18
高校一年の二学期も、あと三日となった放課後。
さっさと帰ろうと教室から出て行く生徒、部活に向かおうと席を立つ生徒、席に座ったまま友人との会話を楽しんでいる生徒、友達を誘ってどこか遊びに行く生徒など、周囲が忙しなく動いていた。
そんな中で、美野アキヒロも帰宅の準備を始める。
本日は、カズヤが用事があるらしく、いつもやっている特訓は休みとなっている。
そして友人のサトルも、これから塾のようで「じゃあなアキヒロ」と言ってさっさと帰ってしまった。
「今日は何にしようか」
そんな事を呟くが、別にこれからの予定が無い訳ではない。
何にしようかは、晩御飯を何にしようかの意味で、晩御飯の準備が終わればダンジョンに向かうつもりだ。
最近は訓練にダンジョンに家事に勉強にと、忙しない毎日を送っているが、それが嫌だとは思わない。寧ろ楽しいとさえ思えている。
さあ僕も帰ろうと教室を出て、下駄箱に向かおうとすると、角を曲がった所でか細い声に呼び止められる。
「美野くん、美野くん、美野くん、ちょっといい?」
その声は聞き取れるかどうかという声量で、アキヒロ自身どこから聞こえて来ているのか分からずに、辺りを探してしまう。
どこから聞こえて来るんだと見回すと、消化器が収納されている箱の所に隠れている女子を見つけた。
その女子は前髪を下ろして目元を隠し、マスクをして口元を隠していた。
「誰だっけ?」
「うぐっ!? ま、まあ仕方ないよね、これまで話したことなかったしね」
話どころか、こんな怪しい人物を見たこと事態が初めてである。学生服を着ているし、上履きから同級生なのは分かるが、それだけである。
だから、素直に問いかけたのだが、怪しい女子は胸に手を置き、精神的ダメージを受けているようである。
「じゃ、じゃあ自己紹介から、するね。私は、葉隠ミロク、です……聞き覚えない、ですか?」
おどおどとした様子の葉隠ミロクは、上目遣いでアキヒロに問いかける。
だが、残念な事にアキヒロに心当たりは無い。
なので首を振って知らないと告げる。
「たはーっ!? まあそうだよね、同じ中学だったけど、私影薄いからさ、あはははっ!」
「えーと、なんかごめん。僕も知り合いそんなに多くないから、元気出して」
急に壊れたミロクに若干引くが、同じ中学出身なのに、知らないというのも失礼な気がして、形だけだが一応謝罪する。
「でも、仲良くしてる人いるんでしょ?」
「いや、まあ、探索者やってるし仲間はいるから」
「それ!それが私には無いの!?」
先程までの暗そうな雰囲気は何処へやら、それなりの声量で詰め寄って来る。
幾ら女子とはいっても、目元を隠してマスクをした状態で詰め寄られると、少し怖いものがある。
だから、話を戻して落ち着かせようと試みる。
「落ち着いて、それで僕に用事ってなんなの?」
「あっ……うん、実はお願いがありまして……」
「お願い?」
尻すぼみになる声に耳を傾けて、ミロクのお願いとやらを尋ねる。
その内容は、アキヒロにとってかなり意外なものだった。
▽
「それで、探索者パーティの仲間に入れて欲しいと」
「うん、葉隠さんが探索者に興味あるらしいんだ」
次の日の放課後、葉隠ミロクからお願いされた内容をカズヤとサトルに説明する。
この場に居るのは、探索者パーティの三人と加入希望のミロクである。
「葉隠さんってどこ中出身?」
「うぐっ!?」
「サトル、それ禁句だから」
何気ない一言でダメージを受けるミロク。
それを止めるように言い、同じ中学だよと告げると、マジで!?とサトルも驚いていた。
どうやら気付いていなかったのは、アキヒロだけではなかったらしい。
そんな二人を他所に、カズヤはミロクを見て尋ねる。
「幾つか聞きたいのだが、どうして探索者になりたいんだ?」
「それは……これをどうぞ」
そう言って手渡された資料を見て、カズヤは顔を顰める。反対にサトルは、興味深々といった様子へと変わった。
「〝探索者配信で人気獲得計画!?”……なんだこれは」
カズヤが口に出して読み上げると、ミロクは耳元を赤く染めて俯き、モジモジとし出した。
アキヒロは昨日ミロクから話を聞いており、一応理解しているつもりだ。それを踏まえて、アキヒロはこの場にミロクを連れて来ている。
それで、昨日の話の中で判明したミロクの目的は二つ。
一つが探索者に成る事、もう一つが動画配信を行いインフルエンサーとして地位を築くことだった。
突然だが、葉隠ミロクは動画配信者である。
中学時代、影が薄く引き篭もりがちな自分を変えたいと思ったミロクは、何を血迷ったのか配信活動を始めてしまった。
当初はゲーム配信なんかをしており、中学生の、しかも女子がやっている事もあり人気は一気に出た。
これで私も変われる!
そう確信して、精力的に活動を行ったおかげか、登録者が一万人、二万人、三万人と増えていった。
活動の内容はゲームや歌、ピアノの演奏や占いだったりと精力的に頑張っていたのだが、今年に入ってからパタリと数字が増えなくなってしまった。
ど、どうして?しかも数減ってるし、なんで?
動画を投稿すると、プラスどころかマイナスに動いたりしている事もあった。その原因が分からず、ショート動画を上げてみたりと試行錯誤してみるがどうにも変わらない。
単純に飽きられたのか、JCというブランドが消滅したからなのか、とにかく停滞期に入ってしまった。
どうにかしないとと焦るが、どうにもならない。
試しに他の配信者を見てみると、同じような状況に陥っているようだった。
しかし、そんな中でも異様に伸びている動画はある。
それは、ダンジョンの探索動画だった。
それも一つの動画だけではなく、幾つものダンジョンの動画の再生数が伸びていたのである。
これだと思った。
もう、これしかないと思った。
なので、探索者登録を行い装備を揃えた。
そして、モンスター相手に大立ち回りをする様子を動画に収めようとして、死にかけた。
ゴブリン相手に、ボッコボコのボッコボコにされたのだ。他の探索者に助けてもらわなかったら、間違いなく死んでいた。
ミロクのスキルは召喚獣(虎)と、割と珍しいスキルなのだが、使えるまでに経験と時間が必要なスキルでもある。
これで諦められたなら良かったのだが、残念ながらそうはならなかった。
登録者数や再生数という、目に見える数字で承認欲求を満たす方法を覚えてしまい、その快感を忘れる事が出来なくなってしまったのだ。
何とかしないと、私のアイデンティティが死んでしまう。
必死に考えて、簡単に結論を出した。
一人でダメなら、仲間を募ろうじゃないかと。
仲間の募集は探索者協会で出来ると聞いていたので、足を運んでパーティメンバー募集のサービスを利用する。
受付のお姉さんは快く対応してくれたのだが、偶に視線が彷徨っていたりして、少し不安になった。
そして、その不安は的中する。
何故か忘れられていたのである。
「あ、あのー、仲間の募集は……」
「え?……あっ、ああー!?ああ、はいはい、あれね、まだ集まってないのよ」
みたいな反応をされてしまい、結局仲間は集まらなかった。
ここまで影が薄いのが影響しているのかと、存在感の無さに、自分自身で慄いてしまう。勿論、悪い意味でだが。
じゃあ自分で何とかしようと行動するが、高校で探索者をやっているのが、三年生の日野を筆頭としたハーレムパーティで、他は生徒会長のパーティや二年のヤリサー的な探索者サークルしかなかった。
可能なら女子率の高いハーレムパーティが良いのだが、そこに加入した瞬間に敵認定されそうで怖い。というより歳上に囲まれて、撮影させて下さいは絶対に許してくれなさそうである。生徒会長パーティも同様で却下するとして、ヤリサーはヤられかねないので選択肢にすらない。
じゃあと見回した時にあったのが、同級生の男子が組んでいるパーティだったのだ。
本当なら女子が良かったのだが、探索者という危険な活動に、女子は誘えなかった。
モンスターは男子女子関係なく、ボッコボコのボッコボコにして来るのだ。
普通の女子ではトラウマものである。
だから、とてもではないが誘えなかった。というより、声を掛ける事も出来なかった。だって友達がいないから、ここ数年、クラスメイトとまともに口を聞いた記憶もなかった。
何とか家族と配信で喋る事は出来ているが、それがなかったら、自分はどうなっていたのだろう。きっと声を失っていたに違いない。
まあ、それは今は置いといて、最後の希望である男子三人組のパーティに加入したい。更に言えば、私が活躍する姿をカメラに収めて欲しい。
その為に協力してくれないかな?
どうかな?
どうだろう?
期待を胸にカズヤの様子を伺っていると、一生懸命作ったプレゼン用の資料から顔を上げた。
「却下だ」
そして、無慈悲の一言で切り捨てられた。
「そ、そんなぁ」
かれこれ二日間掛けて作った資料が、無駄になった瞬間だった。
「どうして? カズヤは魔法系スキル持ちが欲しいって言ってたよね?」
「スキルだけ見るなら大歓迎だ。だがな、動画として投稿なんて問題外だ。俺達は遊びでやってるんじゃないんだぞ」
他にも断る理由はある。
戦っている姿を撮られるのは良い。だが、不特定多数の人物に視聴されるのは論外だ。その行いは、自分達の手の内を晒す行為であり、悪意ある者の目に止まれば、襲われる可能性が出て来てしまう。
そんなこと、パーティの命を預かる者として、到底容認できるはずがなかった。
しかし、そんなカズヤの心を知ってか知らずか、どちらかというと知っていて敢えて邪魔をする輩がいた。
「まあ、待てよ」
ポケットに手を突っ込んだサトルである。
斜め下を向きながら、上体を逸らしているのは格好付けているつもりなのだろう。ぽっこりと出た腹が邪魔をして、イマイチ決まってないが。
「なんだサトル、まさかミロクを加入させるとか言うまいな」
「そのまさかだ」
「なに?」
「カズヤ、お前はもう少し柔軟に考えるべきだ。ミロクちゃんだって、別に遊びでやってる訳じゃない。必死に頑張って、人気のインフルエンサーになりたくて来たに違いないんだ。その覚悟があれば、探索者として大成すると思わないか?」
「えっ?」
違う、ミロクは一流の探索者になりたいのではなく、配信者として承認欲求が満たされればそれで良いのだ。そんなちっぽけな理由なのだが、何故か拡大解釈されてしまっている。
それを訂正したいが、何と切り出していいか分からず、あうあうしているしかなかった。
「そういう問題じゃない。映像が残るというリスクが、どういうものか理解してないと言っているんだ」
「大丈夫だって、それも俺達が確認してアップさせれば良い話じゃん。なあ、考えてもみろよ、俺達の動画見た奴らがどうするかをさ」
「なに?」
「きっと仲間になりたいって沢山集まると思うぜ、女の子だってウハウハだ。さしたらさ、そしたらさぁ!俺にも彼女出来るかもしれないじゃん!!」
「またそれか、いい加減諦めろ。いざとなれば金で買えばいいだろう」
「おまっ!?最低ー!最低な奴がいますよ、先生ー!女の子を金で買えって言う奴がここにいますー!」
「くっ!?今のは失言だ、許せ。 くそ、まだ感覚がズレてるな」
結局はサトルの願望の押し付けなのだが、カズヤの失言もあり、流れ的にサトルに傾いてしまっている。
そのことを察したサトルは更に勢いを付けるために、アキヒロに確認を取る。
「なあ、アキヒロだって仲間加えたいから連れて来たんだろ?」
「僕は単純に、戦力強化がしたかったからだよ。この前だって死にかけたしね」
「死に? え?」
不穏な言葉に腰が引けるミロク。
安全に格好良く撮影したいだけで、命までは掛けたくはないのに、何だか思ってたのと違う。
「これで二対一だ。民主主義らしく、多数派の意見を採用すべきだぜ」
「くっ! 仕方ない、戦力の補充は必要だったからな。但し、動画の確認はするからな!」
「あの、え?」
急な加入決定に困惑していると、肩をポンと叩かれる。
「これからよろしくね」
アキヒロのイケメンな顔が、少しだけ恐ろしく見えた。




