙幕だ。誰かが置いたのか、忘れていったんだろう」
「悪戯じゃないのか?」
「これ一つで五千円はするんだぞ、来るかどうかも分からない相手に仕掛けるのか?」
ごもっともな意見に納得する。
この煙は特殊な匂いも持っており、モロに浴びた三人は何とも言えない匂いを放っていた。
「うわ、くっさ! これ怒られるって」
「匂い自体は一時間くらいで無くなるらしいが、帰りに銭湯にでも寄るか」
「銭湯か、久しぶりだなぁ」
帰りに銭湯に寄る話をしていると、どこからか足音が聞こえて来る。それと同時に焦った声も聞こえて来た。
「おい!大丈夫か!?」
それが大学生の古森蓮と、そのパーティとの出会いだった。