14
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁーーー!!!」
学校に到着して席につき最初の授業の準備をしていると、サトルが絶叫しながら教室に入って来た。
一体何だと皆が注目するが、サトルは全員無視してアキヒロの胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。
「ちょ!?ちょっとサト!?何なの!?何なんだ!?」
いきなりの行動にパニックになるが、サトルの表情を見て冷静になる。
「サト……泣いてるの?」
涙でぐしゃぐしゃになった顔は、いつも以上にインパクトが強かった。周りの皆はドン引きである。
「俺゛俺゛ぐや゛じい゛よ゛〜!!」
優しく声を掛けると、サトルは更に泣き出した。
何があったのか分からず、サトルに事情を聞こうにも話せる状態ではない。
どうしようと困惑していると、教室にサトルと同じように泣いてる男子達が入って来る。
「うわーーー!!」
「嫌だーー!?」
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!?」
全員が泣いており、まるでこの世の終わりだと言わんばかりに絶望していた。
そして、その様子を見ていたクラスメイトは察する。
あっこれ下らないやつだな、と。
泣き叫んでいる人達にはある共通点があり、それは割と知られていたのだ。
〝九重様を見守る会”
簡単に言うとストーカーの集いである。
九重加奈子を慕う男子達が集まり結成された集団で、登下校の姿を皆で拝み、そのご尊顔を目に焼き付けているのだ。
一応ルールはあるようで、学校内では接触禁止、プライベートは程々に、抜け駆けは死刑などなど、結構過激なものもあったりする。
この会の男子が発狂するなど、九重関係以外ではあり得ず、前回は日野と行動を共にするようになった時だった。あの時は涙ではなく、殺意に満ち溢れており中々にスリリングな思いをした者もいた。まあ、日野だが。
今回は一体何が原因で発狂しているのか、比較的冷静な嫌だと叫んでいたクラスメイトに聞いてみる。
「あの野郎がやりやがったんだよ!」
「何を?」
「あの日野のクソッタレ野郎が! 加奈子様に指輪を贈ったんだよ!!」
「プレゼントに指輪ならおかしくないんじゃないの?」
「それが左手薬指でもか!?」
その発言にはクラス全員で響めきが起こった。
まさかの婚約か、結婚間近かなどの声が上がり、一部では更なる悲鳴が上がっていた。
「な、何かの勘違いじゃないの?」
アキヒロは言ってて苦しいなと思っていた。
知っているのだ。九重が左手薬指に赤い指輪をしているのを。メッセージが届いたのだ。昨日、指輪を貰ったと写真付きで、嬉しそうな笑顔と共に。
おめでとう御座いますと返しておいたが、まさかこんな阿鼻叫喚になるとは思わなかった。せいぜい日野が刺されるくらいだと思っていた。
このままだと、もっと酷いことになりそうだ。最悪、人が死ぬ、そしたらお世話になっている九重先輩に迷惑が掛かる。
どうにかしないと……。
必死に頭を捻って考える。
そして、何とか捻り出した。
「おっ!お祝いして上げよう!」
多くの殺意がアキヒロに向く。
それは教室だけではなく、廊下からも無数の目がアキヒロを見ていた。
余りの数に脂汗が滲み出る。
人の嫉妬は、こんなにも醜く恐ろしくモノだと痛感した。
「い、いや、ちがっ!」
「アキよ、お前ならば、俺の、俺達の気持ちを理解していると思っていた」
その声はサトルからのものだが、その顔は笑顔だが目は笑っておらず声に感情が乗っていなかった。
「ち、違うんだ、そういうつもりじゃ……」
「言い訳は良いんだよ。ただ、お祝いしようって言ったアキを、誰が許せるのかって話なんだ。 日野の前にウォーミングアップは必要だと思わないか? なあ皆んな!?」
お゛ーっと低い声がそこら中から上がり、アキヒロとの距離を詰めて来る。
まるでゾンビ映画のワンシーンのように、力無い亡者達がアキヒロへと手を伸ばし、九重様を見守る会の一員にしようと迫って来る。
「ひぃ!?」
ダンジョンでは感じた事のない恐怖がアキヒロを襲う。
壁際まで追い詰められて、これで終わりかと思ったとき、救いの手は伸ばされる。
「待って! 加奈子さんの指輪は勘違いだから! 皆んな落ち着いて!」
その声の主は、学年でも一二を争う美少女、神庭柚月のものだった。
友人の有明あかりは、柚月の背後で怯えており、やばいってと逃げようと柚月の手を引っ張っている。
「あかり、大丈夫だから」
柚月は心配症の友人に優しく笑みを浮かべているが、まるで自ら生贄になるのを覚悟した聖女のような姿だった。
「神庭さんよぉ、何言ってるのか分かってるのか? もしも不確かな情報だったら……アキの命は無いぜ」
「え?」
なんで僕?
そんな素っ頓狂な表情を見せるアキヒロだが、元の原因はお前の発言だと、囲んでいる人達から熱い視線を送られていた。
そんな絶望的状況で、お姫様をしているアキヒロを救うべく、聖女のような柚月が一歩前に出る。
「ええ、大丈夫。 なにせ、加奈子さんが指輪を貰った現場に、私も居たから」
バキッと何かが折れる音がした。
それは何処からかは分からなかったが、何処かの野球部員がシャーペンをへし折ったようだ。
「……そうだった。神庭さんのお姉様は、九重先輩と同じ探索者パーティだったな。 だが、そうだとしても、指輪があの指に収まっているなんて! 理由は一つしかないじゃないかっ!!」
まるで魂の絶叫だった。
サトルがストーカーの代表を務めている訳ではないが、その叫びは、背後にいる多くの同志達と心を一つにしていた。
「それが違うんです」
「なんだと?」
「この前、姉が所属している探索者パーティの人達が、家に遊びに来たんだけど、探索者の知り合いっていう人から指輪を購入したらしいの。 その指輪は加奈子さんに合った物らしくて、使う事になったそうよ」
「それは探索者としてのアイテムか?」
「そうだと思う」
むむむっと考え込むサトルと同志一同は、もしかしたら、いやいやそんな、でもまだ希望が、などと葛藤しつつも同時に同じ結論に辿り着いた。
「……やっぱり九重先輩は処女だったんだな」
それは、自分の良いように解釈しようとするものだった。
憎しみが霧散していく彼らは、希望はまだ残っていると、勝手に結論を出して納得する。
臭い物に蓋をして、見たくない物は見ないに越した事はないのだ。
だから安心、もう大丈夫。心の平静さを取り戻したサトル達は、一人また一人と教室から離れて行く。
これでこの騒動は幕引きだと誰もが思った。
しかし、中には空気を読めない奴もいる。
「あの指輪って誰が加奈子様に付けたんだ?」
「それはトウヤ先輩が付けた……あっ」
反射的に答えた柚月だが、それが不味い内容だと言ってから気が付いた。
再び殺気立つ人達。
もうめんどくさいなぁと思いながら、柚月はこれ以上何かを言うのを諦めた。
きっともう届かない、どれだけ言葉を並べても、九重加奈子が日野トウヤに惚れているのは変わらないのだから。
今度は別の目的で教室を後にする同級生を見送り、深い深いため息を吐くのだった。
こうしてアキヒロの命は守られた。
▽
武器屋で買い物をするのは久しぶりだと思いながら、店内を回る。
自分に合った防具が分からず、カズヤに選んでもらおうと、いつもの三人で来ているのだ。
「アキヒロの予算を考えると、これくらいか。 サトルの分はこっちのプロテクタータイプが良いだろう。軽くて動きやすいからな、防御力は低いようだが、20階までは問題ない筈だ」
前回の採掘で、サトルの防具を購入する資金も集まっており、今日は防具を購入してダンジョンに向かう予定だ。
カズヤはいつも通りなのだが、サトルの様子がいつもと違っている。
別に怒り狂っているとか、無気力とかではなく、所々怪我を負っており、痛々しい見た目をしているのだ。
カズヤがポーションを渡そうとしたのだが、何故か固辞された。なんでも……
「男の勲章だから」
という事らしいのだ。まったくもって意味不明である。
「おい、あいつ大丈夫か?」
おかげで、武器屋の店主にも心配される始末だ。
一応、大丈夫ですよと答えておいた。
本人は誇らしげだし、何処かスッキリした様子なので問題ないはずだ。偶にいやらしい笑みを浮かべているが、気にしてはいけない。
あの日、狂気に染まった彼らは全員返り討ちに合った。
事が事だけに学校側も対処しようとしたが、当の被害者である日野が気にしていない上に、襲った者達を誰一人として確証を持って特定出来なかったのだ。
それは生徒全員が口裏を合わせて工作を行った結果だが、その際に圧力が掛かったかどうかは定かではない。
サトルの闇に触れて、アキヒロは友達になるの間違ったかもしれないなと不安になった。
「どう? 俺に似合ってる?」
「う、うん似合ってるよ。とても強そうだよ」
防具を装備していると言うよりは、装備させられていると言った感じなのだが、本人は満足そうなので何も言わない方が良いだろうなと口を噤む。
「よし、行こう」
「カズヤは買わなくて良いの?」
「俺の装備はサトルと同クラスの物だ。新調するなら、今使っている物が破損するか、20階を突破してからだ」
カズヤはそれだけ言うと、武器屋から出て行く。
アキヒロとサトルも、その後を追うのだった。
▽
「あらアキヒロじゃない」
これからダンジョンに挑もうとしていると、同じようにダンジョンに向かう日野一行とバッタリ遭遇しする。
それに気付いて、アキヒロは咄嗟に顔を逸らしたが、九重にバッチリ見つかっており声を掛けられたのだ。
「……この前の奴もいるわね」
九重がアキヒロに向かって言うと、傍に立つサトルを見て警戒した様子だ。
きっとこの前の騒動の事を言っているのだろう。
「こんにちは、皆さんもお揃いで、これからダンジョンですか?」
「そうよ。 それよりもアキヒロ、あなたパーティメンバーは選んだ方がいいわよ」
九重はジリジリと下がると、日野の影に隠れてしまった。
その行動が、まるで幼い女の子のようで、妹と姿が被ってしまう。
選んだ方がいいと、九重はサトルを警戒しながら言っているが、一体あの日、サトル達は何をしたんだろうか。
「九重先輩、桃山先輩!お疲れ様です!」
目を輝かせているサトルは、何故か女子二人だけに挨拶をする。まるで他の三人は見えていないようだ。
日野一行を見ると、引いているのは九重だけでなく、桃山も神庭の背後に隠れていた。
本当に何をやらかしたんだと疑問に思う。
「アキヒロは知らないのね?」
そんなアキヒロの疑問に答えるように九重は問いかける。
「なにをですか?」
「この前、こいつはね、悠美のおっぱいを揉んだのよ!」
「加奈子ちゃん!?」
ズビシッとサトルを指差すその姿は、まるで名探偵のようだ。
しかし、急におっぱいを揉んだと言われた桃山は、顔を真っ赤にして焦っている。
「……おっぱい?」
不穏な単語に、一体何があったのか尚のこと聞き難くなったなと思っていたら、九重が説明してくれた。
と言っても単純な話だったが。
あの日、集団で日野を襲ったようだが、探索者である日野には敵わず、ちぎっては投げちぎっては投げされていた。
そこで、サトルが背後から近付き取り押さえようとするが、逆に投げ飛ばされたそうだ。
すると、飛ばされた先には桃山がおり、そのまま胸にダイブしてしまったらしい。
二人で倒れてサトルが馬乗りになった状態で、桃山の大きな山に顔を埋めていたそうな。
因みに、サトルの傷は桃山からのものらしい。
「分かった!? こいつは悠美のおっぱいを弄んだのよ!」
「やめて、やめてよ加奈子ちゃん!」
九重の声に反応して、周囲の探索者達が注目する。
特に桃山の胸あたりに目が行っており、男の探索者達は羨ましそうにしていた。
注目されてしまい、あわあわと必死に止めようとする。
背後から九重の口を抑えて、これ以上発言させないようにするが、桃山の顔は真っ赤になっていた。
大変だなぁと呑気に考えていたアキヒロだが、当のサトルはどうしているのかと気になって見てみると、何処か嬉しそうにしていた。
まるで、九重からの罵倒はご褒美だと言わんばかりの態度だ。
「うわぁ」
思わず引いてしまった。
友達ではあるが、変態とはお近づきになりたくはない。
「やばいですね、あの子」
「男の欲望を凝縮させたような醜悪さですね」
あちら側のパーティメンバーである、三森や神庭からも酷い言われようだ。それでもサトルの笑みは変わらず、更に深くなっているようにも見える。
おかげで何も反論出来ず、寧ろ、敢えて言わせているようにも見えた。
皆がドン引きしている中で、ただ一人平静に対応する人物がいた。
パーティのリーダーであるカズヤだ。
「あーいいだろうか。 こちらの仲間が迷惑を掛けたようだな、謝罪しよう、すまない。 それで、もう行っていいだろうか? こちらも時間は惜しいのでな」
「あ、ああ、すまない、時間を取らせてしまったね。 お互い探索を頑張ろう」
カズヤは仲間の非礼を詫びると、話を切り上げようとする。興味のない事には、とことん無関心な様子だ。
それに対応したのは、あちら側のリーダーである日野だ。
淡々と話すカズヤに、見た目とそぐわない老齢さを感じ取ってしまう。気のせいだと思うが、普通とは違うなという印象を受けた。
「ああ、其方もご武運を。 さあ、行くぞ」
「え?あっうん。 九重先輩、皆さんも探索頑張って下さい。 ほら、サト行こう」
「いや、俺はもう少しここにいるよ」
「何言ってんの!? 早く行くよ!」
動こうとしないサトルを引っ張って連れて行く。
これ以上、先輩方に迷惑はかけれないと力尽くでだ。
「待ってくれ! もう一度!もう一度で良いから、あのたわわに顔をっ!!」
最後まで発言させないと、魔変のマントを操って口を塞ぐ。
後で九重先輩に謝罪メッセージを送っておこうと決めた。
「……アキヒロも大変そうね」
取り残された日野パーティは、ダンジョンに挑む後輩達を見送り茫然としていた。
九重はアキヒロとのやり取りで、どんなパーティメンバーなのか聞いている。その殆どが、頼りになる心強い仲間だという印象を受ける内容だった。
それが実際に会ってみると、よく分からない奴と変態だった。ダンジョンでは頼りになるのかもしれないが、外だとトラブルを引き起こしそうな面子だ。
せめてダンジョンでは、トラブルは起こさないようにして欲しいと思う。
「俺達も行こう」
日野に促されてダンジョンに向かう。
九重は後輩達が無事に戻って来るのを願い、ダンジョン21階に飛んだ。
▽
「まったく、サトルはもう少し他人の迷惑を考えろ」
「お前には言われたくねーよ」
サトルに注意するカズヤだが、実際にカズヤから迷惑を掛けられたサトルにしてみれば、最も言われたくない人物である。
「まあまあ落ち着いて、今日は15階まで行くんだし体力は温存しないと」
睨み合う二人の間に入り、間を取り保とうとする。
しかし、アキヒロが間に入った事で、サトルがアキヒロに突っ掛かった。
「アキさ、九重先輩と妙に馴れ馴れしくなかったか?」
「さあ、気のせいじゃない」
「いーや、気のせいじゃない。アキを呼ぶ時も名前だったし、普通に挨拶してたじゃん。他の人達とも顔見知りだったしな」
「それは、助けてもらったのと、一人でダンジョン潜ってるときに出会って紹介してもらったんだよ」
「……本当か?」
「本当だよ」
「……そうか、なら良かった!」
疑り深いサトルだが、一旦この説明で納得したようだ。これで、もしもメッセージのやり取りをしているとバレたら、何を言われるか分かったものじゃない。
「所でさ、九重先輩になんて○INEしてたんだ?」
「○INEではダンジョンの話ばっかりだっ…た……今の無しで」
サトルの嗅覚を甘く見ていた。
「ダメ〜!」
目が笑ってない状態で後ろで手を組み、下から覗き込むようにしながら近付いて来る。
アキヒロは後ろに下がるが、直ぐに壁まで追い詰められる。そこに、サトルがまるでヤンデレ彼女のように、ロングソードを引き抜いて迫って来る。
「ひぃー!?」
絶対絶命とはこの事かと、ユニークモンスターを相手にした時のような絶望感を覚える。
そして、アキヒロの首元に剣を添えると口を開いた。
「見せて」
「え?」
「○INE見せて」
空いた手で、スマホを寄越せと要求して来る。
見せるのは構わない、それでサトルが傷付く事になっても仕方ない事だ。しかし、ここでは場所が悪かった。
「ここ、電波届かないから見れないよ」
「そうだった!?」
そう、ダンジョン内では電波は届かない。
電波塔が無いのもあるが、電波塔を建ててもダンゴムシに食われるか、次の日には倒壊しているので意味が無いのだ。
「帰ったら見せろよ!」
そう言うと、サトルはずんずんと先に進んで行く。
サトルが何処までも一人で進んで行くので、その後ろ姿をカズヤと一緒に見送っていると、途中で振り返って急いで戻って来た。
「何で一人で行かせようとするんだよ! ここは追って来るもんだろ!?」
「いや、そっち道が違うから」
「言えよ!」
「はあ、遊んでないで行くぞ」
溜息を吐いたカズヤは、二人に声を掛けると探索を続ける。
そして道の先にいるモンスターに向かって、魔法陣を展開するのだった。




