15
すいません、長いです。
ダンジョン15階を目指して探索を始めて、数時間が経過した。今は14階を探索しており、モンスターもゴブリン、ビックアント、ロックワーム、ロックウルフ、ポイズンスライムと多くの種類が出現するようになっていた。
その中でも厄介なのは、ロックウルフとロックワームだ。
ロックウルフは、ここまでに出現するモンスターの中でも、唯一連携を取って来るモンスターであり、その動きも素早いので気を付けないと背後に回られる恐れもある。
ロックワームは、単純に何処に居るのか分からないのだ。
当初は倒し易いモンスターだと思っていたが、長く潜ろうとすると、その評価が変わった。
ロックワームは地面や壁に振動を与えれば顔を出して来るのだが、常にその行動をし続ける必要があり、とても面倒なのだ。地味に体力を消耗して集中力を欠く、体力の温存が必要な探索にとって天敵とも言えた。
だからと言って、サボって進んで行く事は出来ない。
偶にすれ違う探索者が足を負傷しているのだが、その傍らにはロックワームの亡骸が転がっているのだ。
だから木の棒で、地面をこんこんと叩きながら進んで行く。
因みに今の担当はアキヒロだったりする。
そのアキヒロの耳には、背後を歩く二人の会話が聞こえて来る。
「なあサトル」
「何だ?」
「お前は、あの小さい先輩が好きなんだよな? それなのに、巨乳の女の子にも興奮はするのか?」
「そりゃするだろう。九重先輩は天使なんだ、人じゃないんだよ。桃山先輩は、立派なものをお持ちのお方だ。どちらも甲乙付け難い魅力的な方達なのさ」
「天使は大袈裟じゃないのか? あの先輩は可愛らしくはあるが、美しいと言われると首を傾げるぞ」
「テメー舐めてんのか!九重先輩に対して失礼にも程がある!彼女の方は天使だ!誰が何と言おうと天使なんだ!天使は穢れを知らない!天使はその存在だけで美しいんだ!」
「……そうか」
カズヤは突っ込む事を諦めた。
この手の話を、こいつに振ってはいけなかった。きっと一人語りが止まらなくなるだろうから。
「それでな、何処が魅力的かと言うとだな…」
「聞いてない!聞いてない! もういいからアキヒロと交代しろ!」
更に下らない話が続くのかと、かなり焦ったカズヤがサトルに交代を促す。
サトルはちぇと舌打ちをしながらもアキヒロと交代する。どうやらもっと語りたかったようだ。
「アキヒロは魔力にまだ余裕はあるか?」
「うん、まだ二回しか使ってないから問題ないよ。 あっ、台車変わろうか?」
荷物を乗せた台車を、カズヤがずっと引っ張っている。
前方の警戒を二人に任せて、後方はリーダーであるカズヤが担当していた。
「いや大丈夫だ。 それよりも、そのマントの操作は何処まで出来るんだ? 話では盾にも矛にもなるという話だったが」
「まだ全然。魔力操作が下手なせいで、上手く操れないんだ。だから、まだ実戦では使えないかな」
「そうか、その大鎌もそうだが、その二つはかなり強力なアイテムだ。早く使い熟せるように頑張れ、それだけでパーティとしても戦力は向上するからな」
「うん、頑張るよ」
「俺も頑張ってるからな!」
二人で会話をしていると、前方を警戒していたサトルが反応する。どうやら二人の会話を聞いていたようだ。
「ああ、期待している。特に地属性魔法は攻守で使える万能属性だからな、鍛えればそれだけで強力な手札になる」
「おう!」
そんな会話をしながら進んで行く。
出現するモンスターを斬り、魔法で倒し、お互いにカバーしながら脅威を退ける。
そして15階にたどり着いた。
▽
15階に来ると、モンスターの出現率が格段に上がった。
モンスターと戦っていると、次のモンスターが迫って来る。出現するモンスターの種類は14階と変わらないが、数が増えるだけで、苦戦する事も多くなっていた。
「まだ来るよ!」
「マジかよ!」
「一掃する!時間を稼いでくれ!」
カズヤの言葉に従い、倒す戦いから引き付ける行動へと変化させる。
アキヒロが動き回り、モンスターに少しづつダメージを与えてヘイトを稼ぐ。大鎌を振り回し、モンスターを刃で傷付け、石突きで殴打する。
「加速っ!」
更に新たに手に入れたスキルを使用して、認識する世界を加速させると、周囲の状況を把握する。
スキル加速は自身の動きを速くするスキルだ。
しかしそれは、訓練した先で到達するものであり、スキルを得たばかりのアキヒロでは、認識を早めるだけで精一杯だった。
ロックウルフが四体、ポイズンスライムが二匹、ゴブリンが三匹。サトルとカズヤは離れている。
加速を解除すると、雷属性の魔法を使用する。
「スタン!」
その魔法は周囲に放電して、微小のダメージを与える魔法である。
微小は微小であり、人が食らっても少し痺れたくらいの効果しかない。それでも、大半のモンスターの注意を引き付ける事に成功した。
しかし、ロックウルフ二体がカズヤに向かって走る。
アキヒロがヘイトを取り損ねた個体だ。
「うおりゃ!」
その前方に立ち塞がるのはサトルだ。
ロングソードを振り、ロックウルフを牽制する。
サトルは残念ながら、アキヒロのように動き回ってモンスターを翻弄するような動きは出来ない。
どっしりと構え、新たに購入したプロテクターと左腕に装備した小盾で、ロックウルフの攻撃を凌ぐつもりだ。
魔法で撃退出来れば良かったのだが、まだ速攻で使えるほどの練度はない。
「こなくそぉー!」
ロングソードで一体を牽制すると、飛び掛かって来たロックウルフを小盾で殴打する。
サトルは強くなっていた。
アキヒロもそうだが、初期に比べると度胸も付きレベルも上がった事で能力も向上していた。
それこそ、この数のモンスターを相手に戦える程にだ。
「カズヤまだかっ!?」
それでも、いつまでも戦い続けられるものではない。
助けを求めて、リーダーであるカズヤの名を呼ぶ。
「またせたな」
一言呟くと、カズヤは魔法陣を展開する。
その数は三つ。火属性の矢の魔法陣と数を限定した分裂の魔法陣、最後は定めた標的に向かわせる追跡の魔法陣だ。
強力な魔法が発動する。
九つの火の矢が放たれると、アキヒロとサトルを避けてモンスターのみを狙い突き刺さる。そして突き刺さったモンスターは焼かれ、核を破壊されて絶命した。
カズヤはふぅと息を吐き出すと、上手く行ったと安堵する。
「お前たち無事か? 怪我したら直ぐに言え、ポーションを渡す」
「僕は大丈夫」
「俺も大丈夫だ。 にしても凄い魔法だな、何の魔法なんだ?」
「火属性魔法だ。魔法陣でアレンジはしたがな」
「へー、魔法陣って僕達にも使えるものなの?」
「練習次第だな、一つ使えるようになるまでに数ヶ月は掛かるがな」
その話を聞いて、カズヤは人知れず努力してるんだなと感心した。それと気になった事も出て来た。と言うより、これは最初に聞いておくべき事だった。
「あのさ、カズヤのスキルって何なの?」
「あっ!そうだ聞くの忘れてたんだった!普通に魔法使ってるから気にしてなかったけど、よくよく考えたら、幾つもの属性使えるのっておかしくないか?」
「ふっ、なんだそんなことか、別に隠す気はない。俺のスキルは〝魔力量増大”だ」
「何だって? じゃあ何で魔法が使えるんだよ、魔法スキルがないと魔法は使えないんじゃないのか?」
「ふふっ、それは間違った知識だな。魔法とは技能だ。魔法陣を使えば誰にでも使える、一種の技術でしかない」
カズヤは自慢げに、魔法陣を空中に展開して見せる。
そして、その魔法陣から放たれた火球は、姿を現したモンスターに当たり消し炭に変えた。
「それじゃあ、一般人でも魔法は使えるってこと?」
「そうだ、と言いたい所だが少し違う。 探索者になってレベルアップを経験する事と、長時間修行に費やす必要がある」
「時間ってどれくらい?」
「最低でも十年、戦いでも使えるようになるには二十年は必要になる」
「二十年……って、じゃあ何でカズヤは使えるの?」
最もな疑問だった。
アキヒロ達は、せいぜい十六年しか生きていない若者だ。そんな若い自分達が魔法を使えるのは、スキルのおかげである。それなのに、長期の修行期間が必要な魔法を、しかも多種多様な魔法を使い熟すカズヤは、異質な存在と言えるだろう。
その疑問にカズヤは人差し指を立て、片目を瞑り言う。
「秘密だ」
凄くイラッとした。
▽
15階を探索していると、運良く16階に続く階段に辿り着いた。
「どうするの?進む?」
「いや、今回は引き返そう、16階への階段に到着しただけでも十分な成果だ。 それに、台車も一杯になって来たしな」
台車を見ると、多くのモンスターの素材が乗っている。
かなりの重量となっており、階段の横に坂が付けられているとは言っても、登り降りするのは苦労する。
「帰り道はどうする? 真っ直ぐ帰るか、寄り道して帰るのか?」
「真っ直ぐ帰ろう、これ以上素材があっても運べないからな」
これだけ素材があれば、今回の成果はそれなりの物になるだろう。
これでモンスター除けのアイテムを購入して、次から15階でのモンスターとの戦いは避けようと決める。
思っていた以上に数が多く、魔力量に不安が残るのだ。
こうして今回のダンジョンを終えようとしていた。
しかし、事はそう上手くいかない。
13階まで戻り、帰り道も半分まで来たと安堵していると宝箱を発見したのだ。
その宝箱は、進む時には無かったはずの場所に、不自然に道の真ん中に置かれていた。
「お? おお!? おおおお!! 宝箱だ!!」
「おい!?待てサトル!!」
初めて見る宝箱に興奮するサトル。
ダンジョンでは稀に宝箱が発見される。
中身は、ダンジョンで使えるようなアイテムが多く入っており、そのアイテムは高額で取引される物が多い。
安ければ一万円程度だが、高ければ億円を超える事もある程だ。
アキヒロが使う宵闇の大鎌や魔変のマントも宝箱から得られた物であり、売れば妹のリナが成人するまで金銭の心配はなくなる物だったりする。
それを売らないのは、母の願いだからだ。
母はこれの価値は知っている。
それでも売らないのは愛した父の残した物であり、使うなら子供達を守るためにと願っていたからだ。
そんな価値が眠っている宝箱に向かってサトルは走る。
それを焦った声で止めるカズヤだが、間に合わない。
宝箱には別の機能も備わっている。
それはトラップであり、特に突如として出現した宝箱に多く見受けられる。
そして今、サトルが開こうとしている宝箱は突然発生した物だ。
「何が出るかな、何が出るか、へ?」
サトルが宝箱に手を掛けると世界が切り替わる。
さっきまでいた場所は、道幅の広い洞窟だった。そして現在立っているのは、洞窟ではあるが広いフロアになっていた。
「なに!?なにが起こったの!?」
「トラップだ、宝箱に仕掛けてあったんだろう」
「トラップ?」
「ああ、これは閉じ込められたな。構えろ、来るぞ」
「来る?」
喋りながら片手剣を引き抜くカズヤの表情は、何処か焦った様子だ。いつも余裕の表情のカズヤだが、この状況にかなりの危機感を抱いていた。
アキヒロはそんなカズヤから、緊張感を感じ取り大鎌を構える。
グルルと何処からか獣の唸り声が聞こえて来る。
その唸り声はそれ程大きくはないが、反響しているように二つ聞こえ、同種のモンスターが二体いるのか、若しくは……
「……オルトロス」
頭が複数あるかだ。
そこに現れたのは双頭の犬型モンスター。
体は獅子のように大きく、頭と尾が二つある。その強靭な肉体はロックウルフと同じ色をしており、剥き出しの爪と牙は獲物を狩るのに使われるのだろう。
「……いや、ロックウルフの亜種か。どちらにしろ厄介だな。 サトル、下がれ!」
「あ、あ、あっ」
サトルは目の前の脅威に怯えていた。
アキヒロにとっては二度目、サトルにとっては初めての強敵のユニークモンスター。
そして、このユニークモンスターは以前にアキヒロが戦ったホブゴブリンよりも格上である。
その強者の気配に当てられたサトルは、恐怖から動くことが出来ないでいた。
そして、その状態を見逃してくれるモンスターではない。
「サト!?」
ロックウルフ亜種の牙がサトルに迫る。
「ちっ!!」
カズヤが一瞬で魔法陣を展開させて、風の刃を放つ。その刃は不可視で、普通のロックウルフならば真っ二つにする威力を持っている。だが、その亜種であるユニークモンスターは、迫る魔法に気付いていながらも避ける素振りは見せなかった。
風の刃がロックウルフ亜種に当たる。
しかしそれは、顔を少しだけ逸らす程度の効果しかなかった。
つまりは、サトルに迫る牙は依然としてそこにあるのだ。
「あああーーー!!」
アキヒロが吠える。
それは自らの恐怖心を打ち消す為、友人を助けるために上げた咆哮だった。
宵闇の大鎌を振り翳し、振ると同時に魔力を流す。そして刃部分を切り離し、勢いよく飛ばした。
回転しながら飛ぶ刃は、寸分違わずモンスターへと迫る。
ロックウルフ亜種は、今度の攻撃は脅威と感じたのか、サトルを諦め、その場から大きく飛び退き避けた。
「サトル!」
「アベッ!?」
サトルに駆け寄ったカズヤは、問答無用で頬に張り手を食らわせる。これは、サトルを正気に戻す為の行動だったが、モンスターが一度退いたことで、サトルは冷静さを取り戻し掛けていた。
つまり無駄な行動だった。
「しっかりしろ! そして立て! 戦わなければ死ぬぞ!」
そんな事を知る由もないカズヤは、必死にサトルに呼びかける。
サトルは逆に、いきなり叩かれて混乱していたりする。
その様子を見て無理矢理引っ張って立たせると、もう一発闘魂を行っとくかと張り手を振りかぶった。
「待て待て!もう大丈夫だから!正気だからやめてくれ!?」
また叩かれるのかと、手をぶんぶんと振って静止する。
そして、モンスターに向かってロングソードを引き抜いた。
「あれって何だ? 初めて見るんだけど」
「あれがユニークモンスターだ。前にアキヒロが言っていた奴だ」
「マジかよ、アキヒロはあれを倒したのか」
「あんなに強いモンスターじゃなかったよ。 前に戦ったのは、ゴブリンを大きくしたモンスターだったから」
話す二人の隣に立ったアキヒロは、その手には柄だけになった宵闇の大鎌が握られていた。
刃の部分は飛ばし過ぎて、魔力を流しても戻ってこれる距離にないのだ。
「それで戦えるのか?」
「なんとかするよ、魔法もあるしね」
「そうか」
それだけ言うと、アキヒロとサトルは前に出る。
そしてカズヤは、後方で魔法で援護を行う。
いつもの陣形だ。
やる事は変わらない、モンスターと戦って勝つのだ。
これまで通り二人がモンスターを引き付け、カズヤが魔法で倒す。勿論、倒せるモンスターは二人で倒していたが、パーティーを結成して以来、このスタイルで来たのだ。今更変更はできない。
カズヤとしては、二人に経験を積ませる為に敷いた陣形だが、しっかりと板に付いて来ており、新たな仲間が加わらない限り変更するつもりはなかった。
「来るぞ!」
カズヤの呼び掛けと同時に、ロックウルフ亜種が動き出す。
その動きは素早く、ジグザグに走っているせいで、カズヤの魔法の照準が合わない。
「止める!」
そう口にして突っ込むアキヒロ。
その手には鎌の無い棒だけとなっているが、それでも使い道はある。
宵闇の大鎌はダンジョンで得られた物だけあって、その頑丈さはロングソードよりも上だ。それは、柄の部分だけになっても言える事で、鈍器としても十分に使えた。
そしてアキヒロは、更にもう一つ使い方を発見していた。
「ライトニング」
柄の部分に魔法を流し込むと、バチバチと音を立てて放電し始めたのだ。
持ち手の部分は問題ないが、そこから先は触れれば感電する物へと変化していた。
「俺も行く、準備出来たら教えてくれ!」
サトルはカズヤに言い残すと、アキヒロを追って行く。
不用意に突っ込んだアキヒロだが、以前にもユニークモンスターと戦った経験からか、その動きに迷いは無いようだった。
信じているのだ、仲間を。
苦笑を浮かべたカズヤは、魔法の準備に掛かる。
そこまで信頼されているのならば、リーダーとして応えねばなるまい。
この戦いは、短期決戦で勝負を決めたい。
探索の帰り道であり、疲労も蓄積された状態だ。それに魔法も使っており、残った魔力も少ない。
長く戦えば戦うほど、こちら側は不利になって行く。
だから初手から全力で挑むのだ。
「しぃ!」
柄の部分だけとなった宵闇の大鎌を薙ぐ。
ロックウルフ亜種は体を起こして避けるが、回転するように動いたアキヒロの上からの振り下ろしに、一つの頭を打ち付けられた。
「グアッ!?」
電撃が通ったのか、打たれた頭が怯む。
しかし、頭はもう一つ残っており、体の制御は失われていなかった。
起こしていた体が倒れると同時に振り下ろされた爪は、アキヒロを切り裂こうとする。それを柄で防御するが、信じられないような力で叩き飛ばされた。
「アキ!?」
吹き飛ぶアキヒロを見てサトルは急ぐ。
地面に手を突くと地属性魔法を使い、ロックウルフ亜種の足元から多くの石の槍を発生させる。
ロックウルフ亜種はその場を急いで飛び退くが、それでも避けきれずに腹を掠めて傷を負う。
ガッという鳴き声を上げ、それと同時に自らを傷付けた対象を睨む。
「ひっ!? ……く、来いや!」
左手に持った小盾を前にし、ロングソードを片手に持ち勇ましくモンスターを待ち構える。しかし、その体はモンスターからの殺気に震えていた。
ロックウルフ亜種が走る。
今度はジグザグではなく、真っ直ぐ一直線にサトルへと向かって疾走したのだ。
元々、彼我の距離はそれ程離れていなかった。
ひとっ飛びと言うには離れているが、モンスターの足からすれば二秒も掛からない距離だ。
即座にトップスピードに乗ったロックウルフ亜種は、二つの大きな顎で持って、サトルに噛み付かんする。
サトルは恐怖で怯えながらも、頭を必死に回転させた。
モンスターの攻撃はアキヒロを簡単に吹き飛ばした。凄まじい力だ。凶悪な爪と牙に襲われれば、ひとたまりもない。
つまりは、小盾で防御しても耐えれない。
「岩壁っ!!」
魔力を操り、地属性魔法で前方に石の壁を作り出す。
それは、これまで使って来た魔法の中でも最速の発動だった。
勢いの付いたモンスターは、止まる事は出来ずに岩壁へと突っ込む。
壁に突っ込んだ衝撃でかなりのダメージ……になれば良かったのだが、事はそう上手くはいかない。
最速で発動しただけあり、その壁の強度は弱かった。
突撃されただけで崩れる岩壁は、モンスターの動きを少し緩める事しか出来なかった。
しかし、その少しは確かな隙になる。
「だあーー!!」
サトルはロングソードを両手で持ち直して、全力で振り下ろした。
その一撃はロックウルフ亜種の頭部に当たり、頭を浅く斬り裂き、そして止まった。
「ぐっ!?」
まるで岩に振り下ろしたような感触が手に伝わる。
衝撃で手が痺れるが、それどころではない。
動かなければいけないのに、動けない。
もう一つの頭が迫っているのに、恐怖から見ている事しか出来ない。
死を連想させる牙が、サトルに迫る。
しかし、その牙が届く前にロックウルフ亜種の体が硬直したのだ。
「ライトニング! サト!しっかりしろ!」
アキヒロが戻って来ており、雷属性魔法で攻撃したのだ。
檄を飛ばされたサトルは、それで体が動くようになる。
ここで逃げれば良かった。
そう判断出来たし、そうするべきだとサトルも分かっていた。
それでも、雷撃を受けて硬直しているモンスターを前にして、その判断を誤った。
「サト逃げろ!?」
サトルは突きの構えを取り、モンスターの首元に突き刺さんと一歩踏み出した。
アキヒロの声は届いていたが、無視をする。それ程、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
その突きは犬の頭部の首元に迫り、そして外した。
アキヒロの雷撃の硬直は、ほんの一瞬に過ぎなかったのだ。
「あ?」
突きを避けられたサトルは、ガラ空きの体に迫る大きな爪を見た。
そして熱い感触が走り、トラックに轢かれたような衝撃を受けて叩き飛ばされる。
「サト!?」
友人が吹き飛ばされ駆け寄りたいが、それは出来ない。
サトルがやられ、次は自分の番が回って来たのだ。
モンスターの標的は、サトルから変わりアキヒロとなる。
ほぼ、サトルを無力化したと同時にアキヒロに向かって疾走し、雷撃のお返しとばかりに、その顎が襲い掛かった。
アキヒロは避ける。
受ければ一撃で戦闘不能に追い込まれ、防御しても受け切れるものではない。
魔変のマントを翻して動き回り、ギリギリの所で避けていく。
避けながらも横目でサトルを確認するが、動く気配がない。
気を失っているだけ、そう自分に言い聞かせるが、不安な心は誤魔化せなかった。
その不安は動きにも現れて、モンスターの攻撃を避け損なう。
「ぐっ!?」
柄で何とか受け止めるが、その威力は凄まじく、最初と同じように宙を舞う結果となった。
受け身もろくに取れず、地面に叩き付けられる。
痛みで体の動きが鈍り、起き上がることが出来ない。
ポーションは最初に攻撃を受けた時に使っており、もう予備は無い。
横になった状態で見るモンスターは、まるで勝ちが確定したかのように、ノロノロと歩いて近付いて来ていた。
事実、今のアキヒロに抵抗する手段は魔法くらいしかないのだが、それだけで逆転は不可能だ。
絶望的な状況。
それでも、アキヒロは大丈夫だと確信していた。
「すまない、待たせた」
カズヤの準備が整ったのだ。
戦い初めてまだ数分だが、この時間は途轍もなく長く感じた。
魔法陣が展開される。
その数は四つ、それぞれが別の意味を持つ魔法陣。
火炎、包囲、指定、収束の魔法陣であり、並の魔法使いでは使えない数の魔法陣を使用し、魔法を使う。
「地獄の業火」
カズヤが手を伸ばし呟くと、魔法が発動する。
突如、ロックウルフ亜種を囲むように炎の柱が噴き上がり捕らえる。
そしてカズヤが手を握ると、炎は対象を焼かんと意志を持ったように動き、モンスターという一点に向かって収束する。
炎にまかれたモンスターの姿は直ぐに見えなくなり、側で見ていたアキヒロは、その熱気に当てられ体がヒリヒリと痛みが走る。
魔変のマントを魔力で動かし、炎から逃げるように移動する。
その逃れた方向にはサトルがおり、未だに動く様子はない。
「すまない、緊急だったんでな、サトルの所に行こう」
既にカズヤが近くまで来ており、ポーションを飲ませてくれる。それでも直ぐには動けないアキヒロを、カズヤは肩を貸して立たせて歩く。
「まだポーション残ってるの?」
「あと二本だ、それとマジックポーションが一本ある」
じゃあ大丈夫かと安堵する。
ポーションがあれば、ある程度の傷を治す事が出来るはずだ。アキヒロが吹き飛ばされた時に負った傷も、段々と治ってきている。
だから大丈夫だと思っていた。
「……サト?」
サトルは相変わらず動かない。しかし、それは動かないのではなく動けないのだ。
目が微かに開いているが、呼吸は浅く顔色が悪い。
そして、防具であるプロテクターはモンスターの強力な攻撃により壊れており、下の肉体を激しく傷付けていた。
「サトル!? まずい、まずいまずい!? ポーションは、ダメだ飲めないな、まずは傷口にかける! それから治癒……待て、何かがおかしい、何故、場所が戻らない?どうして炎が消えていない? ……まさか!?」
カズヤが焦ったように早口で捲し立てる。
そして何かに気付いて振り返った。
その視線の先はロックウルフ亜種がいた場所であり、魔法の炎により焼かれているはずの場所だった。
しかしそこにあるのは、大きな丸い岩で、炎に焼かれたからか赤く赤熱していた。
そして炎が完全に消えると、その丸い岩にヒビが走り崩れ始めた。
「……アキヒロ、頼みがある」
「それよりもサトが!? サトルを助けないと!?」
「聞け! あのモンスターはまだ死んでない!」
「え?」
「見ろ、あの岩はモンスターが炎から身を守る為に使った魔法だ」
崩れる岩を見ていると、中からロックウルフ亜種が姿を現す。その姿は、炎を受けたせいか、体の大半に火傷を負っており、全身から煙を上げていた。
「俺はこれからサトルの治療を行う。 頼む、五分だ、五分でいい、モンスターの注意を引き付けてくれ! 邪魔されたらサトルは助からないっ!」
サトルを見ると、その目から光が失われ掛けており、命が尽きようとしていた。
カズヤを信じるなら、この状態からでも治療出来るという。しかし、それも邪魔されなかったらの話だ。
「サトルが、死ぬ?」
アキヒロは口に出して、現実味の無い現実に眩暈がした。
嫌だと呟く、大切な友人を失うのは嫌だと心から強く思った。
これまで、家族以外に強い執着を持たなかった。
それが、ここ二ヶ月で仲間を得て、好きな人が出来て、失う事への恐怖を知ってしまった。
だから、助かると言うならどんな事でも出来る。
アキヒロの大切なものは、既に家族だけではなくなっているのだ。
「五分だね、絶対に持たせる!!」
アキヒロは強く頷き、強力なユニークモンスターに向かって行く。
その後ろ姿を見たカズヤは、小さく頼むと口にするとサトルの治療に取り掛かった。




