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第一夜 ペンは剣よりフリースタイル

 君も平安人なら和歌、できるだろう?


 第一夜は和歌バトルSS!

 溢れるリリック、弾けるライム、熱いフロウ、炸裂のパンチライン。

 温故知新のコールアンドレスポンス。

 目指せエンペラーの椅子、勅撰和歌集、高御座!

 三十一文字の敷島の道に命を懸けろ!


 もうタイトル見ただけで真面目にやる気ないのわかるな!

 与太なので本編より前に読んでも大丈夫です。


#1 第一夜 ペンは剣よりフリースタイル | 尼御前さま、オーバーキル!!!! - 汀こるものの小説シリ - pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=11055814

 ――時は平安。死刑のない時代、貴族同士殴り合ってばかりでは野蛮極まりないということで人々は決闘の方法を改めた。

 和歌バトルである!

 文才が即モテにつながる時代、文系最強! 歌は力なり!

 三十一文字(みそひともじ)の敷島の道に命を懸けろ!


 反骨と自由の教えを胸に、女だてらにラップの道を志したホリカワ山背式部卿宮家やませしきぶきょうのみやけディビジョン、アマゴゼ預流(よる)の前!


預流「むしろ女の領分でしょ! put a gun! put a gun! put a gun! put a gun!」


 迎え撃つはエイザン・ディビジョンの僧綱(そうごう)モンスター、阿闍梨(あじゃり)にして権律師(ごんのりっし)明空(みょうくう)


明空「忙しいのだが」


 言霊の力なら随一、陰陽道(おんみょうどう)からの刺客、ツチミカド・ディビジョン、安倍播磨守靖晶あべはりまのかみやすあき


靖晶「え、ぼく数に入ってるんですか!? やったことないんですけど、せめて審判役とかになりませんか!」


 平安恋愛工学、キョウゴク・ディビジョン、摂関家より大本命、賢木三位中将為正卿さかきさんみのちゅうじょうためまさきょう


中将「真打ちは最後に現れるもの!」


預流「何でわたしだけ家族の名前で登録されてるのよ!」


明空「本当に家の名前で登録されていたらお前は父親の名義のはずだ」


預流「男尊女卑社会ー!」


 お題は「満月」、平安時代風に言えば「望月(もちづき)」!


明空「……このアナウンスは誰がしている?」


 陰陽寮(おんみょうりょう)のモブどもでお送りしています。本日は八卦(はっけ)によれば絶好のラップ日和、張り切ってフロウに乗ってライムを踏んでリリックなパンチラインをキメていきましょう!

 ここでCMです。怨霊、物の怪、困ったときは安倍家、安倍家にご相談ください! 晴明公の直系の子孫が八卦占いから祝詞の下書き、四桁のかけ算、鬼退治、ペットの猫探し、疫病対策、恋愛成就祈願、陰謀のサポート、二次創作の資料集め、イベントの売り子、買い子、複式簿記、確定申告、連帯保証人、ポケモンGOの付き添い、突然のプリズムショー、和歌バトルの頭数など何でもお手伝いいたします! 使い方はあなた次第、陰陽寮までお気軽にどうぞ! 賀茂家陰陽師、有験(うげん)の僧などもご用意があります! ドーマンセーマン、悪霊退散! レッツゴー!


靖晶「さては良彰(よしあき)だな! お前たちがそんな宣伝をするから! 誰がやると思って!」


預流「有験の僧(サイキック)も斡旋しちゃうの……?」


明空「結局、ただの歌会と何が違うのか」


靖晶「こんなテンションですが曲水(きょくすい)(えん)みたいな風景をご想像ください。ぼく毎年、上巳(じょうし)(はら)えで忙しくて曲水の宴に参加したことないからどんな風景かわからないけど」


中将「〝曲水の宴〟でググったら城南宮のサイトとか出てくるから各自把握しておけ。情景描写とかいいからさっさと本題を始めろ」


預流「あっはい! アナウンスの人! この坊主、今何着てるんですか!」


 え?


預流「地の文がないから」


明空「尼が変態のようなことを言う」


 ええと……普通に墨染めにお袈裟をかけて、どこからどう見てもお坊さまの普段着ですが何か……?


預流「何で長素絹(ながそけん)、いや裘代(きゅうたい)じゃないの!? 僧綱襟(そうごうえり)ですらないなんて!」


明空「僧綱襟(フォーマル)を着るような場か。陰陽師も狩衣(作業着)だぞ。裘代は出家した元公卿(くぎょう)法親王(ほっしんのう)さましかお召しにならないが?」


中将「女心のわからないやつめ! ここはいつどこでやっているのかわからない番外与太空間なのだから身分を超えた上等な(きぬ)で着飾るのが道理だろう! 無粋者!」


明空「謂われのない責めを受けている。帰りたい」


 そ、そうおっしゃらずに……お歌できてるじゃないですか……どうぞ。


明空作:

望月の欠けたることもなしと言ふいづれ(おとな)(ついたち)の月

(望月は満ち足りているというが必ず新月が来る)


中将「イマイチ」


預流「うーん。何かガツンとパンチラインがほしいところ。ひねりがない。素朴。ていうか闇討ち予告?」


中将「さてはやる気ないなお前。何とかしろエイザン・ディビジョン。僧綱だって漢詩と和歌を読むだろうが。もっとできる子だろう」


明空「和歌バトルなどに本気を出せるか。もう帰っていいだろう。拙僧が最下位でいい」


預流「腹立つわねこいつの態度」


靖晶「ヤバい……文字数合わせただけじゃ酷評されるんだ。ウウッ具合が悪くなってきた」


預流作:

有明の月宿りなむ白妙(しろたえ)の雲間のひかり君ぞかなしき

(真っ白な雲の間に有明の月が隠れ、隙間から射す光を見てあなたが恋しいなあと思いました)

(※有明の月:夜が明けても月も見えていること)


明空「流石、体裁とキラキラした語彙はそれらしいのに支離滅裂だ。使いたい厨二用語を全部詰め込んだな」


中将「生心(なまごころ)ある女、かわいらしくていいじゃないか。おれなら寂しい思いをさせんぞ」


預流「あっメッチャ馬鹿にされた」


靖晶「立派に見えますけど……お題は満月なのに何で有明の月で()んでいるんですか? 今月の満月は日の出が五時半で月の入りがその十五分前なので有明の月になりませんよ?」

(※2018年9月の太陽暦です)


預流「ま、まさかの陰陽寮(国立天文台)の専門家による容赦のない校閲! 天文博士(てんもんはかしょ)だったっけ!?」


靖晶「だからぼくは審判に回った方がいいって言ってるのに」


預流「ていうか記憶力すごいわよね!」


 一応、それは我々の惣領ですので……おれならそこでその指摘はしないけどな……空気読めよ。審判の意味わかってるのか。


明空「途中からいきなり恋歌になっているし、何だ」


中将「いや、待て。……〝有明の月〟といえば『とはずがたり』の入道(にゅうどう)の宮、阿闍梨法親王のあだ名、つまり坊主! 坊主への恋歌! 歌会にかこつけて個人へのラブレターを公開するとはやるな!」


預流「『とはずがたり』って平安より後の話よ! 時代が違うわよ! メタ情報でハイコンテクスト解釈しないでくれる!?」


明空「やめろ、こんな皆が見ているところで」


預流「あんたまでその気になってんじゃないわよ! 長素絹着てから言いなさいよ!」


靖晶「へえ……恋歌」


中将「(しゃく)をへし折る気か陰陽師ー。そろそろお前のパンチラインを見せろ」


靖晶「あ、あのそれは」


安倍靖晶作:

今月の望月は二四日なり()(こく)半ば見頃待たれよ

(子の刻は二十三時頃)


明空「……初めて見たぞ。すごいな。時報? 天気予報? 今日の国立天文台?」


預流「職業を生かしてるわ、流石晴明公の直系。個人の性格と資質と世界観は筋が通っている。実に彼らしい。言霊を操る陰陽師は軽率に言葉遊びなどしないという誠実さを感じる。文字数は……自由律?」


明空「拙僧より無粋なやつは珍しいぞ。末摘花(すえつむはな)でもこれほどひどくはない」


預流「末摘花はいかにも上手い人がネタをやってる感じがわざとらしいけどこれは全力だわ! 字は綺麗よ! くずし字っぽくなくて教科書体フォントみたい!」


明空「それは平安時代としては下手くそなのでは? 褒める方が惨い」


預流「まあ、薄々察してたけど本当にあのお歌、代作(テンプレ)だったのね……大丈夫、口語散文で喋ってくれたらわかるから。こういうのもうやらないから、ごめん」


靖晶「何でここまで憐れまれなきゃいけないんですか!?」


中将「おい、これは刀剣乱舞ミュージカルの日替わり演出コーナーか。兼さんの今日の一句か」


靖晶「ヒッ、マジギレの声。だからやったことないって言ってるじゃないですか!」


中将「お前本当に平安人か! 器物の霊や(もの)()と喋ってたら人間の言葉を忘れたのか陰陽師! 女口説いたことないのか!」


預流「暴力はやめなさい暴力は。これサボったんじゃなくて一生懸命やったのよ。お歌が下手なだけで非モテ呼ばわりまでしなくていいじゃないの! 平安人でもお歌できなくて代作者に頼ってた人は結構いたのよ! 実際非モテだったとして人間性まで否定することはないわ!」


靖晶「やめてくださいかえってつらい!」


 ええと……あの、すいません。陰陽師は大和歌より唐歌(漢詩)の方が得意なんです。


靖晶「変なフォローするな、やらされたらどうするんだ!」


明空「三下はいい。そろそろ真打ちとやらの実力を見せてもらうか」


預流「他人にこれだけデカい口叩いてるからには何かあるんでしょうね」


靖晶「正直、ぼくの後なら何出しても見栄えするんじゃないですか」


預流「そうは問屋が卸さないわよハードル上げていかないと」


中将「ふっ、今業平(いまなりひら)と名高いこのおれの実力をとくと見よ。これが王朝文学の真髄、〝もののあはれ〟だ!」


賢木中将作:

望月のさやかに見えどなよ竹の乙女の涙雲()づるらむ

(綺麗な満月ですが、こんな日はなよ竹のかぐや姫が涙を流して曇り空になってしまうのでしょう)


明空「な……な!?」


靖晶「な、何が起こっているんですかこれは」


預流「パンチライン、リリックなのが来たわ! ギチギチに情報を詰め込んできた!」


中将「処女童貞の尼や坊主にはわからんだろう、この詩情。もしかして俗人の陰陽師にもわからんのか? この後〝こんな月はすぐに隠れてしまうので今のうちに一緒に見ておきましょう〟か〝長続きするものではないので戸を閉めても惜しくはないでしょう〟と続けるのだ!」


預流「実用性があるの!? えっヤバ。ちょ、マジで」


中将「素直に惚れていいんだぞ、尼。このおれのパンチラインで腰が抜けたか?」


預流「いやそういう意味のヤバいじゃないんだけど。むしろ怖っ」


中将「そうかおれの文才が恐ろしいか。いい反応だ」


靖晶「何で前向きに解釈できるんですか」


明空「よくもこんな恥ずかしいことを素面で臆面もなく」


中将「平安人のくせに何が恥ずかしい!」


明空「読んだだけで寒イボ(鳥肌)が立ってきた」


靖晶「いやーぼくも二十四年平安京に住んでるけどこういうノリじゃないんで……すごいなー……実際に使うんだ……」


中将「尼もエロ歌を詠む時代になぜそんな他人事でいられるんだお前は」


預流「わたしのエロ歌じゃないわよ!?」


靖晶「他人事ですし。はい優勝決まりーおめでとうございます。この歌会、何か賞品とか出るんですか?」


中将「ふん、賞品などいらん。貧乏人のお前たちからものなどもらうか。この賢木中将さまに勝る者などないことが証明されただけで十分だ。逆に参加者に御衣(おんぞ)などくれてやろう、せいぜい着飾るがよい」


預流「会自体がマウンティングなの!?」


中将「モテ術だからな!」


明空「そんなものはいらん。――拙僧の腰折れなぞどうでもいい。拙僧はエイザン・ディビジョン改めセイリョウデン・ディビジョンのメンバーとしてここに不在のリーダーの御作(ぎょさく)を代わって読み上げ(たてまつ)る。飛び入り乱入だ! 残念ながら賢木中将さまに優勝を譲るわけにはいかんな!」


 は?


預流「……セイリョウデン・ディビジョン?」


靖晶「……本当だ、まだスクロールバーが半分くらい残ってる。続きがある」


明空「チーム名は〝インセンス・アッシュ〟、リーダー、MCフォールン・ドラゴンさまより御製(おおみうた)(たまわ)った。これぞ真打ち、ひれ伏せ下臈(げろう)ども!」


中将「これまで誰もチーム名とかMCネームとか決めてなかったのに何だその厨二病は。生受領(なまずりょう)や尼はともかくおれは公卿なので下臈ではない」


明空「貴様に厨二病をとやかく言う資格があるとでも? 筆は腕より三十一文字よ。貴様の歌は詩情(リリック)ばかりで(ライム)が足りない、そして何より(フロウ)が足りない!」


預流「こいつ、さっきまで全然やる気なかったのにいきなり何のスイッチ入ってるの。キャラが違うわよ。霊でも憑いたの、ねえ陰陽師どの」


靖晶「生きた人間が背後にいる、とみた方が怖くないですか?」


 あ、あの、主催もそんなことは聞いていないんですが? 飛び入り乱入とか?


明空「知らせていないからな」


 ええー。そんなシステムないんですけど。


明空「臨機応変に対応しろ」


靖晶「あの……平安人でもあんまり日常会話で聞かない言葉がバンバン出てくるの気になるんですけど……」


預流「ねえ……チームのメンバーってことはあんたもMCネームあるわけ? インセンスアッシュ?」


明空「秘密だ」


MCフォールン・ドラゴン作:

生駒路(いこまじ)のみちにかけなど見えねどもいづれ引くらむ望月の駒

(生駒の山道に月影が見えなくても八月になれば馬は信濃から献上されることだろう)


預流「ウッ、ここに来て怒涛の掛詞(ライム)! これは間違いなく明空の作じゃない! 賢木中将の後に乱入してくるだけあって露骨に強いわ、MCフォールン・ドラゴン!」


靖晶「【生駒路】って既に【道】って意味入ってるのに何で二回出てくるんですか? 馬から落ちて落馬してないですか?」


預流「【あしびきの山鳥の尾のしだり尾の】とか【あかねさす紫野(むらさきの)行き標野(しめの)行き】とか、ライムとフロウがキマってれば言葉がかぶっててもいいのよ」


靖晶「そういうもんなんですか?」


預流「むしろ多少意味がなくても似たような言葉をリズムよく繰り返すほどパンチラインなのよ。日本語っていつから馬から落ちて落馬しちゃいけなくなったんだっけ」


中将「話の都合上ド初心者も必要とはいえ何で万葉集を知らないんだそこの男は」


靖晶「投入された文化資本の種類が違うんです。陰陽道の勉強してたら万葉集読むヒマとかなかっただけです。こんな家に生まれてなかったらといつも思ってましたが、言うほど〝普通〟に興味なかったですね」


中将「草食超えた冷笑系か。どうやって繁殖するつもりだ安倍一族」


明空「無粋者などどうでもいい。超絶技巧を見ろ。紀貫之(きのつらゆき)逢坂(あふさか)(せき)の清水に影見えて今やひくらむ望月の駒〟の本歌取り(リスペクト)。貫之の方は〝逢坂の関の駒迎えに際し、湧き水に満月の光が射している。望月の駒が引かれているのだろうか〟となるのに対して、〝月の満ち欠けなど関係なく時が来れば馬は来るだろう〟という時空を超えた返歌コールアンドレスポンスだ。【道】と【満ち】、【影】と【欠け】で掛詞になっている。【望月の駒】は八月の季語、毎年八月の定例イベントに長野県望月の牧より宮中に献上される馬。つまりこの歌は【望月】という言葉を使っているものの実際には満月は出てこず、月は満ちているのか欠けているのかわからない!」


靖晶「え、ええ……」


中将「ふん、べらべら講釈を垂れおって、必死だな。知音(ちいん)の契りというわけか?」


明空「それは本来、友情の美しさを表す言葉だ」


預流「今、九月なのに季語は八月なの?」


靖晶「実はこのコーナー、太陰暦なのか太陽暦なのかはっきりしないんです。さっきの月齢は太陽暦九月で答えましたが太陰暦では今は『五位鷺~』本編と同じく八月なんです。ちなみに太陽暦八月であったとしても満月は有明の月になりません」


預流「アッハイ。……専門分野はちゃんとしてるのね……」


靖晶「仕事ですから」


中将「この時代の旧仮名遣いは本来濁点がないものとは言え【欠け】と【影】は苦しいものがある。貫之なあ。本歌取りと言えば聞こえはいいが後追いでパクリすぎるとみっともないぞ。いくら和歌がサンプリング文化でも手っ取り早くバズりたいのが透けて見えると興ざめだ。月齢とか関係なく宮中の行事は進行する、とは、貫之のリリックに対して無粋ではないか?」


明空「現実的なのだ! 手っ取り早くバズりたくてがっついているのはお前だろうが!」


中将「何が詩情だ! 技巧ばかり盛り込みおって、陰キャオタク! 次は折り句か、あいうえお作文か!」


明空「不敬であるぞ! 陰キャオタクの何が悪い! 勉強熱心なのだ! あいうえお作文もいろは歌も雅の技、〝いとをかし〟だ!」


預流「こっちはこっちで勝ってもいいことないのになぜ争うの! 明空は自分は最下位でもどうでもいいって言ってたのにMCフォールン・ドラゴンさんは優勝しなきゃいけないの!?」


靖晶「あのう、セイリョウデン・ディビジョンの説明は……何が起きてるかわからない読者の方がいると思うんですが……いやここ突っ込むとぼくら困ったりするのかな……」


中将「コキデン・ディビジョンやレイケイデン・ディビジョンは参加しないのか?」


明空「そんなまだ本編に出てきてないやつのことは知らん」


中将「MCフォールン・ドラゴンとやらも出てきていないだろうが!」


明空「ん。緊急の連絡だ」


靖晶「ここにいないのにどうやって連絡取ってるんですか」


明空「Bluetoothヘッドセットで。――おい、ツチミカド・ディビジョンの響きが格好いいから譲れとのこと」


靖晶「えっ!?」


中将「そこに住んでいたやつもいるのだから勝手に里内裏(さとだいり)でも移転でもすればいいではないか。わざわざ人を巻き込んで騒ぎおって、かまってちゃんめ!」


靖晶「いや、ぼく、今住んでるんですけど!?」


 陰陽寮のモブどもも聟入(むこい)りするなどして大半が土御門邸(つちみかどてい)に住んでいます! 晴明公が建てたので広いんです!


明空「内裏を建て直したりする折りに貴族の邸に間借りするシステムがあってな」


靖晶「それ普通もっと景気のいい人の豪邸でやりますよね!?」


中将「よかったな、ツチミカド・ディビジョンの頭目の権利を失ってもう下手な和歌を詠まずに済むぞ」


靖晶「いや、ぼくらはどこに住めば!?」


預流「あのう、わたし、主人公なのにこの話に入れないんですけど」


 気紛れに陰陽寮を存続の危機に陥れないでください! 土御門邸がなくなったら陰陽師の半分以上が路頭に迷う!


明空「これはディビジョン・バトルなので優勝者が最下位のディビジョンをもらう」


 そんなルールはないです!


靖晶「あったとして、ぼくが最下位確定してから乱入するのってどうなんですか!? 中将さまの手札も見て勝てると思ったから出てきたんですよね! 後出しですよね! 運営に連絡してなかったのって勝ち目なかったら不参加のつもりだったんですよね! 予定通り律師さまが最下位だったらどうしてたんですか!? 人の上に立つ者としてどうかと思います! 徳がない!」


預流「そうよ、頑張れ陰陽師どの!」


明空「何だお前、刃向かうのか木っ端役人」


靖晶「……て、ていうかMCフォールン・ドラゴンさまは優勝なんですか!? 中将さま、頑張ってくださいよぼくは中将さまのお歌の方が好きですよ、ええと文学的で!」


預流「自力で戦うのを秒で諦めた!」


靖晶「権力には権力をぶつけんだよ! こちら折角バトる気あるんだから!」


中将「さっきまでかけらも興味がなかったくせによく言う」


靖晶「興味あります超ありますよ! うわー和歌って素晴らしいなー奥深いなーぼくも和歌勉強してモテたいなーぜひモテの伝道師である中将さまに教えを乞いたいなー非モテ非リアだから和歌モテしたいなあー」


明空「こいつもキャラが変わった!?」


預流「この人、倫理とかプライドとかないから……」


明空「限度があるだろう!?」


中将「なかなか受領ムーブをわきまえるようになったな。その心のこもらない態度、だが嫌いではないぞ。損得抜きで男がすり寄ってきたら気色が悪いからな。そうかおれの助力がほしいか、媚びへつらってこのおれの権勢を乞え!」


靖晶「あっこの人に助けてもらうと何かろくなことがなさそう……でも相手が他にいないし、尼御前さまはこの件で頼れるかって言うと……割り切れ、割り切るんだ、ぼくの肩には安倍一族の今後と播磨国の未来が……お気持ちを忖度してノリに合わせてさしあげるのが陰陽師の仕事……」


中将「おれは器量も人徳も備えているから下臈どもがぜひともと言うなら期待に応えてやろうではないか」


靖晶「流石中将さま世界一イケメンー! 天才ー! (あめ)の下で一の色男ー! うちに来て妹を抱いてー! 妹なんかいないけどー!」


明空「人間はこんなことができるのか……?」


預流「あんたの豹変(ひょうへん)っぷりもどうかと思ったわ……」


靖晶「受領は倒るる所に土を掴め! 陰陽師が皆、出払っている間に土御門邸がなぜか名前を伏せた人たちにショベルカーで更地にされるかもしれない瀬戸際にプライドとか!」


 惣領……立派じゃないけど立派になって! (あお)(ぱな)垂らしてた小僧がいつの間にか大人の態度を身につけて良彰は嬉しい!


靖晶「うるさいネームドモブ! お前に話しかけられると我に返るからやめろ! 上位お二方で決戦したらどうですか!」


中将「決勝戦はいいかもな。尼御前の歌を受けて返歌とかどうだ?」


預流「あっそうだわたし、この人をまともな人間にする義務があったんだっけ。忘れてた。陰陽師どの、駄目よ! そんな魂を売っちゃ! あなたの生殺与奪の権を他人に握らせないで!」


靖晶「えっ流行ってるとはいえその台詞をこのタイミングでぼくが言われるなんて!?」


預流「あなた目が血走ってて怖いわよそれ以上無理したら灼き切れてまた鼻血とか出すわよ。もうわたしに任せなさい」


靖晶「尼御前さま……」


預流「歌会で家屋敷をやったり取ったりなんてやりすぎよ! 関係ないわたしから見たってやっていいことと悪いことがあると思うわ!」


明空「やって悪いことなど何もない。何でも許される御方だ、控えろ!」


預流「おおー権力だわ権力が潰しに来たわ、燃えてきたー。そういうことならやってやろうじゃないのちんたら歌なんて詠んでらんないわ。こちとら失うもののない無敵のカオティックグッド、比丘尼(びくに)ナメんじゃないわよ仏道とは死ぬことと見つけたりー」


 ……あの、尼御前さま、その石は何のつもりで……?


預流「鴨川の川縁に住んでる人たちに教わった印地打(いんじう)ちの秘伝よ! 手拭いで包んで振り回すと大きな石でも遠くまで飛ぶの! 近づいたら宝具攻撃されるなら遠ざかってレンジ外から泣かせてやるわ荒法師!」


明空「……貴様、おれに楯突くか。上等だ五位鷺! 殺してやる!」


中将「おお本音が出たぞ、お前が偉いわけではないくせにこの道鏡! 尼御前はフォームがいいな、やってしまえ!」


靖晶「中将さまは止めないんですか!?」


中将「武官が出ていったら話が大きくなるではないか。五位の権律師など生受領と大差ない。尼で十分だ。君側(くんそく)を清むべし!」


靖晶「ビビるならともかく何で笑ってるんですか! カオティックエビルだー!」


預流「火事と喧嘩は都の華よ! 南無八幡大菩薩なむはちまんだいぼさつ!」


靖晶「この人が一番血の気が多くて野蛮極まりないんだったー!」


 マジかー!


靖晶「ぼくがプライド捨てる方がマシじゃないですか! お願いだから中将さまに返歌バトルさせてあげてくださいー!」


 ――結局、再び安倍播磨守必殺の奥義・陰陽土下座が炸裂したという。

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