27
人混みの中で屋台を楽しんでいるアキヒロ達。
それをこっそりと、しているつもりはないが、何故か気付いてもらえないミロクが後を着いていく。
別にストーカーするつもりはなく、見知った人物を見つけたので声を掛けようとしたのだが、見目の良い兄と妹の姿に尊さを感じてしまい近付けなかった。
そんな中、神庭柚月と有明あかりが接近したので、じゃあ私もと、これまでにない積極的な行動を取ったのだ。
しかし、気付いてもらえない。
声を掛ければ気付いてもらえるかと思ったが、人混みに声をかき消されて届かない。
せっかく陽キャ気分を味わおうと、人混みに単身突撃したのに、これでは何の成果もなく惨めな気分を味わって終わってしまう。
それは嫌だなぁと思い、ミシロを召喚した。
自分が気付いてもらえないなら、自分より存在感のある召喚獣にお願いするのだ。
「ミシロ、お願い」
「ナー」
トプンと影に飛び込むと、一直線にアキヒロに向かって行く。
その様子を見ていた人達は、何が起こったのか分からず幻覚でも見たのかと錯覚する。見間違いだろうと大半の人が思うが、数人探索者もおり、あれが何らかの魔法だろうと気付いていた。
「こんな所で何をやっている」
その声は、ミロクへと背後から掛けられたものだった。
最初、それが自分に向けられたものだとは思わずに、ミシロに気付いたアキヒロ達の元へと向かおうとしていた。
だがそれは、背後からガッと肩を掴まれて阻まれてしまう。
一体なに!?とパニックになりながら振り返ると、そこには左目を前髪で隠した青年が立っていた。
何故かその青年からは、カズヤに似たそこはかとない厨二臭が醸し出されている。
やべー奴に絡まれた!?
急に見知らぬ男性に触れられたのと、その男が厄介そうな感じがして恐れ慄いてしまう。
「……誰?」
必死に喉の奥から搾り出した言葉は、か細く聞き取れないレベルのものだった。それでも、この青年には届いたようで、前髪に触れてしっかりと返答する。
「ふっ、俺か? 残念ながら、貴様に名乗るような名など無い」
やっぱりやべー奴だった。
カズヤはまだ理性的に会話出来ていたが、この青年とは会話が成り立たないような気がする。
つまり、悪い方の厨二病である。
「まあ、教えてやらん訳でもない。ただし、貴様が名乗ればな」
「ひゃ!?」
ふっとニヒルに笑う青年に、背筋がゾワゾワとする。
これはもしかしたら、心筋梗塞の前兆なのかも知れない。この青年には人を死に至らしめる何かがあり、それがミロクに牙を向いているのかも知れない。
「ミロクさん?」
ミロクが死の危機に瀕していると、どこからともなく親衛隊Rであるアキヒロが登場する。
その手にはミシロがおり、連れて来てやったぞとナーと鳴いていた。
助かった!と急いでアキヒロの背後に隠れるミロク。
「アキヒロ君、変な人がいる」
「変っ!?」
割とガチでビビっていたミロクからすれば、アキヒロはガチで救世主的な存在に格上げされていた。
そして、目の前の痛々しい青年は、ミロクの一言が胸に突き刺さったのか、呼吸が荒くなり苦しんでいる。
「あの、大丈夫ですか?」
「はあ、はあ、はあ、問題ない。今どきの娘には、俺の良さは伝わらない。それだけの話だ」
発作でも起こしたかのように、苦しむ青年をアキヒロは心配する。
いや、それより私だろうとミロクはアキヒロの黒いコートをギュッと握った。そして、それが通じたのか、アキヒロはミロクの方に振り向き問い掛ける。
「ミロクさん、この人と知り合い?」
首を左右に振り、否定する。
こんなヤバそうな知り合いは、一人いれば十分である。つまり、カズヤだけでお腹いっぱいなのだ。これ以上は受け付けない。このままでは、食あたりを起こしてしまう。
「ふっ、俺には分かる。貴様も探索者だな?」
「え? ええ、そうですけど……」
ここでアキヒロも気付く。
こいつ厄介だと。
「アキヒロ君!大丈…ぶ?」
なかなか戻って来ないアキヒロを心配して、柚月とあかり、妹のリナまで来てしまった。
柚月はアキヒロの名前を呼ぶが、他二人の顔を初めて見たので言葉に詰まり、ミロクがアキヒロの服を掴んでいるのを見てピクリと眉を顰めた。
「めんこい女ば連れて……」
それに加えて、青年からも嫉妬混じりの視線を受けるアキヒロ。
ピシリと空気が固まったような感覚に、肌寒い気温にも関わらず変な汗が溢れ出る。
誰か助けて。
その心の声は、腕の中にいるミシロに届く。
「ナー」と泣いたミシロはその身を溶かして、地面に落ち、そのまま形を保てずに、影の中へと消えてしまった。
「はふあっ」
背後でアキヒロに隠れていたミロクが、力尽きたかのような声を上げて倒れる。
「ミロクさん!?」
「これは……魔力切れだな。そこの男、アキヒロと言ったな。その娘を連れて着いて来い、話がある」
「はい?」
有無を言わせぬ青年の態度に反発しそうになる。しかし、その態度を表に出す事はなく、大人しく従う。
それは、ここで争う訳にはいかないというのと、もう一つの理由が、この青年が強いという事だ。
その強さがどの程度のものかは分からないが、少なくともアキヒロがどう足掻いて太刀打ちできるものではなかった。
それこそ、昨日放送されていたグラディエーターに出場していた選手並みに強いかも知れない。そんな予感を、この青年から感じていた。
「早く来い」
柚月に妹をお願いと頼んで、急かす青年の後に着いて行く。
動けなくなったミロクを背負い着いて行くと、人混みから離れて、小さな公園にたどり着いた。
▽
「では自己紹介をしよう……と思ったが、どうして女も連れて来ている?」
「えっと……どうしてでしょうね?」
あははっと笑って誤魔化して、当たり前のように着いて来た女子三人を見る。
指名されたのは、アキヒロとミロクだったのだが、そんなの知ったことじゃないと、この公園まで着いて来てしまったのだ。
「何の話があるんです? 私達が聞いちゃいけないことなんですか?」
何故か攻撃的になっている柚月が、一歩前に出て青年に歩み寄る。
なして怒ってるだか〜と困惑する青年だが、別に聞かれて困る事でもないし、注意喚起にもなるので問題ないだろうと判断する。
「別に問題ない、寧ろ知っておいた方が良いだろう。この街で何が起こっているのかを……」
意味深な言葉を使い、興味を持たせようとしているのだろう。
アキヒロとしては正直興味無いのだが、何か悪い事が起こって、それで後悔するのも嫌なので一応聞く姿勢を取る。
だが、その前に……。
「名前、教えてもらって良いですか?」
「むっ、そうだな、俺は動念総司。見ての通りの探索者観察署の者だ」
どこが見ての通りなのか不明だが、探索者観察署なる物を初めて聞いたアキヒロは、それがどういった所なのか分からない。
「僕は美野アキヒロと言います。背中にいるのが葉隠ミロクさん。それでこちらが神庭柚月さん、有明あかりさん、僕の妹のリナです」
「ふっ、覚えきれん。とりあえずアキヒロとミロクの名前は覚えたぞ」
「……そうですか。ところで、探索者観察署って何なんですか?」
「そこからか……いや、それもそうか」
動念総司と名乗った青年は、それも仕方ないかと納得して、探索者観察署という部署が何なのかを簡単に説明する。
探索者観察署は、言ってしまえば探索者を専門に取り締まる警察の事である。犯罪を犯した探索者を制圧、制裁を加え、然るべき処置を行う組織。
当然、探索者を相手にする以上、人員の殆どが探索者で構成されている。そして、そこに所属する探索者の全てが特別であり、40階を突破した者達である。
「40っ!?」
「ふっ、そんなに恐ることはない。俺はお前の敵ではないのだからな」
40階を突破したと聞いて、アキヒロは驚く。
今アキヒロ達が行けるのがダンジョン16階。そこでも、モンスター相手に苦戦しており、死に掛けることもある。仲間を新たに増やして、戦力を増強しようとしたのもこの為だ。
それが、目の前の青年は、アキヒロ達がいる所を軽く超える40階まで到達している。
それを聞いて、アキヒロは恐怖する。
探索者になる前なら、凄いですねと相槌を打ち、軽く流していただろう。だが、遥か格上の総司を怖いと思ってしまった。
ダンジョンを潜るようになって、より深く理解してしまったのだ。この世には、決して抗えない存在がいるという事を。自然災害と同じように、ただ過ぎ去るのを待つしか出来ないアキヒロでは、逆らうことも許されない。
もしも、総司が気まぐれを起こせば、アキヒロはだけではなく、この場に居る皆が一瞬で殺されてしまうだろう。
その事実を認識したアキヒロの体は、小さく震えていた。
しかし、そんな気持ちも柚月から話しかけられて霧散してしまう。
「ねえ、アキヒロ君、葉隠さん預ろうか?」
「え? あ、ああうん、お願い」
「んえ?」
何気ないやり取りだった。
それだけで、平常心を取り戻すことが出来た。
微笑んでくれる柚月はそっとミロクを支えて、アキヒロに大丈夫?と耳元で囁く。
その問いに頷いて返して、大丈夫と伝える。
それがおかしくて、お互いにふふっと笑いあった。
「こんにゃろめ、見せ付けよって」
「お二人さん、盛り上がっているところ悪いけど、あの人めっちゃ睨んでるよ」
何だか二人の甘い空間が作り出され、それを嫉妬の篭った眼差しで睨んでいる総司がいた。
「あの、どうかしました?」
「っ!? いや何でもない、話を戻そう。先程そこのミロクが、人混みで魔法を使用したな?」
「んあ?」
魔力が枯渇したミロクは、話は聞こえていても反応することが出来ないほどぐったりとしていた。
しかしそれが、スキルを使用した証拠でもある。
「そう、ですね。ミロクさんは召喚獣を召喚しました」
「召喚獣?」
あかりが聞き慣れた言葉に反応する。
ゲームではありきたりの単語ではあるが、現実世界でそれを聞く機会など滅多に無い。ましてや、それが身近でである。
有明あかりは男性同士の恋愛が大好きだ。
アキヒロとカズヤのカップリングがまやかしだと知って、何だよつまんね、とがっかりしたのは記憶に新しい。
そんな腐女子寄りのあかりだが、ネタ収集の為にゲームも嗜んでいる。その中にはファイナルなRPGも含まれており、その世界観に魅了されたものである。
勿論、第一の目的は誰々のカップリングを探す事だが、それなりにゲームも楽しんでおり、そのファンタジーに出て来る召喚獣と聞いて、もの凄く興味を惹かれたのだ。
「えっと、ミロクさん言っていい?」
アキヒロは一応ミロクに尋ねる。
ミシロを見せているので今更ではあるが、スキルを他人に知らせるのは命取りになると、リーダーに口酸っぱく言われているのもあり許可が欲しかった。
総司が相手では、スキルがどうとか関係なく敵わないので、秘密にする事の方が不利益は大きいと判断して知らせようと思ったのだ。しかし、二人は別だ。信頼はしているが、部外者でもある。ましてや、ミロクとは初対面である。
よく知らない人に、勝手に教えて良い話ではない。
柚月に支えられたミロクは、一度頷くと「秘密にしてくれるなら」とボソボソと呟いた。
許可をもらい、アキヒロは召喚獣について説明をする。
とは言っても、詳しく知っている訳ではないので、聞き齧った程度のものでしかないが。
先程の白猫のような虎がミロクの召喚獣であり、ミシロという名前だという事。そして、今のミロクの状態が、ミシロを召喚した影響でこうなっているという内容を伝えた。
あかりから種類は他にもいるのかとも聞かれたが、詳しくはカズヤに聞いてくれとお願いする。
学校の成績はイマイチでも、そっち方面には聡い我らがリーダーに丸投げである。
「そっか、休み明けにでも聞いてみる」
うんうんと頷くあかりは、きっと召喚獣が使いたいんだろうなと察することが出来た。
「もういいか?」
「あっすいません。どうぞ続きを」
放置していたせいか、総司はむすっとした顔でアキヒロを見ていた。
「これは忠告だ。ダンジョン外で、不用意にスキルや魔法は使用するな。下手をすれば粛清対象になるぞ」
不機嫌そうな顔で述べた言葉は、脅しとも取れる内容だったが、こちらを心配しているとも捉えれる。
しかし、その理由が分からず、総司に問い返す。
「どうしてですか? ギルドでそういうのを注意された事はないですけど」
「ふっ、そうだろうな、まだひよっこのアキヒロでは理解出来ないだろう。仕方ない、説明してやろう……」
話が長くなったので、要約すると二点上げられる。
一つは他の探索者が驚いて反応し、攻撃を受ける恐れがあるというもの。
そしてもう一つが、今、この街で学生の探索者による犯罪が多発しており、下手にスキルを使用すれば捕縛又は粛清される可能性があると言うのだ。
たったこれだけの説明を十分間、たっぷり掛けてされてしまった。
「俺は人の善し悪しが分かる男、ミロクがそんな奴ではないのはお見通しだ。だが、他の奴らは違う。なかには免罪符を盾に、動く連中もいる。仲間が居るなら忠告しておけ、死にたくなかったら大人しくしておけとな」
うちの上司が出張ったら終わるから特にな。
そこまでは言わなかったが、ここに居ない上司を思い浮かべて身震いする。
あの男が関われば、学生だろうと何だろうと、事情などそっちのけで破壊される。それこそ、身も心も殺された方がマシと思えるくらいに。
「おっかねーだなぁ」
「え、なんて?」
「んっんん〜、何でもないさ。ところで、何か質問はあるか?L◯NEの交換をしてやっても良いぞ」
「じゃあ、ひとつだけ。学生の探索者って何をやったんですか?」
「それはな、婦女暴行だ」
今の言葉を聞いて、何故かサトルの顔が頭に浮かんで来たのはどうしてだろう。特に他意はないのだが、どうしても日頃の行いから連想してしまった。
「他にも強盗に窃盗、暴行と多岐にわたる。犯人も複数人確認され、組織立った動きが見られる。最初は半グレ連中が、無知な探索者を囲い入れたと思っていたんだがな、どうにも様子が違っていた」
裏に何らかの組織がある訳ではなく、学生が主体となって犯罪を犯しているというのが、徐々に判明していた。
その主犯がこの街に潜伏しているのも分かっており、今は調査中という事らしい。
「それで、わざわざ正月にも関わらず捜査しているんですね」
「……」
「っ!?私、何か言っちゃった!?」
総司の目から一雫の涙が溢れた。
何気ない柚月の言葉が、総司の心の傷を抉ってしまったのだ。
総司だって新年早々から働きたくなかった。
それは総司に限らず全ての人がそうだろう。
事実、探索者監察署も基本的には休日で、最低限の人員しか待機していない。特に総司が所属するチームは優秀で、これまでの功績もあり年末年始はお休みなのだ。
チームで海外にバカンスに出掛ける予定もあり、心の底から楽しみにしていたのだ。
それなのに、総司はここにいる。
それは何故か。
理由は簡単、総司はパスポートを持っていなかったのだ。
一人寂しく空港に取り残されたあの思いを、悲しみを、総司は一生忘れる事はないだろう。
『何か事件が起こったようなので、ちょうど良かった。総司君、私達が帰るまでに解決しておいて下さいね』
腹黒いリーダーが、笑いを堪えている姿は流石に腹が立った。まあ、逆らう気概は残念ながら総司には無いのだが。
「大丈夫ですか?」
ハンドバッグからハンカチを取り出して差し出す柚月。
完全に総司の自業自得なのだが、事情を知らない柚月からすれば、まるで自分が泣かしてしまったようで責任を感じてしまう。
総司はそのハンカチを受け取ると、そっと自身の涙を拭った。その時、これまで嗅いだ事のない良い匂いを感じてしまう。
どうでもいい話だが、総司はド田舎出身で、学校の全校生徒数も二桁に届かない限界な地域で育った。
そんなド田舎のなかでも、引っ込み思案だった総司の青春は、それはもう灰色一色に染まってしまった。
もしも、もしもだ。
同級生にこの子のような子がいてくれたら、もしかしたらオラの青春は薔薇色だったかもしんない、そんな風に考えてしまう。
「え、あの、離して下さい」
ハンカチを返すついでにその手を握ってしまった。
同僚の探索者とは違った柔らかい感触、いつも嗅いでいる香水とは違う良い匂い。
それらを堪能して、変態に片足を突っ込んだ総司の青春は報われた気がした。
しかし、それも若い怒りの前に阻止される。
「いい加減、柚月の手を離せ」
小声で、総司のみに見える位置で、平静ながらも怒りに満ちた目つきでアキヒロが総司の手を掴んだ。
ギチギチとなる手に、おおっと感心の声を上げてしまう。
総司の見立てでは、アキヒロのレベルは6〜8といったところだった。それなのに、魔力による身体強化が出来ている。31階以降では必須の技術ではあるが、まだ20階を超えていないのに使えるとは思っていなかった。
若しくは、スキルが身体強化ならば話は別だが。
試してみるか?
アキヒロに興味が湧き、軽く攻撃しようかと逡巡する。しかし、小さな子もいるので自重しておく。
この一線を越えたら、今度は自分が粛清の対象になるのは理解している。もしも、周囲を巻き込んで暴れたら、師でもある黒い男は笑いながら殺しに来るに違いない。
まったく恐ろしい話だ。
ふっ冗談だと宣って、総司は柚月の手を離す。
どこが冗談だと問い詰めたい気持ちを押し殺して、軽蔑した眼差しで皆が総司を見ていた。
「うおっほん! 分かったな、この街は今危ない状況にある。特に女性は気を付けろ、狙われているのは美しい女性のようだからな」
場を閉めるように発言した総司は、無理矢理連絡先を交換すると、
「彼方から俺を呼ぶ声が聞こえる」
と訳の分からない事を呟きながら去って行った。




