29
死を齎す大鎌が走り、ゴブリンの命を刈り取っていく。
三匹のゴブリンは、何とか凶刃から逃れようと必死に動くが、鎌を操る者からしたらその動きは遅く、簡単に捉えられてしまう。
ギギッと断末魔を上げて、その命を終わらせていくゴブリン。
その場にいる全ての命を刈り取ったアキヒロは、まるで死神のように黒いマントを揺らして佇んでいた。
「これも剥ぎ取らないと……」
可能なら、価値の高い魔鉱石の採取のみに留めておきたいのだが、まだ年始というのもあって人が少なく、多くのモンスターとエンカウントしてしまう。
このまま放置しても問題はなく、ギルドもお休みなので保管するしかない状態だ。しかし、アキヒロの中にある勿体無い精神が、どうしても採取しろと訴えかけて来るのだ。
荷物の保管場所は、カズヤに頼んで借りてもらっている。
その保管場所は、ギルドから少し先にあるレンタルスペース屋で、普段は探索者の装備類を預かっている場所でもある。ただし、レンタルスペースというだけあり、用途はそれだけではない。広い空間を確保された場所や、一室を冷凍庫として活用可能な部屋も用意されており、大変重宝しているのだ
血肉は綺麗に落とした部位を台車に乗せる。
ギルドに直行できない以上、少量でも付いていては腐って悪臭を放ってしまう。一応、冷凍庫も置いているが、そんなに量は入らないので、最悪選抜しなくてはならない。
「まあ、魔鋼石がこれだけあれば十分だよね?」
たとえモンスターから採取した物を買い取ってもらえなくても、この休みの期間に十分な量の魔鋼石を集めている。
レンタルスペースのレンタル料を差し引いても、数十万の利益は見込めるはずである。
「よしっ!」
小さく拳を握り、日々の成果を見て、楽になっていく生活を実感する。
探索者をやり始めて、アキヒロの人生は間違いなく好転していた。
何度も命の危機に瀕しているが、それを補って余りある物を手に入れている。
それは金銭面だけでなく、サトルやカズヤ、新たに加わったミロクという仲間達。そして、はっきりと好意を抱いていると言える柚月という存在だ。
これで、恋人関係になれたら最高なのだが、柚月が自分のことをどう思っているのか分からず踏み出せないでいた。
周囲からすれば一目瞭然の関係なのだが、それがアキヒロには理解出来ない。
鈍感と言われたらそれまでだが、これまでの自身を抑圧して来た生活から、どうしても他人の感情の機微に疎くなっていた。
台車を引いてダンジョンを出ると、外は薄暗くなっていた。
外に出て少しすると、スマホにメッセージが届いたと通知が来る。スマホを取り出し画面を見ると、十件以上のメッセージが溜まっていた。
ダンジョン内では電波が届かないため、地上に出ると何件か届くのはこれまでにもあったが、この数は初めてである。
スマホの画面を操作してメッセージに目を通す。
アキヒロはその場に台車を下ろすと、宵闇の大鎌を分解し、魔変のマントで絡んで走り出した。
アキヒロが見たメッセージには、ミロクからの助けを求めるものと、サトルが急いで駆け付けている内容だった。
▽
ミロクは、柚月と合流してからも三人でショッピングを楽しんでいた。とは言っても、ミロクは二人の後を付いて行き、相槌を打つだけのマシーンと化していたが。
モデル並みの柚月と、それに引けを取らないあかり、マスクと前髪で顔を隠したミロクという、何とも珍妙なのが混ざっているが、概ね今ごろの女子の集まりである。
「次あっち行ってみようよ」
「少し休憩しない?もう歩きっぱなしだし」
「そう?ミロクはどう?」
いつの間にか、柚月からの葉隠さんからミロクに呼び方が変わっていた。
ほんの数時間一緒にいただけだが、ミロクも必死に声を絞り出して会話したので、それなりに仲良くなっていた。
「私は、大丈夫、です」
「だって、結構体力あるね」
「ダンジョン、潜ってるから、それなりには」
「そうだった、ミロクも体力オバケだった。私だけが一般人」
「何よ、私は探索者やってないでしょ」
「柚月は体力あり過ぎるの。弓道部でも一人だけ撃ち続けてるし、体力も集中力も異常なの」
「弓道部?」
「そう、私たち弓道部。ミロクも興味ある?」
「私、クロスボウ、使ってるから、練習出来たら、したい」
「クロスボウかぁ、弓道とは違うかな。 でも、弓の練習なら出来ると思うよ。探索者は大会には出場できないけどね」
「出場できないの?」
「うん、そうだよ。あっ、あそこに座ろうよ」
ちょうど公園の入り口に来ており、あかりが指し示した方向にはベンチがあった。
そこに三人で腰を下ろし、のんびりと会話を再開する。
内容は、どうして探索者は大会に出れないのかというものだったが、残念ながら厳密にその理由を知る者はいなかった。ただ単に、探索者は大会には出場出来ないし、大会前に検査が行われるという、柚月達が経験した内容だけを話した。
探索者が大会への参加が禁じられているのは、選手の公平性を保つ為だ。
ダンジョンという手軽に身体能力を高める場所があり、そこで鍛えた者が選手として参加すれば、間違いなく一般の選手では太刀打ち出来ない。
これが文化部ならば、まだ良いのだが、運動部に関して言えばゴリラと争っているようなものになってしまう。
そんな状態で競っても競技として成立せず、対戦相手を簡単に怪我をさせてしまうだろう。それは詰まるところのスポーツの衰退に繋がってしまう。
だから、全ての大会において、探索者の出場は禁止されているのである。
三人で座って話しているというのもあり、時間はあっという間に過ぎて行く。そのうち、段々と陽が傾いていき、空には帳が降りかけていた。
「……あの人、追われてない?」
そんな時である、公園の入り口から女性が駆けて来ているのを見つけたのは。そして、その女性の後ろを男三人が追っていたのである。
「あっ、あの人……」
「知り合い?」
「違う、でも見たことある」
追われている女性にミロクは見覚えがあった。
それはアキヒロ達と初めてダンジョンに潜った日の事で、JKミロを知る人物が連れていた女性だった。
ダンジョンの中なのに、装備を身に付けていなかったので印象に残っていた。
「助けないと!」
「え!?危ないって!それより警察に通報しないと!」
「こっち、来てる」
逃げている女性が進む方向を変えて、ミロク達がいる方へと向かって来ていた。
それは、ミロク達に助けを求めてではなく、女性が進もうとしていた先に親子連れがいた。巻き込む訳にもいかず、進行方向を変えたのだ。
「どうする!? ってか、めっちゃ足速くない?」
「多分、探索者だよね?」
「もしかして、この前、言ってたやつ?」
思い出していたのは、新年早々に出会った厨二病の痛い青年、総司のことだった。
総司は学生の探索者が犯罪を犯していると言っていた。もしも男達がその犯人なら、目の前の女性は狙われているのだろう。
だとしたら、連絡先は総司ということになる。
「連絡、お願い」
「ミロク?」
二人にそう告げて、ミロクは前に出る。
本来なら、事情も分からないのに関わるべきではない。それでも、罪を犯している学生の話を聞いて、女性が狙われていると知っては見て見ぬ振りは出来なかった。
狙うは男三人。
ミロクに彼らを倒す力は無いが、足止めする手段ならある。
「ミシロ、お願い」
「ナー」
ミロクの影から声が出ると、一部が切り離されて男達に向かって行く。
女性とすれ違い男達と接近すると、黒い影から白い猫が現れて先頭の男が驚いて転んでしまう。
「うおっ!?」
「おい、何やって!?」
「何だコイツ、邪魔だ!」
ミシロは先頭の男を転ばすと、他二人に飛び回ってその動きを止める。直接危害を加えるようなことはしない。理由は事情が分からないから。これで、もしも問題が女性にあれば、ミロクは一方的に危害を加えた者になってしまうから。
しかし、その心配もなくなってしまう。
「この野郎!」
男の一人が、探索者が使う短剣を取り出してミシロに斬り掛かったのである。
たとえ探索者でも、外で武器を取り出すのは銃刀法違反に当たる。持ち運びするのは可能だが、危害を加えるための行為は立派な犯罪である。
因みに、他人に魔法や召喚獣を使用するのも犯罪だったりする。
ミシロは攻撃を巧みに交わして、女性が逃げる時間を稼ぐ。
それに気付いた女性が背後を振り返り、正面にいるミロクが助けてくれたのだと気付いた。そして、巻き込んでしまったと気付いて、苦虫を噛み潰したような顔をしてしまう。
「巻き込んでごめん! 逃げるよ!」
「へ? ちょ!?」
「えっ待って!」
「なになに!?待ってよ!」
女性がミロクの手を引いて走り出し、それに気付いた柚月とあかりが後を追って走り出す。
そして、ミロクが離れたことで、召喚していたミシロも影に潜って姿を消してしまう。
男達は姿の消えた白い猫に驚くが、公園から出ていく四人の女を見て、してやられたのだと察した。
「あいつらだ!」
「舐めやがって!」
「早く捕まえるぞ!ユウスケに殺される!」
早く連れていかないと何をされるか分からない恐怖に、男達は必死になって追いかける。
男達の目標である女三人の所在を掴むのは簡単だった。
三人は固まって行動しており、だいたい決まった場所に集まり遊んでいたのだ。
そして、彼女達のスキルも把握する。
相川真里亞のスキルは『合気』という物理攻撃を避けるのに長けたスキルである。
続く古森玲奈は『紙操作』。このスキルは紙類を武器や防具として使用できる能力である。
最後に城戸めぐりのスキルは『回廊』、一定の場所に通路を作り出すという、何とも使えるのか使えないのか奇妙なスキルだった。そして、このスキルによって逃走を許してしまった。
三人を捕まえるのに苦労はしなかった。
二十人もいる男達が一斉に彼女達を囲み、反抗する隙も与えず拉致し車に押し込んだのだ。
これで終わりだと油断していたら、城戸めぐりがスキルを使用して、車両を破壊して通路を作り出したのである。
まんまと三人まとめて逃げられてしまった。
しかも、女達は別々に逃げており、こちらも別れる必要が出て来た。
更に言えば、逃げられた時点で男達は追い込まれていた。道路で車に大穴が空いて、中から女の子が逃げ出しており注目を集めてしまった。その上、女の誰かが警察に逃げ込めば、そこでゲームセットである。
だから、更に人を割く必要が出来てしまった。
半分を警察署、派出所周辺に急いで向かわせ、残りで女達の追跡になったのだ。
男のスマホが鳴る。
走りながら画面を見ると、一人捕まえたというメッセージが届いていた。それも、ユウスケから遅かったチームが罰ゲームという脅迫文も一緒にだ。
「急げ!」
男の一人が怒鳴り、必死に追い掛ける。
男達は気付いていない、いや、気付いていても引き返せなくなっていた。
この計画は、目立った時点で失敗なのだ。
誰かが異変に気付いて通報した時点で終わりなのだ。
その事実に目を背けて、ユウスケという暴力に従い続けるしかなかった。
▽
「あー終わったー」
新年二日目から始まった塾の冬季講習を終えたサトルは、荷物をまとめて帰ろうとしていた。
「大岩君、最近頑張っているね」
「ええ、まあ、ぼちぼちです」
教師から褒められて、頬を掻いて照れ隠しをする。
サトルは、ここ最近成績が伸びて来ていた。
講習中に行ったテストでも確かな成績を出しており、これまでにないほど授業に集中出来ている。
正直、冬季講習でここまで成果が上がるとは思っていなかったので、自分自身でも驚いていた。
「毎日遅くまで勉強しているのかな? 先生が言うべきじゃないけど、気晴らしくらいはした方がいいよ」
「それは大丈夫です、友達とストレス解消はしているんで」
「へー、それは何なのか聞いてもっ!?」
先生が何かを言おうとしたとき、外から大きな衝突音が鳴り響いた。
騒つく教室に、生徒たちがお互いに何が起こったのだろうと尋ね合う。しかし、音の原因を知る者がいるはずもなく、一人の先生が代表して確認しに行くことになった。
「何だろうね?」
「雷でも落ちたか」
「事故じゃない?」
そんな会話がチラホラと聞こえてきて、やがて救急車のサイレンの音が鳴り響く。
先生が戻って来ると状況を説明してくれた。
どうやら車が単独事故を起こしたらしく、車両の後部座席から後輪までが無くなっており、乗車していた数名が怪我をしたらしい。
「結構な事故じゃね?」
「うん」
サトルはそう呟くと、隣にいた同級生が相槌を打ってくれた。
同級生と言っても、彼は別の伝統ある高校の生徒であり、サトル達が通うような高校とはレベルが違ってたりする。
その同級生はキノコカットが特徴的で、見た目は若干幼く見えるが、どこにでもいる普通の高校生である。
その同級生と怖いねなんて会話をしていると、先生から特に問題はないと告げられ、じゃあと言って同級生と別れた。
塾を出ると、向かい側の道路に救急車だけでなく警察車両も停まっており、なかなか大変な事が起こっているのだと察する。
もしかしたら、誰か亡くなったのかもな。
どこの誰とも知らない人が亡くなっても、それを悲しめるほどサトルは情緒不安定ではない。ただ、仮に知り合いが含まれていたら、きっと泣き叫ぶだろうなぁとぼんやり考えていた。
駅へと向かい、改札にスマホを翳して構内に入る。
次の電車まで時間があり、駅のベンチに座ってぼんやりと考える。
去年は彼女出来なかったなぁ〜。
くそどうでもいい事に思考が傾き、周囲にいるカップルに嫉妬に染まった殺意が湧く。
まあ、それでも、去年はいろんな経験をしたなと振り返る。
アキヒロを誘導して探索者になった。
ぶっちゃけ、アキヒロを探索者にしたのはサトルの欲望の為である。だが、探索者を始めた事でアキヒロは救われてるんだから、プラマイゼロだろうと勝手に思っている。
探索者をやって人の死を見て、自分も死に掛けた。
正直、怖くて辞めようかと考えたが、アキヒロという親友と、頼れるのかは不明だが少しアホなリーダーがいると大丈夫なような気がしていた。
それに新たに加わったミロクのおかげで、彼女が出来る可能性が高まっており、今では辞めようとも思わなくなっていた。
「不思議なこともあるもんじゃい」
ベンチに深く腰掛けて独り言を呟く。
不思議な事と言えば他にもある。
塾の成績でもそうだが、勉強が面白いほどに理解できて、覚えてしまうのだ。
これもきっと、探索者をやっているからだろう。
探索者にはレベルという物があり、経験を経てレベルを上げると、身体能力が飛躍的に上昇する。
そして、その影響が頭の方にも表れているのではないかと推測しているのだ。
「でもなぁ、カズヤを見ているとなぁ……」
いつもは偉そうなのに、勉強はからっきしなリーダーを思い浮かべる。
ダンジョンでは頼れる存在なのだが、こと外に出るとどこかズレている。厨二病と言えばそれまでだが、何かそれ以上の自信を持っているようにも感じるのだ。
結局のところ、よく分からん奴、でカズヤの感想は終わってしまう。
駅に電車が到着するというアナウンスが流れる。
そろそろかと立ち上がると、スマホが鳴りメッセージの着信を知らせる。
『追われる 助けて!』
ミロクからの短いメッセージだった。
驚いてスマホを落としそうになるが、どういう状況なのか聞かないと何も出来ない。
『なに、どうした!?』
メッセージを送ると直ぐに返信が来る。
『男の人に追われてる 場所××公園から出た所』
『俺近くいるから直ぐ向かう』
『り 今×××の横通った』
電車が到着を知らせる警報が鳴り響き、ガタンゴトンと音を鳴らして電車が到着する。
サトルはそれには乗らずに、駅から出る為に改札に向かった。
全ては仲間を助ける為である。




