第四十六話:最終決戦!!・・・という名のウォッカ三昧
それにしても、想定以上のスピードである!
・・・と恰好をつけて書いたのは、
ルカと赤鼻のワレーリイが、
一本目のウォッカ瓶を空にするまでのスピードである。
紀緒志が二人に渡したのは、
いわゆるショットグラスである。
ちびちびとしか、溜められない。
そんなショットグラスで、あっというまに瓶が空いたのは、
二人が、にらみ合って、「ぐいっ」と一気飲みをして、
すかさずそのショットグラスにおかわりを注いでもらって
また、にらみ合って、「ぐいっ」と一気飲みをする。
その反復をすさまじい速度でやっているからに他ならない。
「いよ!いい飲みっぷり!
さあ、もう一杯!どうぞ!」
と調子に乗って二人をおだてていた藤田だが、
注ぐペースのあまりの早さに、
まるで「わんこそば」の給仕のような忙しさだ。
藤田の顔は、だんだん赤くなり、
三本目のウォッカを開けるときは、
もう汗だくになっていた。
「ええい!まどろっこしい!」
ルカがそう叫ぶと、いきなり、藤田から
三本目のボトルを奪い取り、もはや手酌で勝負を継続した。
お役ごめんとなってしまった藤田、
やむなく、トボトボと、勇作たちのところに戻ってくる。
「いやぁ・・・ルカさんが自分で注ぎ始めました。
おそろしい速さでウォッカがなくなっていきますなぁ」
「どうなっているんです?どんな様子なんですか?」
妖怪の姿を見ることができない紀緒志は、
ウォッカ飲み対決の様子がわからず、オロオロとしている。
「今のところ、互角と見た。だが・・・狂ったような速さだ。
人間があんなペースでウォッカ飲んだら・・・死ぬだろうな」
呆れかえった声で、勇作がそう、状況を評する。
「それにしても・・・」
藤田が、ワゴンの方に目をやる。
「先ほど、ルカさんが大絶賛していた、
ツァルスコエセローという銘柄が、
何とも気になりますな。そんなに美味しいウォッカなのでしょうか?」
「さぁ・・・。俺もウォッカのブランドなんて、
よく知らないからなぁ」
勇作が肩をすくめる。
「ツァルスコエセローとやら、まだ何本か、余ってますね。
どうです?勇作さん、紀緒志さん。男どうし・・・」
藤田は、ワゴンから、ショットグラスを拾い上げた。
「ちょっと、味見してみませんか?」
「いやいやいや、藤田のおっさん!
俺らは、ルカに呑み勝負を委ねて、
この軽井沢がどうなるかを賭けた夜を見守っているんだぞ!
飲みつぶれるわけにはいかない・・・!
だから・・・飲むとしても、一杯だけだ!」
「おお!」
藤田が、にっと笑顔になり、ウォッカの栓を抜いた。
「さすが勇作さん、ハナシがわかる!
さあさ、紀緒志さんもこちらへ!」
「ちょ・・・ちょっと!お兄ちゃん!」
美鈴がさすがに目を丸くする。
「だめよ!こんな大事なときにウォッカなんか!」
「そうよ!紀緒志兄さまも!」
忍も慌てて制しようとするが、
「まぁ待ってくれよ、忍!
せっかく東京まで行って、買い込んできたウォッカだ。
どんな味がするのか、ヒトクチだけだよ、ヒトクチだけ。
そら、僕だって、今後の海外留学の際には、
ロシアの実業家と仲良くならなくちゃいけない時も
あるかもしれないわけだからさ。勉強だよ」
と、紀緒志もあっけなくグラスを受け取っている。
「何を言っているの?あ・・・あーあ!」
忍が諦めたような声を上げた。
というのも、藤田、勇作、紀緒志の男三人、
ぐいっとウォッカを飲んでしまったからである。
「ううむ」
「なるほどねえ」
「この、無味乾燥なようでいて、ほのかに白樺の香りがするところが・・・!」
三人の目は、料理ワゴンのほうに向けられる。
「それにしても・・・」
また藤田が『それにしても』発言を開始した。
「ルカさんと赤鼻のワレーリイは、
おつまみを一切食べずに飲み比べしているんですな。
もったいない・・・これ残っちゃいますぞ」
「仕方がないな」
勇作が、肩をすくめる。
「見過ごすわけにはいかない、俺たちで責任をとって、
これもできるだけ、食べてしまおう」
「そうですね、お兄さん!
うん、仕方がない、仕方がない!」
紀緒志もマジメな顔をして頷く。
三人は、カナッペの上にキャビアを乗せて、分け合うと、
ぱりっとカナッペをかじり、
おかわりのウォッカをくいっと喉に流し込んで、
「うーん!合う!実に、合うねえ!」
と互いに頷きあった。
美鈴と忍の二人の女子と、
まだ子供である妖怪 仁之助 とが見守る中、
ホテルのホールはどんどん、賑やかに、
そして、異様な雰囲気になっていった。




