第四十話:決戦場へ
いやはや、なんともおおげさな
ハナシになってきたもので。
町役場から、二台の車が出発し。
それぞれ運転手がついている
立派な車内には。
一台目には、町長と、
随行する役場の助役が。
二台目のほうには、
勇作と美鈴、
そして運転手には見えないとはいえ、
仁之助 とルサールカも
乗り込んでいた。
二台の車は愛宕山のほうへと向かう。
その先には、なるほどたしかに、
まだ工事中とはいえ、
西欧風の立派な外観の
ホテルが建っていて。
そしてそのホテルの前には、
町のほうぼうにウワサが流れ、
それを聞きつけたのだろう。
雪降り入道を先頭に
ズラリと、数十体の信州妖怪が
息巻いて集まっており。
それに対峙して、
町長が手配してくれたのだろう、
修験者や密教僧や神主たちが、
信州妖怪たちが暴発して
勇作たちの到着前に
ホテルになだれ込むようなことがないよう、
緊張した面持ちでホテルの玄関前に座り込み、
じっとしている。
今はまだ、
妖怪たちと人間たちは
睨み合って互いに動けない状況だが、
フラストレーションがたまっているらしい
信州妖怪の一団の様子を見るかぎり、
この場の空気には「一触即発」の四字熟語が
ふさわしい。
妖怪たちと人間たちが睨み合う、
その両陣営の真ん中に、
二台の自動車が滑り込み。
羽織袴の町長と、助役。
そして、勇作たちが
地面に立った。
車から降りてきた勇作たちを見て、
ますますいきりたったのは雪降り入道。
「なんでえ!またお前らか!邪魔しにきやがって!」
「まあまあ」
そんな雪降り入道に、
勇作は愛想よく手を振る。
「そう言わず、俺たちにもういっかい、
赤鼻のワレーリイとの勝負、
やらせてくれよ」
ルサールカがホテルの外観を眺め回し、
「うん、、、。気配がするね。
あいつ、間違いなくこの中にいるね」
と言った。
町長が勇作と美鈴のほうを振り返る。
「この様子ではあまり時間はないし、
『やってみたものの、相手を生捕りには
できませんでした』というわけには
いかないだろうね」
「覚悟をもって臨みますよ」
勇作が町長に答える。
「前の戦いの時に、
あたしの手にも負えない相手だってことは
言ってあるよね。
何かしらあんたに策があると信じて
ついていくけどさ、、、
ヤバかったらあたし、真っ先に逃げるかんね」
ルサールカが勇作にそう念を押す。
「わかってますよ。みんな俺に厳しいね」
勇作は、今度は 仁之助 を見る。
「お前は、ここに残ってくれないか?」
「え?どうして?」
「まもなく、東京からの往路の汽車が着く。
藤田のおっさんと、
紀緒志と忍の兄妹が
乗っているはずなんだ。
あの三人が着いたら、お前が案内して、
俺たちの後から追いついてきてくれ。
彼らの加勢がきっと必要になるんだ。頼んだぞ」
「ああ、わかった。
みんなと合流したら、急いで加勢するよ」
勇作、美鈴、ルサールカの三人、
「それじゃ、行くか」
の、勇作の声を合図に、
ホテルの入り口に向かって歩き始める。
ホテルの表玄関前に座り込みをしていた
修験者や僧侶たちが、立ち上がって両脇に
道を開ける。
「あ!ちょっと待って!」
ふいに修験者の集団の中から声が上がった。
見れば、町役場で 仁之助 を縛りつけた、
あの時の若い山伏だった。
「お嬢さん、さっきは悪かった。
これを持って行ってくれ。
万一の際には役に立つ」
差し出したのは、まさにあの時、
仁之助 をがんじがらめにした、
あのシメナワのような縄である。
「妖縛縄だ。妖怪の動きを
止めることができる」
「、、、ありがとう!
何かの時には、これ、使ってみるわ」
美鈴が、その小道具を受け取った。
そして、三人、
建設中のホテルの玄関の、
両開きのドアを開き、
まだ内装工事前の、
薄暗いホールへと入って行った。




