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「うん、うん、そうなんだよ、ダンジョンって大変なんだよ。 何かあったのって? うーん、ちょっとキツイことがあったかな。 違う違う、私の事じゃなくて、他の人のことなんだけどね……」
久しぶりにゲーム配信を行い、終了後に雑談でリスナーとやり取りをしていた。その中には、未だにアンチもおり、誹謗中傷のコメントがなかなか無くならない。いや、配信者をしている限り、一生無くなることはないのだろう。
「近いうちに探索活動の動画上げたいけど、需要あるかな? 大丈夫そう? 今回はグロ無しだから安心して。 ちょっと編集に梃子摺っちゃってる。 あのね、親衛隊の人の顔が映ってるのが多くて、沢山カットしてるんだ」
この前のサトルの活躍も、本来なら使いたいところだが、思いっきりカメラ目線でポーズを決めていたのでお蔵入りである。
「グラディエーター? ああ、あれ、私わかんないしなぁ、同時視聴はしないかなぁ。 ていうよりその日、大晦日じゃん! みんなだってミロの配信見る余裕ないでしょ!」
その発言に、暇、一人だから大丈夫、独身舐めんな、ニートですとコメントが流れ、リスナーの闇を垣間見た気がした。
「お正月は家族で過ごすつもりぃ。 初詣? 初詣ってなに?この世にそんな行事存在しないよ。 えっ?怒ってないよ、大丈夫、誰と行くか言ってみなよ、えーと、今のコメントは×××さんね。あー、ミロ以外にも沢山チャンネル登録してるね。やっぱり女の子と行くのかな? 早く教えてよ、ミロ気になっちゃうなー」
ヤンデレのデレが無いバージョン、厄介ミロミロとコメントが流れ、笑顔で対応していく。
実際に怒っている訳ではなく、そういう絡みなのだ。昔からいるリスナーは分かっているが、純粋に怒っていると思っている新規のリスナーも居るようである。
なので、ここら辺で嘘嘘と訂正して、普通の対応へと戻していく。
大晦日に正月。
例年なら父親の実家に帰って親戚と会ったりするのだが、今年は父親が仕事で忙しいらしく、帰省しないことになっていた。
お正月どうしようかなぁ。
そんな事を考えながら、数時間の配信を終えた。
▽
「兄ちゃん、準備できた」
妹のリナが新しいお洋服と、外に出ても寒くないように赤色のコートにピンクマフラーを身け、手には白いふわふわの手袋をしている。
「うん可愛い、似合ってるよ」
「えへっ」
兄の言葉に照れたのか、はにかむ妹。
これからお出かけなので、おめかしをしているのである。
今日は年明けの初日、つまり正月である。
母には帰るべき実家がなく、祖父母に会いに行くというイベントは無い。
それで寂しいと思ったこともなく、父の親戚が多少うるさいのが難点だが、無視すれば問題ない。
「ごめんねアキヒロ、リナ。お母さん一緒に行けなくて」
「いいよ、気にしなくて。仕事が大変なんでしょ? ユウマも友達と遊びに行ったし、リナと初詣に行って来るよ」
母は無事にホント株式会社に入社することが出来た。仕事の内容も難しくなく、軽作業で体力面でも問題なさそうだ。
本来なら大晦日から三ヶ日、それから土日と続いて六日間は休みのはずだったのだが、急ぎの仕事が出来たらしく、ボーナスを追加するから何人か出てくれと従業員に連絡が来たそうだ。
それでも、正月に出勤したい者などおらず、集まりは良くなかった。そんな中で班長が泣きつき、断りきれなかった数名が出ることになり、その中に母が含まれていたのだ。
何とも世知辛い世の中である。
いや、ボーナスが追加で貰えるだけ、ありがたいのかも知れないが。
「お母さんの分も、お詣りしてくるね!」
「ありがとうリナ、気を付けて行って来るのよ」
「うん!」
母がリナの頭を撫でて立ち上がる。
この前まで引っ込み思案だったリナだったが、母が元気になって少しだけ活発になっていた。生活レベルが上がり、食事の改善や、娯楽品が増えたことも関係しているのだろう。ユウマにも同様の傾向が見えていた。
「それにしてもアキヒロ……」
「なに?」
「本当にその格好で行くの?」
「変かな?」
「変というか……」
言葉を濁す母に首を傾げるアキヒロ。
今のアキヒロの格好は、一言で言うと変である。
一応、普段着を着ているのだが、問題はそこではない。その上に羽織った物の、魔変のマントのせいで違和感が凄いのだ。
これからダンジョンに向かうならば、それほど問題ではない。しかし、普通のお出掛けで、縁起が悪そうな黒いマントを羽織るのは如何なものかと思ってしまう。
いつもなら、魔変のマントも宵闇の大鎌もギルドに預けているのだが、年末の大型連休に合わせて持ち帰っているのである。理由は、休みの間もダンジョンに潜るため。
ギルドが休みで、採取したアイテムは買い取ってくれなくても、それはストックしておけば良いだけの話である。営業が再開したら速攻で売りに行くのだ。それで、結構な稼ぎになるはずだ。
そんな、ウキウキとした気持ちで自分の格好を見てみると、これかとようやく気が付いた。
「ああ、マントを変えれば良いのか」
アキヒロは魔力を魔変のマントに流すと、普通のコートのように形を変え、こんなものだろうと形を固定した。
「すごーい!!」
「こんなことも出来るのね……」
魔変のマントの形を固定したといっても、魔力は微弱ながら消費していく。アキヒロの魔力量では、半日もすれば元のマントに戻ってしまうだろう。
それでも、今から出掛けて暗くなる前には帰って来るので、十分に保つ計算だ。
「じゃあ行こうか」
「うん!」
「母さんも気を付けてね」
「ええ、アキヒロ達も気を付けてね」
玄関の扉を開いて家を出る。
新年の空は青く澄んでおり、ひんやりとした空気が顔を撫でた。
▽
目的地は近所の神社ではなく、駅近くにある大きな神社だ。
商売繁盛、縁結び、恋愛成就、病気平癒、安産祈願なんでもござれの、全部盛りのようなご利益がある神社でもある。
本当にご利益があるか分からないが、人が集まり、屋台も出ているので、商売繁盛の効果はあるのだろう。
「何か食べる?」
「あれ食べたい!」
リナが指差したのはイチゴ飴の屋台だった。
こんなのもあるのかと初めて見る屋台に感心しながら、イチゴ飴を二つ注文する。
はいと、受け取ったイチゴ飴の一つをリナに渡し、アキヒロ自身も食べてみる。
パリパリとした食感に甘い飴の味に、それを追うように酸味とイチゴの果汁が口の中に広がっていく。
美味しい。
今度、うちでも作ってみようかな。
オヤツにちょうど良く、リナの反応を見るに気に入ったようである。
作り方も簡単そうなので、試しに作ってユウマの反応も見てみようと思う。こうして、アキヒロのレシピにまた一つ加わった。
屋台の並ぶ道を歩きながら境内に向かう。
人通りが多く、リナと逸れないように手を繋いでいる。しかし、リナは周囲が気になるのか、キョロキョロと見回して手を離しそうになっていた。
「危ないよ」
「うん」
「何か探してるの?」
「……お母さんに、なにか買って帰りたい」
その発言にほっこりとしたアキヒロは、帰りに何か探そうと提案する。すると、リナはうんと小さく頷いて、アキヒロの手を握り返した。
初詣の醍醐味である境内は混雑していた。
平日は、こんなに人が居るような場所ではないのだが、この日と夏祭りは大勢の人で賑わってしまう。
「リナ大丈夫?抱っこしようか?」
「うん、抱っこ」
人混みに当てられたリナが辛そうな顔をしており、アキヒロはその身を抱え上げた。
アキヒロの身長が高いこともあり、視界の高くなった景色を見て、その人の多さに目を丸くしていた。
「兄ちゃん……」
「なに?」
「ユウ兄ちゃんがあそこにいる」
「ユウマが?」
リナが指す方向を見ると、参拝を終えたユウマが友達数名と帰っていく姿が見えた。
ユウマにはお年玉を渡しているので、それなりに懐は暖かい。しかし、無駄遣いしていては直ぐに底を突いてしまうだろう。
ゲームを買うとも言っていたので、大丈夫だろうかと心配になる。
泣きついて来たらどうしよう。
アキヒロとしては買ってあげる気は無いが、母が買いそうで困る。
そんな一抹の不安を覚えながら待っていると、ようやくアキヒロ達の番となった。
リナが鈴を鳴らして、賽銭を入れる。
アキヒロが二礼二拍手一礼を行うと、リナもそれを見て同じように動く。
今年も、みんなが無事で過ごせますように。
それだけを願い祈る。
去年はいろいろと大変だったが、好転した良い年だった。これがいつまでも続くとは思っていないが、せめて家族や仲間が無事であってくれたらと願う。
短い時間で済んだアキヒロと違い、リナはん〜と眉を顰めながら必死に願っていた。
そろそろ後ろの人が痺れを切らしそうだなと思っていると、お祈りが終わったのかお辞儀をしてアキヒロの方を見上げた。
「いっぱいお願いした?」
「うん!兄ちゃんのこともお願いしといたよ!」
「そっか、兄ちゃんもリナの事お願いしたから安心だ」
「うん!」
笑顔のリナの手を引いて、社の前から移動する。
背後から「尊い…!?」と誰かが呟く声が聞こえるが、きっと何かがあったのだろうと気にせずにお守りが売っている場所へと向かう。
そこには、おみくじも置いており数人並んでいる状況だった。
おみくじの中には、招き猫や今年の干支を模った物まであり、リナがそれに気を引かれたようで足を止めてしまう。
「おみくじ引いていく?」
「引きたい!」
どれが良いのかと尋ねると、招き猫付きのおみくじをご所望のようで、そちらに並び購入する。
おみくじの内容は、リナは大吉で、アキヒロの方は何も書いてなかった。
もしかしてプリントミスかなと思い、その内容を見ていくと、自分の行動次第で吉にも凶にも転ぶという何とも言えない内容だった。
何だよこれと思いながら困っていると、リナが読んでとおねだりして来た。
おみくじの内容が難しくて理解出来ないのだろう。
膝を折って、リナに内容を読んで上げていると、アキヒロを呼ぶ声が近くから届いた。
「アキヒロ君?」
「あっ、柚月さん」
「私もいるけど」
「あ、ああ、あかりさん」
そこに居たのは、神庭柚月と有明あかりだった。
お正月ということもあり、二人とも振袖を着ておりとても似合っていた。
明けましておめでとうございますとお互いに挨拶をすると、二人で初詣に来ているのだろうかと、周囲を見回してみる。
「私達だけよ」
「え?ああ、そうなんだ……どうかした?」
「安心した?」
「何が?」
「ふふっ、何でもないよ」
あかりが悪戯っぽく笑うと、リナに目線を合わせておみくじに付いて会話を始めた。
いつもは人見知りするリナだが、柚月とあかりには何度か会っていることもあり、段々と慣れて来た様子だ。おかげで、普通に会話できており、リナも懐いている。
「おみくじ引いたの?」
「うん、柚月さんもこれから?」
「そうだよ、内容どうだった?」
柚月に聞かれて、先ほど引いたのおみくじを見せる。
「何も書かれてない? 何これ?」
その反応に、だよねと頷いて返答する。
内容がどちらとも取れる内容で、どちらとも言えないんだと伝えると、柚月はポーチからペンを取り出して『大吉』と空欄に書き込んでしまった。
「これで今年の運勢も良いはず。はい、アキヒロ君」
「あ、ありがとう……」
柚月の笑顔に釣られて頬を赤らめてしまう。
こうも間近で微笑まれると、本当に心が奪われそうになって困る。
少しでも話を逸そうと考えたアキヒロは、隣にいるリナとあかりの存在を忘れて、柚月の振袖を褒める事にした。
「その振袖、綺麗だね」
「うん、お婆ちゃんのお下がりだけど、良い物なんだって」
「柚月さんに、とても似合ってると思うよ」
「……え?」
振袖が綺麗で、それに似合うくらい柚月は綺麗。
そう脳内変換できるような言葉に、柚月はドギマギする。
「あ、ありがとう、ございます」
「あっ、えっと、本当にそう思っただけだから、気にしないで」
「お、おう」
照れ臭くなった柚月は反応に困り、アキヒロに軽いパンチをお見舞いして、もう何も言うなと主張する。
「あの〜私達もいるんですけど〜」
「けど〜」
そんな初々しいラブコメのようなやり取りをする二人を、あかりとリナが白けた目で見ていた。
あははと二人で笑って誤魔化して、このあと一緒に行動しようという事になった。
そして暫く屋台を巡り楽しんでいると、足元から「ナー」と鳴き声が聞こえて来た。
「ミシロ?」
それは白く小さな虎の召喚獣だった。




