17
いつも通りに高校に通い、放課後には家事をしてダンジョンに向かう。そんな生活を送るようになって二ヶ月と数日が過ぎた。
本年も師走に入り、アキヒロも誕生日を迎えて16歳になる。
誕生日は家族でお祝いをして、学校ではサトルやカズヤ、柚月にあかりもお祝いしてくれてプレゼントも貰った。
あかりに至っては、何やら薄い本が梱包されたモノを貰ったのだが、取り敢えず机の奥に封印してある。
「大事に使ってね」
あかりから言われた通り、大事にしているので問題ないだろう。
一応、小川達とのやり取りに関しては、あかりの勘違いだと言ってはいるのだが、私は分かってるから安心してと聞く耳を持たなかった。
実害がなければ良いやと放置したのだが、誕生日に渡されたモノを開ける勇気は無かった。
そんなこんなで高校一年の二学期も終わりに近付き、冬休みに入ろうとしていた。
「どうしたんだ? サトルが虫の息だが……」
昼休み、隣の教室からやって来たカズヤは、教室の片隅で燃え尽きたようになっているサトルについて尋ねる。
「ん〜、前に見せろって言われたやつ見せたら、ああなってた」
アキヒロはスマホを取り出し、ある人とメッセージのやり取りをしている画面を見せた。
それは、九重加奈子とのメッセージのやり取りで、内容の半分が日野トウヤの話で埋め尽くされており、どれだけ好きなんだと胃もたれするような内容だった。
そんなメッセージの羅列を見たサトルは、まるで魂が抜けて燃え尽きたように真っ白になったのだ。
引き摺るかな?
いや、サトルなら一分後に復活してもおかしくはない。
そう考えたら、取り敢えずそっとしておこうと放置していた。
事情を聞いたカズヤはサトルの元に行き無理矢理立たせると、物理的に引き摺って連れて行った。
「場所を変えよう」
カズヤの提案で向かったのは、またしても屋上に続く階段の踊り場。そこには上級生がいたのだが、前回と同じようにカズヤが前に出ると、上級生達は何処かに行ってしまった。
二度も見せられると、いくら何でも気付く。
カズヤが魔法を使って、誘導しているのだ。
事実、上級生達の目線は下を向いており、こちらを見ようともしなかった。
洗脳、催眠、人を操る魔法をカズヤは使えるのだと知り、少しだけ怖くなった。
もしかしたら、自分も操られているのではないかと。
そんなアキヒロの心情を悟ったのか、カズヤは笑って大丈夫だと言う。
「安心しろ、今の魔法の効果はせいぜい半刻だ。出来る事も、今みたいに移動させるくらいしか出来ない。掛けた人物に危害が及びそうになると、強制的に解除されるしな」
「そうなの? でも、凄い魔法だね」
「ああ、この魔法は覚えるのに苦労したからな」
少しの効果でも、人を操る魔法が使えると言うのはやはり恐ろしい。使う側に悪意があれば、危害が及ばない範囲で好きに出来るという事でもある。
そして、それに目を付ける者も出てくる。
「……それって俺にも使えるか?」
そう、サトルのような奴が。
「……使えたとしても、お前には絶対に教えん」
「何でだよ!? いいじゃん!俺だって美人操って良いことしたい!」
「アホか、なおのこと教える訳にはいかんな」
「勉強教えたんだから、それくらい教えてくれよ!」
「誰が犯罪者になる手伝いをするか、バカ言ってないで前回の探索の報酬の話だ」
カズヤは懐からクリアファイルを取り出すと、中からプリントを二人に渡した。その内容は、前回の探索での収入の合計から一割を渡すというものと、支出について記された物だった。
本来なら探索終了と同時に、その日の成果は渡されているのだが、前回はユニークモンスターの素材が幾らになるのか検討する必要があり遅くなったのだ。
「どうして二割じゃないんだ?」
当初の約束では、報酬は二割だと約束していた。それが今回は半分に減らされており、何か事情があるのだろうかと聞いたのだ。
「それは裏面にも書いてあるが、減らした分はお前達の防具を購入するのに使わせてもらう。その分は、分割にはなるが補填していく。 今は、早急に装備を整えたい」
プリントの裏面には購入予定の防具が書かれており、金額はアキヒロが前回購入した物より上の物だった。
「おいおい、こんなもん買って大丈夫なのか? ゼロが一杯あるぞ」
「それだけ、あのユニークモンスターが高値で売れたという事だ」
「……サト、下の方に金額が書かれているよ」
「イチ、ジュウ、ヒャク、セン……六十万円」
「これで一割って書いてあるけど、前回の合計金額って……」
「そうだ、六百万だ」
端数はプールしてあると言って、ごく当然のようにしていた。
「たった一回の探索で、それだけ稼げるのか? 探索者すげーな」
「馬鹿言うな、前回はユニークモンスターが出たからだ。あれの素材が高値で買い取ってもらえた上、ユニークモンスターを討伐した報奨金を合わせた結果だ。 何百万も稼げるようになるのは三十階以降になる」
逆を言うと、そこまで行けば稼げるという事だ。
改めて探索者というものが、稼げる仕事なのだと実感する。そしてそれは、命をベットしての成果なのだと理解もしている。
前回の探索では死に掛けた。
カズヤが治療しなければ、アキヒロとサトルの命は無かっただろう。
強かった。
恐ろしく強いモンスターだった。
その恐ろしいモンスターを倒して得たお金だと思うと、これが適正価格なのかと疑問にさえ思えて来る。
ダンジョンは稼げる。
但し、命の保証はない。
「稼ぎたいなら、生きて実力を身に付けるんだ。話はそれからだ」
カズヤはそう言って言葉をしめた。
そんな話を物陰から聞いている者がいるのに気付かずに。
ーーー
放課後になり、いつも通り剣を振って家路に着く。
帰ったら晩御飯を作り、ダンジョンに向かう。
食事は母が作ってくれると言っていたが、長い間作っていなかったせいか腕が落ちており、弟と妹に不評だった。なので、改めてアキヒロが料理担当になっていた。
おかげで母の存在意義が失われかけたが、掃除や洗濯はしてくれるので、それだけでもアキヒロからしたら助かっている。
「兄ちゃん、おかえり」
家に着くと、妹のリナが出迎えてくれた。
「ただいま」
リナの頭を撫でて家に上がる。
リビングに入ると子供番組の音楽が流れており、リナがテレビを見ていたようだ。
台所には母が立っており、食器を洗っている。
弟の姿は見えず、まだ外で遊んでいるのだろう。暗くなる前に帰って来るよう言っているので、それまでには帰って来るはずだ。
「お帰りなさい」
「ただいま。 求人?母さん仕事探してるの?」
テーブルの上に求人情報誌が置かれているのを見て、母に尋ねる。体調は回復しているとは言っても、まだ以前のように働けるとは思えず、無理をしているのではないかと心配になる。
「そうね、リナが保育園行っている間に、数時間だけど働くつもりよ」
「……無理しないでね」
長時間働かないなら大丈夫かなとも思うが、それでも一抹の不安は残る。
母は条件に合った仕事を見つけており、既に申し込んでいるらしい。自転車で行けなくもない距離だが、採用となれば交通費が出るらしく、電車での通勤になると言っていた。
「ホント株式会社って、最近どっかで見たけど何の会社?」
「探索者向けのアイテムを製造しているみたいね。お母さんが申し込んでいるのはライン作業だから、受かっても関わる事はないわね」
母の話を聞いて、どこで見たのかを思い出して納得する。
最近目にしているのは、探索者協会の売店に行く事が多いからだ。カズヤに連れられて三人で売店に行き、良さそうな商品がないか物色している時に見たのだ。
便利な物の多くはホント株式会社の社名があり、アキヒロ達でも手が出し易い値段の物もある。
『動きソゲール君』というアイテムも正にそれだ。
ユニークモンスターという強力なモンスターに遭遇して、手札は多い方が良いという事になり、購入を決めている。
尤も人気商品なので、購入出来るかは運次第になるが。
「場所はダンジョンの近くか、受かると良いね」
「ええ、かなり良い企業みたいだから、競争率も高そうだけど頑張るわ」
笑顔の母には活力が宿り、やる気に満ちていた。
晩御飯の準備を済ませて家を出ると、辺りは暗くなっており、弟のユウマも丁度帰って来た所だった。
外で遊んでいたからか、服は汚れており、右脇に抱えたスケボーの車輪には泥が付いている。
「おかえり。 晩御飯出来てるから」
「ただいま。 うん、兄ちゃん今からバイト?」
「そうだね、帰りはいつも通りの時間になるから。汚れた服は籠に入れといて」
「うん。 ……あのさ」
「なに?」
「ダンジョンって大変なのか?」
ユウマの唐突な質問に息が詰まる。
アキヒロは、母以外にダンジョンに潜っている事を話していない。二人が危険なダンジョンに興味を持たないよう、自分が探索者になった事を告げなかったのだ。
それなのに、ユウマは知っている。
アキヒロがダンジョンに潜っている事を。
「……どうして、ダンジョンに興味あるんだ?」
「だって、兄ちゃん探索者なんでしょ?」
「誰から聞いたんだ? 兄ちゃんが探索者だって?」
「……兄ちゃんのスマホに書いてあったから」
ユウマから聞いて、しまったと思った。
アキヒロとユウマは同じ部屋で寝ており、九重とのメッセージのやり取りもユウマの近くでやっていた。いくら隠していたつもりでも、完全に隠す事は出来なかったのだ。
「リナには内緒にしてね、心配かけたくないから」
「やっぱり危ないのか?」
「……うん。 でも、大丈夫だ。兄ちゃんには仲間がいるからね」
弟の肩に手を乗せて、安心させるように言葉を紡ぐ。
探索者になってまだ日は浅いが、危険な目に何度も遭っている。
それでもと思うのだ。
それでも、あの二人とならどんな困難にも立ち向かえるのではないのかと、自然と思えるようになっていた。
「だからユウマも安心して、兄ちゃんは必ず帰って来るから」
そう、だから大丈夫。
僕には仲間がいるからと、誇らしい思いを持ちながら弟の不安を和らげた。
ユウマにアキヒロの思いは届いたようで、うんと頷いた。
「でも、兄ちゃん」
「なに?」
「それ、死亡フラグだよ」
「…………大丈夫だよ」
こうしてアキヒロは今日もダンジョンに向かう。
借金の返済もまだまだ終わらない。食べるためにも潜らなければならない。カズヤの目的は知らないけど、きっとそれを達成するまでは潜るのを辞めないという予感がある。
きっと長く長く、探索者をやって行くんだろうなと、そんな予感を抱いてアキヒロは自転車を漕いだ。
一旦終わります。
続きを書くとしたら、無職の方でカズヤの話が終わった後になります。




